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秋の大市2

-1-

 魔法道具は基本見るだけだったのが、思わぬ寄り道と散財をぶっこいてしまった。

 イツキが結構退屈しているので、吟遊詩人でも探しながら飯でも食おうということになった。

 といっても土地勘ないからな、さてどうしたもんか。飛び込みで入るのもハズレは引きたくないしな、と思って辺りを見回したら、暇そうにしている乗合馬車がいたので声をかけてみることにした。

「御者の兄さん、ちょっといいかい」

 そう言いながら銀貨を一枚見せる。

「お、おう。なんか用かい?」

「大市を見物に来た者なんだが、この辺りでうまい店なんて心当たりないか?吟遊詩人がいたりするとなおありがたい」

「旨い店ねぇ……吟遊詩人がいるってなると食堂よりも酒場になっちまうけどいいかい?」

「ああ、構わんよ」

「それならいい店がある。ここから南に3ブロック先を左に曲がると石巨人亭っていう酒場があるぜ。そこなら飯もそこそこイケるし吟遊詩人のひとりくらいは歌ってるかもな」

「3ブロック先を左に曲がった石巨人亭、ね。分かった。こいつでなんか1杯飲んでくんな」

「へへっ、ありがとよ」

 御者に銀貨を渡し、言われたとおりに道を歩く。

 3ブロック先を左に曲がると、雑踏の中に何かの曲が聞こえてきた。

「ふむ、この曲かな?」

「あそこの看板がその店じゃない?」

 イツキが指さした先に、人型を打ち抜いた看板がぶら下がっていた。

「ああ、多分そうだな」


キィッ

 アメリカ西部の開拓酒場みたいな両開きの扉を開けると、一瞬店内が静まり返った。

「い、いらっしゃいまひぇ」

 近くにいた猫耳の給仕が語尾を噛んだ。

「二人だが、空いてるかい?」

「は、はひ!カウンターへどうじょ!」

「ありがとう」

 噛みまくりの給仕を残してカウンターに向かう。この頃にはもう酒場の中はざわめきが戻っていた。

 客層は……なんか武装してるのが多いな。しかもエルフにドワーフに獣人に……って、人間がいねぇな。人外の酒場ってやつか。

「いらっしゃい。冒険者の登録かい?」

 熊耳のおっさんが、カウンターの向こうから声をかけてきた。

「いや、勧められてメシ食いに来ただけだ」

「なんだそうかい」

「つー訳でランチを……3人前と、酒はどんなのがある?」

 ちらりとイツキを見て注文する。

「酒か?そうだな……エール、3級葡萄酒、2級葡萄酒、蜂蜜酒に焼酒、あと1級葡萄酒が少しある。値段は言った順に高くなるぞ」

「じゃあ……」

「あたしは蜂蜜酒ってのを」

「俺は焼酒を一杯もらおうか」

「はいよ」

 少しして出された酒を口に含む。無色透明の焼酒は結構酒精が強いようで、飲み込むときに喉を焼いた。

 ふむ、やはり蒸留酒だったか。しかし熟成してないようで、まろみが足りんな。結構とがった酒だ。

「あら、これ美味しい」

 一方、イツキは蜂蜜酒を気に入ったようだ。早々にコップを空けると、お代わりを注文した。

「酒好きの精霊ってのも珍しいな。お前さん、精霊憑きか」

 カウンターの向こうで料理を手早く作りながら、熊の亭主が声をかけてきた。

「ああ。大樹の精霊でな、(うろ)で一晩明かそうとしたときに取っ憑かれた。酒だけじゃなくて歌も好きだぞ」

「あちこちの歌を聞いてみたいのよ」

「へぇ、樹の精霊がねぇ……結構変わりもんだな」

「そうじゃなきゃ憑りついたりなんかしないわよ」

「となると、虎の兄さんは樹の魔法が使えるってことか」

「まぁな。ついでに言えば土の魔法も心得がある」

「なんだいそりゃ……お前さん、冒険者か?」

「いや、今はただの農夫だよ。セルリ村ってとこに厄介になってる」

「おいおい、魔法が2種類も使えるってのに農夫かよ。それぁ才能の無駄遣いってもんだぜ?こっちのほうも結構できるんだろ?」

 亭主はそういって指で剣術の真似をした。

「生憎、そっちも魔法も我流でね、あまり自信はない」

「かぁー、それにしたって勿体ねぇ。今からでも冒険者やる気はねぇか?」

「興味はあるが、今はまだ無理だな」

「なぜだい?」

「まだ秋に蒔いた種が収穫できてねぇ。ってのは冗談だが、この御面相で気軽に街に入れてもらえなくてな。先日ようやく村長と代官のお墨付きをもらったとこだ。春には引っ越してくるつもりだから、冒険者になるのはそれ以降だな」

「なるほど、そういうことかい」

「ところで、さっきから妙に冒険者を勧めてくるが、ここはいわゆるそういった店なのか?」

「なんだ、そんなことも知らずにこの店に来たのか」

「そんなことも何も、街に入ったのは今日が初めてだ。後見役を家に送り届けて、大市の見物をしながら飯が食えて歌が聞ける店を探したら、御者の兄さんにここを勧められたのさ」

「ああそうか、なるほどな。ほらよ、今日のランチの羊肉とレンズマメの煮込みにキノコと大麦の玉ねぎ詰め、それとマッシュポテトだ」

「ありがとう」

「いただくわ」

「それと……おーいルシェル!こっちのお嬢さんが1曲御所望だ。適当になんかやってくれ」

「はーい」

 客の中からそう声が上がると、タヌキ耳の女性がリュートを手に取って爪弾き始めた。

 バラードっぽい曲をバックに食う料理は、御者の兄さんが進めてくれたように結構いけた。

 煮込まれた羊肉はほろほろと柔らかく、ハーブを使ってうまく臭みが消してある。

 玉ねぎの詰め物は、キノコのうまみが染みた大麦がプチプチと面白い。

「虎の兄さんにゃもっとこう、肉!のほうがよかったか?」

「いや、肉に限らず野菜も大好きだ」

「そうか、ならよかった」

 熊の亭主はそういって笑った。

「で話は戻すが、ここは見ての通り冒険者の酒場だ。主に亜人用のな」

「……ああ、なるほど。道理(どうり)で亜人しかいないわけだ」

 この店の中だけ人口比率を無視してんな、と思ったが納得がいった。

「人間もたまには来るんだが、どーにも長居してくれねぇ。俺としちゃ差別してるつもりはないんだがな」

 その人間の気持ちはわからんこともない。前世じゃ日本人の男一匹、在日外国人御用達の日本語の通じないブラジルレストランや女の子のたまり場の甘味処に単騎突撃した経験があるからな。

 不味くはなかったが、居心地は正直あまりよろしくなかった。

 ちなみにブラジルレストランで食った腸詰はとても旨かった。

「冒険者ってのは知ってるか?」

「一言でいえばトラブルシュータ―……よろず揉め事請負人だと思ってる。ただし、権力とは一線を引いた自由人である、ともね」

 ゲームでの知識をもとに話してみる。

「それだけ分かってりゃ上等だ。なぁお前さん、冒険者になる気はないか?魔法が使えて前衛でも戦える人間てのは貴重なんだ」

「……そっちの事情は分かるが、さっき言ったように今は無理だ。春先になって引っ越して来たら考えさせてくれ」

「いい返事期待してるぜ」

 その後、食事を終えると、相変わらずかぶりつきで聞いてるイツキを残し、熊の亭主に事情を説明して軍資金を渡しひとり街歩きに出た。


-2-

 さて一人歩きを始めたものの、特にこれと言って当てがない。

 少し考えた後に、魔法書なんぞがあるかも知れないと探してみることにした。

 そういえばこちらに来てから本という物を見てない。紙はあるのだが本にするにはまだ技術力が至っていない感じだ。

 幾つかの店を渡り歩いてやっと見つけたのは、これまた路地にある怪しげな小さい店だった。

ギィィィィィィ

 うるさくきしむ扉をあけると、中は古書店のような乱雑な空間が広がっていた。

 いいねいいね、こういう空間は嫌いじゃないよ。

 手ごろな一冊を手にとってぱらぱらとめくってみる。ふむ、これはなんかの物語だな。

 そんな感じで数冊をぱらぱらと立ち読みしていると、後ろで咳払いをされた。

 見ると俺の腰よりちょいと高いくらいの老婆が、腰に手を当てて俺を見上げていた。

「お客さん、何か探しものかえ?それとも冷やかしかえ?」

「冷やかしも半分入ってるが……魔法の初歩についてか書かれた本なんかないかな?」

「魔法の書かい?ないこともないけど、あんたにゃ無用だと思うけどね」

 立ち読みから入ったせいか、なかなか手厳しい。

「これでも土と樹の魔法が使えるんだが、我流でな。一般的な知識が知りたい」

「なるほど、そういうわけかい。人は見かけによらないもんだね。それなら……この辺りかね」

 老婆は頷くと本を3冊持ってきた。

「これは初等魔法の教本書。全属性を網羅してるから、基本から学ぶにゃいいだろう。こっちとこっちは樹と土のそれぞれ初等の魔法書だよ」

「ありがとう」

 そう言って受け取ると、ぱらぱらと中を見る。樹と土の魔法書のほうはちっと内容が高度というか専門的すぎる気がする。

 残りの一冊の教本書が、俺のレベルというか目的に合ってるような気がした。

「じゃあ、この教本書を貰おうか。幾らだい?」

「それかい、金貨4枚と言いたいところだけど、3枚にまけといてやるよ。あんた、常連になりそうだからね」

「そりゃありがたい。これからも贔屓にさせてもらうことにしよう」

 そう言って本屋を出た。……しかし本1冊が金貨3枚か。専門書にしてもべらぼうに高いな。

 図書館があれば入り浸るところだが、どうやら首都までいかないと図書館はないらしい。


 本屋を後にして街中をそぞろ歩く。

 見慣れない物が当たり前のように店に並んでいる光景を見ると、改めて異世界に来たのだなとうきうきする。

 あっちの露店を冷やかし、こっちのスタンドで軽く食い、雑踏の中でかわされる値引き交渉に耳をすませ、時には相手の口車に乗っていらん物を買いこみ、気がつけばずだ袋にそこそこの量の食料品が入っていた。

 うーむ、果物はそのまま食うにしても、ハーブやスパイス関係はハプテス爺さんに渡して使ってもらうか。

 蜂蜜を拝み倒して半金貨3枚分値引きさせたあたりで、いい時間になったので石巨人亭に戻る。

 まだ聞いていたいと渋るイツキを吟遊詩人から引っぺがし、代金を清算した……んだが、半金貨5枚も聴いて、飲んでいやがった。半月の生活費分じゃねぇか。

 こいつは一人にして放っておくのは危険だな。


 イツキを連れてカワナガラス細工店に戻る。

「おかえりなさいませ、ディーゴ様、イツキ様」

 店先に出ていた使用人が出迎えてくれた。ふむ、教育が行き届いてますな。

「ただ今戻りました。エレクィルさんとハプテスさんは奥ですか?」

「はい、ご案内します」

 使用人に連れられて奥に入る。ちらりと店の中を見てみたが、ガラス工房だけに凝った入れ物が多い。

 ガラス細工の良し悪しは分からんが、単純にきれいだなと思った。

 背負ったずだ袋を商品にぶつけないようにするのにちょっと気を使ったが。

「こちらです。大旦那様、ディーゴ様とイツキ様が戻られました」

「そうですか、入ってもらいなさい」

「失礼します、では、どうぞ」

 と、使用人が扉を開けて、一礼して去っていく。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ、ディーゴさん。結構な収穫ですな」

 俺が背負ったずだ袋を見たエレクィル爺さんが笑いながら言った。

「食い物ばかりなんですが、面白そうなんでつい買いこんでしまいました」

「そうですか。では、ハプテスらに言って夕食の一品に加えてもらいましょうかな」

「お願いします」

 そしてその夜はエレクィル爺さんの家族を交えて、大市での収穫やセルリ村での生活を話しながら穏やかに更けていった。

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