ある金貸しの企み1
-1-
翌日はのんべんだらりと休みにする予定だったが、猫枕亭から使いが黒虎亭に来たので仕方なく顔を出すことにした。
どうも俺たちに受けてほしい、急ぎの依頼が来たらしい。
はて、俺達ってそんな有名だったかね?
とりあえず今日のところは話だけということで、首を傾げながらも平服に護身用の武器のみという身軽な格好で猫枕亭に顔を出した。
「おう、来たか」
「おう、来たぞ」
ゲンバ爺さんに手をあげて答えると、ゲンバ爺さんはテーブルの一つを指さした。
「あそこの奥さんが話を持ってきた依頼人だ。体調を崩した行商人の旦那に替わって品物を急ぎ受け取ってきてほしいんだとさ」
言われてテーブルにいる牛のような角のある女性を見るが、当然ながら見覚えはない。
「まぁ話は分かったが、そこでなんで俺たちの名前が出てくるんだ?俺たちゃいわば『流れ者』で、そういう依頼なら地元冒険者に頼むのが筋じゃねーの?」
「そりゃ話は簡単だ。今この店で動ける冒険者で、信用できてなおかつ一番ランクが低いのがお前さんらだからだ。
お前さんらのランクなら、まだ報酬もそれほど高くないしな」
「そういう訳か。だがなぜ俺たちが信用できると?」
「頼まれもしねぇのに廃教会の墓地を整備して、侯爵様とも面会して好感触を得てきた面子なら間違いはねぇだろう?ほれさっさと話聞いてこい」
「へいへい」
ゲンバ爺さんに促されてテーブルに向かう。
「こんちは。さっきゲンバ爺さんから話を聞いたモンだが」
牛角の女性は俺を見て一瞬顔をこわばらせたが、すぐに表情を改めて頭を下げてきた。
「急な話で申し訳ありません。私はこの街の近辺で商売している行商人ユグルの妻のコリンです」
「コリンさんね。俺はディーゴってもんだ。こっちがイツキとユニとヴァルツ、それとクランヴェルにカールだ」
俺やヴァルツ辺りまでは表情が硬かったコリンだが、天の教会の神官衣のクランヴェルの存在を見てほっとした表情を見せた。
まぁ確かに見た目の怪しい俺達だが、天の教会の人間が加わっていれば話は別だ。
天の教会は現や冥の教会に比べて規律を重んじる傾向が強い。
そこの人間が行動を共にしているならば、ゴロツキ同然のいわゆる「ハズレ」な冒険者ではない、というのが一般的な常識になっている。
「ゲンバ爺さんからさっきざっくりと話は聞いたが、詳しく聞かせてもらえるかな?」
俺が笑みを浮かべながら尋ねると、コリンは頷いて事情を話し始めた。
そうして聞いたコリンの依頼は、言ってしまえば近くの村へのお使いだ。
夫である行商人がさる資産家から特別誂えの工芸品の注文を受け、シタデラ近隣の村に住む腕のいい職人に話をつけたが、品物が出来上がったと使いがきたのでそれを受け取り、注文主の資産家に届けてほしいという話だ。
当初の予定では夫の行商人が、村を巡る行商のついでに職人から品物を受け取り、資産家に届けるはずだった。
しかし夫は3日前から体調を崩し、予定していた行商に出られずにいる。
本来なら夫の快復を待つところだが、期限が迫っている借金があってすぐにでも資産家からの報酬を充てねばならない。
そんなわけで急遽冒険者に依頼をすることになったらしい。
提示された報酬は相場よりもやや安め。だがまぁこれは仕方ない。
行って、受け取って、帰ってくるだけという、拘束期間も短い単純な依頼だ。
それに働き手が臥せっている借金持ちの相手に、あまり吹っ掛けるわけにもいくまい。
その後幾つかの確認をしてこの依頼を受けることとし、出発は明朝と決まった。
明朝、早い時間に城門を出る。
職人のいる村はシタデラから徒歩2日。品物を受け取ってとんぼ返りするにしても徒歩4日。
そして借金の返済期限は6日後。
ギリギリとは言わないが、余裕というにはやや心もとない。
「つー訳でちょいと急ぐ。夜は野営で済ますからそのつもりでな」
一同にそう言うと、目的地の村に向けて歩みを進めた。
異変に気付いたのは昼頃だった。
「クランヴェル、気付いたか?」
「ああ。やはりか。どうも誰かに見られているような気がしていた」
隣を歩くクランヴェルに小声で尋ねると、クランヴェルも声を落としてうなずいた。
イツキとユニにもそれを伝えて、気づかない振りのまま道を急ぐ。
適当な所で休憩を入れつつイツキに探ってもらったところ、どうも弓を持った2人組の男がこちらを尾行しているらしい。
「隙を見て捕らえるか?」
クランヴェルがそう言ってきたが、首を振って答えた。
「いや、今はまだ泳がせるしかない。ここで捕らえてもどうとでも言い逃れされる。警戒したまま先を急ごう」
「なにが目的かしら?」
「今の時点ではなんともな。ただ、こちらを襲ってナニかを奪うにしちゃ人数が少なすぎる。向こうが距離を詰めてくるか、一人になるようなら武器を用意しておいた方がいい」
一同にそう警告はしたものの、何の動きもないまま野営をこなして目的地の村に到着した。
職人の家というか工房を訪れ、資産家が注文したという細工物を受け取る。
参考までにと見せてもらったが、それは細々した化粧道具一式が綺麗に収められた、見事な塗りの箱だった。
ユニはもちろんだが、化粧に詳しくない俺やイツキ、クランヴェルもほぅ、とため息を漏らす。それほどの出来栄えの品物だった。
手鏡、化粧ブラシ、櫛、小鋏、カミソリ、口紅入れや白粉入れといった細々した物が、きちんと整理されて箱に収まるようにしてある。
開く箱の蓋の内側も鏡となっていて、手鏡と合わせてうなじや耳の後ろと言った見えにくい場所も確認できる。
更にはその細々した化粧道具にも見事な塗りが施されていた。
「これは、漆塗りか?」
侯爵の所で見た鞘のように、顔が写るほど滑らかに磨かれた細工物を見て思い出す。
「ウルシ?わしらの所ではシノムと言っておる。ある木から採れる樹液を加工して塗りと磨きを繰り返すんじゃ。
見た目もそうじゃが、この加工を施すことで丈夫になり、水にも油にも強くなる」
「この花の模様はどうやって作ったんですか?」
虹色に光る花の模様を指してユニが尋ねる。
「海の街から貝殻を取り寄せてな、それを薄く削って貼り付けるんじゃ。シノムは加工次第で接着剤にもなるからの」
なるほど。ますます漆だな。となると、この技法は象嵌か。
漆塗りの技法の蒔絵とか沈金とか教えたら面白そうだが、生憎ざっくりとしか知らんし教えている時間もないのが少し悔やまれる。
出来ることならもう少し話を聞いてみたかったが、日程にあまり余裕がないのに加えて妙なおまけまでついている現状では優先順位は低くなる。
職人に丁寧に礼を言って依頼人から預かった残金を渡し、早々に帰途に就くことにした。
-2-
道中を急いだことと、村で休まずに出発したことで幾分の余裕ができた。このペースなら予定より1日早くシタデラに戻れそうだが、相変わらず後ろからついてきている2人組が気にかかる。
「あの二人、どうしたもんかね?」
2度目の野営の準備を整えながら、なんとはなしに口に出してみる。
「このまま街に連れ帰るのも、何か問題がありそうよね」
「付かず離れず、こちらに接触を図るわけでもなく、かといって村に立ち寄るわけでもない。どうもいまいち理由が読めん」
「捕らえてみればわかる話だ」
クランヴェルがこともなげに言う。
昨日は様子見ということで手は出さなかったが、確かにここまで来たら直接聞いた方が早い。
「ならこっちから仕掛けるか。陽が落ちたら俺とイツキとヴァルツで仕掛ける。ユニとクランヴェルは待機だ。カール(幽霊犬)も来てくれるとありがたいが……
無理そうだな」
相変わらずクランヴェルべったりなカールを見て呟く。コイツ餌とか食わんから、餌付けによる懐柔も出来んのだよな。
「私がいけばカールも来るが?」
「クランヴェルは夜目が利かんだろう?カールが加わるよりそっちの方が都合が悪い」
「む、そうか。ならばユニとここで待っていよう」
「よろしく頼む」
草葺シェルターの前で焚火を作り、見張りの体を装う二人と1匹を残し、鎧を脱いだ俺とイツキとヴァルツがシェルターの陰から闇に姿を消す。
かなりの大回りを経て二人組の背後に出ると、まずヴァルツが大きな音を立てて姿を見せて動揺を誘い、その隙に俺とイツキの魔法で二人を拘束した。
「追跡ご苦労。俺たちを付け回す目的とやらを聞かせてもらおうか」
答えはないと分かりつつも、様式美なので一応聞いてみる。
「へっ、誰が話すかよ」
予想通りの答えに軽くため息をつくと、簀巻きにした二人を引きずってシェルターに戻った。
「無事に捕まえたか」
「お帰りさないませ」
クランヴェルとユニに頷いて答えると、引きずっていた二人を放り出した。
ユニから紐を貰い、後ろ手に二人の手を縛り上げる。ついでに靴も脱がせて親指同士を結ぶ。
その後に身ぐるみ剥いで所持品を改めてみたが、やはりというか身元を示すようなものはなかった。
らしいものといえば小瓶に入った毒らしい液体くらいだ。
ちなみにその間、ヴァルツは存在を見せつけるように男二人の周りをうろうろしたり、顔を近づけて臭いを嗅いだりさせておく。
当虎はあまり乗り気じゃないようだが、これも尋問の一環なんだ。ちっと我慢して付き合ってくれ。
「……もう一度聞くが、俺らを付け回した目的と黒幕、話すつもりはないか?正直に全部話すならここで解放してやってもいいんだが?」
「……」
男二人はそっぽを向いてそれに答える。
「……なら仕方ねぇな。俺らはこれから晩飯にするから、気が変わったら言ってくれ。ヴァルツ、どっちがいい?」
隣に呼び寄せたヴァルツから露骨に嫌そうな感情が返ってきたが、そこをあえて頼むと指示を送ると、ヴァルツは二人の臭いを嗅ぎ比べて片方の男に手を置いた。
「そっちか。んじゃ、お前今日の晩飯な」
そう言ってヴァルツが手を置いた男の腕を掴んで持ち上げる。
「お、おい!晩飯ってなんだよ!!まさか俺を食うってのか!?」
「口を割らねーなら生かしておく意味もねぇだろ?美味しく頂いてやるからありがたく思え」
「ちょちょちょちょっと待てよ!おいそこの若いの!お前天の教会の神官だろ!人間を食わせるなんて行為見過ごしていいのかよ!!」
「いつものことだ。人を食うと言ってもお前らのような悪党限定だし事前に神に許しも請う。食後はちゃんと埋葬して葬送の祈りも捧げている。特に問題はない」
白湯を飲みながらクランヴェルがこともなげに答える。
コイツも腹芸ができたんだな。成長したのか?
そんな援護射撃に小さく笑みを浮かべながら、ヴァルツと共に男を暗がりに引きずって行くと、地面に杭を立てて男を大の字に縛り付けた。
「なぁおい、冗談だろ?あんたらのことは報告しない。仕事は止めてこのまま姿をくらますから勘弁してくれよ。なぁ、なぁって!!」
「うるせぇな、もういいから大人しく食われろ」
身をよじり、涙を浮かべて哀願する男を無視して、ヴァルツと向かい合うように腰を下ろす。
ヴァルツから「本当にやるのか?」という心底嫌そうな思念が飛んできたが、こればかりはヴァルツにやってもらわんといかんので重ねて頼む。
仕方ねぇなという感情が返ってきて、ヴァルツが男の腹に右前足を置いた。
「おい、待てよ待ってくれ頼むお願いだ止めてくれ!せめて腹からなんていかないで一思いに首をぎゃああああああああ!!」
ヴァルツが爪を出してやや深めに男の腹をひっかくと、男はとんでもない絶叫をあげて気を失った。
これならあっちにも聞こえてるだろ。
「これでいいか?」とヴァルツが尋ねてきたので、ご苦労さんとわしわししてやる。
無限袋から生肉を取り出してヴァルツに食べさせながら、少し時間を潰すことにした。
流石に俺もヴァルツも人肉は食わんよ?