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シノムギルドにて


-1-

 侯爵様を相手に軽く汗をかいた後は、呼ばれてきた役所の担当者ベネディクトに案内されて、シノムギルドに顔を出した。

 ギルドの受付に言われて入った会議室の要は部屋には、ギルドの代表や職人らしき男たちが5人ほどすでに待機していた。

 ……が、あまり雰囲気がよろしくない。

 営業スマイルなんてものは微塵もなくて、5人全員が仏頂面というかしかめ面をしている。

 そりゃまぁいきなりやってきた正体不明のド素人にアレコレ注文付けられるのはプロの職人として面白くないだろうが、もうちょっと愛想という物を取り扱ってもいいんじゃねぇかと思わなくもない。

 特産品とは言いつつも、頑固職人を気取った殿様商売をはびこらせるほど売れ行きは芳しくない、と、ここに来る道すがらベネディクトに教えられているし。

 とはいえ、こっちからへりくだる義理もないのでさくさくと始めさせてもらおう。

「まずは忙しい中集まってくれたことに感謝する。既に紹介があったかは知らんが、俺はディーセンで新物産の開発を担当しているディーゴってもんだ。

 ちょいと縁があってここの領主様と話をする機会があって、新しい物産について助言を求められたので、この街の特産というシノムについて幾つか助言というか提案をさせてもらうことにした」

「ちょいといいですかい?」

 俺が言葉を切るなり、集まっていた5人のうち一人が手をあげた。

「ディーゴ……様は、シノムについてはお詳しいんで?」

「専門的な技術に関しては門外漢の素人だ。だが俺の故郷でもシノム細工は伝統ある産業でな、国を代表する商品の一つに数えられている。

 今回はそれを参考に、幾つかの技法と新商品を提案させてもらおうと考えている。

 もっとも、俺の故郷とこちらとは風土も文化も価値観も違う。俺の提案に対しこれは売り物にならんと思うなら無視して構わない」

「なんだ、そういうことですかい」

 俺の答えに、質問してきた一人が気の抜けたような声を上げた。

「領主様のお声掛かりというから何事かと集まってみれば……いやはや」

「素人の思い付きに付き合うほど暇ではないのですがね」

「そもそもシノム細工にこれ以上手を加えることができるとは思えねぇがな」

「ま、聞いたところで結果は見えているようなものです。お互い忙しい身ですし、興味のある者だけ残ってみては?」

「それを言ったら誰も残りませんぜ」

 ……なんか言いたい放題言われてんな。

「……あんたら!」

 隣で椅子を蹴立てて怒鳴りつけそうになるベネディクトを、そっと手で制する。

 一瞬立ち止まりかけた5人だが、その後ベネディクトが何も言ってこないのでこちらを一瞥すると、ぞろぞろと出ていった。

「ディーゴさん、すみません。こんな結果になって」

「まぁこれもある意味結果の一つだ。つーかあいつら、俺らが領主様絡みってことホントに理解してんのか?」

「ああ、いえ。シノムギルドに関しては代々領主様が率先して保護してきたので、その弊害といいますか……。

 それに、シノム細工に携わるにはまずシノムかぶれを克服しなければなりませんので、どうしても人数が少なくて」

 俺のボヤキにベネディクトが内情を教えてくれた。

「自分たちだけは大丈夫、という特権階級意識がついちまってるわけか」

「すみません」

「なに、おたくが謝るこっちゃねぇ。しかしなんだな、こっちの話をひとまず聞いてくれそうな職人てのに他に心当たりねーかな?」

「独り立ちして間もない、若手の親方連中ならあるいは」

「ならそっちに話をしてみよう。ガキの使いじゃあるまいし、これくらいで『無理でした、ごめんなさい』とはちょっと報告できんわな」

「助かります」

「あと悪いが油脂ギルドの方は明日に回してくれ。今日中に行こうと思ったら、時間的にだいぶ遅くなりそうだ」

「わかりました。それは道すがら使いを出すとして、若手の親方の所に向かいましょう」

 頷いたベネディクトに先導されて、話を聞いてくれそうな職人たちの所に向かうことにした。


-2-

「新しいシノムの商品と装飾方法について提案があるので、興味があるものは集まれ」

 前回は侯爵の名前を出したので大げさになりかけたような気がしたため、今回は侯爵の名は出さず、もっと気楽に話を聞いてもらうよう声をかけて回った。

 結果、7軒の店を回って4人の職人が集まった。まぁ上出来の部類と思うことにしよう。

 集まった20代から30代半ばと思しき職人4人は、半信半疑といった感じで俺の方を見ている。

「まずは忙しい中集まってもらって感謝する。俺はディーゴといって、ディーセンの街の内政官として新物産の開発や提案をやってる。まぁ本業は冒険者だがな。

 今回はさる人物からシノム細工についてテコ入れを頼まれて、こうして押しかけてきた」

「あの、ディーゴ様はシノム細工にも御詳しいんで?」

……またこの質問か。

「細かい専門的な知識や技術に関しては門外漢だ。だが幸いというか俺の生まれ故郷でもシノム細工は歴史のある産業でな、色々と目に触れる機会も多かった。その経験から助言をさせてもらおうと思う」

「つまりは、素人の聞きかじりってとこですかい?」

「そういう言い方をされちゃ身も蓋もねぇがな、まぁ実際としちゃそんなもんだ。実際に商品にするにはそれなりの試行錯誤が必要だろう」

「そんな、売れるかどうかも分からないもののために時間を割けというのか?」

「勘違いするな。俺がするのはあくまで提案だ。これは売れねぇと思ったら無理して手を出す必要はないし、俺もそこまでは強要しねぇ。

 この際だから今言っちまおう。

 おたくらが今やってる貝を加工して貼り付ける技法を、俺の故郷では螺鈿(らでん)と呼んでる。

 その他にも俺の故郷では、蒔絵(まきえ)沈金(ちんきん)卵殻(らんかく)という技法があり、シノムの塗り方にも根来塗(ねごろぬ)りと曙塗(あけぼのぬ)りがある。

 それと今はシノム細工は食器や小間物系、剣の鞘なんかに使われているようだが、それ以外に4通りの使い方がある。

 ここまで聞いてなお興味を持てねぇというなら自由に出ていっていい」

 俺はそこで一度言葉を切り、集まった職人たちを見まわした。

 自分が初めて耳にする技法。これを無視して席を立つようでは、この街のシノム細工に未来は期待できない。

 伝統を守ることも大切だろうが、それとは別に新技術にも貪欲であるのが職人の基本姿勢ではないか、と俺は思う。

 そんな俺の考えを他所に、集まった職人たちは互いに顔を見合わせながらざわついていたが、やがて考えはまとまったようだ。

「ここに残っていれば、さっき言ったマキエ、とかランカク?ってぇ技法を教えてもらえるんで?」

「口頭と図による説明になるが、概念と基礎は教えよう。実際にどうなるのかは各自工房に帰ってから試してくれ」

「わかった。俺たちにシノムの新しい技法と使い道を教えてくれ」

 4人が揃って申し出てきたので、内心胸をなでおろしつつも、新技法の説明を始めることにした。


「ではまずさっき言った技法から始めるが、極端に難しいことをするわけじゃない。いわば貝貼りの技法の応用だ。

1つめは蒔絵と呼ばれる技法について説明する。

 これはある程度まで完成させたシノム細工に、筆を使って精製シノムの絵を描き、生乾きの状態で金粉銀粉を振りかけて固着化させる技法だ。

 金粉銀粉を蒔いて絵を描くことから蒔絵、と呼ばれるが、ここじゃ好きに呼ぶといい。

 広い面積や大きな図柄に向いている技法だな。

 無論、使う金粉銀粉は細かいものが必要だし、固着化させた後は精製シノムを重ね塗りして覆う必要がある」

 そんな感じで、時には図での解説も交えながら説明していった。


沈金:彫刻刀のような刃物でシノム細工を彫り、そこに金粉銀粉をすり込む技法。髪の毛のような細い線の表現が可能で蒔絵よりも金銀の発色がいい。

卵殻:螺鈿と同じようにモノを貼り付ける技法だが、貝ではなく卵の殻を貼り付ける。シノムでは表現が難しい、純白の表現が可能。なお日本では鶏卵ではなくウズラの卵が使われる模様。


根来塗り:黒漆の上に朱漆を塗り、経年使用による摩滅で朱漆から黒漆が模様のように現れるようにした技法。

曙塗り:根来塗りとは逆に、朱漆の上に黒漆を塗る技法。こちらは経年使用ではなく、製作の時点で朱漆を見せることが多い。


 ……とまぁ、技法についての説明を終えてみたが、卵殻についてはかなり食いつかれた。

 なんでもシノムで白を表現するため、いままでかなりの職人が試行錯誤を重ねたらしいが、結局モノにできなかったそうだからだ。

 それが卵の殻という身近な素材で表現できるようになるのだから、驚くのも無理はないと思う。

 というか、俺も卵殻の技法を知ったときは驚いたもんだ。だからこそこうやって覚えていたわけだが。

 そうなると他の色も、と気になるものの、生憎色漆に関してはまだ歴史が浅く、俺も詳しいことは分からんのよね。

 日本で資料館の係員からちらと聞いた話だが、赤黒以外の幾つかの色は出ているものの、顔料の選定がかなり難しいらしい。

 なお技法についてはそこそこの食いつきがあったものの、残念ながら塗りについてはそれほどの興味は持たれなかったようだ。

 まぁこれは美意識が日本とは異なるので、ある意味仕方がないともいえる。


 今まで過ごしてきてなんとなく感じたことだが、こちらの人間はいわゆる「完全な美」を好むようだ。

 器であれば左右対称、真円や直線、きれいな円弧といったキッチリカッキリしたものが好きらしい。

 逆に日本人が割と好む、ちょっとした歪みや霞がかった曖昧な表現といった、いわゆる『味のあるモノ』は、失敗作扱いなのか割と捨て値で「ワゴンの中のもの一律なんぼ」な感じで売られているのを見る。

 俺としてはちょっとそれが不満だが、かといってこの価値観をゴリ押しする理由もないしな。


-2-

 少しの休憩を挟んで、今度はシノム塗りの使い道について話す。

「シノム細工といえばこの辺りじゃ食器や小間物類が中心だと思うが、この中で楽器にシノム細工を施してみた者はいるか?」

「楽器に、ですか?」

「楽器をシノム塗りするとは聞いたことないな」

「それは、装飾的な意味で?」

 職人たちが顔を見合わせる。

 うん、どうやら試した者はいないらしい。

「木材にシノムを塗ると固さが増すのは知ってるよな?一方、楽器は木材の響きが影響するものが幾つかある。

 あとはシノムを塗って磨くことで表面が滑らかになり、横笛などで息の通りが良くなるという効果もある。この場合、シノムを塗るのは笛の内側だな。

 固い木材は良く響くし、息の通りは笛の音にも影響する。

 俺の故郷では、楽器にシノムを塗ると音が良くなると言われているんだ。

 あとは、湿気による楽器の歪みに強くなる。この辺りの湿度が年間を通してどれほどかは知らんが、湿気に強くて歪みの少ない楽器ってのはそれだけで需要があると思うぞ。

 ただ、だからと言ってシノムを厚塗りするとせっかくの木材の特性を殺してしまうから、なるべく薄く塗るのがコツらしい」

「本当にそんな効果があるんですかい?」

「残念ながらこれについては俺もまた聞きで、実物を手にしたことはねーんだ。

 一つ二つ試作を作って、腕のいい奏者に実際に弾き比べてもらって、イケそうだと手応えがあるならやってみるといい。

 貴族なんかの宴席に出入りする吟遊詩人なら、装飾した楽器も欲しがるかもしれんな。またそういうところで使われればシノム細工のいい宣伝にもなる」

「ああ、なるほど」

 職人たちがそれぞれに頷いた。

「あとはシノム塗りの建材だ。木造の床や天井をシノム塗りにすれば虫食いも防げるし耐久性も増す。まぁ赤だの黒だのは普通の民家にゃ似合わねぇと思うが、透明な精製シノムならまだ違和感はねぇだろう」

 他に挙げたのは木彫りの神像と鎧。

 蒔絵の要領で金色に仕上げた仏像は割とあるものだし、戦国時代の鎧には漆塗りも多かったので挙げたものだが、鎧のシノム塗りについてはあまりお勧めはしない、と一言くわえておいた。

 使用環境が過酷すぎるのよ。新品のうちはいいが、前線に立とうものならすぐに傷だらけになる。

 というか、こっちの世界じゃ鎧はぶっちゃけ消耗品みたいなもんだからな。


「……さて、俺の話としちゃこんなもんだ。夜遅くまで済まなかったな」

 手持ちで抱えていた内容をすべて話し終え、最後まで残っていた職人たちに頭を下げる。

「いや、俺達こそ初めは済まなかった。お陰で随分と参考になったよ」

「アンタが教えてくれた蒔絵や卵殻の技法、なんとしてもモノにして見せるぜ」

「俺はシノム塗りの楽器を試してみる。知り合いに吟遊詩人がいるからな」

「近いうちにディーセンにもシノム細工の噂をとどかせてやる。声をかけてくれてありがとうな」

 職人たちが口々に言いながら握手を求めてきた。

「形になるのを楽しみに待ってるぜ」

 笑顔でそれぞれの手を握り返す。

 この感触では、シノム細工についてはまぁまぁうまくいったと思っていいだろう。

 職人たちが去った後にベネディクトを見ると、彼も満足そうに頷いてくれた。


 ちなみに初っ端に俺の話を聞きもせず退席した5人には、今回の俺の提案内容は作らせないそうだ。

 ベネディクトの口ぶりでは、もしかしたらそう遠くない将来、シノムギルド首脳部の総入れ替えがあるかもしれん。

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― 新着の感想 ―
[一言] 話を聞かなかった首脳陣共はタチの悪いボンボンと同じですね どんな態度取ろうが親(領主)がなんとかしてくれるって意識が強すぎる
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