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秋の大市1

-1-

 時節は少しさかのぼる。

 栗拾いが終わり、リンゴの収穫を控えた一時期、ディーセンの街では恒例の秋の大市が開かれる。

 前回の春の大市の時は、街の外のぼったくり露店を冷かすだけで終わったが、今回の秋の大市は街の中に入れるのでなにかしら面白いものを仕入れたいところ。


 大市の朝、ウッキウキで支度を済ませ、エレクィル爺さんとハプテス爺さんを連れてディーセンの街に向かった。

 街の外の露店を見るのも楽しいが、今回の目当ては街の中。

 というわけで、さっさと入門の列に並ばせてもらう。

「ディーゴさんや、街の中に入りましたらな、一度私どもの店に寄っていただけませんかな」

「ええ、いいですよ」

「なに、大した用があるわけではないのですがな、たまには店の様子も見ておかないといけませんのでな」

「俺にずっとかかりっきりですいません」

「なんのなんの。おかげで面白い毎日を送らせてもらっていますよ」

 そうこうしているうちに順番になった。

 俺としてはいつぞやの門番に紹介状を突き付けて、高笑いで入ってやりたかったのだが、今回の門番はまた違う人間のようで、紹介状を見て

「ふむ、セルリ村の村長と代官の連名か……よし、入っていいぞ」

とすんなり入ることができた。


 そして無事に街の中に入ることができたのだが、街の中もまた人混みがすごい。

 門に面した大通りらしいのだが、両側にばびっちりと露店が並び、呼び声もやかましく客引きをしている。

 そんな中、周囲に微妙に空間をあけながらエレクィル爺さんの店にと向かう。

「ディーゴさん、ここが私どもの店になります」

 そういって指さされたのは、通りを2回ほど曲がったところにある三階建ての一軒家だった。

 ちょ、ここ大通りに面してる一等地やん。

「「お帰りなさいませ、大旦那様」」

 エレクィル爺さんを見つけた使用人たちが、並んで挨拶をしてくる。

「ただいま戻りましたよ。それと紹介しますが、こちらがディーゴさん。私共の大事な客人です」

「ディーゴです。よろしく」

 そうやって挨拶をかわしていると、奥からカニャードがやってきた。

「父さん、ハプテスさんお帰りなさい。ディーゴさんもお久しぶりです」

「ささ、店の前で立ち話もなんですから奥へどうぞ」

「そうですな」

「では、お邪魔します」

 応接室に通され、勧められるままクッションのついた椅子に腰かける。

「まずはディーゴさん、父とハプテスさんがお世話になっております」

 そういってカニャードが頭を下げた。

「いえいえ、お世話になっているのは俺のほうです。お二人のおかげでようやく言葉が覚えられました」

「そういわれれば、ずいぶんと流暢にお話しなさる」

「はっは、死に物狂いで勉強しましたから」

 まだ口喧嘩ができるほどじゃないけどな。

 その後、互いの近況の報告などをしあい、店に残るという老人二人と別れて街に繰り出した。

 隣には俺から出て服を着替えたイツキもいる。


 そして二人連れで街中をぷらぷらと散策する。

 人ごみなんだが、例によって俺の周りだけ空間が空くので結構歩きやすい。

 ……ふむ、やはり街中は家がしっかりしてるな。農村じゃ土壁だったが、街の中は木組み石組みの家が並んでいる。

 上水は共同の井戸だと思うが、下水はどうなってんだろ。中世みたく道端に投げ捨ててある様子は見れないし……。

 どこかに共同のトイレでもあるのかね。

「ふぅん、これが人間の街なんだ。ずいぶん人間が多いのね」

 イツキがきょろきょろしながらつぶやく。

「まぁ今は大市の最中だからな。普段はもっと人が少ないと思うぞ」

「で、ディーゴ、お目当ては?」

「まずは魔法道具屋だ」

 手近な店で果物を2つ買い、魔法道具を扱っている店の場所を聞き出すと、まっすぐその場所へと向かった。


-2-

「いらっしゃい」

「ここが魔法道具を扱ってる店かい?」

「ええ、そうですよ。他の店とはちょっと違う品揃え、見てってくださいよ」

 ……とは言っても、扱ってるのは壺や瓶に入ったポーション類がほとんどだな……。

 内心少しがっかりしながら品ぞろえを眺めていると、なんかどこかで見たことあるようなものを見つけた。

「うん?こりゃなんだ」

 手のひらに乗るほどの小さな箱がいくつか並んでいるスペースがあった。

「これかい?よくぞ聞いてくだすった。こいつはウチの先生が作りなすった着火の魔法の小道具でさ」

 ほう。

「中に木の棒が入ってるだろ?この棒を一本取りだして、適当な所にこすりつけると……こうだ!」

 そういって店番が見せる棒の先には、黄色い炎がついていた。

 どう見てもマッチですありがとうございます。

「しかしそれだと木の棒がなくなったら終わりだよな。永久に使える魔法道具とかはないのか?」

「ちっちっちっ、あるにはあるが、それだと金貨30枚もするんだぜ。その点これならなんと、40本入って半金貨1枚だ!」

 半金貨1枚っつーと約1万円か。マッチ一つにゃずいぶん割高だが、1本1本手作業だもんなぁ。

 しかし火打石による着火がマッチに切り替わるのは結構でかい。ここは投資として買っておくのも悪くないか。

「よし、じゃあ2箱もらおうか」

「まいど!ありがとうございます!」

 財布の中から半金貨2枚を取り出し、マッチを2箱受け取る。

「さて、これで俺はあんたの客になったわけだが……ちょいと頼みがある」

「な、なんです?今はかきいれ時だからあまり難しい話とかはなしですよ?」

「大したこっちゃねぇ。これを作ったあんたの先生とやらと、ちょいと話がしたいだけだ」

「なんだ、そんなことですか。それだったら構いませんよ。そこの路地入った突き当りが先生の家ですんで、ドアをしつこくノックすりゃ出てきますって。あ、名前はガーキンス先生で炎についての研究をなさってます」

「そうか、ありがとさん」

 店番の青年に教わった通りに路地に入り、突き当りの家のドアをノックした。


コンコン

「ガーキンスさーん」

コンコンコン

「ガーキンスさーん」

コンコンコン

「ガーキンスさーん?」

コンコンコン

「なんじゃい!……ひぃっ」

 ドアを開けて顔を見せたのは、初老の男性だった。驚いてドアをしめようとするところを、手を差し込んで何とか止める。

「失礼、ガーキンス先生ですか?」

「い、いかにもワシがガーキンスじゃ。そういうお主は誰じゃ?」

「ああ、すいません。俺はディーゴって言います。これ、作ったの先生ですよね?ちょっとお話を伺いたくてお邪魔しました」

 そういって買ったばかりのマッチを2つ見せると、目に見えて表情が柔らかくなった。

「おお、そうかそうか。ワシの話が聞きたいか」

 そういって招き入れられた部屋の中は、得体のしれない器具やフラスコなどが所狭しと並んでいた。

 ふーむ、魔法使いというより錬金術師っぽい?尚更好都合だな。

「で、ワシの何を聞きたいというのじゃな?」

「炎について研究されていると伺いましたが、具体的にどのような研究をされておられるのか、と」

「ふむふむ、よかろう。そもそも炎というのは……」

 機嫌よくガーキンスは語り始めた。話としては学校で習った物理と似たり寄ったりの内容だったが、1時間ほど根気よく話に付き合った。

「……というところなんじゃ」

「いや、勉強になります。ところでこのマッ……着火棒、水に弱いという欠点があると見ました」

「ほう、よく気付いたな。確かに一度濡れてしまうと火が付かぬ。油紙か油を塗った羊皮紙で包むか考えておったところじゃ」

「そのようなことをせずとも、もっと簡単な方法があります」

「ほう?」

「溶かした蝋にこの先っぽをちょっと浸してやればいいんです。そうすれば蝋の膜ができて水に強くなる」

「おお、なるほど」

 ガーキンスは納得したように手を打った。

「ちょいと着火がしにくくなりますが、まぁ誤差の範疇でしょう」

「ふむ、蝋で膜を作るというのは盲点じゃったな」

 ガーキンスはまばらにひげの生えた顎を撫でながらうなずいた。

「水に濡れても燃える着火棒……うむ、これは売れるぞ。ディーゴといったな、お主には何か礼をせねばな」

 さてこっからが本題だ。

「では一つ、先生にお願いがあります」

「ワシにできることであれば」

「先生は燃える水というのに心当たりはありませんか?」

「燃える水?おお、知っておるぞ。黒くてどろりとした、岩から染み出る有毒の油じゃな。実験で取り寄せたことがある」

「それを使ってこのマッチ……じゃなかった着火棒を進化させてみるつもりはありませんか?」

「着火棒を進化だと……? 詳しく話してみい」

 ガーキンスに勧められるまま、紙に図面を書き出してみた。オイルライターにしようかとも思ったが、加工や細工の面で色々面倒くさいのでオイルマッチにした。

「言ってしまえば構造は着火棒と似たようなものなんですが、これは燃料に燃える水を使います。この容器の側面のフリント部分に、この鉄の棒をこすりつけて火花を散らすわけです。んで、飛び散った火花が綿にしみこませてある油に引火して火が付く、という具合なんですが、分かります?」

「うぅむ、分かる……分かるぞこれは。確かに着火棒が進化したものじゃ。ワシの作った着火棒みたいに、10本20本などというみみっちい使い捨てではなく、油を補給しさえすれば相当な回数が使えるじゃろう」

 真剣な顔をしてガーキンスが頷いている。

「じゃが、これだとよほど燃えやすい油でないと火がつくまい」

 さすが研究者。良く解ってらっしゃる。

「そこで先生の力をお借りしたい。燃える水をなんとか精製すれば燃えやすい油が作れるはず。その油の開発をお願いしたい」

「…………」

「先生、どうでしょう」

「……面白い。これが実用化されれば、着火の世界に革命が起きる。是非ともやらせていただこう!」

「では」

「うむ。さっそく研究に取り掛かろう」

「では、よろしくお願いします。俺に連絡をつけたいときは、若枝通りのカワナガラス店まで使いを出してください」

「若枝通りのカワナガラス店じゃな。分かった。なるべく早く吉報を届けるようにしよう」

「じゃあ、俺はこれで」

「うむ、有意義な話、感謝する」

「あと、これは研究費用の足しにでもなさってください」

 そういって金貨を10枚渡す。材料費もばかにならんと思うしね。

「ありがたい。必ず、作りだしてみせるぞ」

 固く握手を交わすと、俺はガーキンスの家を後にした。

 さて、これが上手くいってくれればいいんだが……。

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