墓地の整備
-1-
廃教会の地下であまり愉快でないものを見た俺たちは、少しもやもやしたものを抱えながら野営を始めた。
死者が徘徊する原因となった骨犬は、今は無害?な幽霊犬となってクランヴェルの傍にいるが、念のために交代で見張りをたてることにした。
とはいえ、骨犬との戦いで結構魔法を連発したホレス高司祭とラルゴー、イツキは見張りから外してゆっくり休んでもらうことにした。
ヴァルツ?いや、使い魔とは言え、さすがに虎に野営を頼むのはちょっとな。
残りの面子は6人なので3交代制をとることにする。
6人の中で比較的消耗の少ない(魔法を使っていない)ドッズとユニを2番手に置き、残りの4人でくじを引いた結果、1番目がミーチャとエインになり、3番目が俺とクランヴェルになった。
拠点で食事を済ませると早々に眠りにつく。
幸い途中で敵襲!と叩き起こされることもなく、交代の時間になった。
「遠くの方で鬼火が1つ漂っておったが、特にこっちに来るわけでもなかっから放っておいたぞ」
「了解。あまり寝られんとは思うが休んでくれ。朝飯ができたら起こすようにする」
「すまんの」
「すみません」
ユニとドッズが拠点の中に引っ込み、クランヴェル(+幽霊犬)と俺がその場に残された。
そうして始まった見張りだが、ぶっちゃけやることがない。
門番みたいに気を張る必要がないので気楽と言えば気楽だが、油断しているとつい瞼が下りてくる。
仕方がないのでパイプを取り出し、眠気払いに一服つけながら時間を潰すことにした。
「……すっかり懐かれてんな」
一服してても暇なもんは暇なので、煙をぷかりと吐き出しながら、小声でクランヴェルに話しかけた。
クランヴェルの隣には従者のように幽霊犬が侍っている。
「……聞き分けもいいし、生前は利口な犬だったんだろう。もしかしたらどこかの飼い犬だったかもしれない」
「飼い犬だったとしたら、やらかした奴はちっと許せんな」
「野良だったとしてもそうだろう。己の欲を満たすために生き物をいたぶって殺すなど、許される所業じゃない」
クランヴェルが吐き捨てるように呟いた。
「それもそうだな」
頷きながらちらりとクランヴェルを見ると、クランヴェルの左手が幽霊犬の頭の当たりに置かれて?いる。
実は犬好きだったりしないか?コイツ。
「……ちと提案なんだが、その犬、天に還す前に少し連れ歩いてみる気はないか?」
「どういう意味だ?」
「もしその犬が飼い犬だった場合、街の中を連れて歩いていれば飼い主に会えるかもしれんと思ってな。まぁ確率としちゃかなり低いだろうが」
「ああ……まぁ、そうかもしれないな」
「教会からのちょっかいがなければ、しばらくはこの街に滞在する予定だ。依頼を受けない日はエリアを決めて街の中を歩いてみるといい」
「わかった。無駄足を覚悟で歩いてみよう」
「すまんがよろしく頼む」
クランヴェルに軽く頭を下げると、意外そうな顔で返された。
「噛みつかれたというのに随分と気にするんだな」
「もともと俺は動物好きだ。確かに噛まれはしたが、原因が俺にあるのは承知してる。
それに天に還るのを拒んまでこの世に留まるのは、その犬なりの理由があるんだろう。
その気持ちも少しは汲んでやらんとな」
「と言っても、実際に動くのは私だろう?」
「だから頭を下げて頼むと言ったんだ」
「ふん、まぁ貸し一つにしといてやる」
クランヴェルの言葉には答えず、俺は吸い込んだパイプの煙をぷかりと吐き出した。
-2-
翌朝、一度街の教会に戻り色々と準備を整えた俺たちは再び廃教会へと戻った。
人造兵士たちの残骸や材料となるはずだった遺体の一部などが残らず地下から運び出され、大きく組まれた薪の中で荼毘に付された。
死者たちの魂の平穏を願う祈りの声が流れる中、天に向かって真っすぐ立ち上る煙を眺めつつ、俺も静かに祈りをささげた。
葬送の儀式が終わると、あとは地下の部屋から資料の一切合切を運び出す。
あまり褒められた技術ではないが、遺体から人造兵士を作る方法やその研究成果は、魔法使いたちにとっては貴重な代物だ。
魔術師ギルドに持ち込めば相応の額で引き取ってもらえるだろう。
「ご苦労だったな。当初の予想とは違う展開になったが、ひとまずこれでケリがついた。礼を言わせてもらうぞ」
資料の運び出しもほぼ終わり、出発前の荷車の確認をしているとホレス高司祭が声をかけてきた。
「……まぁ、ひとまずというならそうだな」
そう言って俺は言葉を濁す。
普通なら俺もこれで依頼完了とするところだが、実際に一緒に戦ってみてホレス高司祭は信用のおける人物と思えたので、ついそんな返事になった。
それに天と現の教会を黙らせるにはもうちっと何かが必要な気がしてさ。
「なんだ、歯切れが悪いな。まだ何かあるのか?」
そんな俺の雰囲気を読んだのか、ホレス高司祭が意外そうな顔をする。
「今回はまぁこれでケリがついたんだろうが、根本的な解決にはなってねぇと思うのは俺だけか?」
「根本的な解決……ああ、また同じようなことが起きないか、という事か」
「ああ。今回は幾つかの条件が重なってこうなったんだろうが、もう同じことは起きないと断言はできんだろう。
根っこを掘り下げれば、ここに瘴気が溜まりやすいのがそもそもの問題と俺は見るが?」
「しかしここは墓地だからな。どうしても瘴気は発生するぞ?」
「なら瘴気を祓うというか浄化する方法ってのはないのか?」
「ないこともない。生きた人間には微弱ながら瘴気を祓う力があるし、教会の儀式魔法も有効だ。
この墓地の瘴気を祓うなら……まぁ年に一度、1000人くらい集まるか司祭3人くらいで儀式魔法を行えばなんとかなるな」
「むぅ……墓地に1000人を集めるのは難しかろうが、司祭3人の儀式魔法はなんとかならんかったのか?」
「できないこともなかったが、見ての通りの荒れ地でつい後回しにしているうちにこうなった。これについては教会側の落ち度だな」
「ならちっとは整えておくから、来年から定期的にやってくれ。
草木をどけて廃教会を更地にして、残っている墓碑を新しくしたうえで入口の当たりにでかい石碑を建てときゃ、ここに埋葬された者たちも落ち着けるだろうしその後の儀式魔法もやりやすかろうよ」
「そうしてくれるとこちらとしてはありがたいが……いいのか?」
「数日はかかると思うが、全部魔法で片付く内容だ。別に銭金がかかる話じゃねぇ。
それに、ここに眠っているのは国のために戦い死んでいった英霊たちだ。いわば彼らの犠牲の上にこの国と街がある。
それを考えれば雑に扱っていいもんじゃねぇし、相応の敬意は払うべきだろ」
「耳が痛いな」
ホレス高司祭が頭を掻く。
「俺らは引き続きここに残って整備を始めるから、皆は先に街に戻っていてくれ。まぁ俺らも夜は街に戻るけどな」
「分かった。報酬は猫枕亭に届ければいいか?」
「そうだな……整備が終わったら一度見てもらうと思うから、その時でいい。
あとクランヴェル、お前も先に街に戻っていい」
「人手はいいのか?」
クランヴェルが不思議そうに尋ねてきた。
「俺とイツキとユニで事足りる。つか頼んだことがあったろ。そっちを頼む」
「ああ、そうだったな。なら私はそっちに専念しよう」
その後2~3の確認をして、ホレス高司祭以下教会組にクランヴェルを加えた一行は街へと戻っていった。
「んじゃ、俺らはここの整備を始めっか」
「おっけ。でもディーゴも物好きね。普通は墓地の整備までする必要はないんじゃない?」
「なに、天と現の2教会への牽制も兼ねてんだ。さすがに命までかけてのタダ働きは御免だが、まぁこのくらいなら安全料と思って奉仕してやるさ。
もっとも、そこまでやってなお手ぇ出してくるようなら、こちらとしても容赦はせんがな」
「……ディーゴさま、笑顔が怖いです」
「む、そうか」
ユニのツッコミに表情を改めると、それぞれ手分けして墓地の整備に取りかかった。
イツキにはまず墓地全体から雑草を除けてもらい、俺とユニで廃教会の解体を行う。
俺が土魔法や戦槌で建物をぶち壊す端から、ユニが掃除魔法で瓦礫を集めるという手順で、ウィータの街の最後に行った廃屋解体と同じだ。
あの時の経験があったから、今回のことを言いだしたという理由もある。
ちなみに掃除魔法とは魔界では一般的な生活魔法だそうで、掃除機みたいにゴミや瓦礫を吸い込みレンガ状の塊に圧縮して排出するなかなか便利な魔法だ。
流石に吸い込んだゴミの分別まではしてくれないようだが。
そんなこんなで廃教会の解体は3日で終わり、地下室も埋め戻した後は各墓標の修復に入る。
やはり戦争中に埋葬されたというだけあって、墓標も簡素なものばかりだ。
大抵が丸太の杭を刺しただけのものや、丸石を置いただけのもので、葬られている人間の名前すら分からない。
特に杭の墓標などは風雨に打たれてすっかり朽ちている。
こういうものを回収しつつ、代わりに魔法で作った石板の墓標を置いていく。
極まれに名前の刻まれたしっかりした墓石が置いてあったりするのは、後で遺族が設置したのだろうか。
そんな墓石は丁寧に修復する。
途中からは冥の教会から人が来て、差し入れを持ってきてくれたり作業を手伝ってくれたりしたので、割といいペースで進んだと思う。
墓標の修復が終わるころには、あれほど茂っていた雑草もすべてなくなり、整然と墓石の並ぶ間にぽつりぽつりと立木が見える綺麗な墓地が出来上がっていた。
「ご苦労さん。んじゃ、明日にでも最後の仕上げをするか」
そう言って皆に作業の終わりを宣言すると、手伝いに来ていた人たちにホレス高司祭に言伝を頼んだ。
翌日、整備を終えた墓地の前でホレス高司祭を待っていると、なんか街の方から大仰な馬車がやってきた。その数、なぜか5台。
しかもなんか護衛っぽい騎士までいるし。
まぁ墓地整備の行き帰りにちょいちょいと道を整備したとはいえ、元は荒れ地だぜ?わざわざ馬車で来るところじゃねーだろ。
つーかホレス高司祭だけじゃねーの?他の馬車はいったい誰よ?
そんなことを考えながら馬車の一団を出迎える。
最初に馬車から降りてきたのはホレス高司祭だった。
「おお、ご苦労さん。手伝いに行かせた人間から話には聞いていたが、また随分見違えたな」
整備された墓地を見て感心したように呟く。
「まぁどうせやるならこのくらいはな。ところで随分馬車が多いが……いったい誰を呼んだのさ?」
次々と馬車が止まり、中から人が降りてくる。……って、なんで天の教会と現の教会の2人が?
「あー、まぁ折角だからあんたらの成果を見せつけてやろうとあの二人にも声を掛けたら、話が領主様にまで行ったようでな?
そこから市長にも話が行ってこの数になった。
あと領主様が出張るから、護衛で騎士団長もついてきた」
「……ちっと大げさすぎなうえに腰も軽すぎやしねぇか?」
「ここはある意味この街の懸念事項だったんだよ。優先順位や手間、予算の都合でずるずると後回しにはされていたが、皆、気にはしてたんだ。
それが思わぬ形で解決したものだから領主様も一目見ておこうってなってな」
「そういうことかい。俺としちゃここまで大ゴトにするつもりはなかったんだがな」
「いい機会だから領主様に恩売っとけ。ほら、あの方がこの辺り一帯の領主のシタデラ・カルモレス侯爵だ」
そう言ってホレス高司祭が指し示した先を目で追うと、新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべた壮年の偉丈夫が、大股でこちらに歩いてくるところだった。




