遺跡調査4
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遺跡の外れにあった枯れ井戸の底には扉があった。
今回の調査団長のアーケオル氏を背に、ゆっくりと扉に手をかけると、扉はきしんだ音を立てて開いた。
特に何かが飛び出してくる様子はない。
扉の隙間からそっと松明を差し込んでみたが、別に火が消えるようなこともなかった。
「……大丈夫そうですね」
「そのようだな」
背にいるアーケオル氏と頷きあうと、まずは俺、次いでアーケオル氏と続いて扉をくぐった。
くぐった先は大きめの部屋となっており、石を積んで作った壁には朽ちて崩れかけた棚がいくつも並んでいた。
「ふむ、やはりここは隠し貯蔵庫だったようだな」
「なにか残ってますかね?」
井戸の底の隠し貯蔵庫なんて、財宝とか期待できそうなもんだが。
「まぁ見ての通りだ、期待はせぬ方が良かろう」
俺の呟きにアーケオル氏が答える。
松明の明かりに照らされた範囲で見る限りでは、物資らしいものはなにもない。
形を残している棚もあるが、その中身はがらんどうだ。
「井戸の底にあった梯子の残骸からすれば、ここの住人が立ち退く際にこの貯蔵庫の中身も持ち出して行ったことは想像に難くない。
上で調査した廃屋の中も似たようなものであった。何かの問題が起きて、取るものもとりあえずこの村を後にしたわけではなさそうだ」
「そうですか」
つまりここは見つけにくいだけのただの空き倉庫というわけか。テンション下がるわー。
「とはいえ、初めて見つかった場所には違いない。慎重に調べよう」
アーケオル氏がそう言ってオドリオ氏とアイヴィー女史を呼び、俺を含めた4人で貯蔵庫の調査が始まった。
松明の明かりで壁を舐めるように調べながら、ときおりナイフで壁を叩き音を聞く。
それぞれが1時間ほどかけて調べてみたが、隠し扉もなければ特にこれはと思うようなものもなかった。
天井に隠し部屋を作るとは考えにくいので、最後は床面を調べる。
しかし床にも仕掛けらしきものは何もなかった。
「どうやら本当にただの貯蔵庫だったようですね」
「そのようだな」
屈んで床を調べていたアーケオル氏とオドリオ氏が頷きあう。
「こういう隠し貯蔵庫ってのは割とあるんですか?」
ちょっと気になったので尋ねてみる。
「ないところも多いが、珍しいというほどでもないな。納める税を少しでも減らしたいというのは、今も昔も変わらんらしい」
そう言ってアーケオル氏が小さく笑う。
まぁ確かに好きこのんで税を払いたがる人間は極少数派だわな。
凶作時に手厚い保護があったとは考えにくいし、自衛のためにもそうする必要があったのだろう。
「さて、特に見るべきものもないようだし、測量をすませてここは終わりにしよう」
俺が一人納得している間に、アーケオル氏が他の2人に指示を出して測量を開始する。
何か手伝おうか……と思いもしたが、床の調査の際に掃き集めたゴミがちょっと気になったので調べてみることにした。
大半が元は棚だった木材の破片だが、なにかの種っぽいのが混じってたんだよな。
大きいものはピンポン玉サイズから小さいものは米粒サイズまで、十数個の種らしきものを見つけることができた。
「ディーゴ君、こちらの測量は終わったが……何か探しものかね?」
「ああ、ちょっと種らしいものが落ちていたんで集めてたんですよ」
測量道具を片付けながら尋ねてきたアーケオル氏に、拾い集めた種を見せる。
「種を?……ああ、貯蔵庫ならばそういうのが落ちていても不思議ではないな。しかし、植えたところで芽が出るとは思えないが」
「まぁイツキに見てもらってからですね」
「そうか、そういえばあのお嬢さんは樹の精霊だったな。もし芽吹く可能性があるなら、育ててみるのも面白いかもしれん」
アーケオル氏はそういうとニヤリと笑った。
井戸から上がり、他の皆と合流するとイツキに種を見てもらった。
「残念だけどほとんどの種は死んでるわ。植えて世話をしても芽吹くことはないわね」
「そうか」
イツキの宣告に肩を落とす。まぁ1400年以上も経ってりゃな。昔、2000年以上の蓮が花を咲かせたと何かで見たが、そう上手くはいかんか。
しかし続くイツキの言葉に顔を上げる。
「でもこの3つだけはまだかすかに生きてる」
そう言ってイツキがより分けたのは、いずれも固く大きな種。一つは胡桃っぽいが、残り2つが分からん。両方ともつるんとした黒い種だが、大きさと形が違うので別の種類と思われる。
「とすると、この3つは植えれば芽が出る可能性があるか?」
「このままじゃダメね。ちょっと力を分けてあげないと」
イツキはそう言うと一つずつ種を手に取り、両手で包み込んだ。
見た目では分からないが、そうすることで種に生命力?を与えているらしい。
「これで大丈夫。植えればちゃんと芽が出るはずよ」
そう言ってイツキが種を返してきた。
「すまんな。ちなみに何の種だか分かるか?これは胡桃だと思うが」
「どんな花や実がなるかはわかるけど、人間がつけた名前までは分かんないわよ?」
……それもそうか。
「じゃあ、花と実の形だけでも分かる範囲で教えてくれ」
「おっけー」
そうしてイツキが種から聞き出した?ところによると
胡桃っぽい種「とても小さい房状の花と、3セメトくらいの実がたくさんなるんだって」
黒い種その1「ぼってりとした大きな赤い花と、3~4セメトくらいの緑の実をつけるそうよ」
黒い種その2「白い小さな花と、5セメトくらいの黄色い実を幾つもつけるみたい」
となった。
うん、全く分からん。
他の面子を見回してみたが、誰も判断つきかねているようだった。
「……という事らしいんですけど、どうします?」
「ふむ……」
アーケオル氏が顎に手を当てて考え込む。
「できれば3つとも私の所で育ててみたいが、名前が分からないことにはな……。土に埋めて水だけやればいい、というものでもなかろう。
それにいつ植えればいいのかも問題だしな」
「そうですね」
「確実性という面では君たちに任せた方がいいのだろうが、確かディーゴ君たちは旅の途中だった筈だな?」
「ええ、拠点に戻るのは来年になるので植えるのはそれ以降になりますが」
俺としても早く植えてみたいが、植木鉢ぶら下げて旅をするのはさすがに御免こうむる。
「うむ…………まぁ仕方あるまい。素人が事を急いて枯らしてしまってはそっちの方が問題だ。それに一刻を争う内容でもないしな。
ディーゴ君、拠点に戻ってからで構わんので、それらの種の世話を頼めるかね?」
「ええ、構いませんよ。私も興味がありますし。なんでしたら定期的に手紙で報告を入れますが?」
「そうしてくれるとありがたい。では、種のことは君たちに託そう」
「わかりました」
そんな形で話はまとまり、アーケオル氏たちは再び地上の遺跡調査に戻っていった。
-2-
その後は、遺跡周辺の警戒をしたり実際に遺跡調査を手伝ったりしながら数日を過ごした。
周辺の警戒では、遺跡の周りを適当にぶらつきながら、昔この村で作っていたであろう作物なんかが代替わりしながら野生種として残っていないかなどと探してみたりもしたが、特に収穫と言えるようなものはなかった。
調査の方でも隠し貯蔵庫以外には特に新しい発見もなく、そしてこれといった事件事故もなく無事に終わろうとしていた。
まぁ、途中で近くの集落に食料を調達しに行った帰りに、遠目に見つけた緑小鬼4匹の群れをわざわざ蹴散らしたことが事件と言えなくもないが。
そして予定の1週間が過ぎ、遺跡を後にする日がやってきた。
アーケオル氏たちの手で遺跡の測量は終了し、後はウィータの街に戻ってから正式な地図として清書し、登録・保管するそうだ。
廃屋の中に置いていた荷物を荷車に積みなおし、1週間世話になった遺跡を出発する。
帰りの3日間も特に問題が起きることもなく、無事にウィータの街に到着した。
ここの城門の所で依頼は終了となり、調査団の一行とは別れることになる。
「じゃあ、私たちはこれで依頼終了ですね」
「そうだな。お陰で助かったよ」
「まぁ別にトラブルもなかったんで、大したことはしてないんですが」
今回の依頼を思い返して、つい苦笑が漏れる。戦闘らしい戦闘があったわけでもなし、俺達から見ればちょっと長めのピクニックみたいな感覚だ。
4匹の緑小鬼?あんなの戦闘前の準備運動にもなってねーわ。
「なに、私どもにとってはトラブルがないのが一番ありがたい」
「そう言ってもらえると恐縮です」
「しかし……遺跡としては取り立てて発見もなかったが、ディーゴ君たちと知り合えたのは大きな収穫だった」
「いえ、こちらこそ有意義な時間をありがとうございました。遺跡や古代王国に関するお話、面白かったです」
差し出されたアーケオル氏の手を握り返しながら答える。これは正直な感想だ。
「ふふふ、有意義な時間だったのは私たちもだよ。これまで仲間内で盛り上がることはあってもどこかマンネリ気味でね。ディーゴ君のおかげで新しい風が吹き込んだように思う。
私たちは遺跡のことくらいしか分からないが、この先困るようなことがあったら手紙を出しなさい。
私たちで良ければいくらでも相談に乗ろう」
「ありがとうございます。ですが、まずは種の正体をお知らせできればと考えています」
「そうだったな。古代の種がどのようなものか、楽しみに待つことにしよう。イツキ君、くれぐれもよろしく頼んだよ」
「大丈夫よ。樹の精霊の存在にかけて、ちゃんと育てて見せるわ」
アーケオル氏の言葉に、イツキが胸を張って答える。まぁイツキに任せておけば間違いはあるまい。
「ユニさんも、料理のレシピ色々ありがとうね。お陰でこれからの野外料理も楽しむことができるわ」
「ユニさんが作ってくれた料理、美味かったですよ」
「どれも初めて食べる味で新鮮でした」
隣ではアイヴィー女史やエイベン、ロイドがユニに礼を述べている。
調査の後半の料理はユニの独壇場だったからな。
かと思えばオドリオ氏は一人、ヴァルツの毛並みを名残惜しそうに堪能している。ヴァルツも嫌がるそぶりも見せず、目を細めてされるがままに撫でられている。
いつの間にか仲良くなってたんだよね、この組み合わせ。
もしかしてオドリオ氏って猫族限定ゴッドハンドの持ち主か?
名残は尽きないがそれでも別れの時は来る。
アーケオル氏から冒険者手帳を受け取ると、もう一度固い握手を交わし、調査団の一行に別れを告げた。
……さて、3羽の雄鶏亭に戻って荷物を置いたら、久しぶりに風呂に行くとするか。
 




