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初夏の収穫

-1-

 俺が世話になっているセルリ村に初夏が来た。

 麦秋という単語がある通り、昨年蒔いた小麦が黄金色の実をつけて、吹き抜ける風に揺れていた。

 今日は待ちに待った小麦の収穫の日。

 半分以上を税で持っていかれるとはいえ、黄金色の実を収穫するのは心が浮き立つ。

 早朝からどこか気もそぞろな村人たちを前に、村長と代官が声を張り上げる。

「ではこれより刈り入れ競争を始めますぞ!」

「優勝したチームには例年通り、領主さまの畑より各人ひと畝ずつが貸し与えられる!」

 オオー、という声が村人たちから上がる。

 領主の畑はこの村でも有数の美田であり、そこに植えた作物はほぼ確実に豊作が約束される。

 そしてひと畝と言っても結構広い。植えた作物を収穫する1~2か月は、そこそこ豊かな生活ができるだろう。

「では位置について……よーい……はじめーっ!」

 村長の号令一下、チームを組んだ村人たちが一斉に畑に入り、猛然と麦を刈り始めた。


 んで、俺はなぜのんきに解説しているのかというと、単に出場資格がなかっただけだったりする。

 麦刈り競争に参加できるのは、1年以上村に住んでいる者だけという村の決まりがあるのだ。

 と言ってもただぼーっと見ているわけではない。

 俺が提案した脱穀機の、最終調整を行っていたりする。

「大将、油はこんなもんか?」

「うーん……少し足りねぇ。もうひとさし頼むわ」

「分かった」

 そんなこんなでごそごそやっていると、ひときわ大きな歓声が上がった。

 どうやら優勝チームが決まったようだ。


 麦刈り競争が終わると、今度は村人総出で本格的な刈り入れが始まる。

 若者と壮年が麦刈りと運搬に、子供は落穂ひろいに、年寄りは脱穀と選別に回り、それぞれ作業を開始する。

 今回初めての作業となった脱穀機だが、特に難しい手順が必要なわけではないので、あっさりと脱穀担当の老人たちにも受け入れられた。

 キコキコと軽い音を立てて回転する樽に、刈り取られた麦束が押し付けられるとバババババ……と麦粒が飛び散る。

「お?おほほほほ?こりゃー楽しいわい!あっという間に脱穀できよる!」

「次はワシ、ワシの番じゃ」

「待て待て、もう一束やらせてくれい……」

 脱穀担当になった老人たちが童心に帰ったようにはしゃぎながら脱穀するのを生温かい目で眺めていると、村長と代官がやってきた。

「新しい脱穀機の調子はいかがですかな?」

「村長、見ての通りだ。予想以上に脱穀が早く終わるぜ」

「ふーむ、これが新しい脱穀機か」

「へい、代官さま。見ての通り今まで時間がかかってた脱穀が一瞬で終わりまさ」

「今までの殻竿での脱穀に比べると、雲泥の差ですな」

 代官の質問に、口調を改めた鍛冶屋の大将が答え、村長も口を添える。

「今まで脱穀に携わっていた人手が刈り入れに回せるのは助かるな」

「……この脱穀機があるのはこの村だけか?」

「いえ、近隣の村にはすでに行き渡っているかと」

「そうか。ディーゴ……だったな?この件、領主様に報告しておく。新規に導入した脱穀機、その恩恵大なり、とな」

「は」

 代官の言葉に頷いて答える。

「それとだ、次に何か作ったときは俺を通せ。悪いようにはせん。よいな」

「かしこまりました」

「さてディーゴさん、ここに来たのは一つお願いがありましてですな」

「なんでしょうか」

「この麦刈りが終わると、ちょっとした祭をいたします。秋の収穫祭ほどではありませんがな、小麦の無事な収穫を祝って皆で食べたり飲んだりするささやかなものです」

「はぁ」

「そこでディーゴさんには、料理となる肉を獲ってきていただきたいのですよ」

「なるほど、理解しました」

「では、お願いできますかな」

「ええ、構いませんよ。大角鹿の3~4頭も獲ってくれば足りますか?」

「それだけあれば十分です。麦の刈り入れはあと4日ほどかかるでしょうからな、それまでに揃えてくれれば結構です」

「わかりました。じゃ、これから森に行ってきます」

「頼みましたぞ」


「ディーゴさんはこれから森に狩りですか」

 話を聞いていたらしいエレクィル爺さんが声をかけてきた。

 ちなみにエレクィル爺さんとハプテス爺さんは、脱穀した麦を笊に入れ、風でゴミを飛ばして選別をかけている。

 こっちもなんとかしてやりたいが、なんか方法があったかな。唐箕(とうみ)……だったか?構造は覚えてないが、後で考えてみるか。

「ええ。肉が欲しいそうで」

「ほっほ、狩りの腕をすっかりアテにされてますな」

「悪い気分じゃないですよ。じゃ、行ってきます」

「お気をつけて」


-2-

 そして装備を携えて森に入る。

 村長には大角鹿と言ったが、個人的には猪が食いたいところ。

 イツキに頼んで探ってもらったところ、近場に猪はいないが鹿が3、魔物が4いることが分かった。

 鹿は当然狩るとして、魔物のほうをどうすべぇか……。

 とりあえず様子を見に行くことにした。


 見つけた魔物は、いつぞや倒した魔狼だった。

 ……こいつらは食う気が起きないし、毛皮の質も良くないからどーにもならんのだよな。

 ただ、村にやってこられると困るのでサクッと仕留めて4匹とも埋めておいた。

 その後、のんびりと4日をかけて大角鹿を4頭、鎧猪を2頭仕留めて村に戻った。

 ……なんか皆が忙しい中、一人のんびりというのも気が引けるが、気にしないことにする。

 イツキレーダーさまさまだな。


 そして4日後の夕刻。

「皆の衆、今年も小麦の刈り入れご苦労様でした。これといった事故もなく、収穫高も例年通り、めでたいことでございます。今宵は存分に食べて、飲んで、疲れを癒してくだされよ」

 村長の言葉で、ささやかな祭が始まった。

 俺もエレクィル爺さんやハプテス爺さんと一緒に、エールを片手に黒パンのサンドイッチなどをつまんで回る。

 パテを塗ったサンドイッチがんまい。

 肉? 日中、狩りのついでに生肉をたらふく食ったからね、ちょっと遠慮している最中。

「お、あなたが噂のディーゴさんですな」

 村人に交じって黒パンサンドをもきゅもきゅ食べていると、見知らぬ男にいきなり声をかけられた。

「ん……(ごくん)、いかにもディーゴだが……失礼、あんたは?」

「おお、こちらこそ失礼しました。私はケルヒャーと申しまして、この村に雑貨などを卸させてもらってます」

「ディーゴさんがお考えになられた脱穀機の売り先でございます」

「ああ、お宅がそうだったのか。あちこちに売り込んでくれたようで、礼を言わせてもらうよ」

 最近はペースが落ちてるが、累計で金貨10枚くらいになったからな。半年は暮らしていける額だ。

「いえいえ、こちらこそいい商売のネタをありがとうございます。おかげさまであちこちの村で大歓迎されまして」

「そんなに評判良かったか?」

「ええ、それはもう。これで脱穀がとても楽になる、と」

「そりゃ良かった」

「ただ村長や鍛冶屋の衆は頭を抱えてましたね。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのか、と」

「そりゃあくまで結果論だ。それなりに簡単に作れるように考えたからな」

「ただ最近は、図面を買わずに実物を見て真似する村が多くなりましてねぇ」

 ケルヒャーがそう言ってため息をついた。

「それは仕方がないさ。作りも単純なら材料もありきたりのものだしな」

 予想していたことを言って、ぐびりとエールをあおる。類似品が出回ってきたとなると、この収入もそろそろ終わりか。

「そうは言われましても、当方がもう少し大きな商会でもっと人手があったなら、と残念しきりです」

 そういってケルヒャーは残念そうに首を振る。

 類似品が出回ってしまえば、発明元の図面をわざわざ買うものはいない。

 特許という概念がない以上、仕方のないことかもしれないが……

「まぁそう悲観することもないだろ。商会の立場で見れば大した額にならなくとも、脱穀機のおかげで今まで付き合いのなかった村とも顔つなぎができたんじゃないか?」

「…………」

「ん?なんか変なこと言ったか?」

「いえ、そのような考えに思い至らなかったものですから。そうか、そうですよね。これだけで終わりにせず、次の商売につなげればいいんですよね」

「そういうこった」

「……失礼ですがディーゴさん、商売のご経験は?」

「いや、ないな。商売なんて祭の露店を手伝ったくらいだ」

「そうでしたか。てっきり大手の商会にいらしたことがあるのかと思いましたよ」

 まぁ前世は大手は大手だが、製造業の技術屋だったからな。

「俺の故郷ではな、人と人との繋がりを”縁”と呼んで大事にしてたんだ。そうすればいずれ自分に良いこととなって返ってくる、ってな」

「エニシ、ですか」

「こっちじゃそういうのはないのか?」

「さて、それに類するような言葉はあったかどうか……どちらかというと良くも悪くも個人の力量、という考えが強いですからね」

「個人主義か。まぁそれも自分を磨くにゃいいことだ」

「ところで故郷と言われましたが、ディーゴさんの故郷とは?」

「うーん……なんて言ったらいいか、そう簡単には行けない遠いところなんだ。今はそのくらいで勘弁してくんな」

「そうですか。ちなみにあの脱穀機というのは……?」

「ああ、俺の故郷にあったやつだよ。あっちでは麦じゃなくて米って穀物を脱穀してたがな」

「コメ、ですか」

「水の多いところに生える、麦と似た穀物でな。暖かい地方の穀物だから、この辺りじゃ栽培は難しかろうな」

「はぁー、なるほど」

「ケルヒャーさんはこのあたりの出かい?」

「ええ、ハルジ村というところの出身でして、こちらの村と大差ない、どこにでもある農村の次男坊ですよ」

「12の時に今の商会の下働きに出されて、3年前からこのあたりの村々をまわってます」

「そっか。あ、そうだ、ちょいと聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょうか?」

「大豆を材料にした調味料に心当たりってないか?しょっぱい味の」

「大豆をもとにしたしょっぱい調味料ですか……?」

「茶色いペースト状の奴が味噌、黒い液体状の奴が醤油っつーんだが、たぶん名前は変わってると思う」

「ミソとショーユですか。ちょっと心当たりはありませんが、商会に戻ったら尋ねてみます」

「頼むよ。まぁ、モノのついででいいからさ」

「わかりました」


 さて、こっちの世界に味噌と醤油があればいいんだが……ま、望みは薄かな。

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