労働奉仕の日
-1-
「虎の旦那、いるかい?」
パン焼きの日の翌日、3人で朝食をとっているとサンバルがやってきた。
「?」
なんか用事があったっけかなと3人で顔を見合わせていると
「旦那、忘れてるだろ。今日は労働奉仕の日だぜ」
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きれいさっぱり忘れてました。
「皆もう用意できてるぜ」
「わかった、すぐ行く」
慌てて朝食をかっ込み、エレクィル爺さんとハプテス爺さんに断って外に出た。
「すまない、忘れてた」
「頼むぜ旦那、しっかりしてくれよ」
サンバルに急かされて村長の家に急ぐ。
ちなみに労働奉仕というのは、領主の畑を領主(他使用人)に代わって村人たちが世話する、労役の一種だ。
俺からすると畑で作った小麦を税として差し出してんのにまだ取るか、という気がしないでもないのだが村の決まりというかこの世界の常識として根付いているのだから仕方ない。
ただ、他の村人も大なり小なり俺と似たような考えらしく、モチベーションが上がらないようなのは、すでに集まっている男衆の様子からも察することができた。
「では、全員集まったようなので向かいますよ」
村長に先導されて、男衆がぞろぞろと畑へと向かう。
「ディーゴさん、ちょっと」
村長に呼ばれて先頭に出る。
「ディーゴさんは労働奉仕は初めてでしたな」
村長の問いに頷いて答える。
「まぁ労働奉仕というのは領主さまの畑の鋤き返し、種まきから収穫までをやるのですが、この時期は草取りくらいしかやることがございません」
だろうね。と頷いて見せる。
「ですからディーゴさんには、領主さまの使用人の方への紹介が終わりましたら、森に狩りに出てもらうことになるかと思います。
まだ決まったわけではありませんがな、とりあえずそう考えておいてください」
「わかった」
そんなことを話しているうちに、領主のものと思われる畑についた。
意外に狭くね?と思ったが、考えてみれば労働奉仕はこの村だけじゃないだろうし、このあたり一帯の村に同じように領主の畑があるのだったらこの広さも納得か。
でも耕作地があっちこっちに散らばってるのは非効率だよなぁ……も―ちょっといい方法があるような気がするけど面倒くさいから黙っとこう。うむ。
その間に村長は先に畑に来ていたちょっと派手な服の男に行き、何かを説明しているようだった。多分俺のことだと思うが。
そして村長に手招きされたので、そっちに歩いていく。
「ディーゴさん、こちらが、村の代官をさなっておられるケイクバード様です」
「代官のケイクバードだ。お前が村長の言う移住者か」
「ディーゴです」
なんか上から目線で挨拶されたので、こちらも相応に返しておく。
「ふむ……見た目と違って言葉は通じるか。しかし本当に虎だな」
ケイクバードはじろじろと無遠慮にこちらを見てから、宣言するように言った。
「期限付きの移住だそうだが、この村で揉め事を起こすのは許さんぞ」
「そのつもり、ない」
「その言葉を忘れるな。お前が真面目に働いていたら、街に入れるよう一筆書いてやる」
うへぇ、街に入るのにこのおっさんの眼鏡にかなう必要があるのか。
「ディーゴだったな、お前は何ができる?」
「土と、木の魔法、少し、使える」
そう答えると、ケイクバードは少し驚いたように眉を上げた。
「ほう、お前、魔法使いか」
「ケイクバード様、ディーゴさんですが村に来る前は森で暮らしていたとのことでしてな、今日の労働奉仕は狩りに出てもらおうと考えているのですが」
村長が口を挟む。
「ふむ、狩りか。よかろう。精々頑張って大物を仕留めてこい」
「じゃあディーゴさんはそのように。ほかの皆は作業を始めてくださいよ」
村長がそういって手をたたいたのを機に、俺は軽く頭を下げて自宅へと戻ることにした。
-2-
「ただいま、戻った」
「おやディーゴさん、お早いお帰りで」
自宅に戻ると、家の周りの空き地に畔を作っていた二人が出迎えてくれた。
「今日の、労働奉仕、俺、狩り、なった」
「ははぁ、そうですか。確かにこの時期、畑仕事はあまりありませんからなぁ」
「代官、にも、会った。ちょっと、横柄」
「まぁお役人ていうのは得てしてそんなものです」
エレクィル爺さんが苦笑して答える。
「じゃあディーゴさんはこれから森ですな。お昼はどうされます?」
「森の中、適当、食べる」
荷物置き場からナイフと槌鉾を取り出し、水袋を腰に括り付けながら答える。
「分かりました。この辺りはあまり強い魔物はおりませんが、気を付けて」
「うん。行ってきます」
途中井戸に寄って水袋に水を満たし森に分け入る。
〈ああ……森のなか久しぶり〉
俺の中でイツキが伸びをするような感覚があった。
〈人間の村もいろいろ面白いんだけど、やっぱり森の中に入るとホッとするわ〉
そりゃ樹の精霊だからな。
〈で、どうする?久しぶりの狩りだけど〉
《久しぶりついでに肉をがっつり食いたい。大物狙うぞ》
〈おっけー〉
……こいつ、時々俺の記憶を覗いてるみたいで言動が現代人ぽくなってきたな。
その後、大角鹿を2頭速攻で仕留めたので、1頭は皮を剝いで昼食にした。
んん、久しぶりの生肉うめぇ。
久しぶりの生肉を心行くまで堪能したら、獲物を無限袋に放り込んで帰途に就く。
まだ日は高いんだけど、これ以上狩っても重量的に持ち帰れそうにないしね。
ちなみに本気を出すなら、後ろ足を食べた2頭目はどこかに隠しておいて、3頭目を探しに行くんだがぶっちゃけ領主にそこまでの義理はないし。
なお、食い残しをわざと持って帰るのにはちょっとした意味がある。
頑張って畑の草取りをしている他の男衆へのお土産だ。どーせ代官は食い残しなんか受け取らないだろうしね。
帰りは特に何事もなく村に着いたので、代官のところに報告に行く。
「ほぅ、大角鹿か。なかなかの大物ではないか」
代官が俺の獲物を見て呟いた。
「なんだこっちは。皮が剝がれて後ろ足が1本ないではないか」
「後ろ足、食った。昼飯」
「馬鹿者。獣人の食い残しを領主様に献上などできるか! まだ日も高い、もう一度行ってこい!」
「……わかった」
ほらね。もう一度行ってこいってのはちと予想外だったが、この様子なら今夜の居酒屋のメニューに1品が追加されることだろう。
で、再びやってきました森の中。
〈今度はどうする?〉
《腹もいっぱいだし、ぶっちゃけあまりやる気ない。ただ手ぶらで帰るのも業腹だから、中くらいの獲物でも探してくれ》
代官の言い草にちょいとカチンと来てたので、手抜きの指示を出す。
〈了解。ちょっと待ってね。…………あら?〉
《どした?》
〈人間の気配が3つあるわね〉
《薬草でも取りに来たか?》
〈そういう雰囲気じゃなさそうだけど〉
《じゃあちょっと行ってみっか》
イツキに誘われて森の中を進む。
小一時間ほど進むと、草木を編んで作った掘立小屋らしきものをみつけた。
《イツキ、人の気配は?》
〈んー、こっちに向かってきているようだけど、もうしばらくかかるわね〉
《となると、あの掘っ立て小屋が拠点か》
〈そうかもね〉
《よし、漁るぞ》
人間が戻ってこないうちにと掘っ立て小屋の中に足を踏み入れた。
「臭っさ」
スキマだらけで風通しはいいはずなのに、掘っ立て小屋の中は酒瓶と食い散らかした何かの残骸で溢れて異様な臭いを放っていた。
〈なにここ……〉
イツキも絶句している。
《こりゃあ薬草取りの拠点とは考えにくいよなぁ……。野盗の拠点でも引き当てちまったか?》
掘っ立て小屋の隅に壺があったので覗いてみたが、中には銅貨と銀貨がちょろっと残っているだけだった。
《お宝はなし、か。こりゃそこらの緑小鬼のほうが物持ちだな》
他を漁ってみるも大したものは見つからず、とりあえず臭いので外に出た。
《イツキ、人間の気配は?》
〈そろそろここに来るわね〉
《んじゃ、隠れて様子でも見るか》
近くの藪に隠れること数分、がさがさと乱暴に藪をかき分ける音が聞こえて男が3人姿を現した。
汚れで黒ずんだ皮っぽい鎧とぼさぼさの髪&無精ひげ。うん、どう見ても野盗です。
ていうか何故そんなに慌ててんだ?
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ふむ、漏れ聞いた話からするに、襲撃に失敗した盗賊団てとこだな。
なら遠慮はいらんな。ということでその場に立ち上がった姿を見せる。
「ぎゃあああ!ばけものだぁああああああ!!」
あ、なんかこの感覚ひさしぶり。
あとは簡単。殴って蹴って投げ飛ばして、イツキの魔法の蔦で縛り上げて、代官のところに持ち帰ることにした。
持ち帰る途中ぎゃあぎゃあ騒いでいたが、頭をつかんで目を見据えて「食うぞ。テメェ」
と言ったら大人しくなった。
ホントに食う気はないよ?人間だし不味そうだし。
村に戻り、代官のところに報告に行く。途中結構な視線にさらされたがまぁ仕方ない。
ぐるぐる巻きに縛った人間3人も引き連れていちゃーね。
「なんだお前、その3人はいったいどうした」
「森の中、野盗、見つけた。捕まえた」
「お前ひとりでか」
「たぶん、こいつら、駆け出し。弱い、かった」
「そうか。ふむ、ご苦労だった。こいつらは明日、街に連れ帰る。
それと村長、こいつらを牢にぶち込んでおけ」
「わかりました。ディーゴさん、お疲れさまでした」
その後まもなく解散となったので、自宅に戻った。
「お帰りなさいディーゴさん。狩りの結果はいかがでしたかな」
家の外で作業をしていたエレクィル爺さんが声をかけてきた。
「大角鹿、2頭、野盗、3人、捕まえた」
「はっはっはっ、大猟ですな。野盗まで捕まえましたか」
「この辺、野盗、多い?」
「さて、街の治安はそれほど悪くなかったはずですが・・・季節がらというのもあるかもしれませんな」
「?」
「冬になると食い詰めて野盗になるものが、残念ながらいるということです」
そっか、世知辛いもんだねぇ。
ま、事情は違えど日本でも年末になると強盗事件が多発したりしたからな。
そんな奇妙な共通点に、納得したようなしないような不思議な気分で、初めての労働奉仕とやらを終えた。