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村での日々

-1-

「虎の旦那、いるかい?」

 ハプテス爺さんが作ってくれた昼食を済ませて一服つけていると、昨日話したサンバルが顔を見せた。

「そろそろと思ってきてみたんだが、大丈夫かい?」

「ちょうどいい、時間」

 手早くパイプの掃除をして立ち上がる。

「ディーゴさんや、午後も午前中と同じで構いませんかな?」

「はい。雑草取り、よろしく」

 エレクィル爺さんとハプテス爺さんに午後の仕事をお願いして、サンバルの後に続く。

「じゃ、行こうか」

「おお」

 サンバルに連れられて行った先は、村の広場を突っ切った反対側だった。

 家の大きさはうちとあまり変わらないな。

「ここが俺ン家なんだ。おぅ母ちゃん、昨日言ってた虎の旦那を連れてきたぜ」

 サンバルが声をかけると、扉が開いて農家のおかみさんといった風の女性が顔を出した。

「おやおや、昨日の今日なのに悪いねぇ」

「昨日は遠くから見たけど、こうやって近くで見るとすごい迫力だねぇ」

 おかみさんが俺のことを見上げてつぶやく。

「見た目、違う、人懐こい、つもり」

 そう言ってにっと笑ってみせると、つられておかみさんも表情を和らげた。

「はははっ、そうかい。あたしゃアンナってんだ。よろしくね」

「ディーゴです。よろしく」

 そう言ってアンナと握手を交わす。随分とごつごつした手だった。

「じゃあ旦那、さっそく取り掛かってもらいてぇんだが、まずは裏に来てもらえるかい」

 サンバルに言われて家の裏手に回ると、修理が必要と思われる場所を見て呟いた。

「これは、ひどい」

 上から下まで大きな皹が入っているうえに、上の1/4程が崩れて大穴が開いていた。

 素人なりに泥を塗って修復を試みた跡が見えるが、それにも皹が入っていた。

「だろう?隙間風がひどくてさ」

 サンバルはそう言って肩をすくめた。

「で、どうだい。直せそうかい?」

「大丈夫。なんとか、なる」

 俺がうなずくと、サンバルはほっとしたように顔をほころばせた。

「そうかい。じゃあちゃちゃっと頼むぜ」

「わかった」

 皹の部分に手を当て、塞ぐように念じながら手を動かすと、周りの土が動いて皹を塞いでいった。

 なんか気分は左官屋だね。

 ついでだからと壁の強化もしておく。

「旦那、今のは?」

「壁、崩れないよう、強くした」

 そう答えて爪で軽く壁をひっかくと、かりかりと石のような音がした。

「そうか、そいつはありがてぇ」

「他、部屋、増やす、希望、ある?」

「部屋も増やせるのか?」

 サンバルが食いついてきた。やっぱり家族でこの家は小さいよな。もう一部屋は必要だろ。

「まだ、力、ある。大丈夫」

「そうかいそうかい。母ちゃん、虎の旦那が部屋も増やしてくれるってよ」

「本当かい?そりゃ助かるねぇ」

「じゃあ2つほど部屋を増やして貰いてぇんだが、大丈夫かい?」

「大丈夫。サンバルさん、地面に、部屋の大きさ、書く。俺、その通り、部屋、作る」

「おう、分かったぜ」

 サンバルは頷くと、薪を手に嬉しそうに地面に線を引き始めた。


 そこにアンナが加わり、しばらく夫婦揃ってああでもないこうでもないと言い合っていたが、ようやく間取りが決まったようだ。

 南と西に1部屋ずつ追加するらしい。

 後はその通りに壁を作り、屋根を木の魔法で葺いてサンバルの家が出来上がった。

 そのついでに、家中の壁を強化して少し崩れ掛けてた竈も直してみせたらアンナにえらく感謝された。

「あちこち直して貰って悪ぃな。なんか新築の家みてぇだ」

 サンバルとアンナが笑いながら礼を述べた。

「でもこんなにしてもらって、なんてお礼したらいいかねぇ」

 礼……お礼ねぇ。元手タダだから考えてなかったな。

 少し考えていると、軒下に積んである薪が目についた。

 そういや薪がなかったっけ。

「じゃあ、薪、一籠、分けてほしい」

「薪?そんなんでいいのかい?」

「越してきたばかり、ウチ、薪、ない」

「そりゃ分かるけど……ホントに薪程度でいいのかい?」

 ホントに薪程度で構わんのだが、うーんこういう場合はなんて言えばいいのか。

「しばらく、俺、家、直す、忙しい。薪、集める、時間、ない」

「ああそっか。それもそうだな」

「でもホントに一籠だけでいいのかい?」

「これから、各家、回る。一つの家、一籠、でも、最後、たくさん」

「それと、俺、農作業、初めて。いろいろ、教えて、欲しい」

 そこまで言ったら納得してくれたようだ。

「わかった。じゃあ、なんか分からねぇことがあったらいつでも言ってくんな」

「そのときは、よろしく」


 その後、2軒回ってあちこち直したあたりで疲れがたまってきた感じがするので、こんなもんかと切り上げて自宅に戻った。


-2-

 そんなこんなで6日が過ぎた。

 村の家の補修は大体1/3が終わり、とりあえず急いで直さなければならない家はなくなった。

 畑や家の周りの雑草や小石もあらかた取り終わったので、今日の予定はどうするかと話し合ったところ、今日はパン焼きの日だったことを思い出した。


 ハプテス爺さんならパンも焼けるが、農村のような大きな窯で焼くのは初めてということで、興味を持ったエレクィル爺さんと3人で見物に出かけることにした。

 窯小屋のほうに連れ立って行くと、すでに村の女衆がわいわいがやがやと準備を始めていた。

 既にパン焼き窯には火が入っているらしく、辺りはじんわりと温かい。

「おや、お歴々が揃って窯小屋に何の用だい?」

 目ざとくこちらを見つけたアンナが声をかけてきた。

「農村のパン焼きを見てみたいと思いましてな、邪魔はしませんので見物させてもらえますかな?」

「また物好きだねぇ。いいよ、好きなだけ見てきな」

 アンナはそういうと、一抱えもある桶に粉をバサバサと入れ始めた。小麦にしちゃ色が黒っぽい。

「その粉は?」

「ライムギの粉とそら豆を挽いた粉だよ。(黒)パンを焼くときはね、これ(そら豆の粉)を混ぜるとパンが柔らかくなるのさ」

「小麦は、使わない?」

「小麦なんてみんな税で持ってかれちまうよ。残ってもみんな売っちまうねぇ」

「小麦のパンなんて新年の祭か収穫祭でしか口にできないよ」

 おかみさん連中が口々に言う。ふーむ、小麦のパンてのはそこまで高級品なのか。

「虎の旦那のところはどうだったんだい?」

「俺の、故郷、米、主食だった」

「コメ?」

「麦、似ている、もっと、固い、穀物。固い、粥で、食べてた」

「はぁー、粥が主食ねぇ」

「虎の旦那も結構苦労してんだねぇ」

 ……え? いや別に苦労はしてないんだけど。

 粥を食う=可哀想って価値観?

(ディーゴさん、この辺りではお粥は貧しい人の食べ物なのですよ)

(麦を粉に挽くと、目減りしたり粉挽き賃を引かれたりしますからな)

 内心首を傾げていると、エレクィル爺さんとハプテス爺さんが小声で解説してくれた。

(なるほど)

 二人と話していると、粉を入れ終わったアンナが塩を加え、桶に湯を注ぎこね始めた。

「なぜ、お湯、使う?」

「そら豆の粉を使うときはね、お湯で捏ねないとちょっと匂うのさ。やってみるかい、と言いたいところだけど虎の旦那のその手じゃね」

 うん。手の甲どころか指の甲までふっさふさだからね。俺が素手で生地をこねたら、多分確実に毛が混じる。

 そしてアンナはパン生地をこねながらも手づかみで乾燥ハーブを追加していく。

「結構ハーブを使うんですな」

 ハプテス爺さんが意外といったように呟く。

「匂い消しにね。街だとパン屋が毎日焼いてくれるからそれを買えばいいけど、あたしらみたいな農家はそうはいかないからね。次のパン焼きの日まで持たせるとなると、どうしても最後は臭ってくるのさ」

 たっぷりと時間をかけて捏ねた後は、水で濡らした手で生地の表面をなでつけ、大きくバッテンと丸を組み合わせた印を刻みこむ。

「その、印は?」

「ああ、これはパン生地がうまく膨らみますようにって神様へお願いする印さ。やり方は人それぞれだけどね」


 それから1~2時間ほど、女衆はおしゃべりをしながら捏ね鉢の周りを片付ける。

 女3人寄れば姦しいというが、3人どころか20人近く集まっているのだから騒がしいことこの上ない。

 アンナが橋渡し役になって、以前居酒屋でしたような話をもう一度する羽目になった。

 そろそろ頃合いか、と捏ね鉢の中を覗き込むと、だるーんとした感じのパン生地がいくらか膨らんでいるように見えた。

(思ったより、膨らんでない)

(小麦のパンに比べると膨らみが足りませんな)

 それでもアンナは気にした風もせず、流れるような手つきでパン生地をちぎりパンの形にしていく。

 生地が緩いせいか、やたらと平べったい。

「ここでぐずぐずやってるとパンが不味くなるからね、手早くやらなきゃならないんだよ」

 そう言いながら20個ほどのパン生地をまとめると、パン生地がなくなった。

 正確にはまだ少し残っているが、これは次のパン生地へのタネ(スターター)にするらしい。


 そのころになると、窯の中の薪も燃え尽きる。

 薪が燃え尽きるとあとはスピード勝負。

 アンナがパン焼き窯の中から燠を取り出し、すかさずそれを隣のパン焼き窯に放り込む。続いて薪を入れ、2番目の窯を温める。

 その間に別のおかみさんが水で濡らした枝箒を1番目のパン焼き窯に差し込む。

 ジュワッと音がして水蒸気が立ち込めるが、おかみさんは気にせず底板の灰を掃除する。

「ほら、生地を入れるよ」

 おかみさんに言われてパン生地が次々と差し出される。おかみさんは生地をパンシャベルに乗せて、ぽんぽんとパン焼き窯の中に放り込んでいった。

「生地を置く場所にもコツがあるんだけど、こればっかりは繰り返し焼いて覚えるしかないねぇ」

「遠すぎると生焼けだし、場所が悪いと焦げちまうからねぇ。それに生地が近すぎると隣のパンとくっついちまうし」

 パン生地を入れ終わり、蓋をして大体1時間でパンが焼きあがる。

「ほら、焼きあがったよ。ディーゴさんには家を直してもらったからね、1個あげるよ」

「ありがとう」

 礼を言って焼きたてほかほかあつあつのパンを受け取る。

 3つにちぎってエレクィル爺さん、ハプテス爺さんと分けてかぶりつく。

 ん?

 んんん?

 これはこれでうまい……のか?

 3人そろって微妙な顔をしていると、アンナが笑いながら種明かしした。

「黒パンは焼き立てだとあまり旨くないんだよ。2~3日したころが食べごろさね」

 ……そういうことは早く言ってくれ。

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