新年祭
-1-
秋の大市が終わり、リンゴの収穫をすますと新年祭の話が出始める。
農作業も一段落ついてやることないし。
……大方の人はな。
俺?水路の補修やため池の造成に毎日駆り出されてますよ。土魔法大活躍です。
いやね、村長と代官の連名の紹介状をもらったおかげで街へ入る算段が付いたものだから、春にはこのセルリ村を引き払うことになるのよ。
それを知った村長が、ならいなくなる前にやれることをやってしまおう(こき使ってしまえ)と、諸々の予定を前倒しした結果が今のこれなわけで。
今日も元気に土を固めて水路を直しております。
お陰で最近狩りをしてないので、生肉食ってません。いや、腸詰だの塩漬け肉だのは食ってるんだけどぶっちゃけ俺は生肉のほうが好きなのよ、と。
人前じゃ引かれるから遠慮してるけどね。
ただ、居酒屋の亭主は俺が生肉好きだと薄々感づいているっぽい。
まぁ、齧りかけの肉とか納入してるしね。足が一本ないのとか、あばらの部分がごそっとなくなってるのとか。
それでもスルーしてくれる居酒屋の亭主には感謝だな。
しかし早く醬油を手に入れて刺身というものを広めたい。川魚は寄生虫が怖いので、馬刺しあたりを。
ただ問題は、馬を食う習慣があるかどうかだな。あれは牛や豚ほど食材って感じじゃないからなー。
「ディーゴさーん、もうちょっと右にお願いしまーす」
ああはいはい。余計なこと考えてる場合じゃなかった。
精神を集中させ、完成した水路を思い描く。こっちから見て左側の土を少し削り、右側に付け足す。
「はいそこまででーす」
あとは水路の土を押し固めるようにして硬度を上げる。こうすれば5年10年は持つ水路になる。
「お疲れ様です。今日はこの辺にしておきましょうかな」
「え?でもまだ昼前ですよ?」
早々に作業の終わりを宣言した村長に訊ねる。
「今日は一年の最後の日ですからね。皆はもう休みに入ってますよ」
「なるほど。すっかり忘れてた」
カレンダーってものがないから日付の感覚があいまいなんだよな。
「明日は新年の儀を執り行いますので、昼前には広場に集まっていてください。それじゃ、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
去っていく村長の背を見送りながら、もうこの村に来てそんなに経ったのかとちょっと感慨にふけった。
-2-
翌日、昼前になるのを見計らって村の広場に集まった。
初日の出を拝もうと考えていたのだが、思いっきり寝過ごしたのはここだけの秘密だ。
どうもこちらの世界には初日の出を拝むという習慣はないらしい。代わりに、これから始まる新年の儀というものが初詣の代わりになるのかもしれない。
「そういえば、ディーゴさんの故郷の宗教はどうなっていたのですか?」
防寒着を着込んだエレクィル爺さんが訊ねてきた。
「……うーん、大まかにいうと3つの宗教がメジャーですね」
仏教とキリスト教とイスラム教ね。空飛ぶスパゲッティ・モンスター教は少数派だろうし。
「俺もうろ覚えなんですが、唯一神をあがめる宗教2つと、多神教の宗教一つです」
「ディーゴさんはそのどれかに?」
「まぁ、強いて言うなら多神教の宗教……仏教って言うんですが、それと縁が深いです」
「でも、根っこの部分はお祭り好きの日和見的多神論者、ですかね」
「は?」
「故郷の土着の宗教では、天地万物に魂というか神が宿るっていう精霊信仰がありまして」
「ほうほう」
「仏教は仏教でそれぞれ仏様という神様がいるんですが、俺の中の感覚では仏教の神様もたくさんいる神様の中の一柱、て認識なんですよ」
「それはまた……」
「んで、俺の故郷の節操のないところが、前に二つ挙げた宗教の行事も、お祭りならばやっちまおう、って国民性なんです」
「えーと、それは……?」
さすがに理解が追いつかないようで、エレクィル爺さんが首を傾げた。
「こっちじゃ、天の神様、冥の神様、現の神様の3柱がいて、それぞれに崇めていますよね?」
習った知識を引っ張り出して言う。街中ではわりと3柱の宗教だが、農村では結構自然崇拝っぽい。
「そうですな」
「それに例えていうと、日頃は現の神様をあがめていても、祭っぽい行事があるなら天の神様の行事もやるし、冥の神様の祭も楽しんじまうんです」
「そんなことが許されるのですか?」
ハプテス爺さんが驚く。この人結構敬虔な天の神様の宗教だからね。
「それが許されるどころか推奨されるのが俺の故郷の緩いところでしてねぇ」
お釈迦様にサンタの衣装着せて、ジングルベルの節回しで般若心経唱える坊さんいるし。
クリスマスを祝って、除夜の鐘を聞いて、神社に初詣なんて典型的日本人の行動やん。
ちょっと古い家なら、仏壇と神棚あるし。
「はぁ……そんなところもあるのですね」
「や、ウチが結構特殊なだけだと思いますよ」
「となると、異端審問官などというのは無縁でしょうな」
「無縁ですねぇ。過激な宗教は敬遠される傾向でしたから。……って、いるんですか?」
「この国にはいませんが、天の神様を信奉する聖王国ではいるようですよ」
「押し付けられて信奉するものでもないでしょうに。宗教なんてのぁ平穏な日々に感謝し、植えた作物の豊作を願い、己を生み育ててくれた祖先を敬い、生まれた子の健やかな成長を祝う、そんなためにあるんじゃないかと思いますよ」
「ほっほ、ずいぶんとささやかな宗教ですな」
「少なくとも俺は、絢爛豪華な大聖堂より、土着のささやかな宗教のほうが好感が持てますね」
「大旦那さま、ディーゴさん、そろそろ始まるようですよ」
ハプテス爺さんに促されて視線を前に戻す。
街から呼ばれた侍祭? とかいうおっちゃんが、仮面をかぶって佇む二人を前に声を張り上げた。
「ではこれより、新年を迎える義を執り行う」
「今年生まれし赤子たちを前に」
その声に促されて、3組の夫婦が赤ん坊を抱いて進み出る。
「汝フェリップ、新たな命に祝福を与えん」
侍祭はそういうと、それぞれの赤子の名前を読み上げ、前で丸と×の印を描き、聖水らしきものを額に塗り付けた。
「この者たちに、神のご加護を」
「「「神のご加護を」」」
侍祭の声に続いて村人たちが唱和する。俺もあわてて
「神のご加護を」
と呟いた。
「続いて、今年亡くなりしものの遺族よ、前に」
4組の家族が前に進み出る。
「ケッヘルが父コルドー、その魂に安らぎあれ」
侍祭が遺族の前で個人の名を呼び、多分塩であろう粉を遺族に振りかける。
「われらは神に乞い願う。魂に安らぎあれ」
「「「魂に安らぎあれ」」」
「続いて、夏の精と冬の精よこれに」
控えていた仮面の二人が、侍祭の前にひざまづく。片方は老婆で、片方は娘か?
「各々、死力を尽くしてかたきを打ち破るべし」
その声を合図に仮面の二人が戦いを始める。老婆の獲物は箒で、娘の獲物は脱穀棒なのがちょっと笑いを誘ううえに殺陣も拙いが、村人たちは真剣だ。
10分ほど殺陣が展開された後、娘の脱穀棒が老婆を押しつぶした。
「見よ、冬は敗れ夏は勝てり!」
侍祭の声に続いて村人が唱和する。
「「「冬は敗れ夏は勝てり」」」
「恵みの季節よわれらの元に」
「「「恵みの季節よわれらの元に」」」
負けた老婆はそそくさと退場し、勝った娘が侍祭の前に立った。
娘は侍祭から大きな杯に注がれた葡萄酒らしきものを受け取ると、まずは天に向かって撒き、地に注ぎ、最後にそれを幾度かに分けて飲み干した。
娘役のものが空になった杯を掲げると、村の者たちから歓声が上がった。
「見よ!恵みは我らとともにあり!!」
「「「恵みは我らとともにあり!」」」
そして村人たちから盛大な拍手が起こり、新年を迎える儀式は終了した。
-3-
新年を迎える儀式がおわると、今度は嬉しくない税金の徴収が待っている。いわゆる人頭税というやつだ。
これは読んで字のごとく人一人当たりにかかる税金で、老若男女全部一律で納める必要があるらしい。
ただ、徴収といっても簡単なもので、去り際に代官の前に置かれた袋に、半金貨を1枚入れれば済む。
なんか職場の宴会費用のカンパみてぇだな。
まぁ確かに村民が一堂に会するこの場で集めちまったほうが楽か。
「赤葡萄酒、脱穀棒やってこーい!しわくちゃ婆あ、死神出てけ!!」
日がそろそろ沈もうかという頃、村のあちこちからそんな声が聞こえてきた。
まだ第2弾があるの?と、エレクィル爺さんとハプテス爺さんを見ると、エレクィル爺さんが解説してくれた。
「新年迎えの儀でやった、夏と冬の喧嘩芝居の続きですな。ああやって子供たちが家々を回って、新年の祝福をする代わりにお菓子をもらうのですよ」
あ、そうなんだ。
「ディーゴさん、蜂蜜を少し分けてもらっても構いませんか?」
ハプテス爺さんが声をかけてきた。
「構いませんよ。お菓子に使うんですか?」
「ええ。薄めた蜂蜜を堅焼きパンに塗るだけですがね」
「それでも喜ぶでしょう。甘いものは貴重ですし」
そうこうしているうちに子供らの声が近くなり、うちの小屋の前にやってきた。
「エレクィルさん、ハプテスさん、ディーゴさん、新年迎えましておめでとう!」
「「「新年おめでとー!」」」
子供らが元気に唱和するのを見て、エレクィル爺さんとハプテス爺さんが相好を崩す。
「はいはい、おめでとう」
「えーと、『脂入りの粥を煮るお百姓さん、あんたの畑に幸運を!あんたの鶏と牛にも幸運を!』」
「ほっほっほ、ありがとう。でもウチには鶏も牛もいないんだよ」
新年の決まり文句に、エレクィル爺さんがお茶目なツッコミを入れる。
「あ、そうだった。こういう場合は、えーと……『あんたの虎にも幸運を!』かな?」
「おいおい、俺は家畜がわりかよ」
「だってほかに言い方ないじゃん!!」
「まぁいいか。『幸運をありがとう。報われますように』。だったな」
「そうだよ!」
「はいはい、じゃあこれでも食べていきなさい」
ハプテス爺さんが子供らに堅パンを配る。
さっそく口に入れた子供らは目を丸くした。
「なにこれ、甘い!!」
「蜂蜜を塗った堅パンですよ。ポケットに入れるとべたべたするから、この場で食べていきなさい」
「「「ありがとう!!」」」
我先にと堅パンに群がる子供らを見て、なんとなく平和な気分になった。