領主との面談 その2
-1-
「なにゆえだ」
ディーセン伯の目つきが険しくなる。
「先ほどの理由では納得されませんか」
「納得しかねるな」
しばらくディーセン伯の眼を見つつ適当な言葉を探していたが、どーにもいいのが思いつかない。
大きくため息をつくと、覚悟を決めて切りだした。
「失礼なのは重々承知で申し上げますが…………宮仕えがね、性に合わないんですよ」
「なに?」
「組織にはまって上役の顔色窺いながら仕事をするのが、どーにも、ね」
ぽりぽりと顎を掻きながら言葉を続ける。
「勘違いしないでいただきたいのですが、手を貸すのが嫌と言ってるわけじゃないんです。
世話になってる村や街の衆が、少しでも楽できればと思って動いた結果なんです。
立身出世がしたくて物を作ったわけじゃないんですよ。
これが金貨とかだったら喜んで貰いうけてたんですがね、いきなり内政官にというのはちと過分にすぎます」
それに私ぁ旅人気質でしてね、あちこちうろついて見聞を広めたいとも思ってます。組織に属するとなるとその辺りも問題になってくるわけでして」
前世を思い出しながら答える。企業の中の一社員、組織の歯車として働いた日々。
そこそこに働けば給料が保証される気楽さはあったが、一方では上司や顧客の都合に振り回され、己を殺して働く毎日だった。
ならば今回は、多少不便であったとしても一国一城の主として、自分の好きなように動きたい。
「……」
「……」
沈黙があたりを支配する。
口を開いたのはディーセン伯だった。
「お主の言わんとすることは分かった。だがな、それは近視眼と言わざるを得ん。
魔法の碾き臼の名は、この辺りはおろか隣の領や国にも流れておる。
事実、私のところに手押しポンプの作成者を問い合わせる手紙が幾通も届いておる。
今日までお主のところに勧誘の使者が来なかったのはなぜだと思う?この程度では大したことがない?手押しポンプも新しい脱穀機も、十分大したことなのだ。
貴族や商人の、利に対する嗅覚を侮るでない。お前のところに勧誘の使者が来なかったのは、私が握りつぶしていたからだ。
虎よ。宮仕えが性に合わんというなら、専用の席を用意してやる。私の、いや、俺の庇護下に入れ」
「……」
「……」
再び沈黙が訪れる。
「ふぅーっ」
俺は大きく息をつくと、覚悟を決めた。
「わかりました。そこまで言われたらこれ以上我を通すわけにもいきません。
気まぐれな碾き臼ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げた。
「うむ。よろしく頼むぞ」
ディーセン伯は満足そうにうなずいた。
「ではバートル、例の物を」
「畏まりました」
執事が恭しく証書と短剣を差し出した。
「農奴ディーゴ、村民および市民の生活向上にその功大なり。よってディーセン名誉市民に命ずる」
「ありがたく、お受けいたします」
頭を下げて証書と短剣を受け取る。って、俺、農奴だったのか。
「その短剣は身分証明書も兼ねておる。それを見せれば、帝国領内や近隣国では無碍には扱われないはずだ」
「それと内政官となったからには村に住むのは不便であろう。街の中に家を用意したから、折を見て引っ越すといい」
「重ね重ねありがとうございます」
「ああそうだ、お主、魔法の碾き臼の最後を知っておるか?」
「いえ、願いを込めて引けば砂金が出てくる挽き臼としか」
「……欲深い王様に召し上げられた魔法の碾き臼はな、やがて塵芥しか出さなくなり、最後は砕かれてしまうのだ。
そのような真似はさせぬから、安心するがいい」
俺は黙って頭を下げ、部屋を退出した。
-2-
ディーセン伯の屋敷を辞した後、代官と別れて用意してくれたという家を見に行くことにした。
地図を片手にウロウロすることしばし、高級住宅街の一角に目的の家を見つけた。
……家っつーか2階建ての屋敷じゃねぇか。一人もんが住むには広すぎるぞ。
門の鍵を開けて中に入ると、中々に手の入った庭があった。ふむ、誰か定期的にメンテに来てるのかね。
奥のほうには馬が2~3頭入れられそうな厩舎があった。
裏手に回ると井戸があり、少し離れたところに独立したトイレがあった。
井戸にポンプがついてないところをみると、無人になってからそれなりに時は経っているようだ。
ふむ、今まであまり気にしたことはなかったが、こうして外にトイレがある以上は屋敷の中にはないっぽいな。
玄関に戻り、鍵を開けて中に入る。
「ほぅ……」
まず目に入ったのは、広い吹き抜けのエントランスだった。
2階にあたる部分に1つ、1階の部分に2つの扉がある。
装飾品はほとんどないが、掃除が行き届いており空き家だったという感覚はない。
定期的に誰かが風を入れに来ているのだろうか、中の空気も淀んではいない。
とりあえず1階から探索してみるか、と左側の扉をあける。
そこは廊下につながっており、いくつかの部屋になるのだろうか、扉が並んでいた。
……そんな感じで探索を続けた結果、1階には食堂や3つの倉庫のほか、6つも部屋があることが分かった。
風呂らしき部屋はあったが、浴槽がないので土魔法でちゃちゃっと作っておいた。
どうせなら台所の水回りもいじりたいが、やり始めるときりがないので後の仕事としてとっておく。
そんなことを考えながら2階に上がる。
2階もざっと見に回ったところ、主寝室や書斎のほか、4つの部屋があった。
どちらかというと2階の部屋のほうが広めなのでこちらが客間になるのかもしれない。
しかしこんだけ広い屋敷、独り者には絶対持て余すぞ。
後はリフォーム代がいくらになるかだな……外装は無事っぽいが、内装はちょいと手を入れる必要がありそうだ。
さて予算は幾ら残ってたかな……金貨80枚くらいはあったと思うが、家具類がほとんど残ってないからそれも用意せにゃならんな。
などと考えながら外に出て鍵を閉める。
引越しのあいさつは……当日でいいか。
-3-
そしてディーセンの街を後にしてセルリ村に戻る。
「おお、お帰りなさいませ」
外で洗濯物を取り込んでいるハプテス爺さんが声をかけてきた。
「ただ今戻りました」
「いかがでした?領主様との面談は」
「街の中に屋敷を貰っちまいました。あと内政官で名誉市民だそうで」
「ほう、それは大出世ですな」
「嬉しいような恐縮するような、そんな気分です。エレクィルさんは中に?」
「はい。ディーゴさんの魔術書で勉強をなさっておいでです」
「そうですか」
小屋の扉を開けて中を覗き込む。
「ただ今戻りました」
「おお、ディーゴさん、お帰りなさい。領主様との面談はいかがでした?」
「先ほどハプテスさんにも話しましたが、名誉市民の内政官に任命されて、街の中に屋敷を貰っちまいました」
「首輪をつけられましたか。まぁ止むを得ないでしょうなぁ」
苦笑しながらエレクィル爺さんが答える。さすがに店の大旦那だけあって俺の心境を良く分かってらっしゃる。
「とはいえ大出世ですな。まずは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「初出仕はいつになりますかな?」
「……いや、そういう具体的な話はまだなんですよ。まぁ、内政官と言っても実質席は俺一人だけで、大分自由のきく職務だと思いますよ」
「ほう、そうですか」
「ま、冒険者やりながらでもなんとかなりそうなので、ほっとしてるところです」
「おや、ディーゴさんは冒険者もやりますか」
あれ、そういえば言ってなかったけ?と思いつつ言葉を続ける。
「ええ、春の大市に行ったときに、冒険者の酒場で大分勧められましてね。それに、あちこち旅して見聞を広めたい、てのもあるんですよ」
「魔法が使えて赤大鬼とも戦えるディーゴさんなら、天職かもしれませんな」
「それに、机に座ってるだけじゃ早々にネタ詰まりになりそうですし」
「ほっほっほ、そこまで便利にはなりませんか」
「商いの収支報告とは違うんで、計算で導きだしたり、時間をかければ出てくるものでもないですからねぇ」
アイデアなんてのは出そうと思って出せるもんと違うしな。何かの拍子に出てくるのを期待するしかないし。
「しかし問題が、今回貰った屋敷でしてね」
「何か不都合でも?」
「いや、独り者には広すぎるんですよ。部屋が10くらいあるのに、そんなに使わんですよ」
「ほっほ、そんなに部屋がありますか。それはうちの店より広いかも知れませんな」
「庭つき厩舎つきですからたぶん広いと思いますよ」
「しかし屋敷を拝領したとなると、事前に人をやって掃除などを済ませておいたほうがいいやもしれませんな」
洗濯物を抱えて入ってきたハプテス爺さんが話に加わる。
「いえ、それなんですが、帰りにちょっと見てきた感じだと、誰かが掃除して定期的に風を入れてくれてるみたいなんですよね。埃もたまってなかったですし」
探索した屋敷の中を思い出しながら答える。
「ほう、それは行き届いたことで」
「珍しいこともあるものですな」
うん、俺もそう思う。空き家なんて風を入れるだけでも上等で、掃除なんかしないもんな。
「ですから、まぁそんなに引っ越しを急ぐことはないと思うんですよね」
「間取りとかは大丈夫なのですか?」
「少しいじるかも知れませんが、それも後でいいかと。実際に使ってみて、不便だったら直す感じで」
予算も潤沢とはいえないしね。
「あとは家具ですね。こればっかりは置いてなかったもんで、必要最低限でも新調が必要かな、と」
「ああ、なるほど。でしたら懇意の家具職人を紹介しましょうか」
「よろしくお願いします」
「引っ越しはいつくらいになりますかね」
「春の収穫が終わったら、という事で考えてます」
「となるとあとひと月くらいですかな?」
「そんなもんでしょう」
「では、私らもそのように動きますかな」
「よろしくお願いします」
「村長へはこのことは?」
「代官のほうから話が行ってるかも知れませんが、後で村長にも言っておきますよ」
「それが賢明でしょうな」
俺の栄転を祝って、この日の夕食は少しばかり豪華になった。




