ある金貸しの企み2
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ヴァルツに夕食の生肉を食べさせている間に、気を失った男に猿轡を噛ませておく。
ついでに男の傷口の血をちょいちょいと自分の口の周りにこすりつけ、たっぷり30分ほど待ってからシェルターの所に戻った。
「おう、待たせたな」
「食事は済んだか」
「俺は済んだ。ヴァルツはもう少しかかる」
クランヴェルにそう答えると、よっこらせと焚火の傍に腰を下ろした。
残った男をちらりと見るが、暗がりでも分かるくらいに怯えている。
「白湯だが、飲むか?」
「もらおう。血のせいで口の中が粘っこくていけねぇ」
「ディーゴさま、口の周りに血が残ってます」
「お、すまんな」
ユニが差し出してきた濡れ手拭いでごしごしと口の周りを拭うと、幾分さっぱりした。
「しかしなんだな、どーもこいつらみたいな男の肉は臭いが鼻につくわ。ヴァルツは気にしてないみたいだが」
「ディーゴの舌が肥えすぎなんだ」
「それは否定せんよ。で、アレは朝飯でいいか?」
転がっている男を顎で指してクランヴェルに尋ねる。
「なにも吐かないのだから仕方ないな。ヴァルツが戻ってきたら、埋葬用に墓穴は2つ掘っておいてくれ」
「了解」
「……話す!全部話すから食わないでくれ!頼む!!」
揃って小芝居を続けていると、耐えきれなくなった男がやっと音を上げた。
その後、男を脅しながら聞きだした話によると、コイツらは行商人に金を貸している金貸しの手の者らしい。
毒矢を使って俺たちを数日足止めさせ、返済期日に間に合わせないよう指示されていたんだと。
元々は行商人に酒場で遅効性であまり強くない毒を一服盛って済ます予定だったが、奥さんが冒険者に依頼を出したことで予定が狂ったそうだ。
なんでそんなことを企んだのかと聞くと、黒幕の金貸しは行商人の奥さんに目を付けていたそうで、返済期限を数日待ってやる代わりに……分かっているよね?(ニチャァ)という段取りとなっていたらしい。
……そういやあの奥さん、牛の獣人というせいか、ゆったりめの服の上からでも分かる迫力というか自己主張の強い胸部装甲をお持ちだったな。
俺の目にはやや疲れた印象にとれたが、人によっては憂いを含んだ雰囲気と取れなくもないか。
話を戻そう。
更に加えるならば金貸しにとってはこれが初犯ではなく、似たような手を使ってちょいちょい女性(主に人妻)をつまみ食いしていたらしい。
これが時代劇とかでよくあるように、借金のカタに自分の愛人にしたり娼館に売り飛ばしたりすれば噂にもなろうが、数日の延期と引き換えに1度だけの関係となれば表沙汰にはなりにくい。
被害に遭った女性としても「返済を数日待ってもらう代わりに肉体関係を強要されました」とは、旦那や衛視にもなかなか言い出しにくいのが実情だろう。
口止めに旦那への後ろめたさを利用していると考えれば、人妻ばかり狙うのも納得がいく。
……随分とこすっからい手を使いやがる、というのが話を聞き終わった後での感想だ。
見ればイツキは呆れたような顔をし、ユニとクランヴェルは渋い顔をしている。
「ディーゴさま、なんとかなりませんか?」
「そうだディーゴ。こんなこととても許されることじゃない」
ユニとクランヴェルに詰め寄られるが、こちらとしても回答に困る。
「それは俺も同じ思いだが、ならどうすればいい?」
「無論、街の衛視に突き出すべきだ」
クランヴェルが力強くのたまう。
「それで?」
「それで、って……衛視の所で洗いざらい白状させれば、こいつらの主の金貸しの所業も明らかになるはずだ。
あとは司法の手に委ねればいい」
俺の問いにクランヴェルはさも当然と言ったように答えた。
「衛視に突き出すのは俺も賛成だが、コトはそう上手く運ばんと思うぞ」
「なぜ?」
「なぜだ?」
「どうしてですか?」
「今回の件、依頼人の旦那に毒を盛って、さらに俺たちを襲おうとしたことについては衛視に任せればケリがつくだろう。
だがそこまでだ。
返済期限の延長と引き換えに関係を迫ったという過去の余罪については……まず立証はできんだろうな」
「なぜ立証できないんだ?金貸しに口を割らせて、被害者の女性に確認を取ればいいんじゃないのか?」
……真っすぐだな。真っすぐ過ぎるぞクランヴェル君。
「これは俺の予想だが、衛視に確認を求められても、被害者の女性は口を揃えて『そんな事実はない』というだろうよ。
被害者が被害を認めない以上、事件としては立件できん。事件そのものが起きていないことになる」
「なぜだ?その女性たちは、金貸しに脅されたか弱みでも握られているのか?」
「まぁ金貸しに釘の一つくらいは刺されたかもしれんが、基本的に彼女らは自分の意思で事実を述べないことを選ぶと思うね。
今の暮らしを守るためにな」
そこまで言えばユニは察したようだが、クランヴェルはまだ納得いかない顔をしている。
「いいか?いかなる事情があるにせよ、人妻が旦那以外の男と体を重ねたらそれは不貞になる。
金貸しを告発するということは、自分の不貞を認めることになるし、いずれ旦那の耳にも入る可能性が高い。
妻の不貞を知ってしまった旦那はどう思う?」
「やむを得ない事情で関係を強要されたのなら、妻に落ち度はないだろう?」
「まぁ確かにそうなんだが、世の中そうやってきれいに割り切ることができる男ばかりじゃねぇのよ。
やむを得ない事情ありの、たった一度の不貞とはいえ、夫婦仲を壊すにゃ十分だ」
「しかし、そこで口をつぐまれては、これからも被害者は増え続けることになるじゃないか」
「そのためなら自分トコの家庭が壊れてもいい、と?
身内や親しい友人が被害に遭いかけているならともかく、顔も名前もしらないどこかの誰かの為にそんなリスクを負えるか?
自分の家庭を壊さないよう、アレは不幸な事故だったと涙を飲んで口をつぐむ行為を、俺は間違ってるとは指摘できねぇな」
「……ならその金貸しは放っておくのか?女性をいいように食い物にするその金貸しを野放しにしておくのか?」
食いしばるようにクランヴェルが漏らす。
「それで頭抱えてんだろが。正義の味方を気取るつもりはねぇが、俺だってその金貸しのやり口は気にいらねぇ。
今後の為にも被害者に類が及ばない形でなんとかその金貸しを潰しておきてぇが、今の時点でいい案が思いつかん。
だからこの余計なおせっかいに賛同する奴は、ちょいと知恵と手を貸しやがれ」
そう言って皆を見ると、全員が揃って頷いた。
-2-
そして作戦会議が始まった。
過去の被害者に迷惑をかけずに、金貸しの婦女暴行をどう証明するか。
あーでもないこーでもないと会議を続けたが、証明は無理と結論付けるしかなかった。
その代わり、ユニの発案で依頼人の奥さんと旦那、衛視隊を巻き込んでひと芝居打つ方向で方向性が定まった。
依頼を失敗したことにして奥さんに返済期限の延期を言い出させ、金貸しが関係の強要を迫った時点で待機していた衛視隊に踏み込んでもらうという、まぁ言ってみれば奥さんを使った囮捜査だ。
ただこれを実際に行うには、依頼人夫婦はもちろん衛視隊に加えて、場合によっては猫枕亭のゲンバ爺さんの協力も必要になるだろう。
そして芝居を打つ関係上、ひたすら目立つ外見の俺とイツキとヴァルツは大っぴらに動けない。
残るはユニとクランヴェルなので、各種交渉は二人に任せるしかない。交渉の一助にでもなればと、俺の冒険者手帳と名誉市民の短剣をユニに託して頼むことにした。
ちなみにクランヴェルのおまけのカールはこれまた連れていると目立つのだが、彼が頼んだら透明になった。お前そんな芸当も出来たのか。
ユニとクランヴェル、それと捕らえた男2人を街の近くで送り出せば、後は俺ら居残り組は待つしかない。
なにせ表向きは依頼を失敗した身だ、おおっぴらに街の中をうろつきまわるわけにもいかん。
一方、囮捜査関係の交渉一切を任されたユニとクランヴェルは、襲撃者の男2人を連れて城門についた。
2人の引き渡しはすんなりいったものの、金貸しへの囮捜査に関しては衛視たちは難色を示した。
「余罪があると言っても男2人の証言だけではなぁ……」
「しかし……!」
「クランヴェルさん、この件は内容が内容だけに現場の一存では動きにくいと思います。まずは依頼人の所に向かいましょう。
衛視さん、すみませんがそういう事情ですので、この二人の扱いについては少し注意をお願いいたします」
「まぁ、そのくらいなら気を付けておこう」
クランヴェルをなだめたユニがそう言って頭を下げると、衛視も仕方ないと言ったように頷いた。
次いで向かったのが猫枕亭。二人が姿を見せると、カウンターの奥からゲンバ爺さんが声をかけてきた。
「おう、早かったな。依頼の品はちゃんと受け取ってきたか?……ん?来たのは二人だけか?」
「はい。品物はちゃんと受け取ってきました。ただ、ちょっとお話があるのですが……」
ユニがそう前置きして、今回の一連のことを話すとゲンバ爺さんは顔をしかめた。
「そうかい。そんな裏があったのかい。そりゃ確かにちっと見過ごせねぇな。よし、俺も手ぇ貸してやる。リツ!リカ!ちぃと出てくるからその間店頼むぜ!」
「あいよー!」
「はい!」
給仕の二人が心得たと返事をする。
「んじゃ、依頼人の所に行くぜ」
二人の返事を聞き、ゲンバ爺さんは太った体を折り曲げてカウンターから出てくると、ユニとクランヴェルの前に立って歩きだした。
「……んで、虎男と精霊のねーちゃんと黒虎は街の外で留守番か?」
道すがらゲンバ爺さんが尋ねてきた。
「はい。自分たちは目立つから、街にはいないほうがいい、と」
「そりゃ確かに正解だ。金貸しの目論見通りなら、襲撃を受けて道中で臥せっているはずだからな。二人も少し身なりを変えたほうがいいんじゃねぇか?」
「それもそうですね。なら私は変化の魔法で少し外見を変えることにします」
「私はどうしたらいいだろうか?」
「おめぇさんは神官衣を脱いで髪型を変えりゃ大丈夫だろうよ。フード付きマントが一番手っ取り早ぇが、今時分にそんなの着てたら逆に目を引くぜ」
「わかった。ならそうしておこう」
その後幾つかの確認をしながら足を進め、やや奥まったところにある3階建ての集合住宅の前についた。
「ここの3階が依頼人夫婦の部屋だ」
そう言って階段を上り始めたゲンバ爺さんに、ユニとクランヴェルも後を追った。
何かクランヴェル君が思ったより有能です。
作者としてはもうちょっとポンコツぶりを披露したかったのですが。




