教会から悪魔への依頼
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教会のお偉方3名とのあまり愉快でない話し合いの後、鎧の手入れと夕食をすませて黒虎亭に戻ると意外な人物が待っていた。
「おう、戻ってきたか」
受付前のロビーの椅子に座ったまま、片手を上げて気さくに声をかけてきたのは、冥の教会のホレス高司祭だった。
なにしに来やがった、と出かかる言葉を無理やり飲み込んだが、表情には出ていたらしい。
ホレス高司祭はばつの悪そうな表情を浮かべると、俺達の方に歩いてきて頭を下げた。
「昼の件は済まなかった。相手が何者であれ、暴力を背景に無理を強要するやり方は確かにゴロツキと変わらん。以後、改めよう」
「まぁ、そう言ってもらえるならそれで結構です」
公式か非公式化は判断が分かれるが、教会の代表と名乗った相手が直接こちらに頭を下げて謝罪してきたので、こちらも態度を改めることにした。
今のところまだ実害があったわけじゃないしな。
「で、冥の教会の高司祭様がまたわざわざ何用ですか?」
「おお、昼の話を蒸し返しに来た」
思わず眉間にしわが寄る。イツキ、ユニに加えてクランヴェルからも警戒する気配が伝わってきた。
「勘違いするな、なにもタダ働きをさせようってわけじゃない。冒険者ギルドを通して正当な報酬を払うから、昼間の依頼を受けてほしいって話だ」
「……猫枕亭に場所を移しても構いませんかね?そこでなら話を伺いましょう」
捨て台詞を吐いて去っていった教会側のいきなりの方針転換。ぶっちゃけかなり怪しい。
なにか裏があるんじゃないかと勘繰りたくもなるというもの。
というわけで、第三者として猫枕亭のゲンバ爺さんも巻き込むことにした。
「こんばんは、邪魔するよ」
5人にヴァルツを加えた面々で猫枕亭の扉をくぐる。
「おやいらっしゃい。こんな時間にどうしたんだい……って、ホレス高司祭様!?」
迎えに出た狐耳のおばちゃんがびっくりした声を上げる。
「悪いな、こんな遅くに。ちょっと場所を貸してくれ」
「え、えぇ。構いませんが、個室にしますか?」
豪快なおばちゃんも教会のお偉いさんには気を使うようだ。口調が大人しい。
「……いや、幸い客もいないようだしテーブルでいい。あとエールを人数分頼もう」
「わかりました。じゃあそちらのテーブルにどうぞ」
指さされたテーブルに全員がつくと、ゲンバ爺さんとおばちゃんがすぐにエールを持ってきた。
「珍しい組み合わせですな。まぁ大体予想はつきますが」
エールをテーブルに置きながらゲンバ爺さんがホレス高司祭に話しかけた。
「その言い方ではそちらもある程度の事情を知っているようだな。時間があるなら一緒に話を聞いてくれるか?」
「今なら客もいないし、構いませんぜ」
ホレス高司祭の申し出に、ゲンバ爺さんが頷いて席に着く。するとおばちゃんも追加のエールを持ってきて自分も席についた。
「……で、今日の話し合いでなにがあった?」
早速ゲンバ爺さんが尋ねてきた。
「今の時点では物別れに終わった。むしろ敵に回った可能性がある」
ホレス高司祭をちらりと見ながら、俺がゲンバ爺さんに答える。
「どういうこった?」
「見逃す代わりにと交換条件を出されたんだが、それがちょっとな」
「廃教会?の不死者退治をやれって言われたのよ。あたしたちが自主的に言いだした奉仕という形でね」
「冒険者ギルドやこの店を通すつもりはないそうだ。金を出す気もなにかあったときの責任を取る気もないんだろう。だから断ったら捨て台詞付きで帰ってったわ」
俺とイツキの回答に、ゲンバ爺さんが目をむいてホレス高司祭を見た。
「あの廃教会の大掃除をタダ働きで!?本気ですかい?」
「天と現の教会としてはそういう意向だ」
「そりゃそこのディーゴでなくても断りますぜ?ありゃ数が多すぎるってんで、複数のパーティーか教会からも相応に人を出して取り掛かる話だった筈だ」
「……おい、アレはそんなやばい話だったのか?」
ゲンバ爺さんとホレス高司祭に割り込む形で口を挟む。無論、声のトーンはかなり低めだ。
「売り出し中で実力派の天の教会の助祭がいるから、と、あの二人は自信満々だったが?」
「それを言ったらその助祭一人にパーティー2つ3つの実力があるというようなもんだ。ランク4の助祭にそこまで期待するのは酷ですぜ。
それにクランヴェルとディーゴたちが一緒に行動するのは今回が初めてだ。十全の実力が発揮できるとは思えねぇ」
「……ちっ、あのタヌキどもめ。ランク4とか組むのは初めてとか、そんな事情は聞いてねぇぞ」
ホレス高司祭が顔をしかめる。
「なるほどな。達成できそうもねぇ依頼にかこつけて、自分らは手を下さずに俺らを退治しようとしたわけか」
なかなか楽しい事企んでくれるじゃないの。
「そんな、天の教会の司教ともあろう人が……」
クランヴェルも青い顔をして呟いている。あそこで引き受けていたら、コイツも一緒に退治されてたわけだからな。
大方、目付け役の話も信じてもらえなかったんだろう。
「なるほど、事情は分かった。そりゃ教会側が悪いが、それで明らかに敵に回っちまったことも事実だな。で、どうするよ?」
ゲンバ爺さんがそう言って俺たちを見る。
「半殺しくらいにしてやりたいところだが現実問題ムリだな。まぁ業腹だが明日にでもこの街を出ることにするさ」
ふん、と鼻を鳴らしてゲンバ爺さんに答える。ここにはそれなりに滞在するつもりだったが、教会が敵に回るとそうもいかんしな。
武器を頼んだばかりだが、それは後で取りに戻るしかなかろう。
「そこで俺からの話に関わってくる」
そういってホレス高司祭が身を乗り出してきた。
「今回の件だが、冥の教会からという形で正式に依頼を出す。報酬も十分な額を用意するし、俺のとこから人も出そう。その条件で受けちゃ貰えないか?」
「理由は?」
「死者の安寧を願うのは冥の教会の本分だ。という建前は一旦脇に置いておこう。
当事者の俺が言うのもなんだが、昼のやり口、ありゃちょっと気に入らねぇ。
それにあの二人はなんだかんだで一番規模の小さいウチの教会を下に見やがってな、奴らの鼻を明かしてやりてぇってのもある。
まぁ一番でかいのは、俺があんたらに興味があるってことなんだがな」
ホレス高司祭はそういうとニッと笑って見せた。
「人間に害をなさず、人間に混じって普通に暮らしてる悪魔ってのは初めてだ。悪魔というだけで切り捨てるには、ちと勿体ねぇだろう?
そっちとしても3教会のうち1つが味方に付けば色々と利点があると思うが、どうだ?」
それを聞いて考え込む。理由はともかく、確かに3教会全部を相手にするよりは1つでも味方にした方が何かと心強い。
キチンと冒険者ギルドを通して正当な報酬が支払われるならば、依頼を受けるにもやぶさかではないが、問題はその難易度だ。
「その廃教会に出る亡者ってのはどのくらいの数なんだ?」
「正確な数は分からん。なにせ場所がかつての戦没者墓地だ。埋葬されている死者の数には事欠かん。
ただ俺の予想では、どれほど多く見積もっても2~300くらいと考えている」
「結構な数じゃねぇか。その根拠は?」
「今までも死者の徘徊は自然発生することがあったが、それでも2桁前半だ。ここまで多いと死霊術師の存在か、それに類する何らかの要因があるものと予想される。
不死者ってのは数が増えると個々の強さも上がるもんでな、数体相手をした者の報告では個体の強さは並よりやや上、と言った感じだったそうだ。
個体の強さがそのくらいなら、群れの数としてもそんなもんだろう、という過去の記録と教会の経験則だ」
「天の教会の記録でもそのくらいだったと記憶している」
ホレス高司祭の推測をクランヴェルが補足する。
「なるほどな。だが俺たちは亡者を相手にした経験がない。いや、なんとなく想像はつくんだが、俺の認識と違う可能性もある。一応どういった物か教えてくれないか?」
日本にいたときはゲームの中で散々相手にしてきたが、それがそのままこちらの世界で通用するとは限らない。
特に幽霊みたいな相手の場合、普通に武器で殴れるか否かはゲームによって結構違う。
厳しい戦いが予想される以上、思い込みによる勘違いは小さなものであっても生死に直結する可能性が高い。目の前にプロがいるなら話を聞いておくに限る。
「そうだな。相手をするときの注意点も含めて解説しておこう。一部の冒険者の間には間違った認識もあるようだからな」
ホレス高司祭は頷くと、いわゆる不死者といわれる相手について解説を始めた。
1、不死者や亡者といわれる類は、いわば動く死体である。
2、発生する要因は3つ。瘴気による自然発生と術者による支配、そして高位の術者による召喚がある。
3、自然発生と支配の場合は既存の死体がベースとなるので強さとしてはそれほどでもない。
4、召喚された場合は、装備が整っていることに加えて身体的な強化もされているらしく、自然発生のものより1~2段強くなる。
5、比較的遭遇しやすい不死者は8種類。屍人、骸骨、食屍鬼、屍戦鬼、鬼火、亡霊、泣き女、魔亡霊といった種類がある。
6、屍人、骸骨、食屍鬼、屍戦鬼は実体があり、しぶとくはあるが一般の鋼鉄製の武器で対処が可能。銀混じりの武器や魔法の武器、聖水を振りかけた武器なら若干楽に倒せる。聖水そのものも効果はあるが、効率は良くない。
7、鬼火、亡霊、泣き女、魔亡霊は実体がなく、鋼鉄製の武器は効果がない。銀混じりの武器か魔法の武器、聖水を振りかけた武器や聖水そのもので対処が必要。
8、魔法を使えば実体のあるなしに関わらず対処は可能。神聖魔法が特に効果が高い。
「概要としてはこんな感じだが、ここまでで質問はあるか?」
一度話を切ったホレス高司祭が俺たちを見たので、話の中で気になった点を尋ねてみた。
「召喚された亡者は装備が整っている、と言ったが、自然発生や支配による亡者は装備を持ってないことが多いのか?」
「死んだり埋葬された状況によるな。鎧を着たまま死んだり埋葬されたら、鎧を着た屍人や骸骨になる。武器は、手近にあれば拾って使う程度の行動はする」
「銀混じりの武器とかの方が鋼鉄製の武器より楽に倒せるってのは?」
「屍人を例にとるとだが、アレは基本頭を潰すか首を刎ねないと動きを止めん。だが、銀混じりの武器とかなら、そこまでしなくとも胴体に深い傷を負わせれば動きを止める。
まぁ、頭だけでなく全身が弱点になると考えるのがしっくりくるか」
「実態がある相手だと聖水は効果が薄いのは何故だ?」
「性質とタフさの違いだな。不死者にとって聖水は強力な酸のようなものだ。屍人に聖水を振りかけた場合は表面を焼くだけにとどまるが、その程度では屍人は止まらん。
亡霊に聖水を振りかければ、聖水は亡霊を焼きながらすり抜ける。つまり聖水は実体のない相手に、より効果を発揮する。
そして実体のない不死者は概して打たれ弱い。屍人を聖水だけで倒すには3~4本が必要だが、亡霊なら聖水1本あればおつりがくる」
「亡者に有効な神聖魔法ってのは何がある?」
「それはこれから説明する」
そう言ってホレス高司祭が説明したのは以下の通り。
1、退魔の衝:対不死者の単体攻撃魔法。いわゆる「初歩の魔法」なので威力は低め。
2、鎮魂の法:不死者の動きを阻害する範囲魔法。範囲は直径20トエムほど。動きの阻害だけでダメージはない。
3、聖の宿り:一人の武器に神聖属性を付与。効果はおよそ20分ほど。
4、避魔の領域:屍者、骸骨、鬼火、亡霊程度なら防げる簡易的な結界。効果範囲は直径10トエム程だが広げることも可能。1時間は持続する。
5、退魔の光:対不死者の範囲攻撃魔法。直径20トエムでそこそこ威力はあるが、ホレス高司祭しか使えず3回が限度。
「癒しの魔法は亡者に効いたりはしないのか?」
ゲームによっては有効な攻撃手段なので聞いてみた。
「効きはするが、触れるくらいに近寄る必要があるから実用的とは言えんな」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
「あとは個々の不死者の解説だが、要るか?」
「頼もう」
1、骸骨:動く骸骨。死後時間が経過していたり、屍人として活動しているうちに肉が腐り落ちるとコレになる。
屍人より若干動きが早いが、力は弱い。倒すには頭蓋骨か腰骨を砕く必要がある。武器持ちと武器なしがいる。
2、屍人:動く死体。肉が残っている場合は大体コレに分類される。動きは遅いが力は成人男性より強い。
武器を持っていることはほとんどない。腰骨を砕いても倒せるが、頭を落とすか潰す方が現実的。
屍人に噛まれると自分も屍人になるという俗信もあるが、そのような事実はない。ただし傷口は消毒しないと化膿する。
3、食屍鬼:生前に悪行を重ねた者がなるという、屍人の上位版。力はそこそこだが動きが早い。
見た目に目立った傷がなく動きも滑らかだと食屍鬼の可能性が高い。武器は持たず両手の爪でのひっかきと噛みつきが攻撃手段。爪には即効性の麻痺毒あり。
頭や腰骨にこだわらず、普通に殴れば倒せる。
4、屍戦鬼:肉体的に強靭だった者がなるという、屍人の上位版その2。力も強く動きも早い。ぼんやりと黄色く光っており、大抵が武器持ち。ただしその武器は棒きれとか他の死体の大腿骨のときもある。
食屍鬼と同じく普通に殴って倒せるが、コレに殺されると屍人になって人を襲うようになる。
5、鬼火:骸骨にさえなれないほど死体が残っていない場合にコレになる。こぶし大の火の玉で、体当たりが攻撃手段。
動きはそれほど早くなく、ほぼ1撃で消滅する。攻撃を受けると力が抜けだるさが溜まるので、活力とか生命力的なものにダメージを与えてくると思われる。
6、亡霊:この世に強い未練を残して死んだ者がなるという。死後まもなくで死体があってもいきなり亡霊になる場合もある。
青白くぼんやりと光る、半透明の人間の上半身の姿。行動や性質は鬼火とほぼ同様で、体当たりで力が抜ける攻撃をしてくる。
なお、鬼火よりもそれなりにしぶとい。
7、泣き女:深い悲しみを抱えて死んだ女性がなるという、亡霊の派生形。半透明の女性の上半身の姿。
体当たりはしてこないが、その金切り声のような泣き声は聞く者に恐怖を与え、身をすくませる。
幾度も耳にしたり、精神的に弱い者だと昏倒することもある。
8、魔亡霊:高い魔力を持っていたものがなるという、亡霊の派生形その2。ボロボロのローブのフードの奥に赤い目が光っているのが特徴。
挙げた中では唯一、魔法を使う存在。使う魔法は個体により様々だが、学術魔法か精霊魔法のうち、低位から中位の攻撃魔法を使ってくる。
また、接近されると手を伸ばしてこちらに触れてくるが、触れられるとかなり体力を消耗するので注意が必要。
「……とまぁ、大分長くなったがこんな感じだ」
一息ついてエールを口にしながらホレス高司祭が話を終えた。
「了解。俺の認識とちょいちょい違うところもあって助かった」
「で、この依頼、受けてくれるか?」
「教会からの戦力次第だな。どのくらい出せる?」
「それなら俺を含めて4、いや5人出そう。俺以外は冒険者の登録はしていないが、実戦の経験はある。足を引っ張ることはないはずだ。ちなみに俺のランクは3だ」
「なるほど」
ランク3のホレス高司祭が直々に出張るとなれば、他の面々も相応の戦力として期待できる。
9人+1頭で300を相手にするなら、単純計算で1人あたり30がノルマとなる。不安要素は色々あるが、雑魚が相手なら作戦次第で勝ち目がないこともない……と思いたい。
この依頼、リスクは高いがリターンも相応なものが見込めるのに対し、受けなかった場合は今後確実に悪影響が出る。
脳内でそろばんを弾くと、どうしても受ける方に針が振れるのよね。誠に遺憾ながら。
「その戦力なら、まぁ俺としちゃ受けるにやぶさかではないが……」
そう言って他の面子を見回す。
イツキは仕方ないと言った感じで肩をすくめ、ユニは小さく頷いてみせた。
クランヴェルは言うまでもなく受ける気満々だ。
「つー訳で異存もなさそうだ。廃教会の大掃除の依頼、引き受けよう」
「感謝する」
ホレス高司祭が俺たちに頭を下げた。
「なら今のうちに依頼書を作っちまいましょう。形は冥の教会からディーゴたちへの指名依頼で構いませんな?」
空気だったゲンバ爺さんが口を挟んできた。
「その形で頼む。で、いつなら取り掛かれそうだ?」
「明日から、と言いたいが明後日だな。明日の朝、そっちの教会に行く。同行する面子と顔合わせと詳しい打ち合わせをしたい。
午後は諸々の準備にあてて、明後日の朝、合流して出発しよう」
「わかった。では、よろしく頼む」
その後、ホレス高司祭とゲンバ爺さんが依頼書を作り、正式な依頼となったことで解散した。
「なんか大変なことになったねぇ。くれぐれも無理するんじゃないよ」
狐耳のおばちゃんにバシバシと背中を叩かれながら、少し疲れ気味の身体を引きずって猫枕亭を後にした。
――――あとがき――――
次回は1月11日の更新を予定しております。
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