廃教会の亡者退治1
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翌日は朝から冥の教会に顔を出した。
昨夜の約束もあるが、なにせ推定10対300、もしかしたらお代わりもあるよ?という相当に厳しい戦いが予想される以上、打ち合わせと事前準備は入念にしておきたい。
幸い昨夜のうちに話は通っていたようで、教会ではすぐに会議室のようなところに案内された。
しかし、教会の中だけあって時々ちょっと痛い視線を感じた。
悪魔ということはまだ広まってないだろうが、少なくとも俺に関しては見た目が魔物だからな。
ディーセンの天の教会ではそうでもなかったが、まぁあそこはステンドグラスという実績があるから上がうまく抑えるかしてたのだろう。
そんな具合で久しぶりに微妙な居心地の悪さを思い出しながら案内された先で待っていると、ホレス高司祭を先頭に5人の男女がぞろぞろと姿を見せた。
「待たせたな。この4人が廃教会に連れて行く面子になる。お前たち、こちらの4人と1頭が話をした冒険者だ」
ホレス高司祭が双方に話しかけると、互いに自己紹介が始まった。
それをまとめると
ラルゴー:4~50代の温和そうな人間のおじさん。ホレス高司祭に次ぐ神聖魔法の使い手とのことで多分後衛。
ドッズ:焦げ茶の髪と豊かな髭のおじさんドワーフ。がっしりした体躯からして多分前衛。
ミーチャ:30代?くらいの猫耳姐さん。おっとり系に見えるが、ナイフ二刀流とのことで恐らく遊撃か。
エイン:20代前半とみられる精悍な人間の若者。前衛も後衛も務まりそうな雰囲気。
そして最後に
ホレス:40代前半の人間のおっさん。魔法もさることながら遊撃としても暴れられそう。
となった。
ふむ、前衛1遊撃2後衛1のマルチ1か。これもこれでバランスは悪くない。
「じゃあ打ち合わせを始めようか。皆、席についてくれ」
ホレス高司祭に促されて銘々が席に着く。
「事情はお互いに説明済だから早速本題に入るぞ。廃教会の大掃除について、どういう手順で進めていくか決めようと思う」
全員が頷くのを見て、ホレス高司祭が卓上に地図を広げた。
「廃教会はこの街の北西にある。墓地は廃教会を東端として北と北西にこういう形で広がっている」
そう言ってホレス高司祭が指で地図に楕円を描く。地図の縮尺はよく分からんが、かなりの広さであることがうかがえた。
「大体距離的にはどのくらいになるんだ?」
「タテヨコで言えばそれぞれ1~1.5キラトエムくらいだな」
「またでかい墓地だな。そんなに死者が出たのか?」
「150年くらい前まではこのシタデラの街が帝国の東端だったんだ。拡張政策真っ最中の帝国は、隣の穀倉地帯を手に入れるため当時ウィータ周辺を支配していた王国と何度も激しくやりあったそうだ。その時の犠牲者が葬られている」
「なるほど、そういう訳か。ちなみに出没している亡者の構成ってのは分かっているのか?」
「全部を見たわけではないので推測がかなり混じるが、骸骨が7割、鬼火と亡霊が3割とみている。埋葬されていた時間を考えると、屍人は残っていないと考えていいだろう。
屍食鬼、屍戦鬼、泣き女、魔亡霊を見たという報告は受けていない。いたとしてもごく少数と思われる」
「ふむ……。いわゆる雑魚ばかりというのはある意味助かるが、問題は数だな」
顎をつまんで考え込む。
「簡易的でも拠点を作って、そこから交代で討伐に当たるのが無難かね」
「交代で……というと、全員で一斉にコトに当たらないのか?」
俺の呟きにクランヴェルが反応した。
「50とか100をまとめて薙ぎ払うような便利な魔法や魔道具がない以上、ちまちま削っていくしかあるまい。
10対300じゃどう頑張っても長丁場になる。俺に限ったことじゃねぇと思うが、1日ぶっ続けで武器を振るっていられるほどタフに出来てねぇだろ?」
俺がそう返すと、他の面々から同意するような小さな笑いが起きた。
「技量はこちらが上な以上は警戒すべきは魔力切れとスタミナ切れだ。
魔力切れについては魔法の使用を抑えるしかないが、スタミナなら休みをとれば回復する。
俺の土魔法で小屋のような壁を作り、そちらの避魔の領域だったか?を使えば、仮ではあっても安全地帯が作れる。
そこで体を休める以外に、水食糧やポーション類を持ち込めば、外で戦う面子に何かあっても立て直しができるし長く戦うこともできる」
「ポーション類は分かりますが、水や食料も持ち込む必要があるのでしょうか?」
疑問を呈してきたのは確かエインだったか?一番若い神官だ。
「あるに越したことはなかろう。戦いが長引けば、喉も乾くし腹も減る。拠点に水や食料があるなら、腰に下げた水袋の中身を気にしながら戦わずともよいわけじゃからな」
ドワーフ神官のドッズが俺の代わりに答える。まぁその通りだ。
「私たちの避魔の領域では魔亡霊や泣き女は防げないから、それらは優先的に倒す必要があるわね」
「多少の無茶は必要だろうが、そういう時に拠点が活きてくる寸法だ」
「死者を操る黒幕はどこにいるのかしら?」
「セオリー通りなら廃教会だろうな。そこくらいしか風雨がしのげる場所はないはずだ」
イツキの問にホレス高司祭が答える。
「地下墓地なんてのはないのか?」
「そういう記録は見たことがないな。戦争の犠牲者を埋葬するのにわざわざ地下墓地を作るとは思えんし、そんな余裕もないだろう」
その後もいくつかの事象について確認し、話の総括に入る。
「まずは拠点を作って、交代で出撃しつつ数を減らす。
その後、一通りの掃討が終わったら全員で廃教会に乗り込んで黒幕を退治する。
基本方針はこれでいこう」
俺のまとめに全員が首肯する。
「増援が来るなら都度撃破。きりがないようなら全員で廃教会に強行突入だ。もし交代出撃中に黒幕が出張ってくるようなら、待機組も出撃だな。俺らの時はヴァルツを送るが……」
いないときは誰かに走ってもらうか、と、言いかけたときにホレス高司祭が言葉を継いだ。
「それについては教会の備品にある遠話の護符を持って行こう。所有者同士が離れていても会話ができる魔道具だ」
そんなのがあったのか。
「なら遠話の護符でこまめに状況を報告だな。食屍鬼や屍戦鬼、泣き女に魔亡霊なんかを見かけたらその数を報告すれば、拠点に残っている面子も警戒できるはずだ」
「それでいい。出発は明朝でいいか?」
「ああ。俺たちがこの教会に寄るから、合流して向かおう」
「わかった。各自何か質問はないか?」
ホレス高司祭が見まわすが、誰も質問はなさそうだ。
「ではこれで解散だ。それぞれ準備は念入りにしておけよ」
こうして廃教会の大掃除に向けて準備が始まった。
-2-
そして翌日、ホレス高司祭を含めた教会組と俺達の9名+1頭は、ポーション・聖水類と水食糧を荷車に積んで廃教会に出発した。
城門を出て半日くらい歩くかと思ったが、2時間程度で墓地の端についてしまった。
街からこんな近いところを、死者が徘徊してていいのかと尋ねたところ、この辺りに近づくのは肝試し目的の物好きか、獲物を追ってやってきた冒険者くらいで、徘徊する死者を怖がって貧民街すらできないそうだ。
言われてみれば確かにここまで民家どころか掘っ立て小屋すらなかったな。
そう思いつつ来た道を振り返れば、遠くに見える城壁とその間に広がる草ぼうぼうの荒れ地。それに時々混じるひょろひょろな木。
近くに水もない上に石ころが多く、畑には適さないので墓地にするしかなかったというのも頷ける。
そして前に視線を戻せば、目の前に広がるのはやっぱりぼうぼうの草とひょろひょろな木。
腰の高さ以上もある雑草の合間に少しだけ見える杭のようなものは、恐らく墓標のなれの果てか。
「ここが墓地の一番端になる。もう少し奥に行けば廃教会が見えるはずだ」
「なるほど。じゃあ1つめの拠点はここにするか。イツキ、ちょっと草をどかしてくれ」
「いいわよ」
「1つめというと、幾つか拠点を作るのか?」
イツキが地面の雑草をどかしている間にクランヴェルが尋ねてきた。
「ああ、亡者の出方次第だが、廃教会に近づく形で順次作っていこうと思う。最終決戦は廃教会だろうからな、そこから拠点は近いほどいいだろう?」
「だな。ここから往復となるといささか骨が折れる」
ホレス高司祭が加わってきた。
「退魔の領域も使うか?」
「そっちはまだ温存しとこう。俺の石壁だけでいい」
ホレス高司祭に答えると、イツキが草をどかして作ったスペースに円形の石壁を作った。
「出撃の順番はどうする?」
「まずは俺たちが出よう。小手調べというのもあるが、足場を少しなんとかしたい。イツキは今回は足元の草をどかすか寝かすかして、視界の確保に回ってくれ」
「おっけー」
「ユニも今は温存だ。俺の指示があるまで無駄撃ちはするなよ?」
「はい」
イツキとユニが頷いたのを見て、さて出かけるかと足を踏み出した時ホレス高司祭が待ったをかけた。
「クランヴェルには言うまでもないと思うが、他の面子にひとつ助言だ」
「なんだ?」
「出てくる亡者は骸骨が大半だと思うが、骸骨は基本、縦に叩け。倒すには頭蓋骨か腰骨を砕く必要があるとは言ったが、横から叩くと結構簡単に外れんだ。
骨を外された骸骨はその場で崩れるものの、砕かない限りまた復活する。縦に殴れば骨も外れにくく、割と簡単に砕くことができる」
「了解。気をつけよう」
なら使う得物は盾よりも戦槌の方がいいか。
盾を背中に背負い直し、腰から戦槌を取り外す。
「クランヴェルの剣は銀混じりだな?」
「ああ」
「なら実体がねぇのは基本的にそっちに任す。俺とヴァルツはそれ以外をやる。ただ、手が足りねぇと思ったら構わず言え。
俺も加勢を頼むかもしれん」
「承知した」
「ユニは少し上から索敵だ。鬼火や亡霊が寄ってきたらクランヴェルを頼れ。魔亡霊や泣き女が見えたら優先して潰すから早目に言えよ?」
「分かりました」
「イツキはさっき言ったように足場の確保に専念。とにかく見通しを良くしてくれ」
「おっけ」
最後にヴァルツに、暴れんぞと念を飛ばすせば任せろと心強い返事が返ってきた。
さぁ、亡者退治の始まりだ。




