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ある金貸しの企み5


-1-

 ヴェスカー隊長の怒号と共になだれ込んだ俺たち4人に対し、アズローとツェルドの動きは早かった。

 初めに飛び込んだヴェスカー隊長に、ツェルドが抜く手も見せずに二段突きを放ちこれを無力化。

 更に追撃にかかるところに俺が鉈を投げつけることでかろうじて阻止に成功。そのままツェルドとの対峙に入る。

 その間にアズローが開いていた窓から二階にも拘わらず逃げようとしたので、イツキが窓を茨の蔦で覆って逃げ道を塞ぐ。

 クランヴェルがアズロー捕獲の為にテーブルを乗り越えて飛び掛かり、ユグルは妻であるコリンを庇いに走る。

 ……つまり、図らずも俺がべらぼうに強いという用心棒とタイマンはる羽目になったわけだ。最初の段取りどこいったオイ。

 油断なく戦槌を構えたままツェルドを観察する。

 見た目は斧とかトゲ付き金棒が似合いそうな禿頭の筋肉達磨のくせに、手にしているのは体格に全く似合わない刺突剣(レイピア)だ。

 しかもサイズがやや小さい。

 なるほど、それならあの抜き手からの刺突の早さも納得がいく。

「いきなり衛視隊長を返り討ちとは恐れ入る」

「隣で隠れてたんだろうが、バレバレだぜ。もうちょっと殺気を抑えとくんだな」

「そうか。以後気をつけよう。ちなみに無駄を承知で訊くが、大人しく捕まる気はないか?」

「まったくねぇな。まぁそれなりにいい目も見たし、後はこの街からおさらばするだけよ」

 俺の問いに、半身の構えで刺突剣を突き出しつつツェルドが答える。気になるのは、後ろ手に隠した左手の存在だ。

「雇い主をなんとかしようって義理はねぇのか?」

「給料分の仕事はしてきたぜ?それ以上働く義理はねぇやな」

「ごもっともで」

 これくらい強気に割り切れてりゃ、社畜時代の俺ももうちっと気楽に生きられたんだがな。

「そんじゃ、道を開けてもらおうか!」

 こっちのほろ苦い追憶などお構いなしに、ツェルドが猛然と切りかかってきた。

 予想以上に早い刺突が次々と繰り出される。

 戦槌をぶん回すにはややスペースが足りないので、こちらも穂先による刺突で応戦するが、なかなかちょいと分が悪い。

 応援を期待するにしてもクランヴェルはアズローを取り押さえるのにまだドタバタやっているし、ユグルは戦力として期待するのは酷だろう。

 イツキに望みをかけたいところだが、こっちはこっちで床に倒れたヴェスカー隊長を安全圏に移動させている最中だ。

 とはいえ、ここで時間を稼げばイツキとクランヴェルが加わってくる。

 そう期待して守りを固める。

 幸いリーチはこちらに分があるので深手こそ負ってはいないが、あまり長くは持ちそうもない。

 いやね、どうしてもツェルドに近い右腕が刻まれるのよ。


チリーン


 そんな矢先に、場違いな音が聞こえてきた。

 鈴とは違う、小さな手鐘のような音だ。これが言っていた鐘の音か?

 見ればどうやらツェルドの左手に摘まめるくらいの小さな手鐘が持たれているようで、それを鳴らしているらしい。

 ……しかし何のために?


チリーン、チリーン、チリン、チリン


 不意に始まった不規則な鐘の音に合わせるように、ツェルドの刺突剣の切っ先がゆっくりと動き始める。

 話ではこのあと、必殺の二段突きが来るはずだ。

 警戒の度合いを高めて、切っ先を目で追う。


チリン、チリーン、チリーン


 右に、左に、上に。

 鐘の音をバックに不規則で怪しい動きをする切っ先。怪しいと思いつつも目が離せない。

 どれほどの時間、切っ先を追い続けただろうか。

 相対するツェルドがぐっと刺突剣を引き寄せるのが見えた。

 ……ああ、二段突きが来るな。

 そう気づいたのに、現実味が湧かない。どこか夢の中のような、ぼうっとした感覚で見つめている切っ先から目が離せない。

 今が勝負の最中で、防御なり反撃で動かねば、という考えすら思い浮かばない。

 つーか、なんで俺はこんなところで戦槌を構えているんだ?そもそもここはどこなんだ?

「「ディーゴ!!」」

 2つの鋭い声に我に返ると、目の前にはくずおれたツェルドの姿があった。

 左腕は手首から切り飛ばされ、顔を血まみれにしたツェルドが床でうめいている。

「なにやってんのディーゴ!」

「神よ、この者の心に平静を」

 イツキが詰め寄ってくると同時に、クランヴェルが何かの魔法を使う。霞がかった意識が一瞬で晴れ、今の状況を思い出した。

「すまん。助かった」

 そうだ。俺はこの床の男とやりあっていたはずだ。

コイツ(ツェルド)が動こうとするのに全然反応しないから、どうしたのかと思ったわよ」

「精神的な何かの術にやられたか?」

「恐らく。切っ先から目が離せなくなって、なんで俺がここにいるのかも分からなくなってた」

「その男の剣の仕業かもしれないわね。それ、ミスリル製よ?」

 イツキに言われて、転がっているツェルドの剣を拾い上げる。

 鋼とはまた違う白色の輝きは、確かにミスリル銀の物だ。護拳の部分はかなり複雑で装飾を兼ねた作りになっているが、そこから伸びる刀身はシンプルなものだ。

 とはいえ、その鋭さは身をもって知ったが。

「剣を見るのも結構だが、ディーゴ、早く右手を出せ。治療してやる」

「あ、ああ。助かる。あと隊長も診てやってくれ」

「そのつもりだ」

 クランヴェルが俺の右腕を魔法で治療したのち、ヴェスカー隊長の傷も癒す。

 幸い急所は外れていたようで、魔法で傷が癒えるとすぐに目を覚ました。

「すまん。大口叩いた割に全く役に立たなかったな。だがお陰で助かった」

 若干ふらつきながらもヴェスカー隊長が礼を述べると、外で待機していた衛視たちを呼び寄せアズローとツェルドを連行していった。

 ついでにツェルドの剣と手鐘も押収していったが、手鐘の方はイツキの見立てでは魔法の品でもなんでもないそうだ。

 あとは残っていたユグルとコリンの夫婦から依頼完了のサインをもらい、猫枕亭に戻ることにした。


-2-

「……という訳で、なんとかケリはついた」

「そうかい。ご苦労だったな。依頼人のサインも問題なし、と。じゃあこいつが約束の報酬だ」

 猫枕亭でゲンバ爺さんに冒険者手帳を差し出しながら報告し、報酬を受け取る。

「そういやちょいと気になったんだが、この辺りはシノム()を使った細工物が特産品なのか?」

 依頼の発端となった、特別誂えの化粧道具一式を思い出して訊ねる。

 確か侯爵の応接室にもシノム塗りらしい鞘があったはずだ。

「おお。シノム細工もそうだが、蝋燭もこの街の特産品だぜ。どっちもちょいと値は張るが、モノはいいって評判だ」

「蝋燭もなんですか?」

 言われてみりゃそうだな、と、俺は納得したが、知らなかったらしいユニは意外そうな声を上げた。

 まぁ解説はゲンバ爺さんに任そう。

「シノム細工はシノムの樹液を使うが、シノムの木の実からは蝋がとれんのよ。

 その蝋で作った蝋燭は蜜蝋の蝋燭と同じように、火を灯してるときの匂いもいいし煤も出ねぇんだ。

 教会の蝋燭は一般的に蜜蝋だが、この街の教会はシノム蝋の蝋燭を使ってるぜ」

「そうなのか。道理で教会の中の匂いが少し違ったわけだ。あれは蝋燭の違いか」

 クランヴェルが納得したように呟いた。

「ただ、シノム細工もシノム蝋燭も、作り始めたのがここ百数十年と余り歴史が古くねぇ。

 知名度で言やまだまだってのが正直なところだな。

 まぁ戦争中にあちこちに植えて回ったもんを有効利用しようって結果、他所から職人を呼び寄せて始めたもんだから無理もねぇが」

「戦争中にシノムの木を、ですか?」

「シノムの木ってのは触ると結構な率で酷くかぶれるんだよ。生木を燃やしても毒の煙を出すしな。植える場所によっちゃいい障害物だ。

 そして実を絞れば戦略物資の蝋っつーか油がとれる。

 それに軍が目をつけて、植林を奨励したのさ。

 隣国が滅んでから要所にある木は切り倒されて一部の土地にまとめられたが、それでもまだあちこちに残ってるから、森の中を歩くときは気をつけろよ」

 思わぬ形で聞くことになった歴史に頷くと、ゲンバ爺さんに礼を言って猫枕亭を後にした。


 そしてここで少し時間を進める。

 依頼を片付けてしばらく後、猫枕亭にヴェスカー隊長からの呼び出しが届いた。

 顔を出した衛視隊本部でヴェスカー隊長からその後について教えてもらうことができた。

 金貸しアズローは今回の件以外にも幾人かの人妻に手を出していたことの証言と裏付けが(秘密裏に)得られただけでなく、取引の絡みで利息も誤魔化していたことが判明し、犯罪奴隷に落とされたうえで20年の強制労働。

 刑期が終わるころにはよぼよぼのジジィになっているだろうし、そもそも強制労働の場所が危険な石切り場なので、奇跡でも起きない限り20年も生きていられないだろう、とのことだった。

 それと用心棒ツェルドのほうは、傷害と殺人の余罪がごろごろ出てきたので死罪になるそうだ。

 あと、俺らが街の外で捕まえた下っ端2名は、犯罪奴隷に落とされたうえで領外に売却処分となるらしい。

 まぁあの二人に限れば、刑期終了後に戻ってきて雇い主の敵討ちをするなんてガラじゃなさそうだな。

 うむ、それならあの夫婦にとって今後の憂いはなくなったわけだ。


 なお、ツェルドの剣はやはりというか魔法の品で、魔力を込めつつ切っ先をある形に動かすと、相手を催眠状態にする効果がある、と鑑定されたとのこと。

 一方、手鐘の方は特注らしいとはいえ魔力もなにもない普通の品だったらしい。

 大方、剣の効果を悟られないための目くらましに使っていたのだろう、とはヴェスパー隊長の推測だが、それは俺も間違ってないと思う。

「……とまぁ話としてはこんなところだ。しかし今回は本当に助かった。あんたらがいなかったら俺もツェルドにやられてたところだからな」

 話の〆にヴェスパー隊長は佇まいを直すと、深々と頭を下げた。

「ついては……礼というのも変な話だが、ツェルドが使っていたこの剣はあんたらの戦利品にしてくれ」

 そう言ってヴェスパー隊長は机の上にツェルドの刺突剣を置き、こちらに押してよこした。

「くれるというなら有り難くもらうが、手続き上とかは大丈夫なのか?」

 剣一振りとはいえ、ミスリル製のうえに珍しい特殊効果付きだ。切れ味や耐久性が上がるだけの量産品とは訳が違う。

 叩き売っても大白金貨100枚は行くと思うが。

「その辺りは問題ない。それにまぁ下世話な話、アズローの財産を没収したから関係者の目はそっちに向いてる。

 用心棒の武器一振りにこだわるモノ好きはいねぇさ」

 ヴェスパー隊長はそう言って豪快に笑った。

 意外と雑なんだな、と思いつつも、折角の厚意なので有難く剣を貰うことにした。


 思わぬ形の追加報酬を得て、荷物受け取りから始まった依頼は無事に終了した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 剣の腕もいいけど本領は状態異常攻撃というくせ者でしたねツェルド 雇い主に似てコスい野郎とも言える
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