ある金貸しの企み3
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「猫枕亭のゲンバだ。いるかい?」
ゲンバ爺さんがそう言って扉を叩くと、少しして中から依頼人の奥さんが顔を見せた。
「まぁゲンバさん。どうされました?あ、貴方がたは……」
奥さんがユニとクランヴェルに気付いたので、二人はぺこりと頭を下げる。
「品物は無事に受け取ってきた。ただ、ちっとお前さんらに協力してほしいことがあってな、こうやって押しかけさせてもらった」
「協力……ですか?あ、立ち話もなんですから中へどうぞ」
「すまねぇな」
「「お邪魔します」」
奥さんに促されて中に入る。案内された居間らしい部屋には、寝間着姿の男性がカップを手に何かを飲んでいた。彼が恐らく旦那さんだろう。
「おや、ゲンバさん。このような所にわざわざどうも……」
旦那さんがカップを置いて立ち上がろうとするのをゲンバ爺さんが制した。
「ああ、そのまま楽にしといてくれ。まだ顔色が良くねぇ」
「すみません。大分楽にはなったのですが、まだ歩くと少し眩暈がするもので。……それで、皆さんが来られたのは依頼のことで何か?」
「おう。そのことでな、ちょいと相談というか頼みがあってきた。
奥さんは面識があるだろうが、この二人はユニとクランヴェルっつって、依頼を受けた冒険者だ。
もう二人いるが、それはこれから事情と合わせて話す。奥さんも一緒に聞いてくれ」
「はぁ」
「分かりました」
事情が呑み込めないながらも二人が頷いたのを見て、ユニが職人から受け取ってきた細工物を取り出しつつ説明を始めた。
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「そんな、アズローさんがそんなことを?何かの間違いでは?」
ユニの話を聞き終えた旦那さん(ユグルというらしい)が、信じられないと言った風に頭を振った。
「だが、私たちを弓と毒で狙っていた男2人の証言だ。その二人はドリエルとフランクという名前だそうだが、心当たりはないか?
ドリエルは28で赤みがかった茶髪、フランクは32で黒の短髪なんだが」
「ドリエルとフランク……ええ、確かアズローさんの店で会ったことがあります。じゃあ、この不調も毒のせい?」
「二人の証言通りならそうなる」
「……そうですか。信じたくはありませんが事情は分かりました。それで、協力してほしい事とは?」
納得したらしいユグルが表情を改めて尋ねてきた。
「コリンさんを少しの間貸してほしい。アズローという金貸しの狙いはコリンさんだ。借りた金を返すのをもう少し待ってほしい、と申し込めば、アズローは必ずコリンさんに関係を迫る。その時に我々が踏み込んでアズローを捕らえる。
大丈夫、コリンさんに絶対に危害は加えさせない」
クランヴェルが力強く宣言する。
「しかし……アズローさんには今まで幾度となく助けてもらった。それを裏切るようなことは……なんとか穏便に済ますことはできませんか?」
それに対し、ユグルは申し訳なさそうに提案する。
「これまで何人もの女性が同じ手口で被害に遭っている。ここで見逃せば被害者はさらに増えるんだ」
「ですが、ユグルさんがいなくなると資金的に……」
「……商売の為に、奥様を差し出すのですか?」
煮え切らないユグルに、ユニが冷たい声で問いかけた。
「仮に今回穏便に済ませたとしても、アズローという人が奥様を狙っていることに変わりはありません。毒を使ってまで目的を果たそうとした相手、果たして次がないと言い切れるのですか?
それに私たちが捕らえたあの二人も、おこぼれにあずかったようなことを言ってました。
あなたは奥様をそのような目に遭わせたいのですか?」
「そんなわけないだろう!!」
ユニの言葉にユグルが吼える。
「だが万が一!コリンが危険な目に遭うようなことがあったら……!!」
「それについちゃ心配いらねぇ。この件は街の衛視も巻き込むつもりだ。あと、まっとうな金貸しも紹介してやる。
街の暗部を一つ潰すと思って手ぇ貸しちゃくれねぇか?」
ゲンバ爺さんが諭すように言うと、それまで黙っていたコリンが口を開いた。
「分かりました。私で良ければ手伝わせていただきます」
「コリン、しかし……」
「確かにアズローさんには今までお世話になったわ。でも、クランヴェルさんとユニさんの話を聞いたら考えも変わるわ。
なに?返済が遅れるように仕向けておいて、引き伸ばしと引き換えに関係を迫る?そんなやり口許されるわけないじゃない。
あなただって毒を盛られて、私だって慰みものにされるところだったのよ。それでも穏便に済ませようっていうの?
あたしの選んだ男は、いつからそんな甲斐性なしになったのよ!」
ふり絞るようなコリンの叫びに、腰の引けていたユグルの手が強く握りしめられた。
「分かった。ゲンバさん、クランヴェルさん、ユニさん。あなた方の計画に、協力しましょう。ただ一つだけ条件があります。
コリンとアズローが会うとき、私も一緒に踏み込ませてください」
ゲンバ爺さんが「どうする?」と言った風に顔を見てきたので、ユニとクランヴェルは大きく頷いてみせた。
「話は決まったな。あとは巻き込む衛視隊だが、街の入り口の衛視はいい感触じゃなかったんだな?」
ゲンバ爺さんがユニとクランヴェルに話を振る。
「ああ。捕らえた男二人の証言だけでは弱いと言われた」
「そうかい。まぁ門番やってる衛視が相手じゃそうだろうな。
お前ら今から本部に行ってヴェスカーって衛視隊長に会って助力を乞え。
あいつは超のつく愛妻家だ。この話を聞けば1も2もなく協力してくれるだろうよ。
それと依頼の品は俺が責任もって金持ちにこっそり届けとく。金持ちからの代金は後で猫枕亭に取りに来てくんな」
その後も話し合いを続けて幾つかの段取りを決めると、「俺が手伝えるのはここまでだ」と言い残してゲンバ爺さんは帰っていった。
ユニとクランヴェルも夫婦に礼を言うと、集合住宅を後にした。
-2-
その後続けて向かった衛視隊の本部では、時間こそかかったものの割とすんなり話がまとまった。
「人妻ばかりを選んで食い物にしている金貸しだとぉ!?詳しく聞かせろ!!」
岩石のような風貌のヴェスカー衛視隊長に耳鳴りが残るほどの大声で詰め寄られ、ユニとクランヴェルが交互に事情を話した。
話を聞きながらもヴェスカー隊長は要所要所で人を走らせ、話の裏取りを進めていく。
事前にゲンバ爺さん+依頼人夫婦とのやり取りもあったので、ヴェスカー衛視隊長の聞き取りは深夜にまで及んだが、その間に街の入り口で引き渡した男二人を尋問したり、ユグルに解毒ポーションを飲ませて経過を見たりで、結果ユニとクランヴェルの話は事実らしいと裏付けが取れた。
そうなると動きは早い。
夜を徹して金貸しアズロー捕縛の計画が練られ、人員が手配されていく。
「クランヴェル、ユニ、お前たちの仲間が街の外にいると言ったな?腕は立つのか?」
話が8割ほど決まったところでヴェスカー隊長が訊ねた。
「立ちます」
「冒険者のランクは5だが、本気でやりあったらランク4の私でも勝てる自信はない」
「よし、ならば大至急呼んでこい。門はまだ閉まっているが、特別に通過させてやる。アズローにはどうも厄介な用心棒がついているそうだ。
腕利きは多いほどいい。明け方までには戻ってこれるか?難しい?なら極力目立たんように東門に戻ってこい」
ヴェスカー隊長はそこまで一気に言うと、衛視の一人を呼び寄せた。
「ルード!お前はこの二人を門まで案内して通過させてやれ。二人を送り出したらここに戻れ。集合場所を指示するから、次は東門で二人の仲間を出迎えて集合場所へ向かえ」
「わかりました」
呼ばれた衛視が頷いて返す。
「二人とも聞いたな?ならルードについて今から向かってくれ。集合場所で落ち合おう」
「あの、集合場所にユグルさんも呼んでいただけますか?そういう約束をしているんです」
ユニの注文にヴェスカー隊長は一瞬渋い顔を見せたが、すぐに表情を改めると頷いた。
「わかった。そっちも手配しておこう。ではすぐに行ってくれ」
「「はい」」
更に打ち合わせを続けるヴェスカー隊長たちを残し、ルードという若い衛視と共にユニとクランヴェルは深夜の街を走り出した。
街の入り口で案内してきた衛視のルードと別れ、街の外で待機しているディーゴたちの下に向かう二人と一匹。
松明もつけていないが、空にある大きな月と先導する幽霊犬のカールがぼんやりと光っているので、道に迷うことはない。
「しかし意外だったな」
夜道を急ぎながら、隣を歩くユニにクランヴェルが呟いた。
「なにがですか?」
「ユニがユグルを説得したことだ。
淫魔というのはもっとこう、性に関することについては……快楽主義的な、奔放なものだと思っていた。
だがあの時のユニは、コリンの貞操が汚されようとすることに本気で怒っているように見えた」
「あぁ、そのことですか」
ユニは納得したようにくすりと笑った。
「人間たちには誤解されていますけど、私たちにも貞操の意識はあるんですよ?
『伴侶と認めた相手以外と子を為すことなかれ』というのがそれで、特に夫婦という関係を、私たち淫魔はとても大事にします。それから見ても、今回のことはちょっと……」
「言葉を返すようだが、今までの他の淫魔の行動記録を見ると、とてもそうは思えないが?
被害に遭った者の中には妻子持ちの者もいたはずだ」
「え……と、これは淫魔特有の特徴といいますか価値観なので、順を追って説明しますね。
恐らく人間にはほとんど知られていない事と思いますので」
「そうだな、頼もう」
「はい。まず淫魔にとって吸精のための行為と子供を作るための行為は明確に違います。
吸精のための行為はそれこそ道を歩いたり息をするような感覚で行いますが、子供を作るための行為は生涯で一人、自分の伴侶と定めた相手としかいたしません」
「……よく分からないのだが、すること自体、結局は同じではないのか?」
「淫魔以外の種族から見ればそう見えますが、淫魔にとっては違う物なんです。
大多数の種族の場合は、行為を行えば望む望まないにかかわらず子供を宿すことができますが、淫魔の場合は淫魔以外を相手にいくら行為を重ねても子を宿すことはありません。
子を作る目的以外の行為は、ただの吸精行為に過ぎないという感覚なんです。
逆に子を作るための行為はとても重要視していて、複数の相手と夫婦の契りを結んだり、伴侶がいるのに他の淫魔と行為をするのは恥ずべき事、と考えられています。
ただ、伴侶がいても吸精行為は普通に行いますから、淫魔以外の種族の方は性に奔放に見えるんだと思います」
「……なかなかちょっと理解しがたい価値観だが、一応淫魔にも貞操という観念はあるのだな」
「はい」
納得できたような出来ないような、クランヴェルがそんな複雑な感情を抱いて歩いているうちに、前方にディーゴたちが野営する焚火の明かりが見えてきた。




