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村の領域侵犯6


-1-

 その日、コンバルド村は大騒ぎになった。

 20匹近い犬小鬼が、協力して大角鹿やら角馬やらを担いで姿を現したのだから、まぁ無理もない。

 一応、ユニとクランヴェルを先行させて村長に事情は話したはずだったんだが、全員にまでは話は回っていなかったようだ。

 知らせを聞いた村の男衆が、農具や武器を持って俺たちの前に立ちふさがり、こちらの声に耳も貸さずにあわや戦闘開始かと思った矢先に、村長がユニとクランヴェルを連れて駆けつけてきた。

「皆!武器を引きなさい!!彼らは大丈夫です!!」

 ビゼット村長は俺達と村人たちの間に入ると、村人たちに向けて両手を広げ彼らを押しとどめた。

「でもよ村長……」

「まずは私の話を聞きなさい!!」

 警戒が解けない村人たちを、村長が強引に抑え込む。

 その剣幕に、渋々だが村人たちは武器を下ろした。

 ようやく話ができる体制になったので、村長が俺達の正体を村人たちに説明する。

 ユニとクランヴェルはともかく、犬小鬼と一緒に居て虎男な俺は大分怪しまれたが、冒険者手帳に名誉市民の短剣、ディーセンの冒険者ギルド長の名が入った紹介状の3点セットを見せてようやく納得してもらえた。

 そして村長から話を引き継ぎ、俺が改めて状況を説明する。

「……という訳で、村同士で決めた区域の中で色々やっちまったのは彼らだ。

 ただ彼らとしても、そういう取り決めがあるなら今後は立ち入らないようにするし、これまでやったことに対して詫びの品も持ってきたので、どうかこれで収めてほしい」

「この群れを率いるグレッグだ。

 知らなかったこととはいえ、人の領域で勝手にいろいろ採取したことについて謝罪しよう。済まなかった」

 グレッグが俺の隣に立って頭を下げると、村人の間から驚きの声が漏れた。

「犬小鬼が人間の言葉を喋った?」

「いやあの大きさはなんだ、本当に犬小鬼か?」

 ざわつく村人を前に俺が話を代わる。

「あー、グレッグだが犬小鬼の変異種でな。大きさもそうだが知能も人間と変わらん。

 この通り会話も成り立つし、言えばちゃんと応えてくれる話の通じる相手だ。

 心配ない……といっても不安は残るだろうが、そう警戒はしなくていい」

 そこで後ろに控えていた犬小鬼たちが、担いでいた獲物を前に持ってくる。

「昨日、俺達が仕留めた獲物だ。毛皮はついたままだが、血抜きと内臓の処理は済ませてある。

 謝罪の品として受け取ってほしい」

 グレッグの言葉で地面に置かれた大角鹿などに村人たちの視線が集まる。

 大角鹿や角馬は毛皮や角も売れば金になるし、これだけの肉があれば各家にそこそこの量が配れる。

 晩秋の豚を潰す時期ならありがたみも薄れるが、卵を産まなくなった老鶏や塩漬け肉が頼りな初夏の今、新鮮な肉は中々に貴重だ。

「謝罪、という事でしたら有り難く頂戴しましょう。

 これをもって村の領域内での今までの採取は不問にする、ということで構いませんな?」

 村長がそう言って村人たちを見ると、それぞれが(多少の差異はあるものの)頷いてみせた。

「感謝する。俺たちも今後はこちらの村の領域内には立ち入らないことを約束しよう」

「ええ、それで結構です。

 あと、クランヴェルさんらから伺いましたが、我々と何か取引がしたいとか?」

 村長の問いにグレッグが頷いた。

「ああ。他の2つの村とも相談の上になるが、空き樽や鍋を始めとする日用品や余分な食料があったら分けてほしい。

 無論、対価は払う。といっても森で採れるもの中心になるが」

「と、いいますと?」

「今までは自給自足でやってきたが、これもなかなか不便だ。

 それにそこのディーゴにも言われたことだが、お互い手出しをしない、関わらないというだけでは不安の種は残るだろう。

 お互いに利益があるような取引を始めれば、不安も少しは和らぐのではないか、とな。

 なに、今すぐ全てのわだかまりを捨てて仲良くしようと求めても難しいだろう。

 ただ、取引を通じて『役に立つ隣人』くらいな認識を持ってもらえると助かる」

「なるほど」

 グレッグの話に村長が頷く。

「ではあなたたちはこの村を始めとする人間に危害を加えるつもりはない、と?」

「もともと争いを好む方ではない。出来るならば、平和に穏やかに暮らしたいというのが群れの総意だ」

「そうですか。事情は分かりました。

 取引については意見をまとめる必要があるので、数日の時間を戴けますか?」

「問題ない。他の2つの村にも謝罪の品を届けるので……そうだな、7日後にまた来よう」

「ああそれと村長、犬小鬼側から提供できそうなモノと、出来ればほしいモノをざっとまとめておいた。

 意見をまとめる上での参考にしてくれ。

 あと、残り2つの村にも使いを出しといてもらないか?事前に知っておけばそう揉めもしないと思う」

 最後に昨夜俺とグレッグが羊皮紙にまとめたリストを村長に渡すと、村長はその場でざっと目を通した。

「……ふむ、なるほど。この内容でしたらこの村でもそこそこ用意はできそうです。

 ただ、鍋やノコギリといった金属製品は中古が前提になりますが……」

「ああ、それで構わない。新品を買うほど金持ちでもないからな。リストに載ってる道具類は、基本的に中古の品を希望と覚えておいてくれ。

 あとこっちのリストはこちらから出せるものを並べてある。季節によって変わるが、今の時点ではこんな内容だ。

 一応見本も持ってきたが、見るか?」

「ぜひ拝見したいですな」

 グレッグの提案に村長が頷いたので、その場に俺の外套を敷いてグレッグが山菜や薬草類を並べはじめる。

 その間に村長は村人の一人に何かを頼んだようだ。

 頷いた村人が一人駆けていく。

 残った村長以外の村人たちも興味を引かれたのか、集まってきて一緒に覗きこんできた。

「山菜類が豊富ですね」

「好き嫌いは言ってられない状況なんだ」

 村長の呟きにグレッグが苦笑で答える。

「グレッグさんよ、このヤブカラシは結構採れるもんかい?」

 村人が山菜の一つを指さして訊ねる。

 現代日本でも同じ名前の雑草があるが、こちらのは香辛料だ。

 葉に独特の辛みがあり、乾燥させた葉を粉にして使う。

「それなりには採れるな。時期を通して麦袋2つ分くらいは採れると思う」

「そりゃありがてぇ。俺の好物なんだ」

「この蔓っぽいのはなんだい?」

「名前は知らないが、さっと茹でるとコリコリした歯触りでなかなか美味くなる」

 そんな感じでグレッグが村人とやり取りしていると、片手で持てるくらいの袋を持った村人がやってきた。

 そう言えばさっき村長に何か頼まれてたな。

「村長、持ってきたぜ」

「ありがとうございます」

 村長は村人から袋を受け取ると、グレッグの反対側に座って袋の中身を出し始めた。

「グレッグさん、今並べたものは私どもの間で使ったり取引されたりする薬草類の中でも少し珍しいものです。

これらの中で見覚えのあるものはありますか?」

「どれ……」

 グレッグが並べられた薬草類を一つ一つ手に取って、しげしげと観察したり匂いを嗅いだりする。

 5種類ある薬草類を調べ終えたグレッグは、その中から2つを脇に避けた。

「乾燥しているので違う可能性はあるが、残したこの3つは森で見かけたような気がする」

「そうですか。でしたら次に森の中で見かけたら採ってきてください。同じ物でしたら、高値で引き取ります」

「わかった」

「あと、そちらの袋の中身は割とよくある薬草類ですが、その袋の中身と同じものがあったらそれらもお願いします。

 あ、それについては見本として袋ごと差し上げます」

「それは助かる。では俺が今並べた品も見本として置いていこう」

「ありがとうございます」


「……ひとまず、これで話はまとまった感じかな?」

 話の流れを見て俺が尋ねる。

「ああ。俺の話はほぼ終わった」

「私どももそうですね」

 グレッグと村長が頷いた。

「じゃあ次は7日後にまた来るが……村長、すまんけどあと2つの村にも使いを出して、事前に話を通しておいてくれないか?

 いきなり訪問して争いになるのだけは避けたい」

「分かりました。それはウチの方で手配します。7日後は各村の代表者を集めておいた方がいいですね?」

「そうしてもらえると助かる」

「ディーゴさんたちはどうします?」

「俺たちはまたグレッグたちの村に戻る。他の2つの村へ行くときに必要だろう」

「そうですか。でしたらそのことも言い添えておきましょう」

「その辺りは任せる。じゃあグレッグ、俺達は引き上げるか」

「ああ」

「思わぬ形になりましたが、良い取引ができるといいですな」

「できればそう願いたいところだ。では、邪魔したな」

 とりあえず話はまとまり、村長や村人に見送られて俺たちは犬小鬼の村への帰途についた。


「……しかし、思っていたより順調に話がまとまったな。もっとこう、頭から疑われたり取り付く島もないかと危惧していたのだが」

 帰り道にグレッグがぽつりと呟く。

「都市部はともかく、農村の暮らしってのはなかなか厳しいもんだ。

 村の利益になって暮らしが少しでも良くなるなら、多少のことには目を瞑る下地ができてんのさ。

 まぁあの村長が話の分かる御仁ってのもあったがな」

「ああ。それにこの分なら、俺達の暮らしもすこしはマシになりそうだ。行き倒れの死体から漁るだけでは限界がある」

「その小剣とかはやはり拾い物か?」

「綺麗ごとは言ってられん。生きるためと言い聞かせて拝借した。軽蔑するか?」

「いや、俺も当初はそうやって生き延びた。こっちに来て一番初めにやったのが死体漁りだ。

 武器はもちろん、鍋代わりの鉄兜に保存食、水袋に財布の中身まで死体を漁って調達したわ」

 俺がそう言って笑うと、グレッグも釣られて笑みを浮かべた。

「考えることは似たようなものか」

 なお、それを聞いていたクランヴェルは後ろで一人渋い顔をしていた。

「しかしディーゴたちには迷惑をかける。いつまでこっちにいてくれるんだ?」

「3つの村との話し合いがある程度固まるまでは厄介になる。

 流石に今の時点で放り出して帰るような真似はせんから安心してくれ」

「ずいぶんでかい借りができたな」

「人間たちと争うことなく、穏やかに暮らしてくれりゃそれで十分だ。

 村の子供らが将来、牙をむいて人間と殺し合う場面なんざ見たくも想像したくもねぇ」

 毛玉のような犬小鬼の子供らと、彼らを友達と言った人間の子供らを思い出しながらグレッグに言う。

 すべての犬小鬼と人間が、手を取り合って仲良く共存なんて夢物語を語るつもりはない。

 だが、ここでせっかく芽生えかけている友好の芽は大事にしたい。

 争いなんてないに越したことはないからな。


 ……まぁ、犬小鬼の作ったあの酒が飲めなくなるのは痛いという本音は、ちょっとあるけども。

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