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村の領域侵犯4


-1-

 森の中で犬小鬼の群れ+人間の子供と出会った後、俺達は犬小鬼たちに引率される形で森の中を進んでいた。

「ディーゴ、本当に大丈夫なのか?」

 後ろを歩くクランヴェルが声を潜めて尋ねてきた。

「多分。というか喋るな。そういう条件だろ」

 それに対し、俺は振り返りもせずに小声で返す。

「しかしだな」

「これ以上口を開くなら、猿轡噛ますぞ」

「なっ」

「クランヴェルさん、お願いですから静かにしていてください。

 恐らくこれも私たちのことを見極める試験の一つだと思います」

 ユニがそう補足することで、クランヴェルはようやく口を閉じた。


 明らかに異質な犬小鬼たちの村へ行きたいと申し出た俺たちに対し、犬小鬼たちは時間をかけた相談の末に幾つかの条件付きで許可を出してきた。


 一つは彼らに武器を預けること。

 これについては予想をしていたので特に問題はない。

 ユニの精霊筒とクランヴェルの長剣は、犬小鬼の子供がそれぞれ2人掛かりで運んでいる。

 問題は俺の戦槌と大盾だ。どちらも大人の犬小鬼1匹では運べない重量がある。

 仕方がないので戦槌だけは大人の犬小鬼が2匹がかりで運び、大盾は俺が持つことになった。


 もう一つは、両手を革ひもで縛ること。

 まぁこれも仕方ないとは思うので、素直に縛られた。


 最後の一つは、合図があるまで互いに口をきかないこと。

 これは自分(犬小鬼)らの理解できない言葉で俺らが相談されるのが嫌なのか、と、思ったが、先ほどユニがクランヴェルに言った理由を聞いて、それもあるかと納得した。

 あえて無視できるような簡単な条件を出し、こちらがそれを律儀に守るかどうかで信用の度合いを計る、と言う手段もなくはない。

 ただそれだけの知恵が犬小鬼にあるのかと問われれば、俺としては少し首をかしげる所だが。


 そんなわけで、俺達は犬小鬼たちの捕虜になったような風体で彼らの村へと向かっていた。(さすがに子供たちは村に帰した)

 幾度かの休憩を挟んで犬小鬼の村が近づいてくると、誰何のような鋭い声が聞こえた。

 先頭を行く犬小鬼がそれに吠えるような声で答え、歩くペースを落とす。

 そして見えてきたのは、整然と戦列を敷いてこちらに向けて弓をつがえる犬小鬼たちの群れだった。

 ……力押しを選ばずに正解だったな。

 4~50はいるであろうその様子を見て、ほっと胸をなでおろす。

 非力な犬小鬼とはいえ、統率されたこれだけの数に斉射を食らえばただでは済まない。

 街に戻って人手を集めたにしても、まずこちらも無傷ではいられまい。

 先頭を行く犬小鬼が俺達に「ここで待て」というような仕草を見せると、同行していた犬小鬼たちが武器を持ったまま群れに戻っていった。

 戦列の中央、最前列でこちらを見据える犬鬼が、戻ってきた犬小鬼たちから報告を受けている様子が見て取れる。

 こりゃ長くかかるかな、と、半ば覚悟のため息をついた時、報告を受けていた犬鬼がこちらに向けて何か叫んだ。

「……え?」

 それに反応したのはユニだ。

 まさかという表情を見せたのち、俺の聞いたこともない言葉で何かを返す。

 2~3のやり取りの末にユニが前に進み出て、その変身を解いてみせた。

 更に幾度かのやり取りが交わされ、ユニがこちらを振り返った。

「……あの方、魔界の方です。恐らくディーゴ様と同じ、獣牙族の方です」

「そうなのか?」

「はい。さっきのは魔界の共通語で、私たちを招待する、と」

「なるほど。クランヴェルの予想が当たったな」

「いや、それもそれで問題のような気がするが……。悪魔が犬小鬼を率いているんだぞ?考えようによっては緑小鬼や豚鬼が率いているより厄介ではないのか?」

「それは敵対すれば、の話だ。俺らを連れてきた群れの雰囲気からして、話の通じない相手ではなかろう。

 むしろユニと同郷の相手なら、運がいいと思った方がいい」

 心配するクランヴェルにそう返すと、前にいるユニに声をかけた。

「招待に感謝する、と伝えてくれ。今からそちらに向かう、ともな」

「はい」

 頷いたユニが犬鬼に向けて何かを言うと、犬鬼は右手でさっと払う仕草をした。

 その仕草で、犬小鬼たちはつがえていた弓を一斉に下ろす。

 その練度の高さに内心舌を巻いていると、大股で歩いてきた犬鬼が俺に何か話しかけてきた。……が、俺、魔界の言葉分からんのだが?

 すかさずユニが横から犬鬼に何かを言うと、犬鬼は驚いたように目を見開いて大きく息をついた。そして今度はこの世界の共通語で話しかけてきた。

「なるほど、お宅も事情持ちってやつか。おっと、俺はグレッグってんだ。氏を捨てたはぐれ狼さ」

 おぅ、犬と思ってたが狼だったか。確かに犬にしては顔が険しすぎるな。『氏を捨てた』の意味は分からんが、要はこの世界では一匹オオカミというところか。

「冒険者をやってるディーゴだ。近くの村の依頼を受けてきたんだが、一度話をしたいと思ってな、こういう手段を取らせてもらった」

 グレッグと名乗った犬鬼改め狼の悪魔にそう答えると、次いで一緒に居る面子を紹介した。

「……また妙な顔ぶれが集まったもんだな。獣牙の民と淫魔の民が一緒に居ることも珍しいが、精霊に虎に幽霊犬に天の教会の坊主までいるのか」

 一通りの紹介が終わると、グレッグは呆れたような表情を見せた。

「まぁいい。犬小鬼たちに害をなさないのであれば歓迎しよう。その依頼とやらも聞かせてくれ」

 グレッグはそう言うと、俺達の両手を縛っていた革紐を切り、先頭に立って俺たちを村の中へと招き入れた。


 外からは土壁というか土塁に遮られて分からなかったが、犬小鬼たちの住居はなかなか興味深い物だった。

 斜面に横穴を掘った半地下形式の洞窟型住居と、枝や草を集めて作った三角形のテント型住居が半分ずつ、といったところだろうか。

 土塁のすぐ内側は広場になっており、俺達はそこに案内された。

 広場の隅には共同の炊事場みたいなものが作られていたが、屋根もなく完全な吹きさらしなのが少し気になった。雨降ったら飯どうすんだろ。

「では、ディーゴたちが受けた依頼とやらを聞こうか」

 椅子代わりの丸太や切り株にそれぞれが腰を落ち着けたのを見て、グレッグが尋ねてきた。

「了解。内容としてはこうだ」

 グレッグの求めに頷くと、コンバルド村の村長ビゼットから受けた依頼について説明した。

「……なるほど。気を付けてはいたが、知らぬうちに人間の縄張りに侵入していたか。以後注意を徹底させよう」

「すまんな」

「なに、俺達の方が後からやってきたんだ。元から住んでいる者に気を遣うのは当然のことだろう」

「そう言ってもらえると助かる」

 もしかしてグレッグって、物凄ぇ人格者?人間だってここまで話の分かる奴は多くねぇぞ?

「では、グレッグたちは人間に危害を加えるつもりはない、と?」

 話を聞いていたクランヴェルが、念押しするように尋ねた。

「無論だ。人間と争ったところでこちらに益はないからな」

 即座に答えるグレッグ。回答の早さから、その言葉に嘘はないように思う。

「あのグレッグさん、じゃあ人間の魂の回収とかは……」

「する必要もなければ興味もないな。魔界とはここ7年、完全に没交渉なうえに戻りたいとも思わん」

 ユニの問いに、グレッグは吐き捨てるように答える。

「ならグレッグは何故ここに?」

「何故と言われてもな……」

 グレッグはそこでふと遠い目をして見せた。

「魔界を脱走同然に出てきたものの、どこに行っても追い返されるばかりだった。

 そんな折にこの群れに拾われてな、生き残るためにいろいろやっていたら群れのボスになってくれと頼まれたんだ。

 前に住んでいた辺りが豚鬼同士の縄張り争いできな臭くなってきたから、群れを率いて流れてきたのさ。

 強いて理由を挙げるなら、通りがかったこの森が豊かだったから、だな」

 なるほど。ある意味俺と似たような境遇か。俺もカワナガラス店の二人に拾ってもらえなけりゃ、こうなってた可能性もあるんだよな。

 それを考えると、あながち他人事とも思えねぇな。

 俺がそんなことを考えている脇で、イツキがグレッグに答える。

「確かにここはいい森よね。土がいいのかしら、木々に力があるし、寒さもそれほど厳しくなさそうだし」

「あとな、この近くにいい水が湧いてんだ。なかなかの水量なんで重宝してる」

「なるほど」

 確かに水は大事だ。

 それからもいくつかの質問が続き、最終的にこの群れは人間に対して害意を持っていないことの言質が取れた。

 とりあえず人間の村に対する危険という物はなくなった、と考えていい。

 ただし、問題はそれをどう村長らに説明して納得させるか、だ。

 それを言うと全員が腕を組んで考え込んだ。

「一応聞くが、ここから引っ越すという考えはないんだな?」

「話し合いとやらがどうにもならない時はそうするしかないが、しばらくはここに腰を落ち着けたいと思っている。

 これだけの群れともなると新たな居場所を探すのも一苦労だし、冬への備えも早め早めに済ませておきたい」

「うむ……となるとこの群れのことは打ち明けたほうがいいな。黙っていて後でばれるとヘンにこじれる」

「でもグレッグが魔界の住人だったことは伏せておいた方がいいわよね?」

「むぅ……悩むところだが、伏せておいた方がいいだろうな。グレッグには悪いが、獣牙族ではなく犬小鬼の亜種としておいたほうが警戒の度合いは低いだろう」

「獣牙の民では拙いのか?」

「我々人間の間では獣牙族というより魔界の住人=悪魔という概念なんだ。そしてグレッグやディーゴのような種族はほとんど知られていない。

 人間、知らない相手は必要以上に警戒したり恐れたりするものだ。

 その点、犬小鬼なら亜種そのものは知らずともぼんやりとだが想像はできる」

「そういうものか」

 グレッグの疑問にクランヴェルが答えると、グレッグは素直にうなずいた。

「後はまぁ……今までの詫びも兼ねて贈り物でもしといたほうが心象的には良くなるか。媚びるわけじゃねぇが、落ち度があるのはこっちだ。

 自分の非を認めてこちらから謝罪すれば、相手としても話の通じる相手と思ってもらえる」

「しかし、贈り物といっても何を贈ればいいんだ?」

「獣を2~3頭狩ってそれぞれ手土産にすりゃいい。狩りは俺も手伝うから大物狙いでいこう。金貨宝石までは必要ねぇだろう」

「それは助かるが……いいのか?」

「人間側としても争いなんざ望んじゃいねぇだろうし、お互い平和に暮らしていけるならそれに越したことはねぇやな。

 その為の骨折りなら、こちらとしても望むところだ」

 そう言って俺が笑って見せると、グレッグも釣られたように笑みを浮かべた。

「このお人よしめ」

「俺らみたいなイキモノはな、このくらいでないと人間様に受け入れてもらえねぇんだよ。

 つーわけで、しばらく厄介になるぜ」


 こうして、グレッグ率いる犬小鬼たちと俺たちの奇妙な共同生活が始まった。


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