村の領域侵犯8
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代官による面談のようなものが終わり、サグワド村とトライアン村の村長が来たことで実務的な話が始まった。
訪問する場所や頻度、取引形態、品物ごとの参考価格などがお互いの合意によって決められる。
とは言っても永続的なものではなく、取引回数が重なりお互いに信用ができてきたら、合意のうえで内容を変えるという割と流動的なものだ。
犬小鬼たちが村を訪問するのは毎月の1日と16日。滞在は2日間。
一度の訪問で訪れる村は1つのみ。1日にサグワド村を訪問したら16日はコンバルド村、翌月1日はトライアン村と順次行先を変える。
訪問する犬小鬼の数は、グレッグを含めて10匹以内。
当面は村長を主な取引相手とし、村人個人と取引する場合は村長が立ち会う。
取引は物々交換と貨幣を併用する。
この辺りまでは割とすんなり決まった。
揉めたのが参考価格だ。
警戒していたサグワド村の村長が守銭奴ぶりを遺憾なく発揮しやがって、ひたすら犬小鬼側の物産を買い叩こうとする。
市場相場の2~3割とかを当然のようにゴリ押ししてくるので、呆れるやら険悪なムードが漂うやらで、見かねた代官や他2人の村長がサグワド村の村長を諫めるほどだ。
だが、代官はともかく村長2人がやや弱腰なのが少し気にかかる。
「お宅とは価値観がかなり異なるようだ。このままではお互い満足な取引はできそうにないな」
あまりの無茶振りに業を煮やしたグレッグがそう言い放つと、コンバルド村の村長とトライアン村の村長が慌ててフォローに入るくらいだ。
いい加減話が煮詰まってきたのと、頭を少し冷やす意味で休憩を挟むことにした。
グレッグたちにはそのまま少し休んでもらうが、俺は別にやることがある。
サグワド村の村長に対する、コンバルド村やトライアン村の村長の弱腰というか遠慮ぶりが少し気になったからだ。
共用の井戸で水を貰いながらおかみさん連中にそれとなく話を振ってみると、まぁ出るわ出るわサグワド村への不満が。
服の縁取りや飾りに使えそうな毛皮の端切れなどを渡しながら聞いた話をまとめると、サグワド村の村長がここまで強気に出られるのは、その位置関係にあるらしい。
3つの村の中でもサグワド村は一番東に位置し、シタデラの街から一番近い。
街道からもそれほど離れていないので、大抵の行商人や隊商はサグワド村→コンバルド村→トライアン村の順に訪れる。
つまり、質のいい品やお買い得な品をコンバルド村やトライアン村よりも優先的に買うことができるわけだ。
前の村長の時は後の2つの村のことも考慮して買い物もいくらか手加減?してくれていたのだが、今の村長になってからはそれもなくなり、注文した品さえ横取りされることも起きるようになったとか。
無論、売ってしまった商人は幾らかの詫び金を上乗せして注文主に謝罪するのだが、アテにしていた物が届かない不便・不都合は詫び金程度のはした金で釣り合うものではない。
とはいえ、村を訪れる商人はそう多いものではなく、簡単に取引停止を言い出せる環境でもないので、不満を抱きつつも現状に甘んじている、というのがコンバルド村住民の正直な所らしい。
恐らくトライアン村でも似たようなことが起きているだろう。
……それって今のサグワド村の村長が癌なんじゃね?首を挿げ替えるわけにはいかんの?
そんなことを休憩で一服していた代官に匂わせてみたが、評判は悪くとも今のところ致命的な失策や犯罪行為はないので村長を交代させるわけにもいかないそうだ。
俺が思うに、あのサグワド村の村長は居ればいるだけ害になると思うんだが……。早めの損切りって結構大事よ?
そして休憩が終わり話し合いが再開される。
……とは言うものの、目立って進展があるわけもなく。
サグワド村の村長(以下、守銭奴村長)が相場を無視した安値を要求するのに対し、その他の面子が硬軟取り混ぜて反論し、それに対してまた守銭奴村長が自分勝手な理屈で反論する。
ここまでくると誰も彼もがうんざりした表情を隠そうともせず、「いい加減にしろ!!」と誰かが爆発するのは時間の問題に見えた。
そんな妙に張り詰めた雰囲気の中、爆発したのは意外にも守銭奴村長だった。
「冒険者さんよ、さっきからやたらとその犬小鬼の肩を持つが、あんた一体誰の味方なんだ!?」
守銭奴村長が椅子を蹴立てて俺を指さしながら叫んだ。
「平和にそして穏やかに暮らしたいと望む者の味方だ」
即答しつつサグワド村の村長を睨みつける。
相手が先にキレた以上はこちらも遠慮は無用。溜まっていた分を言わせてもらおうじゃないの。
「おたく、なんか勘違いしているようだから訂正してやるがな、冒険者だからと無条件に人間に味方してやるつもりはねぇぞ。
そもそもそっちこそ、さっきから聞いてりゃ随分と高ぇところから我儘放題モノ申してくれるじゃねぇか。
もともと互いの不安不満を少しでもなくそうと申し出た取引だ。互いに何らかの利益が出るように話すり合わせてんのにおたくみてぇに一方的に我慢や不利益を強いる取引をゴリ押しされたんじゃ本末転倒なんだよ。
寝てるだけで貢物を献上してくれるような便利な奴隷が欲しいならヨソ当たんな」
ドスを効かせた声で凄んでみせると、守銭奴村長は顔を真っ赤にしてなおもわめく。
「だいたい!犬小鬼風情が人間と対等なんて言うのが間違ってる!!」
その言葉に反応しかけたグレッグを手で制する。
頭に来るのは分かるが、ここでグレッグが前に出ると火に油を注ぐことになる。
「ならばテメェはそれ以下だな。相手が弱けりゃ食い物にするのはケダモノのやりくちだ。やたらキーキー騒ぐと思ったら、中身は人間じゃなくて猿だったか」
うすら笑いを浮かべながら吐き捨てると、さすがに代官のコルトゥが割って入ってきた。
「二人ともその辺にしておけ。ウリク村長(守銭奴村長の名)、あんたがいると話が進まん。一度席を外して頭を冷やせ」
強気な守銭奴村長とはいえ、さすがに代官の命令に逆らえるはずもなく、こちらを憎しみのこもった目でにらみつけると足を踏み鳴らして出ていった。
「……あれも年を追うごとに酷くなっているようだな。ともあれ、あの発言はすまなかった」
守銭奴村長が去った後で、代官が軽く頭を下げた。
「そちらが謝ることじゃない。むしろアレを追い出してくれたことに礼を言う」
グレッグがそう返してコルトゥに軽く頭を下げる。
……人間ができてないと、こういう切り返しはなかなかできんよな。
守銭奴村長がいなくなれば、特に揉める要素はない。
話し合いは順調に進み、あれから1時間とかからずに2つの村と合意を結ぶことができた。
なお守銭奴村長だが、予想通りというか勝手に帰ってしまったようなので、コルトゥの同意のもと犬小鬼たちとの取引先からは外すことにした。
コンバルド村の村長もトライアン村の村長も、サグワド村を除け者にするには抵抗があるようだが、守銭奴村長がグレッグに面と向かって「犬小鬼風情」と言い放つようでは救いはないと諦めたようだ。
「取引についてはこれでお互いの合意が得られたわけだが、別な問題が出てきたな」
コルトゥがそう言って腕を組む。
「まぁあの様子では、なにかしら嫌がらせは仕掛けてくると考えておいた方がいいだろう。
さしあたって予想できるのは、ありもしない被害をでっちあげて、俺達に兵や冒険者を差し向けることか」
「商人からの買い占めも加速しそうですね」
「商人たちにあらぬ噂を吹き込むことも考えられる」
グレッグの言葉に村長らが続く。
「役所の方には俺から報告書を上げておく。ディーゴ、冒険者ギルドは任せていいか?」
「了解。ちょっと書面にするから、署名を頼む。あと、侯爵様にも一応話だけしとくわ」
「領主様と知り合いなのか(ですか)!?」
コルトゥと村長二人が驚いたように声を上げた。まぁ一介の冒険者にそんなコネがあるとは思わんわな。
「ちょいと縁があって、何度か呼ばれて話をしたことがある。要望を聞いてもらえるかは未知数だが、話くらいは聞いてくれるはずだ。
ただ話が大きくなって視察が入るとか、グレッグらには面倒をかけると思うが」
「そのくらいは受け入れよう。争いになるよりはマシだ」
グレッグがそう承諾したことで、とりあえず犬小鬼たちの保護の道筋はできた。
「後はサグワド村での買い占め対策だな。度が過ぎるなら俺が介入するが、あまり効果は期待できん。
商人に物を売るなと言っても、素直に従う者は少なかろう」
「商人に動いてもらうにはまず利益を見せないとな」
「……少なくともサグワド村での利益を超える必要はありますね」
「売りに出せるような新しい物産があればいいんですが……」
それぞれが腕を組んで考え込んでいると、蚊帳の外気味だったグレッグが手をあげた。
「新しい売り物が必要というなら、俺達が手を貸してもいいが」
「薬草とかの入荷を増やしていただけるのですか?」
「いや、俺達が作ったものを二つの村に卸して、それを商人に買ってもらう形だ。
前に住んでいたところでは、主にこの布と生活物資を交換していた。なかなか悪くない取引だったぞ」
グレッグがそう言って着ているベストをちょいと持ち上げてみせた。
「気にはなっていたが、それは自分たちで作ったのか」
「俺達犬小鬼はそれなりにモノ作りが得意なんだ。
もっとも、群れが小さいうちは食料集めに重点が置かれてそこまで手が回らないが、食料にゆとりができればこういった物も作るようになる。
この服は蔓草から糸を紡いで織った布でできている」
グレッグがベストを脱いで代官に手渡した。
「思っていたより柔らかいな。そして軽い」
コルトゥが受け取ったベストを触って呟く。
「初めはやや硬いが、使っているうちに馴染んで柔らかくなる。それに結構丈夫だぞ」
二人の村長もグレッグの言葉を聞き、ベストを手にとって生地を調べる。
「ほぅ、こんな生地が犬小鬼たちの手で」
「この布地なら商人も欲しがるでしょう」
「布が出せるのはありがたい。利益が見込めて商人が扱いたがる品物だからな。
となると、まずこちらからは食料を出したほうがいいか?」
「それもあるが、大鍋も用意してもらえないか?前の棲み処で使っていたものは色々おいてきてしまったんでな。
収穫用の刃物はあるし織り機は自作でなんとかなるが、大鍋がないとなかなか不便なんだ」
「わかった。大鍋は俺の方でなんとかしよう。布はいつくらいに用意できる?」
「材料の蔓草は幸い今が収穫の時期だ。色々準備も含めて秋の終わりくらいには見本くらいは用意できるだろう。
ただ、必要な食料や渡せる布の量については、一度戻って試算する必要がある」
「なるほど。では試算ができたら教えてくれ。なるべく要望に添うようにしよう」
グレッグの提案で、思わぬ形で買い占め対策ができそうだ。
犬小鬼産の布地を取引材料に使えば、商人相手に少しは強気な態度にも出られるだろう。
……つーか犬小鬼は器用と知ってはいたが、モノ作りにそこまで有能だったとは知らんかったわ。
今後は討伐一辺倒ではなく懐柔も視野に入れたほうがいいのかもしれんな。
そんな俺の思惑をよそに、2つの村と犬小鬼たちとの取引話は無事にまとまり、俺たちはここで引き揚げることになった。
これ以上の話はグレッグと代官のコルトゥ、そして2人の村長が進めることになる。
もう冒険者の俺たちが出る幕はあるまい。
急な出立話に皆は驚いたようだが、侯爵や冒険者ギルドへ早めに話しておいた方がいいことを告げると引き止められはしなかった。
依頼人のビゼット村長からは「大いなる感謝を込めて」のサインをもらい、今後も犬小鬼たちを束ねていくグレッグと固い握手を交わして俺達はコンバルド村を後にした。
シタデラの街に戻ると、猫枕亭のゲンバ爺さんにグレッグたちのことを話し、その足で冒険者ギルドにも事情を説明した。
これで仮にサグワド村から犬小鬼討伐の依頼がきても、慎重な裏取りがされることになる。
シタデラ侯爵にも面会して話をしたところ、犬小鬼が作る布と酒にかなり興味を持ち、時期を見て視察団が向かうことが決まった。
余談になるが、後世の記録によるとグレッグたち犬小鬼の村はその後も順調に規模を拡大し、人間と友好的な数少ない犬小鬼の里として、シタデラ周辺に様々な産物を送り出す一大産地となる。
また、早くから友好関係を結んだコンバルド村とトライアン村は、犬小鬼産の品々の取扱窓口としてなかなかに栄えたという。
なお、サグワド村に関しては特筆すべき記録は残っていない。
話中に出てきた「蔓草から作る布」というのは、葛布を参考にしています。
空き地にこれでもかと茂っている蔓草の葛を原料に作る布で、大昔から使われているのですが、今は静岡県の掛川市で小規模に作られているだけみたいですね。




