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風力選別機

-1-

 そうだ、選別機を作ろう。

 残暑の残る秋の初め、揺れる大麦の穂を見てふと思い出した。

 脱穀はだいぶ楽になったが、脱穀後の選別はいまだに原始的なんだよな。

 こっちの世界にコンバインなんて文明の利器はないので、脱穀した穀物は笊に入れ、ぶわぁーっと宙にまき散らしてゴミを飛ばす。

 微風が望ましいが、風がない時は大きなうちわで煽ぎながらやる。

 以前の脱穀に負けず劣らず力仕事だ。

 前回の小麦の時は、エレクィル爺さんとハプテス爺さんのほか、年寄衆が筵を広げて20人くらいでやってた気がする。

 壮観といや壮観なんだが、やってるほうは大変だろうな、と俺的に何とかしてやりたいところ。

 というわけで、選別機の構想に取り掛かった。

 モノ自体は使ったことはないが、爺ちゃんの家の納屋とか民俗資料館にあった。

 確か唐箕(とうみ)、だったと記憶している。

 ただ……外見はなんとなく覚えてても、内部構造までは覚えてないんだよな。

 まぁ何とかなるだろう。


 まずは風選別の原理というか目的。

 これは、落ちてくる穀物に風を当てることでゴミを吹き飛ばすのが目的だ。

 理想を言うなら、一定量/時間で落ちてくる穀物に、一定量の風を当てるのが望ましい。

 一定量/時間の穀物を落とすには、穀物の落とし口を細くしてやればいい。砂時計の原理やね。

 一定の風……これはちと難しい。

 風を作るには風車だが、風力は回転数に比例する。

 一定の風を得るには一定の速度で風車を回さにゃならん。

 人力で回す、速度が変わるものを一定の速度に変換するには……駄目だ思いつかん。いったん脇に置いておこう。

 次は風車の形だが、ぱっと思いつくのは水車型のシロッコファンとスクリュー型のプロペラファンの2種類だよな。

 以前に見た唐箕の形からすると、内蔵されているのはシロッコファンだろうな。

 後は、風が外に逃げないように風車を板で囲って、吸気口と排気口をつける。

 排気口のところに穀物の落とし口と分別口を取り付ける。分別口は……2種類でいいか。

 うむ、シンプルながら唐箕の原型ができた。

 なんか意外とあっさりできたなおい。もうちっと複雑なんかと思ってたが。

 後はこれから改良していくわけだが……穀物の流量は調整できるようにしたいな。

 これは穴のあいた板を動かして調整できるようにすればいいか。

 あと、割と大掛かりな装置になるから車輪をくっつけて。

 あとは脇に置いといた一定風量の問題だよなぁ……うむ、良い手が思いつかん。

 第2第3の改良機への課題とするか。


-2-

「……というわけで、今度はこれを作ってもらいたい」

「まったく旦那は次から次へと……俺を殺す気か」

 鍛冶屋の大将は苦笑して答える。

「でもその分手間賃入ってんだろう?」

「そりゃそうだが、ちっとは休ませろ」

「安心しな、これで農具関係は一段落だ」

「そう願いたいね」

「……ということは、まだ手押しポンプの仕事が続いてんのか?」

「ああ、領地中の街と村全部に普及させるつもりらしくてな、街の鍛冶屋も動員して作ってる。とはいえ初めに作ったのが俺だからな、割り当てが一番多いんだ」

「なるほど」

「で、下世話な話、旦那は幾ら貰ったよ?」

 鍛冶屋の大将が声をひそめて聞いてきた。

「金貨で30貰ってそれっきりだな」

「それって少なくねぇか?」

「まぁそれでも脱穀機よりは稼いでるからなぁ」

「俺のところに来てる注文からして、もっと貰っていいと思うぞ?」

「しょうがねぇよ。領主が決めたんじゃそれに従うしかねぇし」

「まぁそうだけどなぁ」

 大将はいまいち納得していないようだ。

「ま、それはともかくこれを見てくれ」

 大将の前に図面を広げる。

「こりゃなんだ?」

「新しい風力選別機だ。今は笊で宙に放り投げてやってるゴミ飛ばしを、この装置で済ませたい」

「材質は?」

「ほとんど木だな。大将に頼むことじゃねぇのかもしれんが、他にツテがなくてな」

「いやまぁ、村じゃ何でもやってるから俺のところで構わねぇけどよ、材料がほとんど木なら木工ギルドの領分だな」

「そうなんか」

「で、これの原理だが……ここで風を起こして、ここから流れる穀物に当てて、ゴミを吹き飛ばすって感じでいいんだな?」

「ああ。そんな感じだ」

 3回目ともなると鍛冶屋の大将もだいぶ分かってきたようだ。

「ここの風を起こすところは水車か?」

「いや、水車みたいな風車だ。動かすのは人力だ。そのハンドルがそうだな」

「この車は?」

「ちょいと大掛かりになるから、移動時に車があったほうがいいかなと思ってつけた」

「吹き出し口は2つでいいんだな?」

「ああ、飛ばしたゴミの出口と、飛ばされなかった籾の出口だ」

「ふんふん、大きさは1トエムとあるが、そんなもんでいいのか?」

「あまりでかいと風車のハンドルが重くなると思ってな。そこら辺は具合を見ながらだな」

「うん、なるほど。構造は理解した」

「やってもらえっかな?」

「ああ。これもなかなか面白ぇ装置だ。すぐにでも取りかかりてぇが、手押しポンプの割り当て分があるからな、今月末まで待ってくれ」

「ああ、構わんよ。大麦の収穫に間に合えばそれでいいからな」

「なら余裕だ」

「じゃ、頼んだぜ」

「おう、任せろ」


-3-

 そして月末、試作機が出来上がったので村長と代官を呼んで動作試験をかけてみた。

「今度の物は大きいな、何をする装置だ?」

「収穫して脱穀した穀物から、風を使ってごみを飛ばす装置です。ほら、脱穀後に皆が笊を使って宙に放り投げてやってるアレ、あれを装置で簡単にできるようにしてみました」

「ほうほう、あの選別が装置になりますか」

「じゃ、まずは動かしてみましょう。ここに選別をかけたい穀物を入れます」

「ふむふむ」

「そしてここのハンドルを回すと風が起きます」

 ギコギコと音を立ててハンドルを回すと吹き出し口から風が出てきた。

「この広いほうから軽いゴミが飛ばされて、こっちの小さい口から飛ばされなかった籾が落ちてきます」

「ハンドルを回しながら……ここのレバーを引くことで穀物の落ちる量が調整できます。いきますよ……」

 ザーッという音がして投入した種籾が落ち始めると、ハンドルで起きた風でごみが飛ばされ、種籾だけが落ちてきた。

「あとは穀物がなくなるまでハンドルを回し続けていればいいわけです」

「ほほう、これは便利ですな。小麦の時は脱穀に選別が追われてましたが、これならいいペースでできそうですな」

 村長がうんうんと頷いてみせた。

「どれ、このハンドルを回せばいいんだな?」

 代官がハンドルを回して見せる。

「ただ欠点がありまして」

「なんだ?」

「ハンドルを早く回しすぎると風が強くなって、質のいい種籾まで飛ばしてしまうんです」

「麦類だったら、小麦、大麦、ライムギ、燕麦全部に流用できるんですが、その分細かい選別ができなくなってしまいました。だから、どうしてもごみは少し混じってしまうかもしれません」

「いやいや、それでも大したものですぞ」

「そうだ、その程度のごみなら粉ひきの際に取り除けるからな」

 村長も代官もおおむね好意的だ。

「しかしこの調子なら、麦の刈り入れも楽になったりできんか?」

 上機嫌の代官が訊ねてきた。

「残念ながら。俺の故郷でも刈り入れは人力でしたからねぇ」

 いや、正確に言えばコンバインとかで半自動化できていたんだけど、さすがにそれを説明するのは無理がある。

「そうか」

 代官はちょっと残念そうに肩を落とした。まぁ、刈り取りは一番手間かかる部分だからねぇ、なんとかしたい気持ちはわかる。

「ところで鍛冶屋、これも量産は可能だろうな?」

「可能っちゃ可能ですが、今は手押しポンプの仕事であまり余裕はありませんぜ」

「むぅ、そうか……」

「いつぞやの脱穀機みたく図面を販売してみては?」

「「それだと取り分が減る!」」

 おお、代官と鍛冶屋がハモった。……ん、代官の取り分?もしかして、中抜きしてやがんのか?アンタなにもしてないだろ。

「じゃあ、これはしばらく見なかったことにして、手押しポンプが落ち着いたころに世に出すってのはどうだ?」

 まぁ普及は少し遅れるが、ぶっちゃけ俺はこの村の作業が楽になればいいわけだからなー。

「皆さんどうでしょう、とりあえず鍛冶屋さんには4台ほどこれを作っていただいて、その様子を見て領主様に報告というのは」

「それが一番無難ですな」

 エレクィル爺さんとハプテス爺さんが賛同する。

 俺も特に異論はない。

「ふむ……まぁ仕方ないか」

 代官はどこか不満そうだが、対案がないのかしぶしぶといった感じで頷いた。


-4-

 そして大麦の刈り入れの日。

 鍛冶屋の大将が睡眠時間を削って作り上げた唐箕は、大体好印象を持って迎えられた。

 脱穀→選別の間であまり流れが滞ることもなく、さくさくと選別がかけられている。

「ディーゴさん、どんな調子ですかな」

 村長が様子を見にやってきた。

「ぼちぼち、いい感じで動いてますね。思っていたよりゴミの混入も少なくて」

 そういって選別された麦をすくって見せる。

「ハロージャさん、作業としてはどうですかな?」

 村長はハンドルを回している老人にも声をかけた。

「こりゃラクですわい。今までは上げたり下げたりと腰にきとりましたが、今はほれ、ハンドルを回すだけで済む。それに選別も早くなっとるようですわい」

 ハロージャと呼ばれた老人は、楽しそうにハンドルを回しながら答えた。

「そうですか、それは上々」

 村長はそれを聞いて満足そうにうなずいた。

「それでディーゴさん、今回の件ですがな」

「はい」

「代官様と話し合った結果、お金のほかに紹介状を書こうということに決まりました」

「紹介状?」

「左様。街に入るための紹介状です。代官様と私の連名で書けば、門番もすんなり入れてくれるでしょう。約束の期間にはまだ早いですが、ディーゴさんは村のためにいろいろと作ってくれましたでな」

「そうですか、ありがとうございます」

 思ってもいなかった申し出に、頭を下げる。2年の予定が半年になったか。

「ただ、もうしばらくはここでお世話になりますよ。せめていま植えている野菜が収穫できるまでは、ね」

「そうしていただけると我々も助かります」

「となると、俺は今後は狩りのほうに回ったほうが?」

「そうですな。そのほうがディーゴさんも動きがとりやすいでしょう。それに、用水路とか直していただきたいものもありますでな」

「わかりました。今後は狩りがメインの遊軍として動きますんで、何かあったら言ってください」


 んじゃ、エレクィル爺さんとハプテス爺さんにも報告しときましょうかね。

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