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手押しポンプ

-1-

 事故が起きた。

 朝の水汲みの最中に、子供が井戸に落ちたのだ。

 幸い、落ちた子供は腕の骨を折っただけで済んだが、一歩間違えれば死んでいたという事態に村人たちは

 なにもしなかった。


 うん、水を汲むときに当人が気をつければいいという考えみたい。

 ただ俺からすると、もーちょっと何とかしたいと考えたわけで。

 いやね、前世の会社でこんな事故起きたら、そりゃもう大騒ぎよ?

 休業労災だー、って警察呼んで現場検証するわ、責任者は怒られるわ、再発防止策は提出させられるわで仕事が止まる。

 ポカミスをした本人が悪いのではなく、ポカミスが起きてしまう環境が悪い。事故が起きたら再発防止は最優先。

 日本の工場は、こんな価値観で動いてます。


 っと、話を戻して、ちなみにこちらの世界の水事情は大方の予想通り正直あまりよろしくない。

 蛇口をひねれば水が出る水道なんてものはなくて、共同の井戸や水汲み場から、毎朝人力で汲んでくるのが実情だ。

 このセルリ村も例外ではなく、村に2ヶ所ある共同の井戸で釣瓶を使って水汲みをしている。

 ただこの釣瓶による水汲み、やってみるとちょっとしたコツが必要で、慣れないうちは井戸の中に落ちそうになったり、水の入った釣瓶を井戸の中に落としたりする。

 実際、今回みたいな子供の事故や、酔っ払いが落ちる事故はたまにあるそうだ。

 そりゃ、なんとかしてやったほうがいいかもしれんな。


「……というわけで、作ってもらいたいものがあるんだ」

「虎の旦那か、また今度は何を考えたんだい?」

 脱穀機以来親しくなった、鍛冶屋の大将に相談する。

「手押しポンプっつー、水汲みの道具だ」

「ほう」

「イメージとしてはこんな感じになる」

 用意していた図面を広げる。つっても走り書き程度の雑な図面だ。

「ここの取っ手を上下すると、こことここの弁が開いたり閉じたりして中に水が溜まり、ここのところから水が出る」

「ふむふむ……ここの弁はどういう弁だ?」

「取っ手を持ち上げたときにフタが開いて、取っ手を下げたときに閉じる仕組みだ。上付きの極ありきたりの弁で構わないと思う」

「ほうほう、ここが丸くなっているのは?」

「そこに一時的に水が溜まる」

「ふむ、ところでここの隙間はどうする?」

「そこは布を巻きつけてふさぐ」

 そんな感じで小一時間ほど話を詰めた。

「うん、こりゃ面白ぇ。これなら水汲みもだいぶ楽ンなるだろう」

「作れそうかい?」

「簡単な技術の組み合わせだ、大したこっちゃねぇよ」

「どのくらいでできそうだ?」

「水に浸かるから青銅だな……前回みたいに端材でどうこうってわけにゃいかねぇ。7日ほどくれ」

「ついでに井戸に取り付ける金具なんかも作ってくれると助かる」

「わかった。代金は……村長からもらうか。これなら喜んで出すだろう」

「済まんな」

「代官にはどうする?」

「試作が出来上がったら、村長と合わせて話を通そう。無視するわけにもいかんしな」

「違ぇねぇ」

 あまりいい予感はしないのだが、と付け足して、鍛冶屋の大将と笑いあった。


-2-

 そして7日後、手押しポンプの試作品が出来上がった。

 井戸の周りには俺と鍛冶屋の大将のほか、エレクィル爺さん、ハプテス爺さん、村長、代官ときて「虎の旦那がまた何か作った」と聞きつけた村人が30人ばかし集まることになった。

「それでディーゴさん、今回作ったというのはそれですか?」

「ええ。手押しポンプと言って、水汲みの道具です」

 村長の問いに、手押しポンプをトントンと叩きながら答える。

「まぁ口でぐだぐだ言うよりもやって見せたほうが早いでしょう」

 そう言って手押しポンプのレバーを上下に動かす。

 沈黙の中、キーコキーコという音が響いていたが、少しすると蛇口から水があふれ出た。

「おおお!水が出た!!」

 集まった人たちから声が上がる。

「……とまぁ、簡単に水が汲める道具です」

「ディーゴさん、試してみても?」

「どうぞどうぞ」

 村長が恐る恐るといった風に取っ手を上げ下げすると、ゆっくりちょろちょろと水が流れ出た。

「思ったより力が要りませんな。……これは凄い」

「どれ、俺もやってみよう」

 代官が勢いよく取っ手を上下させると水が激しく流れ出た。

「……ははは!これは凄いな!魔法も使わずにこんな簡単に水が出るのか!」

「これなら子供や酔っ払いが井戸に落ちることもないでしょう。こうやって井戸に蓋をしてしまえば、風で飛んできたごみが井戸の中に落ちて水を汚す心配もない」

「うむ、うむ。その通りだ。鍛冶屋!これは量産できるか?」

「へぃ。そんな難しい構造じゃないんで可能と言えば可能でさ」

「よし、ならば今ある材料で作れるだけ作れ。俺はさっそく領主様のところに相談に行く」

「あ、その前に一つ」

 今にも駆け出しそうな代官を呼び止めた。

「商売にするなら、ウチの村に出入りしてる商会も一枚かませてやってください。個人的に頼み事してるんで」

「トドロ商会だな、うむ分かった。では鍛冶屋、くれぐれも頼んだぞ」

 そう言い残して代官は戻っていった。


「虎の旦那、また面白いもんを作りなすったね」

 様子を見ていたサンバルが声をかけてきた。

「これで少しは水汲みが楽になるといいんだがな」

「いやいや、大助かりでさ。見ねぇ、あんな楽しそうに水汲みしてるのなんざ見たことがねぇや」

 言われて見ると、かみさん連中や子供たちが、わぁわぁきゃあきゃあ言いながら手押しポンプを動かしていた。

「そういや旦那、今回の取り分は決めたのかい?」

「……すっかり忘れてた」

「旦那らしいや」

「ま、ここで決めたところで領主の一声でどうとでもひっくり返るだろ」

「だな」

 サンバルと顔を見合わせて、お互いに苦笑した。


-3-

 それから3日後、畑仕事を終えて家に戻るとケルヒャーが待っていた。

「こんにちはディーゴさん」

「おお、ケルヒャーさんか。……手押しポンプの件だな?」

 担いでいた農具を置いて、心当たりを口にする。

「ええ。また面白い物を作られたそうで」

「とはいってもなぁ、代官に持って行かれちまったぞ?」

「その代官様から話を伺ったのですよ」

「そうなんだ、約束は守ってくれたんだな、あの代官」

「じゃあ、ディーゴさんが代官様に口利きを?」

「ああ。商売にするならお宅のところを一枚かませてくれって言っといたんだ」

「そうですか、ありがとうございます」

「なに、味噌と醤油を頼んでるからな」

「ええ、で、その件なんですが、ウチの会長らもそう言った調味料は知らないそうで」

 ケルヒャーは申し訳なさそうに頭を下げた。

「そうか、まぁぶっちゃけあまり期待はしてなかったが……」

 そういうと俺は小さくため息をついた。なかなかうまくはいかんもんだな。

「作るというのは難しいのですか?」

「俺も作り方までは覚えてねぇんだ。ある種のカビをまぶした米か麦と、ゆでた大豆を使うってのは知ってるんだが、肝心のカビの種類や細かいところまでは覚えてなくてなぁ」

 コウジカビをこっちの言葉でなんて言うのか知らんしな。

「カビ……ですか?あの、食べ物が腐るときにつくあの?」

 ケルヒャーが信じられないといった風につぶやく。

「カビと言っても種類があるんだ。チーズを作るときに生やすカビと、放っておいたパンに生えるカビは別物だろ?」

「え、そうなんですか?」

 そこからかい。

「別物なんだよ。色を見ても分かると思うが、青だったり黒だったり白だったりするが、それぞれ全部別のカビだ」

「はぁ」

「しかも最低でも数か月は熟成させなきゃならんから、本気で作ろうと思ったら膨大な量の大豆と年単位の時間が必要だ」

「そんな難しいんですか」

「材料が分からんことにはな」

「あ、でもしょっぱい液状の調味料ならガラムがあるじゃないでs」

「あれはパス」

 ケルヒャーの言葉をさえぎってバッテンを作って見せた。

 うん。確かにこっちの世界にもガラムというしょっぱい液状調味料はある。

 ゆで卵なんかにつけたりするので俺も知ってはいるのだが……匂いというか臭いがダメなんだ。

 魚醤の一種と言えなくもないんだが、あれを魚醤と言ったら職人さんに刺されかねないほど雑な作り方なんよ。

 興味本位で聞いてみた、ガラムの作り方を言うと


1、獲ってきた魚を天日に干して腐らせる。(発酵ではなくマジもんの腐敗)

2、腐らせた魚を壺の中に塩+ハーブと交互に敷き詰める。

3、蓋をして6ヶ月ほど放置する。

4、でろでろの液状になったものを絞って出来上がり。


 とまぁ以上の具合なんだが、俺の鼻には腐敗臭がきつすぎて、口に入れる気が起きない代物だったりする。

 あんなもん口に入れてよく腹を壊さないなと不思議に思う。


「ディーゴさん、ガラム苦手なんですか?」

 ケルヒャーが訊ねてきた。

「苦手というか、臭いが生理的に受け付けない」

 くさやも鮒ずしもいけた口だが、ガラムの臭いだけは受け付けない。

「ああ、なるほど。あの臭いがダメな人ってそこそこいるんですよ」

 だろうな。

「慣れてしまえば結構いけるんですけどね。クセになるというか」

「勘弁してくれ」

「まぁ味噌と醤油は他の商会にも問い合わせてみますので」

「頼むぜ、それがあればもっと金になるものが思いつくかもしれんからな」

「でしたら商会の総力を挙げて探すことにします!」


 うん、まぁそんな力入れなくてもいいから、俺が味を忘れんうちに頼むよ。

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