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シタデラ侯爵2

-1-

 で、挨拶もなにもかもすっ飛ばして中庭に連れてこられた俺たちは、嬉々として長柄包丁(グレイブ)を振り回すシタデラ侯爵と相対していた。

「互いを知るのは、百の言葉を費やすより実際に手合わせするのが一番だ。そなたも武人であれば理解できよう?」

 ……ゲンバ爺さんに言われるまでもなく、なんとなく予想はしてた。侯爵はこういう人なんだろう、と。

 でも俺は冒険者のパーティーで前衛はってますけど、公式の肩書は(一応)内政官なんですが。

 武人だなんてとんでもない。ボクはいわゆる頭脳労働者でスプラウトボーイな文官デスヨ?

 うん。我ながら説得力が微塵もねぇ。

 ここは素直に応じるしかないか。殺し合いではなくて手合わせだしな。刃引きはしてないが、死にはせんだろ。多分。

 無限袋から戦槌を取り出すと、両手に構えた。

「まだまだ未熟な腕前ゆえ、お手柔らかに願います」

「うむ。存分にかかってくるがいい」

 長柄包丁をピタリと構えた侯爵が促す。なるほど、あの構えはかなりの手練れとみていいだろう。

 ならば胸を借りるつもりで、全力で行かせてもらうか。

 大きく息を吸い込むと、身をかがめて一気に距離を詰めた。

 それに対し侯爵は細かく鋭い突きを連続で繰り出してこちらをけん制し、距離を保つ。

 ならば、と、フェイントを織り交ぜつつ横に回り込む。

 侯爵は半歩引いて向きを変えるが、フェイントで攻撃を誘った分こちらの方が若干早い。

 巧く穂先の内側に入り込んだ。が、次の瞬間、戦槌を立てて両手で保持する。

 ガィン!

 直後に戦槌の柄を強い衝撃が襲う。武器を吹き飛ばされるような無様な事にはならなかったが、思わずよろけて数歩たたらを踏んだ。

「ほぅ、こらえたか。まあこれで終わっては面白くなかろう」

 再び距離をとった侯爵が楽しそうに笑う。こっちはそんな余裕ねーよ。

 頭の中で幾手かを組み立て、今度はあえて正面から挑みかかる。

 細かい突きが来るが、それでも両手で構えた戦槌を駆使してなんとかしのぐ。

 幸い、総鉄製の長柄包丁は結構な重量があると思われ、細かい突きと言えどもクォータースタッフを使う剣闘士のラチャナほどの早さはない。

 ……まぁその分、一撃が比べ物にならんほど重いのだが。

 それでも弾き、避け、いなし、と防御を固めつつジワリと前に出る。

 攻撃が激しさを増すが、まだイケる。

 無論、こちらも守り一辺倒という訳ではない。

 戦槌に加えて拳や足も交えて反撃する。風切り音と打撲音、そして武器同士が打ち合わされる金属音が中庭に響く。

 速度も力も、恐らくスタミナも俺の方が上だと思うし俺の得意な間合いなはずなのだが、攻めきれないのは技術と経験の差か。

 心の底から湧き上がってくる焦りと逸りを、ぐっと押さえつける。

 いわばこれは立ち合い稽古。勝ち負けにこだわる必要はない。格上の相手なら負けてもともと、胸を借りるつもりで己の全てをぶつければいい。

 手合わせ前の気持ちを思い出し、そう切り替えると気が楽になった。

 気が楽になれば幾分でも余裕ができる。

「一点ではなく全体を見ろ!彼我の一挙手一投足を疎かにするな!!」

 教官の台詞を思い出し、視野を広くとるよう心掛けると、侯爵の動きというか攻めがなんとなく読めるようになってきた。

 ガツン、ゴキンと侯爵の攻めを丹念に受け、隙があれば果敢に打ち込む。

 こちらの動きが変わったのが分かったのか、侯爵もニヤリと笑ってその動きを変える。

 自分からの攻撃を控えめにし、あえて相手の有利な間合いに留まって、得意とする技を繰り出させて防ぐ。

 手練れの上級者であるからこそできる、立ち合い稽古の受けの形だ。

 その厚意に甘える形で、こちらも存分に打ち込んだ。

 互いの位置を目まぐるしく変えながら、長柄包丁と戦槌がぶつかり合う。

 どれほどの時間打ち合っただろうか、侯爵の足さばきに陰りが出てきた。

「では、そろそろ仕上げと参ろうか」

 距離をとった侯爵が長柄包丁を水平に構えると、力のこもった突きを繰り出してきた。

 対するこちらは長柄に滑らせるように戦槌を繰り出し、回転を加える。

 横に張り出した烏口が回転して長柄に絡み、軌道をわずかに逸らす。

 出来た隙に体を半回転させつつ穂先の内側に入り込み、後ろ回し蹴りを見舞った。

「ぬん!」

 適当な目測で見舞った後ろ回し蹴りは侯爵の片手であっさり防がれたが、生憎これで終わりじゃない。

 更に半回転しつつ戦槌を叩き込む。これも長柄で止められるが、蹴りよりも重い戦槌は確実に侯爵の動きを止めた。

「ふぅっ!!」

 距離は近接、長柄の内側。得意な間合いでここが勝負時と、怒涛のラッシュで攻め立てる。

 上下左右からの息を継ぐ間もない連続攻撃に、侯爵から余裕の表情が消える。

 重い長柄では早い連続攻撃を捌き切れず、俺の攻撃が幾度か侯爵の身体をとらえるが、惜しむらくは有効打になっていない。

 それならそれで有効打が入るまで畳みかけるまで、と、さらに回転を上げる。

 しかし侯爵は上手く防ぎ続ける。

 ……速度重視の軽い攻撃はあえて無視して、威力重視の重い打撃だけ防いでいるのか?

 作戦変更と、ラッシュの最中、振り下ろす戦槌の烏口で長柄を引っかけ、武器をもぎ取ろうと目論んだ瞬間、鼻っ柱に強烈な打撃を受けてのけぞった。

 つか、侯爵が頭突きってアリか?

 視界に星が散った一瞬の混乱の隙を突かれ、首元には長柄包丁の刃がぴたりと当てられる。

「……参りました」

 戦槌から手を離し、降参の意を伝える。

「うむ」

 侯爵が頷いて長柄包丁を引く。

「ご指導、ありがとうございました」

「なかなか楽しませてもらったぞ。技術的にはまだまだだが、身体能力は結構なものだな。今後も鍛錬を続ければさらに上を目指せよう」

 頭を下げる俺に、頭突きをかました自分の頭を撫でながら侯爵が朗らかにのたまった。


-2-

 再び応接室に戻された俺たちは、侯爵が着替えてくる間、執事と思しき初老の男性から薄めた葡萄酒を供されていた。

「あの人はいつもあんな感じなの?」

 早速葡萄酒を口に運ぶながらイツキが執事に尋ねる。言葉に若干の呆れの雰囲気が混じっているのは気のせいか。

「おおむねその通りでございます。ただ、ここしばらくは閣下自らが出るような大きな事件がなかったもので、その反動もあるかと」

「なにそれ」

「まぁまぁ、久しぶりにこっちもいい手合わせになった。教官とはまた違う強者を相手に稽古ができるってのはなかなかないもんだ」

 そう言ってイツキをなだめると、執事に向けて頭を下げた。

「後で侯爵様にもお伝えしますが、貴重な機会を作っていただき感謝しています」

「いえ、こちらこそ閣下の我儘に付き合わせてしまって申し訳ありません」

執事が丁寧に謝罪してきたとき、着替えを済ませた侯爵が扉を開けて入ってきた。

「おぅ待たせたな」

 一転して大分砕けた(それでも上物の生地で仕立ての良さそうな)恰好になった侯爵は、そういうと俺たちの対面にどかりと腰を下ろした。

 ……あれ?こんな雑な人だったっけ?

「ああ、この場に限れば俺に敬語や礼儀は不要だ。俺もその方が気が楽だ。外では身分の関係でそういうわけにもいかんがな」

 ああなるほど。TPOは弁えてる人なのね。

「しかしハロナーゴも悪い奴だ。こんな面白いのを迎えておきながら俺に黙っているとはな」

 ……ハロナーゴ?なんか聞いたことある名前だな。

「ディーゴさま、きっと私たちの所の領主様のことです」

 ……おぅ。そういえばそんな名前だったわ。

 ユニの補足でそのことを思い出した。いや普段は伯爵とか領主とかしか呼んでねーし。

「ハロナーゴとは帝都の軍学校で共に学んだ仲だ。俺の方が2つ上で学部も違ったが、寄宿舎が同じ階でな。

寄宿舎対抗の試合ではともに暴れまわったものよ」

 侯爵がそう言って朗らかに笑った。

 え?あの領主様がこの人と暴れまわった?なんつーかウチの領主様って内政畑っぽいし、いまいち想像つかんのだけど?

 意外な情報に面食らっていると、侯爵がずいと身を乗り出してきた。

「まぁハロナーゴのことは置いておこう。それよりも気になっているのが、そなたたちのことだ。教会の坊主たちから、そなたらは害のない悪魔と聞いたが、その辺りのことを聞かせてもらおうか」

「はぁ、分かりました。かなり荒唐無稽な話になるんですが……」

 侯爵の迫力に圧されたのと、ディーセンの領主には話し済なので、俺の来歴について正直に話すことにした。


「……なるほどのぅ。異なる世界からの迷い人で元は人間であったか」

 それなりに長い話を聞き終えた侯爵が息をついた。

「確かに荒唐無稽ではあるが、言われて得心がいくこともある。そなたは悪魔にしては正直すぎる。人間としても正直者の部類に入ろう。

 先の手合わせだが、卑怯な禁じ手や搦め手を容赦なく繰り出してくるかと警戒していたが、そういう点ではやや拍子抜けではあったな。

 手合わせとはいえ徹頭徹尾正攻法で応じてきた者が、他人を陥れたり堕落させるような真似はするまい。

 それにディーセンから矢継ぎ早に売り出されたいくつもの新しい特産品は、俺の耳にも届いている。そなたが出どころ、と分かればしっくりくる」

「恐縮です」

「……しかし気になるのが、旅の原因となったアモルとの(いさか)いよな。

 そなた、この諍い、どう収める?」

 侯爵に問われて言葉に詰まった。

 泥沼化しつつあるアモルとの騒動だが、実は明確な終着点がいまだに見つけられずにいる。

「……俺の不在中に間者狩りを強力に推し進める手筈になっているようですが、それでは不足ですか?」

「足りぬな。確かに一定の効果はあろうが、それとて進退を決めるのは相手次第。主導権が向こうにあるままでは、満足な決着は難しかろう。

 肝要なのは、交渉の主導権をこちらが握ることだ」

「なるほど。確かに決着を相手任せにしたのでは、こちらの望む決着になる可能性は低いですね。

 腹案があるなら教えていただけますか?」

「シモンズ」

 俺の問に、侯爵は後ろに控える執事を振り返った。

「は。では僭越ながら、私なりの考えを述べさせていただきます」

 シモンズと呼ばれた執事が侯爵の隣に立った。

「お話を伺ったところ、ディーゴ様とアモル王国との間に起こったこの諍い、ディーゴさま方に何ら非はございません。

 故にかなり強気に交渉が可能と思われます。

 ですが、ランク5の冒険者と曲がりなりにも一国の組織では、ディーセン程度の都市がバックについたとしても、戦力に大きな差があるのもまた事実でございましょう。

 そしてディーゴさま方は相手に相当な痛手を与えておいでです。相手としても今更引くに引けない面子というものがございましょう。今の時点でなにも成果がないのですから」

 執事の話に頷きながら聞き入る。

「その辺りを差し引きで考えれば、ある程度は相手の要求を飲んでやる代わりに、ディーセン及びその周辺からの完全撤退を要求するのが妥当ではないか、と存じます。

 話の持っていき方では賠償を要求できるかもしれませんが、これはおまけ程度に考えていた方がよろしいかと存じます」

「ふーむ……理屈は分かりましたが、アモルの要求を一部でも飲む、というのはちっと気が乗りませんね。泥棒に金を恵んでやるような気分で」

「心情的にはそうなりましょうが、この辺りが落としどころなのですよ。被害者であるこちらが幾分でも譲歩『してやった』という体裁は、なにかと役に立つものです」

「恩は着るのではなく着せるもの、という訳ですか」

 俺の呟きに執事は肯定の笑みを浮かべて見せる。

「今回の諍いの発端は、ディーセンの好景気への嫉妬、と推測いたします。アモル王国は元々『特徴がないのが特徴の国』と言われるくらい目立った特産品に恵まれておりません。

 であれば、ディーセンでは実現できないような特産品の一つ二つを提案してやれば、相手も刃を収めるいい理由になるのではないか、と愚考いたします」

 そう言って執事が恭しく頭を下げた。

「んな、一つ二つ特産品を、なんてそう簡単に言ってくれますがね……」

 そんな執事を見てため息が漏れる。

「魔法の碾き臼であれば容易い事であろう?その落ち着きっぷり、すでに腹案があると見たが?」

 侯爵がニヤニヤしながら尋ねてきた。ここまで見透かされてんのか。

「まぁ、思い浮かんだのがないこともないです。ただ、実際に現地に足を運んでみないとどうにも」

「クハハ!まさか本当に腹案があったとはな!!……魔法の碾き臼の名は本物のようだ。どうだ、ディーセンからウチに引っ越す気はないか?

 手当は今の3倍は出すぞ?」

「ありがとうございます。ただ、ディーセン伯には拾って頂いた恩がありますし、今の気ままな待遇も割と気に入ってますので」

「そうか。まぁ無理にとは言わぬ。攫いでもしたらハロナーゴに恨まれるのは確実だからな。

 さきの話、ハロナーゴが悩むようであればそなたの案として提案してやれ。今少し詰める必要はあれど、あ奴ならその辺は上手く取り計らおう」

 侯爵の申し出に意外そうな顔を向けると、笑いながら解説してくれた。

「この程度の助言でも、貴族ましてや領主ともなれば、明確な『貸し借り』というものが発生してしまうのだ。

 自領での揉め事は自力で解決するのが領主の基本よ。それだけの権限と裁量を与えられているのだからな。

 それにハロナーゴは俺の名が出れば余計な気も使おう。まずはあ奴なりに解決法を模索させてやれ」

 そんな侯爵の心遣いに、俺は黙って頭を下げた。

 その後は昼食とも言いかねる砕けた形式で軽食を挟みながら、ユニのことや魔界についての話をして過ごした。

 武人らしくユニの使う精霊筒にも興味を示したが、弾丸代わりに精霊石が必要となると侯爵でも数を揃えるのは難しいようで、あからさまに落胆していた。


 侯爵との有意義な話が終わり、丁寧に礼を述べて天守塔を辞去すると、案内兼見送りについてきた執事が囁いた。

 魔法の碾き臼の名を見込んで頼みたいことがあるそうで、大まかな内容を聞いて承知すると、明日、猫枕亭で担当者と落ち合うことに決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 半島の国と同じ臭いがするからね。 譲歩したら更にタカりに来るだけだろうな。
[一言] 面子って面倒くさいですよね、実利とか正当性を無視したようなことが頻発するし それに巻き込まれる人らはたまったものではない
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