廃教会にあるモノ
-1-
巨大な骨犬を倒した俺たちは、一度拠点に戻って一息つくことにした。
クランヴェルだけが遅れてやってきたので、何かあったのかと尋ねたら、骨犬の核となっていた犬の頭蓋骨を浄化してきたそうだ。
「ああいうものは浄化してやらないと、また瘴気を集めるんだ」
「なるほど、そういうもんか」
その後、ユニが作ってくれた簡単な食事で腹を満たすと、各人の間に弛緩した空気が漂った。
「廃教会は今日中に見るつもりか?」
パイプからぷかりと煙を吐き出しつつホレス高司祭に尋ねる。もうすっかりタメ口だ。雰囲気的に敬語で話されるの嫌そうだし、別に咎められもしないし。
「ああ。本格的な調査は明日行うにしても、今日中にざっと見くらいはできるはずだ」
ホレス高司祭が空を見上げながら答えた。
陽は中点を過ぎてはいるが、夕方にはまだ時間がある。
「骨犬との戦いで消耗したから一度街に戻って出直すことも考えたが、これで街に戻ったら再出発は明日になる。できれば今日のうちに目処をつけておいた方がいいだろう」
「了解。んじゃ、一服終えたら出かけるか」
食事の片づけを終え、疲れが取れたのを見計らって揃って拠点を出る。
すると、目の前に一匹の犬がちょこんと座ってこちらを見上げていた。
大きさとしては中型犬くらいか。利発そうでいて愛嬌もある、くりくりの丸い瞳が、何かを期待するようにこちらに向けられている。
ゆらゆらと左右に振れる尻尾を見ても分かるが、機嫌は良さそうだ。
なんというか、「犬」というより「わんこ」と言った方が似合うような気がする。
普通なら「なんだ、どこから来たんだ?」などと声をかけながら手の一つも伸ばすところだが、それをしなかったのは理由がある。
この犬、向こう側が透けて見えんのよね。つまり半透明。
「えーと……これは?」
振り返ってクランヴェルを見る。ワレ、浄化したんじゃなかったんかい。
「いや、確かに浄化はしたはずだが……」
そう言いつつクランヴェルが前に出ると、目の前の幽霊犬は一層嬉しそうに尻尾を振り回した。
「手順が甘かったか?もう一度やってみよう」
「あ、おいクランヴェル」
「偉大なる天の神よ、この魂に安らぎをもたらしたまえ」
俺が止めようとする前にクランヴェルが祈りを捧げ、目の前の幽霊犬が淡い光に包まれる。
いや何も問答無用で送らなくてもええやん、と、半ば呆れながら見守っていると、幽霊犬はぶるりと身を震わせて淡い光を消し飛ばした。
「抵抗された?」
思わず腰の武器に手をかけるが、当の幽霊犬は相変わらず尻尾を千切れんばかりに振り回しながらクランヴェルを見上げている。
「……どういうことだ?」
「天に還ることを望まず、まだこの世にとどまっていたい、という事だろうな」
俺の呟きにホレス高司祭が答える。
「とはいえ、お前はこの世にいてはならない存在なんだ。大人しく天に還りなさい」
「おいちょっと」
俺が止める間もなくクランヴェルが骨犬に2度目の浄化をかける。容赦ねーなコイツ。
しかし2度目の浄化も上手くいかず、幽霊犬は残ったままだ。
「む、これでダメとなると準備が必要になってくるな。祭壇や供物を用意しないと……」
そう言ってクランヴェルが考え込む。
「いやあのなクランヴェル、まぁちょっと待て」
「?」
「俺も死者については詳しくねぇが、この犬、お前に懐いているというか好意を持ってねぇか?」
「それがどうした?」
「この犬が何を望んでいるかは知らんが、別に今すぐ浄化で天に還さなくてもいいんじゃねぇの?
俺の故郷じゃ、幽霊の類はそいつが抱えてる未練や望みを叶えてやると勝手に成仏……つか天に還ると言われてんだが」
「ああ、それは教会でも言われているな。出来ればそういう方法をとったほうが穏便に解決するが、今はそういう場合じゃないだろう?」
「いや、そうとも言えん」
俺とクランヴェルの話にホレス高司祭が口を挟んできた。
「クランヴェル、試しにその犬に触れてみろ」
「え、いやしかし」
まぁクランヴェルが躊躇うのも分かる。さっき喰らって分かったが、幽霊に触れられると結構不快感と寒気がしんどいんだよな。
「俺の予想なら大丈夫なはずだ。ほれ」
ホレス高司祭に促されて、渋々とクランヴェルが手を伸ばすと、幽霊犬は一層尻尾を振り回しながら手を舐めたり頭をこすりつけてきた。
「不快な気分になるか?」
「……いえ、少し冷やっとするくらいですね」
「やはりな。その犬はお前さんを敵と見ていない。今すぐどうこうしなくても害はなかろうよ」
「そうですか?」
ホレス高司祭の言葉だが、クランヴェルはまだ納得できないようだ。
「生贄にされた割には人懐こい奴なんだな。……だから捕まったのか?」
クランヴェルが平気そうなので俺も手を伸ばしてみる。幽霊とはいえ動物は嫌いじゃないし。
がぶ
「ぐぁっ!?」
差し出した手にいきなり噛みつかれて、痛みこそないが強い不快感と寒気に襲われる。
「ディーゴ!?」
「ディーゴさま!?」
うめいてよろける俺をみてイツキとユニが声を上げる。
「……いや、大丈夫だ。つーかクランヴェルは良くても俺は敵扱いかよ」
二人をなだめながら幽霊犬を睨む。しかし当の幽霊犬は相変わらずクランヴェルに甘えている。
「くっくく、あれほど盾や戦槌で鼻っ柱をぶん殴っていたんだ、無理もないだろう」
ホレス高司祭が苦笑いを浮かべながらのたまう。
それを言うならクランヴェルだって結構殴ってたはずだが?
ちょっと納得はいかんが、こちらからちょっかいを出さなければクランヴェルに甘えているだけの幽霊犬なのであまり害はない……のか?多分。
「で、この犬はどうしましょう?」
「浄化するにもここでは準備ができんし、先に廃教会の確認も済ませてしまいたい。まぁ好きにさせるしかないだろう」
クランヴェルの問にホレス高司祭が答え、なし崩し的に幽霊犬が加わることになった。
-2-
途中、退治し損ねた亡者たちをあしらいつつ、目指す廃教会に到着した。
そこそこ大きな石造りの教会だったのだろうが、屋根は落ち窓の鎧戸は半ば朽ちていて見る影もない。
「中にまでは入りこんでいないようね」
中の気配を探りながらミーチャが報告する。
「なにもいないならそれに越したことはない。ただ、念のために各部屋を見て回るぞ」
「手分けはせんでいいのか?」
「全員一緒に調べて回っても2時間とかかるまいよ」
「まぁ、それもそうか」
そんなやり取りがあって、全員でぞろぞろと廃教会に足を踏み入れた。
廃教会の中は薄暗くはあるが、屋根の穴から光が差し込むせいで明かりが必要というほどでもない。
皆で入口の前室から外陣、内陣、祭室と見て回り、奥に併設されている居住区も見て回る。
地上部分には特に問題はなかったのだが、幸か不幸かいわくありげな隠し部屋を見つけてしまった。
教会居住区の倉庫と厨房の間に不自然なスペースがあることに気づき、手分けして調べていたら外からの入り口を発見したという次第だ。
見たところ隠し部屋の中には何もなかったが、床を調べていたミーチャが撥ね上げ式の隠し扉を見つけた。
固くはあったがなんとか扉を開いてみると、竪穴があって金属製と思われる梯子がついている。
松明に火を灯して下に投げ入れ、空気に問題がなさそうなことを確認すると、とりあえず俺が代表で下に降りてみることにした。
身体にロープを縛り付けて上で持っていてもらい、さび付いた梯子を注意しながら降りる。
「下についたぞー。梯子は大丈夫そうだー」
上に向かって声をかけながら、拾い上げた松明を掲げて回りを確認する。
見た感じそこそこ広い部屋のようだが、それよりも気になったのが薬品のようなモノが腐ったような、そんな不快な臭いだ。
見れば壁に作りつけられた棚には大量の瓶や本らしき書類が並んでおり、中央にはベッドのような台が3つほど鎮座している。
「ディーゴ、何かあったか?」
「まだなんとも。ただ、見た感じなにかの研究室っぽいな」
降りてきたホレス高司祭にそう答えると、並んでいるベッドに歩み寄る。
続いて降りてきた面子が魔法の照明で中を照らすと、部屋の全貌が明らかになった。
ちなみに幽霊犬はいつの間にかクランヴェルの隣にいた。垂直の梯子をどうやって降りてきたんだお前。
「なに、これ?」
壁以外にも大量の瓶が置いてあり、ベッドらしき代の上には手術道具のような刃物も散らばっている。
瓶の中に目を凝らしてみれば、干からびた肉片のようの物が入っていた。
「……あまり愉快な研究をしていたわけじゃなさそうだな」
大瓶の中に入っている、人間の腕と思しきなれの果てを見つけて呟く。
「どうやら屍肉巨人の研究をしていたようですね。正確に言うと、ゴーレムのような兵士でしょうか」
棚から書類を引っ張り出して読んでいたラルゴーが、誰にともなくつぶやいた。
「戦死した兵士の死体を継ぎ合わせて、か?」
「そう考えるのが妥当でしょうね。これは実験結果をまとめた書類ですが、報告書か日記みたいなのがあればもっとはっきりするかと」
ラルゴーの答に、全員が棚に群がって書類を漁り始めた。
「ありました。これが報告書というか日報?のようです」
少ししてユニが目当ての書類を発見する。
「読んでみてくれ」
「はい」
そうしてユニが読み上げた日報の中身は、まぁ予想通りといえば予想通りの物だった。
200年くらい昔に始まりシタデラ城塞を建築するきっかけになった隣国との戦いは、かなり激しい物だったらしい。
増え続ける犠牲者と好転しない戦況に業を煮やした当時の方面軍軍団長の発案で、戦死者を使った人造人間作成計画が立案された。
周辺地域から魔法使いたちが応援に呼び寄せられ、黙っていても素材が集まるこの教会が研究場所に選ばれた。
戦況の好転・帝国の勝利という期待を担って始まったこの計画だが、実験の現場はかなり過酷なものであったらしい。
地下というお世辞にも快適とは言えない場所で、日夜戦死者の遺体を切り刻む作業に、精神に異常をきたす者も多かったようだ。
それに加えて、戦時中のドタバタした状況下で立案された計画は、数や質や使用目的などで二転三転と紆余曲折を繰り返す。
ユニが読み上げる文書の所々に、嫌味ともとれる文言がちくりちくりと入っているのが、これを書いた者のいら立ちを想像させた。
中間の経過報告はごそっと飛ばし、結果に絞って読み上げてもらったところ、20年以上の時間をかけながらもそこそこイイトコロまでは行っていたらしい。
隣国の軍の主力である軽騎兵対策にと作り出されたそれを、明日軍団長にお披露目すると書かれたところで日報は終わっていた。
「なるほどな、ここは昔のゴーレム研究所だったわけか。戦死者の遺体を使うとなりゃ、おおっぴらにはできんな」
ホレス高司祭が納得したように呟く。
「遺体を使うのは合理的っちゃ合理的かもしれんが、賛同できるもんじゃねぇ。付き合わされる研究者も戦死者もいい迷惑だ」
「死者への冒涜も甚だしいわい」
話を聞いていた一同が口々に感想を述べるが、好意的なものは一つもない。
誰が言い出すともなくその場で黙祷が始まり、実験台にされた死者たちにしばしの祈りがささげられた。
「さて、部屋はここだけじゃないようだが……他も回るか?」
大部屋の壁に取り付けられている3つの扉を見ながら俺が一同に尋ねると、全員が揃って頷いた。
日報の確認で結構な時間を食ったので、普通の扉2つと両開きの大きな扉の3つに分かれて探索を始める。
普通の扉2つの方は、トイレや仮眠室、簡易的な厨房と問題はなかったが、両開きの扉の奥が問題だった。
部屋の壁に沿って、幾つかの人造兵士らしきミイラが転がっていたのだが、中には思わず顔をしかめるような異形の物も混じっていた。
横長の肉塊に4対の両腕と2対の両足がついているものなど、その最たるものだ。
もはや人間の体をなしていない。おそらくこれが対軽騎兵用の人造兵士の見本だろう。
4対の腕にそれぞれ弓を持たせれば、これ1体で弓兵4人分の働きができる。両足もついているので自力移動も可能だろう。
だがこれは人造兵士としてどうなのよ、と作った人間を問い詰めたい。
他の面子もこれを見て言葉を失っていたから、感想としては似たようなもんだろう。
「……で、これ、どうするよ?」
人造兵士の残骸を指さしながら尋ねる。
「なんとか運び出して荼毘に付してやることは可能だろうか」
クランヴェルが険しい顔で聞いてきた。
「入ってきた入口から運び出すのは難しそうじゃな」
「こういう場合はどこかに別の出入り口があるはずよ」
ミーチャの言葉に倉庫のあちこちを見て回ると、上に向かうスロープが見つかり、そこから撥ね上げ式の扉を開けて外に出ることができた。
「できればすぐにでも荼毘に付してやりたいが、薪が足りん。様子見もかねて一晩ここで過ごしてから明朝街に戻り、準備を整えてまた来よう」
見れば夕日は西のかなたに沈む直前で、恐らく今から街に戻っても城門は閉じられているだろう。
ホレス高司祭の言葉に全員が頷くと、野営の準備が始まった。




