微妙な再会1
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予定外ではあったが、腕の良さそうな鍛冶職人のカルロに水精鋼の鉈を注文することができた。
あとはまぁ、解読の魔道具とサツマイモという気楽な探し物だ。
昼もかなり回った時刻なので生鮮食品の品揃えはあまり期待できないが、おやつ代わりの干し果物や乾燥豆をちょこちょこと買い足しながら聞いた話では、どうもこの街ではサツマイモにあたる作物はないらしい。
解読の魔道具については、先月までは置いてあったそうだがもう売れてしまったそうだ。
ちなみにその時の値段は大白金貨28枚とのことで、手持ちの金で買えないことはない、という値段だった。
なお、解読の魔道具の上位互換な通訳の魔道具は大白金貨60枚くらいするらしい。さすがにそっちは無理だ。
あと、そろそろ長袖の服ではしんどくなってきたので、適当な店を見つけて夏用の服も注文した。
買い物や注文を済ませた後は、気ままに商店の店先を冷かしながら城壁の外の街を散策する。
城壁のすぐ外には水堀が張り巡らされており、さらにその外側は割と広い通りになっている。
そして堀沿いにはいくつも露店や屋台が並んでいるので、ここを見て回るのも結構楽しい。
所々にベンチ代わりの丸太が置かれていて、ここの住民の憩いの場にもなっているようだ。
ただ不思議に思うのがこの水堀だ。
ここはこんもりと盛り上がった丘の中腹。にもかかわらず、堀には結構な水が満たされている。
流石に透き通った綺麗な水ではないが、よどんで悪臭を放っているわけでもないのでそれなりに流れがあるのだろう。
これだけの水をどこから調達しているのかと堀沿いを歩いてみると、どうやら水は城壁の中から堀に流れ込んでいるらしい。
昨日、城壁の中に入ったときは分からなかったが、城壁の中にはかなり豊かな水源があるのだろう。
それを思えば、ここにこれだけ大きな城塞が作られたのも頷ける。
築城において水の確保は、かなり上位に来る重要事項だからな。
歩いているうちに喉が渇いてきたので、露店で買った甘瓜をその場で切ってもらい、イツキ、ユニと共にその場でかぶりつく。
特に冷えているわけではないが、汁気たっぷりの甘い果肉が美味い。
ヴァルツにも一応差し出してみたが、匂いを嗅いだだけで口にはしなかったので、こちらは水を貰って飲ませてやった。
ただ、美女と美少女とゴツい虎男が、漆黒の虎を侍らせて揃って甘瓜を美味そうに食べているのは嫌が応にも目立つようで、食べている間に客が入れ代わり立ち代わり訪れてはこちらをちらちら見つつ、なにかしら果物を買っていった。
思わぬ売り上げに機嫌を良くした店主に礼を言われ、露店を後にする。
その後も適当に街の中をぶらついて店先の商品を物色する。
心の琴線に触れるような品物は見つからなかったが、時間的に夕方になったので夕食前の冷えたエールを目当てに猫枕亭へと足を向けた。
-2-
夕方の猫枕亭は今日も賑わっていた。
冷たいエールを目当てに冒険者だけでなく一般市民の客も来ているようで、ざっと見た感じでは店内の卓は全部埋まっているようだ。
「らっしゃい!カウンターしか空いてないけどいいかい?」
「構わんよ。1杯飲んだら出ていく。つーわけでエール3つ。あと水を1杯たのむ」
相変わらず威勢のいい狐耳のおばちゃんに指を3本立てて返すと、そのままカウンターへと向かった。
「あいよー!リカ!虎のお客さんにエール3つと深皿で水1つ!」
「はーい」
リカと呼ばれた鼠耳?の娘さんがぱたぱたとカウンターの中に入る。昨日は見なかったが、休みだったのか?
そんなことを考えながらカウンターの席につこうとすると、店内に大声が響き渡った。
「見つけたぞディーゴ!そしてユニ!!」
いきなり名前を呼ばれてナニゴトかと声のした方を見ると、薄汚れた神官衣に身を包んだ若者が立ち上がってこちらを睨みつけていた。
ああ、あの顔は見覚えがある。アモル騒動の発端となった緑小鬼討伐の件で、捕らえられていた女性たちを診てくれた帝都のエランド高司祭の付き人をやっていたクランヴェルだ。
エランド高司祭は柔軟な人柄で、俺たちが悪魔であっても人間に対して有益無害な存在であるゆえに友好的な態度をとってくれたが、コイツは悪魔=悪ととらえて敵対心を隠そうともしない、ガチガチのカタブツだったはずだ。
ぶっちゃけあまり……いや、2度と会いたくなかった相手である。揉め事の予感しかしない。
しんと静まり返った店内を全く気にする風もなく、クランヴェルが肩を怒らせてつかつかと歩いてきたのでまず気になったことを訊ねた。
「再会を喜ぶ間柄じゃねーからいきなり訊くが、アンタがなぜここにいる?エランド高司祭と帝都に帰ったんじゃなかったのか?」
「エランド様とはこの先のトレヴの街で別れた。エランド様はお前たちのことを大教会にむがっ」
話がヤバイ流れになったので、慌ててクランヴェルの口を塞いで強引に黙らせる。
「ちったぁ状況考えろ。こんなところで大声で話すヤツがあるか」
眉間にしわを寄せてクランヴェルに顔を近づけ小声でささやく。コイツ、放っておいたら俺たちが悪魔であることをこの場で大声でバラしかねん。
「……ぶはっ、お前が訊ねたから答えたまでだ」
口を塞ぐ俺の右手を振り払ったクランヴェルがきつい目つきで睨み返してくる。
誰も言葉を発しない、無音となった店内で俺とクランヴェルが睨み合う。
店内の客のいい注目の的なんだろうが、こっちにそれを気にする余裕はない。いきなりクランヴェルがやってきた理由やその対処について忙しく頭を回転させていると、他の冒険者の相手を一時中断した店主のゲンバ爺さんが横から声をかけてきた。
「まぁ確かにここで話す内容じゃねぇわな。後で個室用意してやるから大人しく待ってろ」
「……店主がそういうなら従おう」
「了解」
クランヴェルと俺がそれぞれ頷き、クランヴェルは元いた席に、俺たちは目の前の椅子に腰かけた。
「おまたせしました、エール3つとお水です」
腰かけるとすぐに、給仕のリカが遠慮がちに俺たちの前にエールと水を持ってきた。
「驚かせてすまんね。ここに迷惑はかけないつもりだ」
そう言ってリカに頭を下げる。
「いえ、こういうことは時々ありますから。でも……いえ、なんでもないです。じゃあごゆっくり」
色々聞きたいのをぐっとこらえて立ち去るリカ。うん、なかなかプロだね。
「んじゃまぁ、お疲れ」
出されたエールのジョッキを軽く掲げあって俺たちが飲み始めると、ようやく店内に喧騒が戻ってきた。
まったく、歩いた後の冷えたエールは美味いはずなんだが、誰かさんのおかげで味が分かんねぇよ。
その後、追加で頼んだチーズやナッツ類をつまみにエールを2杯ほど空けると、やっと店内の客がはけてきた。
喧騒が戻ったとはいえまだこちらを気にしている客がいる感じなので迂闊なことは口にできず、黙々としかしチビチビと飲む酒は、あまり美味いものではなかった。
イツキもユニも他の客の詮索の視線に気付いているのかほとんど口を開くことなく、黙ってエールを飲んでいる。
ヴァルツは早々に水を飲み終え、床に伏せて目を閉じていた。
「おう待たせたな。2番の個室に移ってくれ」
ようやくゲンバ爺さんから声がかかったので、飲みかけのエールが残ったジョッキと食べかけのつまみを持って、2と書かれた個室に移動する。
少し遅れてクランヴェルも姿を見せ、卓を挟んだ反対側に腰を下ろした。
続いてゲンバ爺さんも入ってきて、俺たちとクランヴェルの間に当然のように腰を落ち着けた。
「話のさわりはその若ぇのから聞いたが、事情をじっくり知っておきてぇから俺も同席するぜ」
ゲンバ爺さんは席に着いたことにそう言い訳すると、さぁ話せと言った感じに組んだ手の上に顎を乗せた。
「……んじゃまぁ、仕方ねぇから全部ぶちまけるとするか」
ゲンバ爺さんの様子ではすでにクランヴェルが話しているだろうし、と、諦めの境地でクランヴェルとの因縁?を話すことにした。
「既にそいつから聞いているかもしれんが、俺とユニは悪魔という種族だ。俺は獣牙族、ユニは淫魔族と魔界で言われている。
そしてそっちの若いのは帝都の天の大教会の神官戦士だ」
「正確にいうならば教会では助祭という職務についている」
俺の話をクランヴェルが訂正する。
「……ふむ、お前さんは変わり者の魔物かと思っていたが、マジもんの悪魔だったとはな。それにそっちの嬢ちゃんもだ。
そりゃ天の教会の助祭サマなら悪魔を敵視するのは当然か」
で?と言った感じでゲンバ爺さんがこちらを見る。
「まぁ悪魔ってのは世間一般じゃ、魂と引き換えに願いをかなえるとか、欲望を利用して人間を堕落させて魂を刈り取るとか言われてるが、生憎俺もユニもそっちの方面はへっぽこでな、そういうことに手を出したこともないし手を出すつもりもねぇ。そこんとこは勘違いしないでくれ」
「そんな言葉が信用できるか」
クランヴェルが吐き捨てるように呟く。
「テメェに信用してくれなんざ言ってねぇ。俺はゲンバ爺さんに話してんだ」
「お互いそう頭に血ぃ上らせんな。ディーゴとユニに念押しするが、二人とも人間相手に危害を加えるつもりはねぇんだな?」
「賊が相手ならそうもいかんけどな、一般市民に手を出すつもりはない。……とはいえ、善良な市民が相手でも、かかる火の粉は払わせてもらうが」
「……どういう意味だ?」
俺の言葉にゲンバ爺さんが眉をひそめる。
「そこにいる、教会の教義に忠実な助祭サマが火の粉を盛大にばらまいてくれたようだからな。
ゲンバ爺さんが知っているなら、それを聞いていた客もいるはずだ。どうせそのよく通る声で俺らの正体をバラしたんだろう。
どうせ口止めなんざしてねぇだろうし、本物の悪魔がいるなんてのぁ格好の噂のネタだ。
俺らの正体を耳にした客から話が広まって、アイツらが悪魔だ、と、正義感や報酬目当てで教会にご注進する輩が出ないとも限らん。
討伐隊が出向いてくるなら、こちらとしても手向かいはするぜ?俺らも死にたくはねぇし」
俺がクランヴェルへの皮肉を混ぜてそう説明すると、ゲンバ爺さんは心当たりがあるのか、しまった、という顔をした。
「そいつは不味いな。大体ディーゴはディーセンの名誉市民だったよな?それを悪魔とはいえ教会の連中が勝手に手出しすれば、ややこしいことになるぞ?」
「ついでに言うなら俺は名誉市民の他に領主直属の内政官つー肩書も持ってる。領主と直接言葉を交わす機会も多い役人でもあることも追加してもらおうか」
「かぁー!」
俺の話にゲンバ爺さんが頭を抱えた。
元凶のクランヴェルは我関せずと涼しい顔をしているのがまた癪に障る。コイツにとっての関心事は俺たちをなんとかすることだけらしい。
俺は俺で、エランド高司祭はなんでこんなのを一人で放り出したんだ、と天を仰ぐ。
事情説明会はまだ終わりそうにない。
……そういや晩メシまだ食ってねぇな。今日は食えんのかな。
――――あとがき――――
年末年始、ということで今週は30日と1月1日に更新を行います。
翌週は1月4日に更新を行い、以後通常更新に戻ります。
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