村の領域侵犯1
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翌日、俺達はシタデラの街から延びる街道の一つを北へ向かって歩いていた。
シタデラの北北西、徒歩4日の位置にあるコンバルドという村からの依頼を受けたためだ。
コンバルド村は、白鷲山と白鷹山という双子の高山のふもとに広がる豊かな森に沿って点在する、よくある農村の一つだが、近頃この森を巡って村同士が揉めているらしい。
揉めているのはコンバルド村を中央に、東のサグワド村、西のベリオ村の3村。
生活資源を森の恵みにも依存する各村は、それぞれ代表が話し合って村人が立ち入る森の範囲を定め、代々それを守ってきた。
しかしここ2~3ヶ月、各村の取り決めの範囲を無視して森の恵みを採取しているものが出ているそうだ。
どうかその犯人を捕らえてほしい、というのが今回の依頼だ。
村へと向かう街道の途中で目印を見つけ、街道から逸れて指示された場所に向かう。
自生しているアーモンドの大樹のそばで3本の狼煙を上げ、しばらく待っていると一人の中年男性が姿を見せた。
「お待たせいたしました。コンバルド村の村長を務めておりますビゼットと申します。
皆様が今回依頼を受けてくださる冒険者の方々ですね?まずはこのような回りくどいやり方をお詫びいたします」
「まぁ依頼の内容が内容だ。慎重に行くに越したことはないだろう。
身内に犯人がいるかもしれないのに、犯人探しに来ましたと宣伝しながら村に入るわけにもいかんしな」
ビゼットの謝罪にそう答えると、俺達はそれぞれ名乗って冒険者手帳を差し出した。
「ディーゴさんは精霊憑きでしたか。樹の精霊のイツキさんがいるとは心強い」
「森の中のことなら大抵のことは大丈夫よ」
受け取った冒険者手帳を確認して呟くビゼットに対してイツキが胸を張る。
「じゃあ、依頼についてもうちっと詳しく教えてもらるかな?」
「分かりました」
冒険者手帳を俺たちに戻しながらビゼットが語ったところによると、概ね以下のようなものだった。
1、範囲を超えた形跡が見られ始めたのは大体3ヶ月ほど前から。
2、被害に遭っているのは薪、山菜、薬草、樹木と多岐に及び、猟師の罠が壊されていることもあった。
3、足跡や被害規模から犯人は複数人と予想される。
4、現時点で被害は森の中だけ。村そのものに被害は出ていない。
5、荒らされている範囲はコンバルド、サグワド、ベリオ3村の管理範囲で、比較的奥の方。
6、3村の住人の中で生活が変わったものは見られない。また出入りの商人とも取引した様子がない。
7、それぞれの村は自分の所に犯人はいないと主張しており、今は互いに疑心暗鬼になっている。
8、今の状態が続くと「他所がやっているならウチだって」と、取り決めが反故にされかねない。
「当初は緑小鬼や豚鬼の集団でも棲みついたかと思ったのですが、その割には村に手を出してくる様子はないですし、見かけたという話も聞きません。それに薬草類まで被害に遭っているのがどうも……」
「確かに魔物が薬草類まで採取するというのは聞いたことないな。野盗の類……も考えにくいか」
他所から物を奪って暮らすのが基本な魔物や野盗が、人里に3ヶ月も手を出さないでいるのはあまりにも不自然だ。
たとえ自分の所の戦力がなくとも、家畜泥棒くらいはやらかす。
「足跡や痕跡は人間のものだったか?」
「それが、人間にしてはやや小ぶりのような気がする、と猟師からは聞いています。ただ緑小鬼でも犬小鬼のものでもないそうで、大きさについてもあまり自信はないそうです」
「ふむ……」
考えてはみるものの、これといって思いつくものはない。
「森に入って探ってみればはっきりするんじゃない?ここで悩んでても仕方ないわ」
イツキが身も蓋もないことを言い出すが、まぁ確かにそれもそうだ。
森の中での野営を想定して準備はしてきているし、万一手に余るようなら状況だけ報告して一度戻るのもアリだ。
当事者の前では言えないが、今の状況が3ヶ月も続いているなら、こちらが下手を打たない限り今日明日で事態が急変するとは思えない。
「じゃあ、俺達はこれから森に入る。目星がついたら報告しに行くが、その時は普通にお宅を訪ねて構わんか?」
「……そうですね。もし村の人間が犯人でまだ捕らえていないという場合は、なにか配慮していただければ」
「了解。その時は何か考えよう」
そう言って村長と別れ、人目を避けるように森の中に入った。
村の人間が定期的に手を入れているのであろう森の中は、予想していたより快適だった。
適度に間引かれ、枝打ちされた木々の間からこぼれる陽の光が、短く刈り込まれた下草を照らしている。
「こういう森も悪くないわね。木々がみんな元気だもの」
隣を歩くイツキが微笑む。
「全くだ。依頼でなければ弁当持って遊びに来たい感じだな」
「似たようなことはこれからするんですけどね。野営の場所はどうしますか?」
「それはイツキに任せる」
後ろを歩くユニにそう答えると、隣のイツキに視線を移す。
「つーわけだ、もうちょっと奥に入ったら調査を始めてくれ」
「それは野営の場所?それとも侵入者?」
「まずは侵入者だな」
「おっけ」
そんな感じの緩い雰囲気で、時折休憩を挟みつつ森の奥へと進む。
森の中とは言え、下草は刈られ木々も適度に間引きされているので歩くペースは速い。
イツキとヴァルツに加えてカールもいるので、索敵に関しても不安はない。
「この辺りが境界線か」
それなりの時間を歩いた末に、木の幹に巻き付けられた色付きの布を見つけて足を止めた。
境界線となる木の向こう側は、今までの森とは様相が一変し、かなり薄暗い。
ここから先に進むにはイツキの助けが必要だろう。とはいえ、その前にやることがある。
「じゃあイツキ、この辺りの索敵を頼む」
「いいわよ」
俺の頼みに頷いたイツキは、近くの木に手を添えて目を閉じた。
結構な時間そうしていたが、やがて眉をひそめると呟いた。
「やだ、なにこれ」
「なにか見つけたか?」
「ちょっと待って。もう少し見てみる」
尋ねたところをイツキに制止されたので大人しく待つ。
やがて大体のことを掴んだのか、木から手を離してふぅと息をついた。
「犬小鬼の大きな群れがいるわ。数は100を超えてるかも」
「犬小鬼の群れ?いるのは犬小鬼だけか?」
「ええ。見た感じでは犬小鬼だけね。緑小鬼も豚鬼もいないわ」
「……犬小鬼だけでそれだけの規模が?珍しいな」
クランヴェルが疑問を呈するが、これには理由がある。
緑小鬼や豚鬼が数百から千を超える群れをつくることがあるのに対し、犬小鬼の群れは普通2~30が限界と言われている。
これは犬小鬼が緑小鬼よりも数が少なく弱いためで、群れがある程度以上の規模になると緑小鬼や豚鬼に発見されやすくなり、その時点で群れごと制圧・吸収されてしまうからだ。
それ故に、犬小鬼だけで100を超える群れというのは相当珍しい部類に入る。
「だがまぁ、数が多くとも犬小鬼だけの群れならまだマシか」
そう言って一つ息をつく。
これが緑小鬼や豚鬼に率いられているなら大問題だが、犬小鬼だけならば脅威度は比較的低い。
確かに犬小鬼も人間を襲うことはあるが、それは豚鬼や緑小鬼に率いられているときに限る。
基本的に犬小鬼は人間を恐れているので、犬小鬼だけの群れの場合は積極的に人間を襲うことはまずない。精々が豚や鶏程度の家畜を盗むくらいだ。
また、犬小鬼は繁殖に人間の女性を必要とせず、ことさら人肉を好むわけでもない。
犬小鬼にしてみれば、わざわざ人間を襲う理由がないのだ。
「でもそう安心もしていられないわよ。この群れ、明らかに他の犬小鬼の群れとは違うもの」
肩の力を抜きかけたとき、イツキが不安になるようなことを言いだした。
「数が多いだけじゃないのか?」
「違うわね。服を着ているし、靴代わりかしら、革の袋で足を包んでる。
それに信じられないかもしれないけど、掘った土を運んで防壁のようなものを作ってるわ。
家のような建物も見えるし、群れというより犬小鬼の村って感じ」
犬小鬼の村?
あいつらにそんな知能あったか?
「村みたいなものまで作ってるとなると、アタマにいるのは相当知恵の回る奴だぞ。
村にいるのは犬小鬼だけなんだな?」
「今のところは犬小鬼だけね」
イツキの回答に少し考え込む。規模もそうだが、村まで作る犬小鬼というのははっきり言って異常だ。
詳しく調べる必要があるだろう。
アモルの二の舞は御免だ。
「よし、その犬小鬼の村とやらを見に行くぞ。それだけの群れなら必ずボスがいる。ボスの正体だけでも見極めなきゃどうにもならん」
「同感だ。それだけの規模なら討伐隊を組むことも考えたほうがいいだろう」
クランヴェルの同意を得てイツキを見る。
「じゃあ、そこまでの道案内を頼む」
「わかったわ」
イツキが頷いて手をかざすと、目の前の森の灌木や下草が分かれて細い道ができた。
「道を作っていくからその通りに進んで。近くなったらまた言うわ」
「すまんな。ヴァルツ、カール、警戒は任せた」
「がるっ」
ヴァルツが先頭を歩き、やや後ろにカールが続く。
2頭を追う形で俺とイツキが位置し、その後ろにユニ、最後尾をクランヴェルが務める。
深い森の中だというのに、イツキのおかげで俺たちは大した音も立てず、薮漕ぎに苦労することもなく歩みを進めた。
イツキの作る道がやや左に逸れ始めたところで、ヴァルツとカールが足を止める。
「どうした?」
ヴァルツに尋ねると、犬小鬼がいるという思念が返ってきた。
「全員ちょっと止まれ。近くに犬小鬼がいるらしい。イツキ、場所を探ってくれ」
「はいはい」
イツキが探っている間に腰をかがめて身を隠す。今の時点で遭遇するのは得策じゃない。
「……見つけた。4匹の群れね。北東の方角だけど、少し距離があるからここにいれば見つからないかも」
「了解。犬小鬼の持ち物とかはわかるか?」
「木製の槍と弓が2匹ずつね。鎧は着てない。武器は持ってるけど、どうやら薪を集めに来たみたい」
「そうか。このままやり過ごすぞ」
全員が頷いて息をひそめた。
この頃には俺の耳にもガサガサバキバキという音が聞こえてきた。犬小鬼が薮漕ぎをしながら薪を集めている音だ。
声を潜めて隠れている俺たちの幾らか前を、犬小鬼たちは東から西に向かう形で移動し、去っていった。
隠れている灌木ごしに犬小鬼たちの後姿をちらりと見たが、確かに犬小鬼にしては身なりが整っているように思えた。
「ここから犬小鬼の村までどのくらいある?」
「あたしの道を使えば2時間とかからないわね」
「ならもう少し進んで野営だ。俺とイツキとヴァルツで軽く様子を探りに行くから、メシの準備をしておいてくれ」
「分かりました」
犬小鬼が去った後を、野営できそうな場所を探しながら慎重に進む。
とはいえ、そう都合のいい場所などなかなか見つからないままいい時間になったので、イツキに木々をどけてもらい俺が地均しをしてむりくり野営場を作り出した。
いつものように草葺のシェルターを作り上げると、ユニたちに食事の支度を任せて軽い偵察へと向かった。




