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シタデラ侯爵1


-1-

 ホレス高司祭からシタデラ・カルモレス侯爵と教えられた偉丈夫は、大股でこちらにやってくると俺の前で立ち止まった。

 つーか目の前にして感じるんだが、貴族オーラすげぇ。

 歴史というか血筋というか育ちというか、担ってきた重責?そういったもんが色々混じりあって醸し出される存在感は、前に立たれるだけで襟を正すというか、無条件で畏まってしまうような、敬意を払わずにはいられない、そんな気分にさせる。

 言っちゃなんだが、ウチの領主とは格が違うわ。

 流石に膝をつくような真似はしないが、それでも軽く握った右手を左胸にあててわずかに頭を下げる、帝国流の礼で相手を迎えたのは小市民ハートゆえの条件反射的な行動と思ってもらいたい。

「よい。楽にせよ」

 渋い重低音に促されて礼を解くと、目の前のシタデラ侯爵が楽しそうに話しかけてきた。

「異形な姿とは聞いていたが、まさに二本足で歩く虎だな。まさか帝国流の礼で迎えられるとは思わなかったぞ」

「このような姿ですが、ディーセンでは名誉市民の身分を拝領しておりますので。

 あ、私はディーゴと申します。ディーセンでは冒険者の傍ら内政官を拝命しております」

「シタデラ・カルモレスだ。そなたに興味は尽きぬが、先に用事を済ませてしまおう。

 この墓地を整えてくれたのはそなたたちだな?」

「はい。冥の教会からの依頼を受けて、この辺りに出没する不死者を鎮めに来ましたが、再発を防ぐには根本的な解決が必要と思いまして、助言を受けつつ手を付けさせてもらいました」

「うむ。この墓地のことは私も気にしてはいたのだが、このような形で解決することになったのはありがたい。礼を言うぞ、ディーゴ」

「ありがとうございます」

 シタデラ侯爵に礼を言われて頭を下げると、タイミングを見計らって護衛らしい騎士が寄ってきた。

「閣下、申し訳ありませんがそろそろ」

「そうだな。ディーゴ、この墓地にはまだ仕上げが残っていると聞いた。楽しみにしているぞ」

「は」

 俺にそう言い残し、急遽しつらえられた席に腰を下ろすシタデラ侯爵。

 入れ替わりにホレス高司祭に連れられて、天の教会のブライラス司教、現の教会のバイロン高司祭がやってきた。

 前回喧嘩別れしたような二人に態度を決めあぐねていると、意外にも二人は神妙な顔で揃って小さく頭を下げてきた。

「ディーゴ殿、前回の非礼をお詫びする。貴殿らがこのように美しく墓地の整備まで行ってくれたこと、教会として心より感謝を表したい」

「あのような態度をとったにもかかわらずこの場に呼んでいただき、感謝します」

 ……いや別にお宅ら二人は呼んだつもりはないんだが?とホレス高司祭をそっと見ると、小さく頷いて返してきたので、多分彼の気遣いだろう。

 教会を名乗っておきながらこういう場に呼ばれず顔も出さないのは、なにかと不都合があるだろうしな。

 まぁそういう事情は脇に置いとくとしても、こうやって実際に頭を下げてきた二人を少し見直したのも事実だ。

 前回のような経過があったにも関わらず、是は是、非は非と公正に評価し反省したうえで実際に自らの非を謝罪してみせたのだ、伊達に教会のトップを務めてはいないという事か。

 こちらとしても来てくれた方が都合がいいし、幸い実害が出るような迷惑も受けてないので二人の謝罪は素直に受けることにした。

 謝るくらいなら最初からすんなや、という言葉は、謝罪に免じて飲み込んでおいてやろう。

 その後ホレス高司祭が加わり、この後の段取りが説明される。

 といっても、俺が最後の仕上げをしたのちに天、現、冥の3教会揃って浄化の儀式と鎮魂の祈りがささげられ、シタデラ侯爵から一言頂いて終わりという簡単なものだ。

 集まっている面子は錚々(そうそう)たるものだが、人数自体は少ないしいずれも多忙な方々なので、あまりだらだらと時間をかけるのも良くないだろう、という判断だ。

「じゃあ、始めるぞ」

 ホレス高司祭が俺に指示して、並んで座っている来賓たちの前に立った。

「本日は急な呼びかけにもかかわらずお集まりいただき、誠にありがとうございます。

 長らくこの街の懸念となっていたここ戦没者墓地ですが、この度ディーセンの冒険者であるディーゴ殿とユニ殿、そしてイツキ殿の尽力にてこのような姿に生まれ変わりました。

 つきましてはディーゴ殿の手で最後の仕上げを行った後に、我ら天、現、冥の三教会合同でこの地に眠る英霊たち魂の浄化と鎮魂の祈りを捧げたいと思います」

 ホレス高司祭がよく通る声でそう述べると、俺の方に合図を送ってきた。

「では、これより最後の仕上げを行います」

 そう言って土の精霊魔法を使い、高さ2トエム幅4トエムくらいの石板を隆起させる。

 石板には大きく『鎮魂』と彫り、その下に『無名戦士墓地』とも彫り入れた。

 石板の少し手前にも台を作り、ここには『献花』の文字を入れる。これは献花台ね。

 かなり魔力を込めて硬度を上げたから、風雨に打たれても相当長持ちはするはずだ。

「以上、これをもって仕上げとさせていただきます」

 そう言って来賓に会釈を送ると、皆満足そうに頷いてくれた。

 あとはブライラス司教とバイロン高司祭、ホレス高司祭の3人で厳かに浄化の儀式が行われ、参列者一同で祈りを捧げた。

 続いてシタデラ侯爵が進み出る。侯爵は一度墓地を振り返り、一息つくと口を開いた。

「……皆も存じていようが、ここはかつて帝国の最東端であった。

 精強であった隣国との戦いは苛烈を極め、多くの兵が犠牲となりここに葬られた。

 戦が終わり150年余が過ぎた今、訪れる者もなく荒れ放題であったこの墓地が、このように美しく生まれ変わったのは大変喜ばしい事である。

 穏やかな陽が降りそそぎ爽やかな風が吹き抜ける、このような環境であれば、英霊たちも安らかに眠ることができよう。

 今の我々の暮らしは、彼らの犠牲の上に成り立っている。改めてそのことを胸に刻み、ここを守っていこうではないか。

 最後になるが、この地を整えることに尽力せしディーセンの冒険者ディーゴ、ユニ、そして樹精のイツキよ。まことに大儀であった」

 渋い声でそう語られたので、その場で揃って軽く会釈をする。

 こういう場で名を呼ばれて侯爵から正式に感謝の言葉を頂いた上、ブライラス司教もバイロン高司祭も謝罪をしてきた以上、懸念であった教会からの手出しというか嫌がらせの可能性はほぼなくなったと思っていいだろう。

 都合10日近くを費やしたが、お陰でこの街での安全は保障されそうだ、と内心胸をなでおろした。

 式典のようなものはこれで終わり、帰っていく侯爵らを見送る。

 ただ去り際に侯爵から「明日にでも顔を見せよ」と誘われてしまった。

 ……とりあえず猫枕亭のゲンバ爺さんに助言でも貰いに行くか。

 片づけをすませて墓地を後にしながら、そんなことを考える。

「―――……ぃれいッ!」

 ふと何か聞こえたような気がして、足を止めて振り返った。

 視線の先には、整備した墓地の入り口、献花台の隣に幾多の人影が並んで、直立不動の姿勢で剣を掲げていた。

 こちらもその場で名誉市民の短剣を掲げて答礼を返すと、並んだ人影は初夏の日差しに溶けるように薄れて消えていった。

 ……まだ日も高いというのに律儀なことで。

 内心少し驚きながらも、あの敬礼で今回の苦労がすべて報われたような気がして、つい笑みがこぼれた。


 思わぬ追加報酬を貰ってしまう場面があったが、予定通りそのまま猫枕亭に向かう。

 今回の結果を報告すると、いかつい顔を崩して喜んでくれた。

「そうかそうか、天と現の教会とも和解がなったうえに領主様からも声がかかったか!これでひとまずは安心だな!!」

「領主様に呼ばれるなんてなかなかあるもんじゃないよ。良かったじゃないか」

狐耳のおばちゃん(リツというらしい)からも背中をばしばしと叩かれる。

「ありがとさん。で、言われたとおり明日に顔を出しに行くんだが、何か気を付けることってあるか?」

 冷たいエールをぐっと煽ってから聞いてみた。

「まぁ侯爵様だけあってちっと厳しいところもあるが、呼びつけた相手に無理難題を言ってくるようなお人じゃねぇよ。相応に礼儀さえ心得てりゃ問題はねぇ。

 ただまぁ……武器は持ってった方がいいだろうな」

「あー……」

 見た目からなんとなく予想はしてたが、やはりそういう人か。挨拶代わりに試合う可能性は高いと見たほうがいいか。

「見た感じかなり強そうに見えたけど、そうなんか?」

「野盗や魔物退治で騎士団を動かすときは、常に先頭に立つお人だ。長柄包丁(グレイブ)の腕はかなりのもんだぞ」

「了解。なら手加減を考える必要はねーな」

「おう。そんなことしたら逆に不興を買うと思え。もっとも、お前さんじゃまともにやっても勝てると思えねぇけどな」

「それほどか。なら稽古をつけてもらう気持ちで行ってくるわ」

「そうしとけ」

 頷くゲンバ爺さんとリツおばちゃんに見送られて、黒虎亭に戻った。

 戻った黒虎亭でクランヴェルに幽霊犬の飼い主について進捗を聞いてみたが、こっちは思うような成果が出ていないらしい。

 街の6~7割は歩きまわったものの、特に反応らしい反応はなかったそうだ。

 明日、ここの領主に呼ばれているのでついてくるかと尋ねたところ、

「墓地の整備はディーゴたちだけで私は関わっていないからな、遠慮しておこう」

 と、辞退された。

 別に俺はそういうのは拘らんのだが、まぁ当人が遠慮するというなら無理に連れて行くこともあるまい、と納得した。


-2-

 翌日、クランヴェルを除いたいつもの面子で、露店の買い食いで朝食を済ませつつ領主の所に向かう。

 城塞の天守塔が領主の屋敷も兼ねているそうで、場内に続く門をくぐろうとしたらまた衛視に声をかけられた。

「おう、虎か。こんな時間に冒険者ギルドか?」

「いや、領主様に呼ばれて顔出しに」

「ぁあ!?何かやらかしたのか?」

 衛視にとって意外過ぎる答だったようで、いきなり詰め寄られた。

「いや、街の外の廃教会周りを整備して昨日お褒めの言葉を貰ったんだが、そんときに今日顔を出せと呼ばれた」

「……ああ、あの廃教会か。しかしなんでまた?」

「教会からの依頼の一環でね。まぁそれの話は昨日で終わってんだが、俺はこの通りの珍獣だからな。興味を持たれたんだろう」

「珍獣か、なるほどな。言われてみりゃ納得だ」

 衛視が苦笑いを浮かべて頷いた。

「よし、通っていいが、くれぐれも失礼のないようにな」

「うす」

 城門の衛視に軽く頭を下げて城壁の中に入り、天守塔を目指す。

 大きな城塞である程度街の機能も内包しているため、城壁の内部はかなりごちゃごちゃしていると想像していたが、実際に歩いてみるとそうでもない。

 なだらかに登る道はあちこちでクランク状に折れ曲がってはいるもののそれなりの道幅があり、余裕を持って馬車がすれ違うことができる。

 道に面した建物も多くは重厚な石造りで、庭があったり公園のような広場も所々に見受けられる。

 城壁に囲まれた都市特有の閉塞感があまり感じられないのはいいことだが、軍事拠点として見るとかなり無駄が多いように思えた。

 ……城壁の内側に住んでいるのは金持ちやお偉いさんらしいし、最前線の城塞としての役目を終えた後に大規模な区画整理(意訳:貧乏人をまとめて城壁外に追い出した)でもしたのかね。

 そんなことを考えつつ天守塔に歩いていくと、玄関というか入口の大扉前に侍る門番がこちらに気付いて目に見えて警戒するのが分かった。

「ユニ、俺らここで待ってるから、ちょっと挨拶してきてくれ」

「わかりました」

 俺が差し出した名誉市民の短剣と冒険者手帳を受け取って、ユニが門番の所に歩いていく。

 ユニが頭を下げて門番に何か説明すると、やっと門番も警戒を解いたのが遠目にも分かった。

「ディーセンの冒険者のディーゴです」

 門番に歩み寄って名乗ると、中に入るよう促された。いつもならヴァルツは門番の隣で留守番なのだが、今回は連れて入ることが許された。ちょっと意外だ。

 中に控えていた使用人らしき若者に案内され、応接室のような部屋に通される。

「こちらにて少々お待ちください」

 そう言い残して使用人が出ていったので、飾ってある品々を見て時間を潰す。

 そこそこの広さの室内に、精巧に描かれた絵とか緻密な銀の像?とか、色々なものが飾られている。

 中には武具も飾ってあったりするのだが、そのうちの一つがなんとなく気になった。

 直刃の長剣で、まぁいわゆる一般的なロングソードと言われる品なのだが、抜身のそれとセットで飾られている鞘がね?なんか既視感があるというか、真っ黒で顔が写りそうなほど磨かれた加工が、どうにも記憶を刺激する。

 さてなんだったかな、と記憶を掘り起こしていると、足跡が聞こえて来て大きく扉が開かれた。

「おお、待たせたな。では中庭に行くぞ」

 豪快な笑みを浮かべたシタデラ侯爵が、挨拶もすっ飛ばしていきなり言い放った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 敵国の魔法使いによるテロとかじゃ無くて良かったよね。
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