居酒屋にて
-1-
村で1軒という居酒屋に行くと、2/3程度の席がすでに埋まっていた。
「いらっしゃい。あんたたちが噂の新しい住人だね」
こちらの姿を見て、カウンターの奥から亭主とみられる男が声をかけてきた。
「ええ、2~3年の期限付きですがお世話になりますよ」
カウンターに腰を下ろしながら、エレクィル爺さんが如才なく答える。
「なに、それでも新しい住人が増えるのは大歓迎さ。そっちの虎の旦那は用心棒かい?」
「いや、逆。俺、世話、なるほう」
「へぇ、そいつは興味深いな。おっと注文を聞こうか」
「では夕食になりそうなものを4人前。それと……ここは葡萄酒ではなくエールでしょうな」
「まぁな、葡萄酒なんて気の利いたもんは2級が少しと3級しか置いてねぇよ」
エレクィル爺さんの注文に亭主が苦笑しながら答える。
「?」
亭主の言葉に首をかしげる。え?葡萄酒に級付けなんてあんの?
「ディーゴさん、2級というのは湯宿で私どもが飲んでた葡萄酒でしてな、まぁごく一般的な葡萄酒です。3級というのはまぁその、葡萄酒を作った際の搾りかすに水を加えて作る安い葡萄酒のことですよ」
「なるほど。1級は?」
「1級の葡萄酒は、保存の魔法をかけた葡萄酒でしてな、なかなか値が張ります。その上に特級というのがありましてこれはいわゆる年代物な上物の葡萄酒のことですよ。こちらは天井知らずの値になりますな」
「ふむ。分かった。じゃあ、試し、3級葡萄酒、カップ、1杯」
「あいよ」
そうして出された葡萄酒だが、やはりというか色が薄いうえに味も薄かった。
「お味のほうはどうですかな?」
「少し、薄い」
正直言うとかなり薄く感じたんだが、まぁ少し手心を加えておく。
「はっはっはっ、そうだろうな。しかしまぁ、エールよりは幾分酔えるだろう」
「じゃあ、御自慢のエールを頂けますかな。ジョッキで3つ」
「あいよ」
木製のジョッキになみなみと注がれて出されたそれに口をつける。
ホップが使われていないのか苦みは弱く、炭酸も弱いがどっしりした味でコクがあり、これはこれで旨いと思った。
日本のビールみたいにキンキンに冷えたものをカーッと飲るタイプの酒ではなさそうだ。
うむ、常温でじっくり味わいながら飲むタイプだな。
〈結構いけるわね、これ。なんのお酒?〉
イツキが念話で語り掛けてくる。イツキが体内にいる状態だと感覚を共有することになるので、俺の味覚=イツキの味覚になる。
《多分、麦から作った穀物酒だろう。葡萄酒と双璧を成す酒だろうな》
俺も念話で答える。
〈でも10日くらい前に飲んだのとはずいぶん味が違うわね〉
《作り手の腕の問題だろう》
〈ふーん、もうちょっと強いほうがあたし好みかなぁ〉
……こいつ、結構飲んべだな?
「それで、話の続きを聞こうか」
調理を始めながら亭主が聞いてきた。まぁ噂話に飢えてるのが丸わかりだったので、こっちも乗ってやることにする。
「こちらの虎の方、ディーゴさんと申しますが……」
エレクィル爺さんがそう前置きして話し始める。
気が付けばその場にいた客たちも会話をやめて耳をそばだたせていた。
「……なるほどねぇ、記憶をなくしていて言葉も不自由、そしてディーセンの街で門前払いを食らったってわけか」
「まぁそいつは運がなかったといいたいが、虎の旦那のご面相じゃさもありなんてところだな」
「うんだ。ディーセンの門番は融通が利かねぇからな」
「でもまぁ、賄賂をせびってくることもねぇから門番としちゃ上等のたぐいだがな」
そういって酔客が話に交じってきた。
「賄賂、門番、結構多いか?」
「このあたりじゃ少ないけどな、よそに行くと結構当たり前らしいぞ。行商人とかが褒めてるからな」
「ま、銀貨の1~2枚も渡せばすんなり通してくれるから、通行料だと割り切るしかねぇな」
こちらの質問に亭主がフライパンを振りながら答える。
「はいよ、おまっとさん。ベーコンとキャベツの炒め物に豚レバーの団子スープだ。2人前は虎の旦那だね」
付け合わせに焼いた芋がどっさりついている。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
そして3人は食事に集中する。
なんか魚肉ソーセージ入りキャベツ炒めを思い出す味で、ちょっと前世が懐かしくなった。
「おや、虎の旦那は野菜が好きかい?」
俺の食べ方を見た亭主が声をかけてきた。
「森にいた、頃、食事、肉、だけ。食べる、野菜、辛子草、ばかり」
「ディーゴさんは森にいたころは肉ばかりの食生活で、野菜と言えば辛子草くらいしか食べられなかったそうですよ」
「肉ばかりかぁ。農民の俺らからするとそっちのほうが羨ましいな」
「毎日、狩り、行く。必要。獲れない日、ある。それに、肉ばかり、飽きる。体、悪くする」
「毎日狩りに行かなければなりませんし、当然ボウズの日もあります。それに肉ばかりだと飽きるし体にもよくないそうで」
「そりゃそうだ」
居酒屋の亭主と酔客たちが笑う。
「そうか、言われてみれば虎の旦那は森で生活してて狩りは慣れっこなんだよな」
「まぁ、それなりに」
「どうだい、暇なときには森に入って狩りをしちゃくれねぇかい?そんで獲れた肉なんかウチに卸してくれると助かるんだけどな」
「わかった。農作業、合間、なら」
「助かるぜ。狩人ならうちの村にも2家族いるんだが、そいつらだけじゃどーにも肉が足りなくてなぁ」
「なら、大物、頑張る、仕留める」
「おお、頼りにしてるぜ」
-2-
そして翌日。
ハプテス爺さんが作ってくれた朝食を頂く。
メニューは黒パン、それと根菜のピクルスとチーズが少々。
エレクィル爺さんも日ごろはこんなメニューで済ませているらしく不満はないようだが、俺としては肉がないのがちと寂しい。
まぁ、余裕ができたら森に狩りにでも出かけてみるか。昨日居酒屋の亭主と約束したしね。
ちなみにパンは、農村では毎日焼くようなことはせず10日から15日おきくらいにまとめて焼くらしい。
だから昨日の居酒屋のパンは固かったのね。
なお、昨日の今日ではパンを焼く日には当たってないので、エレクィル爺さんらが街から持ってきたパンを食べている。
聞いた話では6日後がパンを焼く日らしいので、焼きたてパンはその日まで我慢だ。
少し固くなったパンをもぐもぐと咀嚼していると、エレクィル爺さんが訊ねてきた。
「ディーゴさんや、今日の予定はどうされるおつもりですかな?」
「うん……午前中、ちょっと畑、様子、見る。午後から、サンバルさんとこ、行って、家、直す。余力ある、なら、2~3軒直すと思う」
「私どもはどうしましょうか?」
「家の周り、目についた、雑草、石、集めておいてくれると、助かる」
「付き添いは不要ですかな?」
「たぶん、大丈夫。困ったら、呼びに来る」
「言葉の勉強のほうはどうされますか?」
「家の修理の間、少し、ペース落とす。毎日、修理、少し早めに、切り上げる。そのあと、少し、勉強する」
「休みにはしないんですな」
「少しずつでも、継続、大事」
「確かに真理ですな」
うん、ホントは休みたかったんだけど、こっちが休むとその分エレクィル爺さんたちへの負担が増えるからね。
でもこのトシになって毎日語学の勉強というのもなかなかしんどいのもまた事実。
この体、物覚えは悪くないんだが、精神的にね。
そして朝食後、とりあえず畑を見て歩く。
昨日見たとおり、小石が結構転がっているので魔法でちまちまと寄せつつ、目についた雑草を引き抜きながら歩いて回る。
ふーむ、見た感じではそれほど広くないと思っていたが、実際歩き回ってみると結構広い。
これを手作業で全部耕すのか。
牛とかが引く有輪犂とかあれば多少は楽なんだろうが、牛も馬も持ってねーし御する技術もないしな。
いっそのこと自分で引くか?
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ま、それもありだな。
《そういやイツキ、ちょっと質問なんだが》
〈なーに?〉
《樹の魔法で植物の成長を促進……早めることってできるか?》
〈できるわよ〉
マジか。超促成栽培で野菜とか作り放題じゃん。
カイワレ大根なんか1分でできて、毎日のように山ほど出荷してカイワレ長者とか……ないな、うん。
〈でもディーゴが考えてるようなことにはならないわよ〉
《なぜだ?》
〈樹の魔法ってのは魔力だけじゃなくて、植物の生命力も使うの〉
〈だから魔法で野菜や果物を早く育てても、味のないスカスカのものになるわよ?〉
《そうなのか》
意外なデメリットがあるもんだな。
〈大地に深く根を下ろし、風雪に耐えて花咲かす。花が散ったら実を結び、命を次代に託すのみ。植物っていうのはそういうものよ。魔法でどうこうすれば、どこかに歪みも出てくるわ〉
《ふーむ、そういうもんか》
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・
《ん?樹の魔法は魔力だけじゃなく植物の生命力も使うって言ったよな?》
〈ええ、言ったわ〉
《つーことは、こういう草ばっかの平原よりも、生命力の強そうな深い森とか大樹のそばのほうが樹の魔法としちゃ強くなるのか?》
〈そうよ。今頃気づいたの?〉
はい。今まで全然気づきませんでした。
ということは土魔法も似たよな感じなんだろうな。今後は魔法を使う場面にちょっと気をつけよ。
などと考えつつ畑の1/5ほどを除石したところでいい時間になったので、小屋に戻る。
見ると、エレクィル爺さんとハプテス爺さんが小屋の周りの雑草取りをしていた。
「お疲れさま、です」
「おやディーゴさんお帰りなさい。畑のほうはいかがでしたかな?」
「やっぱり、小石、多い。1/4ほど、取り除いてきた」
「ほほう、もうそんなに取り除けましたか」
「これは思ったより早く耕作に取り掛かれそうですな」
「ただ、歩いて分かった。結構広い。耕すの、たぶん大変」
そういって小さくため息をつくと、エレクィル爺さんが笑った。
「まぁ何事も地道な作業が肝要ですからな、あきらめて耕すほかありますまい」
「では、ディーゴさんも戻ってきたことですし、昼食にしましょうかな」
エレクィル爺さんが腰を伸ばしながら話しかけると、ハプテス爺さんも
うなずいて立ち上がった。
さて、今日の昼メシはなんだろね。