山菜取り
-1-
脱穀機を作ってもらってから半月程度が経過した。
幸い脱穀機は近隣の村にも評判がよく、結構な数の図面の注文が入っていると聞く。
俺の儲けとしては今のところ半金貨2~30枚程度だが、これからももっと増えるだろうと村長は言っている。
ただ、鍛冶屋の大将が図面描きに追われて、追加の脱穀機を作る暇がないと悲鳴を上げていたので
「だったら版画にしたらええやん」
と提案したら泣いて喜ばれた。そんなに忙しかったのか。
さてこちらの身を振り返ってみれば、鍬入れの儀式を無事に済ませ春撒きの作物のタネも撒き終わりぽつりと手が空いた状態だったりする。
ちなみに鍬入れの儀式は、今年の豊作を願い村の男衆が集まって街から来た侍祭?が読み上げる何かを聞いたのちバッテンに丸を組み合わせた形に土を掘り返すのが習わしとのことだった。
ちなみにこの印、パンを焼くときにもつけていたが、どうも地球でいう「十字を切る」ような感覚で使うらしい。
試験にゃ出ないが覚えとこう。
っと、話がそれた。
んで、ぽっかりと手が空いた俺だが何をしているかと言えば、村の衆と一緒に森に山菜採りに入っていたりする。
畑に青物がないこの季節、山林の恵みは伏し拝むほどありがたい。
というわけで、手空きの者が総出で森に入っている。
芹、山ウド、フキノトウ、こごみ、ゼンマイ、行者ニンニク、山ニンジン、クレソン等、多種多様な山菜が取れるらしい。
俺ももう少し山の知識があれば、森にいたころの食生活も豊かだったろうに。
とりあえず森に入るにあたって、山菜採りの名人からレクチャーは受けたものの、イマイチ知識に自信がないので名人にくっついて荷物持ちとして歩いている。
しかしこの山菜採り名人、名人と言われるだけあって山菜を見つける目が半端ない。
立ち上がってぐるっと見渡しただけで、あっちに何がある、こっちに何があると的確に言い当てるのだ。
イツキみたいな鑑定レーダーでもついてんじゃねぇかと思うほどだ。
ちなみに今回はイツキはお休み。動物や魔物の見分けはついても、人間が食べられる山菜の見分けまではつかないからだ。
まぁじっくり教えれば覚えるのかもしれないが……当人覚える気がないからな。
名人に指示されるまま、あっちの山菜をとり、こっちの野草をとり、間違えて毒草をとり、と食料事情的に有意義な時間を過ごす。
「今年の、山菜、出来、どうだ?」
「悪かねぇな。ただ例年よりちぃっとばかし暖かいせいか、山菜の成りが早ぇ。来週辺りにもう一回とりに来たら今年の春の分は終わりだろうな」
「なるほど」
「それより旦那、重くねぇか?」
「このくらい、軽いもの」
午前中だというのにすでに満載になった籠を揺すって笑う。今は別に持参したずだ袋に山菜を放り込んでいる。
「よし、じゃあペース上げるぜ」
そんな感じで時間は過ぎていった。
-2-
午後の休憩が終わったあたりで、村に引き返す。
なにせこれから戦利品の仕分けや加工が待ってるからだ。
他の方角に採りに出ていた面子も表情が明るいところを見ると、皆それなりに採れたらしい。これからの食事がちょっと楽しみだ。
そして村の衆総出で仕分けやらあく抜きやら漬け込みやらするわけだが……なんか別の意味で騒がしい。
見るとおばちゃんの一人が半狂乱で騒いでいる。
「なにか、あったか?」
仕分けをしていた名人に訊ねるが
「いや分からねぇ。ちょっと聞いてくるわ」
とその場を後にした。
しばらくして戻ってくると
「虎の旦那、大変だ。ヘッケルんとこの姉弟が行方不明だ」
「本当か?」
「ああ。両親が山菜採りに夢中になってる隙に姿をくらませたらしい。これからまた皆で森に入るそうだ」
「わかった。俺、手伝う」
「すまねぇ、よろしく頼まぁ」
二人して人の輪に加わり、話を聞く。母親のおばちゃんは狼狽しまくって話を聞き出せる状態じゃなかったが、父親のほうはまだ冷静で、そっちから話を聞くことができた。
どうやら村の北東の方向で山菜採りをしていて、昼までは一緒にいたらしい。
今は夕刻にはちょっと早い時間とはいえ、この時期日が落ちるのは結構早い。
村長の号令以下、捜索隊が組織され、俺も加わることになった。
……イツキレーダーがあるから、ぶっちゃけ一人のほうが探しやすいんだが、村の衆の漢気に水を差すこともなかろうとここは黙っておく。
で、俺は本命となる村の東北の捜索隊に配属されたわけだが、とっとと魔法を使わせてもらう。
「旦那、何してんだい。早く行こうぜ」
「ちょっと、待った。魔法、使う。場所、わかる」
「本当かい、ならよろしく頼むぜ」
《イツキ、起きてるか?》
村人に一つ頷くと、イツキに念話で話しかける。
〈なーにー?〉
《森の中で子供が二人行方不明だ。こっちの方角らしいが、場所は分かるか?》
〈んー、ちょっと待ってね〉
じりじりとした時間が流れる。
〈見つけたわよ。ただあまり良くないみたい。周りに魔物の反応があるわ。6つ〉
《まじか》
〈大真面目〉
《方角は?》
〈あっち〉
《わかった》
「旦那、何かわかったかい?」
「北北東、いる。魔物、6匹。囲まれて、いる」
「魔物だって?」
「俺、とりあえず、急ぐ。あとから、武器、持って、きて」
「分かった。頼んだぜ旦那」
「任せろ」
同行していた男衆が武器を取りに行ったのを見て、全力で駆け出す。
面識はないが同じ村の住人だ、手を抜くわけにはいかんだろ。
途中で目印を残しながら2~30分も突っ走っただろうか、ようやく目当ての二人を見つけた。
が、状況があまりよろしくない。
姉のほうが噛まれたのか、足から血を流してへたり込んでいる。
弟のほうは気丈にも木の枝を構えて姉の前に立っているが……涙を必死にこらえているのが遠目にも分かった。
気になる魔物はというと、狼に人の顔を3割ほど混ぜた不気味な魔物だった。
魔狼ってやつか?
「ガァァアアアアアッッ!!」
雄たけびを上げながら、姉弟と魔物の間に割って入る。
何事かと見上げる弟の頭をポンと軽くたたき、笑いかける。
「助け、来た。もう、大丈夫」
上着を二つに割いて両腕に巻き付けると、魔物の群れをにらみつけた。
次の瞬間、ザァァァッという音とともに、周囲の木々から鋭い枝が矢となって魔狼たちに襲い掛かる。イツキの魔法だ。
「ギャッ!」
「ギャウッ!」
数匹が傷を負うが、死ぬほどじゃない。しかし、できた隙を見逃すほど俺もお人よしじゃない。
一匹の頭をつかむとヤシの実割りのように自分の膝に叩きつけて殺し、近くにいたもう一匹の胴を思い切り蹴り上げた。
これで残りは4匹。
飛びかかってきた一匹を腕で防ぎ、掴んだところを地面に叩きつけ首を踏みつぶして残り3匹。
さぁ、まだやるか?と、残りの3匹を睨みつけるが、どうも相手もやる気らしい。
が、そこに追撃としてイツキの尖枝の矢の魔法が降り注ぎ、戦意をくじかれた魔狼たちは逃げて行った。
しかしまぁそこからが大変だった。
泣きじゃくる弟をまだ不自由な言葉でなだめつつ、安心して気を失った姉を抱えて帰路に就いたのだが、とにかく弟のほうが怖がって先に進まない。
抱えていこうかとも思ったが、両手は姉をお姫様抱っこで抱えるのに塞がってるし。
仕方がないのでその場で急いでやってくる後続を待つことにした。
30分ほどしてようやく後続が追いついた。なんか人数増えてね?
「旦那、遅くなってすまねぇ」
最初に同行していた村人が頭を下げる。
「こっちは、大丈夫。姉、怪我、酷い」
「どれ……こりゃあ深いな……」
治療の心得のある村人が、姉の足を見て呟く。
「魔物、6匹、いた。3匹、倒した。3匹、逃げた」
俺が説明していると、魔物の死体を見つけたらしい村人が引きずって持ってきた。
「この魔狼は全部旦那が?」
「ああ」
「3匹が逃げたそうだが……死骸が4つあるな」
「逃げる、途中、力尽きた?」
「だろうな。となると残り2匹か。戻ってくるとは思えないが、早く村に戻ろう」
「誰か薬草師の婆さんに手配しておけ」
「じゃあ俺が先に戻って婆さんに言っとく」
「旦那、姉のほうをよろしく頼むぜ」
「わかった」
姉を抱いた俺を中心に、村人たちが村に戻るとさっそく薬草師の婆さんのところに姉を運び込んだ。
「婆さん、ヘッケルんとこの上の子が魔狼にやられた。すぐに診てくれ!」
「はいはい、怒鳴らなくても聞こえてるよ」
奥から姿を現した老婆は、慣れた様子で傷口を改めた。
「……なにをぼさっと突っ立ってんだい。嫁入り前の娘の肌をじろじろ見るもんじゃないよ。さっさと出ておいき」
「お、おう」
傷はふくらはぎのあたりなんだが……結構倫理観厳しいのね。
そんなことを考えながら外に追い出される。
「虎の旦那、おかげで助かったぜ。あんたがいなかったら今頃は娘と息子は魔狼の餌食になってたはずだ」
寄ってきた村人の言葉に、頷いて返す。が、正直まだ予断を許さない状況だろう。
村人の中にエレクィル爺さんとハプテス爺さんを見つけたので、通訳を頼むことにした。
エレクィル爺さんを呼び寄せ、耳打ちする形で念話を送る。
「薬草師の腕を疑うつもりも、あなたを脅すつもりもないが、獣に深く嚙まれるとそれが原因で重い病気になったりするときがある。一応、回復魔法が使える者か医者を手配することを考えておいたほうがいいのではないか、とディーゴさんは仰ってます」
つーか狂犬病が怖いんだよ。あるかどうかわからないけど。
狂犬病がないにしても、魔物に噛まれた以上は感染症が心配だし。
「ああ、それなら多分大丈夫だ。婆さんのとこなら魔法の傷薬の一つ二つは常備してあるだろうからな」
あ、魔法の傷薬なんてあるのね。ポーションってやつか?
なら安心だな。多分。
そんなこんなを話していると、ドアが開いて婆さんが顔を見せた。
「婆さん、娘の、エリザの具合は?」
「もう大丈夫だよ。魔法の傷薬を使ったからね。ただ傷が深かったから今夜は熱が出るだろう。それもゆっくり休めば良くなるよ。これが骨までいってたら、もう一つ上の傷薬を買いに街に行ってもらうところだったけどね」
薬草師の婆さんの言葉に、村人がほっと胸をなでおろした。
「ディーゴとか言ったね、あの姉弟を助けてくれてありがとうよ。ただねぇ、傷口を洗うくらいはしてほしかったね」
「……すまん。俺も、慌ててた」
うん、応急処置のこと、きれいさっぱり忘れてたわ。
「まぁ次からは傷口を洗うくらいはしておやり。酒じゃなくて水でもいいからね」
「わかった。次から、そうする」
こうして、春の山菜採りの1日が終わった。




