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春の大市

-1-

 アーモンドの花が終わり、気温もだいぶ暖かくなってきたころ。


 ……なんか、旅人が増えたような気がする。

 もともとここセルリ村は、ディーセン市の手前の村という事でそれなりに旅人が通るのだが、それにしてもここ数日の増え方は異常だ、と思った。

「ああ、そういえばもう春の大市の季節でしたな」

 そのことをエレクィル爺さんに言うと、そんな答が返ってきた。

「春の大市?」

 なんか聞いた覚えがあるようなないような?

「ディーセンの街では春と秋の年に2回、10日にわたる大きな市が開かれましてな。今がちょうどその時分なんでございますよ」

「なるほど」

 大市か、行ってみたい気もするが、まだ街には入れないしな。

「大市に興味がございますか?」

「ある」

 そりゃー異世界の大市ですもん、興味はありますよ。品ぞろえから人種、ストリートフードとか大道芸とか興味は尽きませんぜ。

「でも、まだ、街、入れない」

「ほっほ、そうですな。私どもとしても、ディーゴさんなら街の中に入っても問題はないように思えるのですが、村長さんと代官様はまだそうは考えておられないようですな」

 残念といった風にエレクィル爺さんがつぶやく。

「どうでしょう大旦那さま、大市開催中に1日休みにして街に出かけてみるというのは」

 するとハプテス爺さんが提案してきた。

「でも、俺、街、入れない」

「街の中は無理でも外なら問題はないでしょう。当日期間中は街の中には入れなかった商人たちが街の外にも店を広げますからな。雰囲気くらいは味わえるでしょう」

「そうですな。それもいいかも知れませんな」

 そんな事を話しながら農作業をしていると、村長がやってきた。

「ああ、ディーゴさん。こちらにいましたか」

「なにか?」

 こっちも農作業の手を止めて立ち上がる。んー、腰が痛い。

「ディーゴさんもご存じかと思いますが、そろそろディーセンで春の大市か開催されましてな。隊商の方がぽつぽつ訪れてはいるのですが、宿が足りなくなりそうなのですよ」

 うん、まぁ確かに空き家はあまりなかったな。

「そこでディーゴさんに幾つか家を建てていただきたいと思いましてな」

「うん。構わない」

 まぁ魔法でちゃちゃっと建てられるしね。

「滞在は、何日くらい?」

「12~3日と考えていれば問題ないと思います」

 ふむ、となると草木を使ったシェルターというわけにはいかんか。あれは居心地はいいんだが2~3日しか持たんしな。

「場所、どこがいい?」

「じゃあ、案内しますのでこちらへ」

 その後、言われるままに家を5棟ほど建てた。

「結構広めに作りましたな」

「厩舎、必要、思った」

「おお、そうでしたな。ふむ、これならそこそこの隊商でも受け入れられますな。いや、ありがとうございました」

「どういたしまして」

 このくらいなら軽いもんよ。でも昔より魔力が増えたのかコツを覚えたのか、結構連続して魔法使えるようになったなぁ。


 2日後、ディーセンに向かう人の数はさらに多くなり、俺が急造で建てた小屋も埋まり始めた。

 大市の間、この村で宿をとることにした商人たちは、ひと足早く村人たち相手に商品を広げていた。

 いつもの村のよろず屋とは違う品ぞろえに村人たちは興味津々で、早くも何かを買っている村人もいた。

 俺もなんとなく見回ってみたが……さすがに味噌と醤油はなかった。

 その代わり、面白そうな果物を見つけたのでいくつか買って帰ることにした。

 ついでに甘味が欲しかったので、砂糖と蜂蜜を探してみたが、砂糖は薬屋で買うような貴重品で、蜂蜜は1kgくらいの壺に入って金貨3枚もしやがったので諦めた。

 金貨3枚って、3ヶ月分の生活費やん。

 こりゃ当分甘いものはなしかね。


-2-

 さらに2日後、春の大市の開催される日が来た。

 んじゃ、お弁当持って日帰りの小旅行と洒落込みますか。

「ディーゴさん、人出が多いのではぐれないようにお願いしますよ」

「わかった」

「それと、ちょっと言いにくいことですが、今回はあくまでも見物という事で」

 買ったらいかんの?と、首をかしげる俺にハプテス爺さんが解説してくれた。

「街の中の取引ですと、領主様のお触れでそれなりに質が保証されておるのですが、街の外になるとそれが守られておりません」

「無論、良心的な商人もおりますが、大体は何らかの水増し、かさ増しを行っていると思ったほうがよいでしょうな」

 なるほど。街の外はぼったくり商人が多いというわけね。

「理解した」

 ……あれ?

「そういえば、二人、店は?」

 教育係兼同居人として過ごしてたからすっかり忘れてたけど、この二人、ガラス細工店の大旦那とお付きの人だよ?

 年に2回の大市だったら書き入れ時でてんてこまいじゃないの?

「それでしたらご心配なく。大旦那と申しましても半分隠居のようなものでしてな、店はほとんどカニャードに任せているんですよ」

「なるほど」

 それなら安心だぁね。


 そして到着したディーセンの街だが、街に入る結構前から道の両脇に露店がずらりと並んでいた。

 つーかこれ全部街に入れなかった商人?

「これで驚いてはいけませんぞ。大市の開催中はこの西門だけでなく、北門と南門にもここと同じくらい露店が並びますでな」

 そんなにか。

「街の中も主な通りには露店が並びましてな、人ごみで身動き取れないときがあるほどです」

 そりゃ街の宿屋もパンクするわな。周囲の村で宿を取るにしたって、それでも不足してないか?

 と聞いたら、宿に帰らず露店で寝起きする商人も多いらしい。春だからできる荒業か。

 朝晩はそれなりに冷え込むんだけど。

 こういうところで簡易宿泊所建てたら結構儲かりそうだな。と埒もないことを考えてみる。面倒だからやらんけど。

 露店を冷かしながら、のんびりと3人で街道を歩く。

 まぁ確かに人ごみなんだが、俺の周りだけぽっかりと空間が空くので大変歩きやすい。

 こういうとき便利だよね。

「はぐれないように、と言ったのは杞憂でしたかな」

 エレクィル爺さんの言葉に苦笑して返す。うん。これならはぐれようがない。


 しかしこうやって見ると、露店が本当に脈絡もなく並んでいる。扱ってる品物ごとにまとまってるのかと思ったが門に近いほうから先着順に店を広げたのかね。


 毛織物、亜麻布、綿布。古着に寝具、靴にサンダル。

 棚とか食器とかなにかの像とか、木工品も多いね。

 逆に金属製品は少ない感じだが、銀細工と輝石類の店はそこそこ見かけた。

 ロバ、豚、牛、鶏、ガチョウといった家畜、家禽に色鮮やかな鳥……は観賞用か。

 ハーブやスパイス類は……見ても分からんな。唐辛子や生姜はそれなりに見かけた。

 あと生の葉っぱや乾燥したものが種類ごとに山と積まれていたりする。

 魚はやっぱり干物ばかりだな。棒鱈なみに固そうな干物が積んである。その横のバケツに入ってるのはザリガニか。

 野菜や果物も興味深い。見たこともあるものもあるが、やはり初見のものが眼を惹く。

 料理人じゃないが、見たこともない食材には食指をそそられる。

 しかしなんといっても眼につくのは、麦類に次ぐ主食である芋類だろう。

 赤やら黄色やら紫やらと、日本の芋しか知らない身としてはその鮮やかさに驚かされる。

 形にしてもそうだ。

 丸いごつごつしたジャガイモ然としたものだけでなく、芋虫みたいな物、やたらとコブがある物、手のような形の物、三角形の物……とさまざまあり、それがまた色ごとに種類があるのだ。

 紫と黄色のまだら模様な三角形の芋なんて突然変異としか思えないのだが、それが大きな籠いっぱいに盛られて売りに出されているんだからそういう種類なのだろう。

 しかも、それぞれにおいて味も違うらしい。もうこのあたりでジャガイモに関する理解はあきらめた。

 どれだけジャガイモを愛してんだよ、と。

 なお、生芋がこれだけ種類があるんだから、加工食品は相当なものだろうと思ったが、こちらは大まかに言って丸ごと干したチーニョと、刻んで干したパセカの2種類しかなかった。

 ジャガイモの丸干しなんて変色・発芽しそうなものだが、そこはそれでなんかやり方があるらしい。

 ちなみに使うときは、チーニョは1日、パセカは数時間、水に漬けてから使うそうだ。

 その他、チーニョは砕いて粉にしてからシチューのとろみつけなんかにも使うらしい。

 何故に加工品はこんなに種類が少ないのかと聞いたら、チーニョとパセカはそれぞれ適した品種がありそれ以外ではうまく作れないからだ、と答が返ってきた。

 芋系のストリートフードとしては揚げ芋を始めコロッケやらドーナツやらいろいろあったんだけどね。

 他には肉串やミートボール串、総菜パン、蜂蜜パン、ゴマをたっぷりまぶした菓子パンなどが売っていた。

 ピクルスやシチューといった総菜系もそこそこ充実してる。

 それと気になったのが、酒関係があまり並んでない。葡萄酒5割、蜂蜜酒2割、エール1割、蒸留酒1割。

 といった具合か。

 こちらでは蒸留酒は「火酒」とか「焼酒」というらしい。やっぱ葡萄酒が原料だったりするのかね。

 エールが少ないのはほとんど自家製のためで、わざわざ市場で買ってまで飲むという認識がないらしい。


 あとは心惹かれるものとして、武器や防具も売っていたが、これは後ろ髪引かれる思いで軽く流しておいた。

 鎧は俺に合いそうなサイズがなかったし、武器防具の良し悪しなんてわからんからね。

 買う時はちゃんとした店で買おうと決めてんだ。

 ただ軽く見た感じでは、防具は鎖帷子や革鎧が多いみたいだ。武器については各種あったが、銃の類は露店売りしてなかった。ふむ、国で統制でもされているのかね。

 魔法を込めた道具の魔道具も売っていたのだが、9割が偽物ということでスルーさせられてしまった。

 むぅ、偽物でもいいのでじっくり話を聞きたかった。無論買わないけどね。


 大道芸は思ったよりいなかった。吟遊詩人が2人ほどいて、弾き語りをしていたくらいだ。

 イツキを引っぺがすのに苦労したが、あのくらいなら他所でも聞けるだろう。

 頼むからこんな人通りの多い所で俺の中から出ないでくれ。出てくるときはほぼ裸だからいろいろと不味いんだよ。


 ともあれ、とても有意義な1日だった。街の中の大市はまた少し雰囲気が変わるそうで、そちらも楽しみだ。



 追伸 味噌と醤油はここでも見つからなかった。こっちの世界には存在しないのかね。

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