ランク4昇格
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金貸しの用心棒から巻き上げた刺突剣が売れて、とんでもねぇ大金が手に入ったため、今後の予定を少し話し合った。
シタデラ滞在も2ヶ月に及び、そろそろ次の街に向かいたい気分もあるが、大白金貨600枚という大金を抱えて
旅というのはあまりしたくない。
しかも次に訪問する予定のトレヴの街は、交易都市と言われるだけあってヒト、モノ、カネが集まり賑やかではあるものの、その分治安は少し注意が必要ととーちゃん冒険者の手記に書いてある。
なら身軽な方がいいだろう、ということであと3回、適当な依頼をこなして俺のランクを4に上げてしまえ、という結論になった。
滞在が延びたところで宿代は領主持ちだしな。
そんなわけで、依頼区域が被っていて短期で片付きそうな採取2件と討伐1件の依頼を回してもらい、まとめて一気に片づけた。
それぞれ単発ではあまり収支がよろしくない依頼だったが、3つ同時にこなせば必要経費が抑えられて黒になる。
効率はいいのだが……仕事の同時進行は俺個人としては社畜時代を思い出して、あまりやりたくないのが正直なところ。
だが今回だけは特別と割り切る。
猫枕亭で依頼の品と討伐部位を出して見せたら、ゲンバ爺さんに呆れられた。
「……ホントに3つ同時にこなしてくるとは思わなかったぜ」
「イツキがいるからな。森の中は庭みたいなもんよ」
「そういやイツキは樹精だったな。飲んでる姿しか記憶にねぇから酒精と勘違いしてたぜ」
イツキさん、狐耳の狸ジジイに言われてんぞ。
「んー、それもありかな?」
そこは否定しやがってください。冷たい酒が美味いのは俺も同意するが最近おまえさんの酒量が増えてんだよ。
内心の俺のため息を他所に、ゲンバ爺さんが新しい冒険者手帳を差し出してきた。黒地に白文字の手帳だ。
「まぁなにはともあれ、これでお前さんはランク4に昇格だ。おめでとさん。
ここまで来ればもうベテラン冒険者だ。侮られることもなくなるだろうよ。
ちなみに常人が努力だけで上がれるのはここが限界と言われててな、この上に行こうとすると運や才能も絡んでくると思った方がいい」
「そうなんか」
「ああ。ついでだから説明しちまうが、ランク3に上がるのはちょっと厄介だ。成功させる依頼は30回。それに冒険者ギルド支部での試験がある。
戦闘能力を見る実技試験と、依頼に対する行動を見る筆記試験だ」
「実技試験は分かるが、筆記試験の意味が良くわからんのだが?」
「文章で出される依頼を読んで、自分ならとか自分たちならどういうやり方で解決に持っていくか、を書くんだ。
少しばかり意地の悪ぃ問題が出るが、コレと決まった正解はねぇ。
自分たちの実力に見合った、無理のない現実的な解決方法を書きゃ大丈夫だ。
10万の軍勢を用意して敵を蹂躙する、とか、古代竜すら瞬殺できる超必殺技を使う、とか、出来もしないアホなことを書けば当然落とされるし、緑小鬼5匹を倒すのに森を全部焼き払う、なんて全く後先を考えない無茶な方法を書いても合格は難しかろう」
「なんか面倒くせぇな」
「まぁそう言うな。ランク3が受ける依頼ともなれば難しい判断を迫られることも多くなる。いくら腕が立っても周りへの配慮がロクにできん輩はここで足止めだ。
ただお前さんの場合は『大いなる感謝を込めて』の数が多いから、筆記試験は免除になるかもしれんな」
おぅ、こんなところで『大いなる感謝を込めて』の恩恵が出るのか。
「あとは……持っている装備も昇格に絡んでくる。
銀か魔法の武器一振りに加えて、魔道具を一つ持っていることが最低ラインだ。ただしこれは個人じゃなくてパーティーでの持ち物になるがな」
「それは何か意味があるのか?」
「ランク4~5はベテランや中堅と言われても所詮は有象無象の域を出ねぇ。だがランク3になると主力と目されるようになる。
それに依頼される討伐対象も厄介な相手が増えて、銀や魔法の武器でしか倒せない魔物を相手にすることも多くなる。
もう一つの魔道具については、まぁ参考だ。ランク3に上がろうってくらいだと珍しい魔道具を手に入れてる場合も割とある。
そういうのを申告しておけば、依頼の時に多少は考慮される寸法だ。
無限袋を持っているなら輸送・配達系の依頼を紹介されやすくなるし、不死者用の強力な武具を持っていればその系統の討伐依頼を割り振られやすくなる。
ただ、これは自分の手札をさらすことにもなるから、あえて当たり障りのないありふれた魔道具で申告するケースも少なくない。
まぁその辺はよく考えろ」
なるほど。だがまぁ、装備に関しちゃ既にクリアしてんだよな。武器はユニの精霊筒とか、作ったばかりの水精鋼の剣鉈があるし、魔道具も手持ちに幾つかある。
……ただ、麻痺毒をまき散らせる骸竜の牙笛を申告するかは悩むところだ。成り行きで貰ったものだが、あれは色々ヤバイ。
土の精霊石か蟲払いの杖でお茶を濁すか?
「さて、話が前後したがランク4になって何が変わるか説明するぞ」
「おう、よろしく頼む」
気を取り直してゲンバ爺さんの話に集中する。
「ランク4となると赤大鬼クラスの討伐依頼が普通に入ってくる。ちなみにお前さん、赤大鬼とやりあったことは?」
「幾度かある」
「そうか、なら問題ねぇな。
それ以外だと国や領地をまたぐ依頼も多くなってくる。まぁシタデラ(ここ)じゃ国をまたぐ機会は滅多にねぇが、お前さんの拠点のディーセンなら隣のアモルに行くこともあるだろうよ」
「そことは揉めててあまり行きたくはねぇんだが」
「なら全力で逃げろ。断れ。ランク4の段階ならまだ替えが効くからそれが許される。ランク3以上の指名依頼となるとそうもいかなくなるぞ」
「うへぇ」
ランクを上げ過ぎるのも考えものか。
まぁ確かにランク3以上となると依頼の内容つーか緊急度も洒落にならなくなってくるし、代わりの人材もすぐに見つかるもんじゃなくなるだろうからな。
「あとは未踏破の遺跡調査を依頼することもある。危険ではあるがその分見返りもでけぇ。入念に準備をして万全の態勢で当たれ」
「わかった」
「依頼としちゃそんなところだ。あとは冒険者ギルドで受けられるサービスが増える。
具体的には2つで、1つは預金と引き出しだ。冒険者ギルドの支部に金を預ければ、他の街の支部でも金を引き出すことができる。
大金を持ち歩きたくないときに便利だな。
もう一つは手紙の配送。ちょいと時間はかかるが冒険者ギルドを通して安値で手紙をやり取りできる。距離にもよるが、まぁ半金貨を超えることはねぇよ。
急ぎの場合はギルドで抱えてる早馬や伝書鳩を使うこともできるが、伝書鳩なら半金貨数枚、早馬なら金貨が必要だ。
ギルド支部から先の配達については別料金で、同じ街の中ならまぁ銀貨1~2枚だな。
これらのサービスはギルド支部でのみやってる。ウチみてぇな宿じゃやってねぇから間違えんなよ?」
「了解」
郵便のサービスは初耳だったが、なにはともあれこれで預金サービスが使えるようになったわけだ。
やれやれ、これで気苦労の一つから解放される。
「で、いつ発つんだ?」
ゲンバ爺さんにはランク4に上がったらこの街を発つことを言ってある。
「明日か明後日だな。随分世話になった」
「なに、こっちもいろいろ助かったぜ。丁寧な仕事をしてくれるヤツは多くねぇ。次の街でもその調子でがんばれよ」
「ああ。皆にもよろしく伝えといてくれ。じゃあ元気でな」
「美味しいお酒ありがとうね」
「どうもお世話になりました」
「今までありがとう」
それぞれが別れを告げると、ゲンバ爺さんは照れたように脇を向いて手をひらひらと振ってみせた。
-2-
猫枕亭を後にした俺たちはそのまま冒険者ギルドへと向かった。
「いらっしゃいませ。本日はどのような用件でしょうか?」
「ランク4になったんでギルドに金を預けたい。手続きとかを教えてくれ」
幾つかある受付の一つについて、受付の職員に用件を話す。
「かしこまりました。でしたら冒険者手帳を拝見します。あとこちらの書類に必要事項を記入してください」
「あー、ちょいとここでは差し障りがある。個室とか用意してもらえんかな?」
冒険者手帳を差し出しながら、小声で職員に頼んだ。
怪訝な顔をされたので財布からちらりと帝国札を見せると、職員は目を大きく見開いて帝国札と俺と冒険者手帳を何度も見返して、頷いた。
流石にカウンターで帝国札を並べるわけにもいかんだろ。銀行の窓口で札束を積み上げるようなもんだ。
「で、ではこちらにどうぞ」
やや狼狽した職員に連れられて個室の一つに案内される。
必要書類を持ってくる、と言って部屋を離れた職員だが、戻ってきたときにはもう一人増えていた。
「出納課で課長をしておりますジャバルと申します」
増えた一人がそう名乗ってきた。
「冒険者のディーゴだ。ランク4になったんでこちらに金を預けたいんだが、ちと額面が大きくてさ」
「はい。なんでも帝国札をお預けになりたいと伺いましたが」
「ああ。大白金貨100枚換算の帝国札5枚と、大白金貨130枚を頼みたい」
そう答えつつ、机の上に帝国札と大白金貨の詰まった革袋を並べる。
流石に課長のジャバルは顔色一つ変えなかったが、受付の職員が息をのむのが分かった。
「あの……失礼ですがこのお金はどういう?」
とても言いにくそうにジャバルが尋ねてきた。
「んー、まぁランク4なりたてごときがこんな大金持ってるのは不審だわな。ただこの金はミスリルの魔法剣を売った代金なんだよ。
売った相手はグスターヴという人で、ザバンの武器屋のカルロって職人が取引の立会人だ。
別に犯罪絡みとかの怪しい金じゃねぇから安心してくれ」
「なるほど、そうでしたか。大変失礼いたしました」
「なに、額が額だ。そのくらいの確認は必要と弁えてるから気にしないでくれ」
「そう言っていただけると助かります。では早速手続きに参りましょう」
そう言ってジャバルが差し出してきた書類と手帳に、必要事項をさらさらと書き込む。
といっても名前と住所くらいなものだが。
「はい。ありがとうございます。では使い方の説明をさせていただきます」
記入済みの書類と手帳を確認したジャバルが頷くと、ギルドの預金サービスについて説明を始めた。
ジャバルの説明をまとめると
1、預金と引き出しのこのサービスは、冒険者ギルドでのみ受けられる。
2、今回用意した手帳(以下通帳)は預金残高を記すもので、冒険者手帳とセットで使用する。
3、冒険者手帳と通帳で割り印を入れるため、どちらかが更新となった場合はもう片方も同時に更新する。
4、盗難や紛失による再発行は一切不可。保険も補償も一切なく、諦めるしかない。
5、汚損・破損の場合は最終残高さえ確認できれば再発行が可能。
6、通帳や残高の偽造は、冒険者資格をはく奪のうえその街の官憲に引き渡す。(ほぼ極刑)
7、大白金貨100枚を超える引き出しは、受け取りが翌日になることもある。
という感じになるそうだ。
再発行が一切できないのは痛いが、サーバーやネット通信とかによる一元管理ができない以上は止むを得まい。
そんな中で再発行を認めるのは幾らなんでもリスクが高すぎる。
冒険者手帳以上に取り扱いは注意する必要があるな。
流れとしては冒険者手帳と通帳を受付に渡し、預ける金を渡すか引き出す金額を伝えると、担当者がまず冒険者手帳と通帳の割り印を確認する。
次いで現在の残高に足し引きした額を通帳に書き足し、引き出しの場合は金と共に返してくる。
という割とシンプルなやり方らしい。
「しかしこれだと残高の偽造とか割と簡単にできるんじゃないか?」
厳しい罰則があるにしてもやらかす奴はやらかすし。
「その辺りはこちらも対策を講じております。詳細は伏せさせていただきますが、この対策が破られるのは大陸全土の冒険者ギルドを総合して十数年に1件の割合です」
「それでもやる奴はいるんだな」
俺が苦笑を浮かべると、ジャバルもつられて苦笑する。
「この手のことはいたちごっこで、どれほど厳重な対策を施してもそれをすり抜ける輩は出てきます。
私に言わせれば、その努力を何故まっとうな方向に向けないのかと首をかしげるばかりですが」
「まぁ、なぁ……」
頷いて顎を撫でるが、そういう輩は恐らくまっとうな方向に努力はするまい、と思う。
「内容としては以上になりますが、何か質問はございますか?」
「いや、特にはないな」
「承知しました。では少しお待ちを」
そう言ってジャバルが通帳にさらさらと書き込む。
「お待たせしました。こちらがディーゴ様の現在の預金残高です。ご確認ください」
そう言って渡された通帳の中身を確認する。
うむ、確かに金額がどえらいことになってる。
その横にはジャバルの名前とシタデラという街の名前。あと日付が書いてある。
なにかあったときの追跡か確認用だろう。
「確かに」
頷いて通帳と冒険者手帳をしまうと、ジャバルと職員の見送りを受けて冒険者ギルドを後にした。
帰りに領主でもあるシタデラ侯爵の所と冥の教会に立ち寄り、明日か明後日には発つことと今までの礼の言伝を頼んで黒虎亭に戻った。
明日が晴れていれば出発するつもりだ。
あとがき
この話を持って第13章は終わりとなります。
それと、残念なお知らせですが、この投稿を区切りに長期の休載に入ります。
1章分を書き溜めてからの連載再開となりますので、休載機関は恐らく数か月にわたると思います。
なるべく早い再開を目指しますので、その時にはまたよろしくお願いいたします。




