遺跡調査3
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調査の対象となる遺跡で一夜を明かしたが、特に何の揉め事もなく朝を迎えた。
起き出した皆で集まって朝食をとりつつ、今日の予定を再確認する。
団長のアーケオル氏と副団長のオドリオ氏、記録担当のアイヴィー女史の3人が今日から遺跡の調査をはじめ、その3人にイツキとヴァルツが護衛兼警戒役としてつく。
その一方で、若手のエイベンとロイドは俺やユニと一緒に井戸攫いを担当する。
朝食の片づけが終わればそれぞれに分かれて作業開始だ。
井戸攫いをするにはまず中の水を汲みださねばならないが、普通は井戸に備え付けになっている桶が見つからないので俺が魔法で5個ほど作り上げる。
それにロープを結んでもらっている間に、これまた魔法で長い棒を作り出し、井戸の深さを測る。
作った棒を井戸に差し込んで調べたところ、水の深さは腰よりやや上、井戸の底は足首より少し上程度まで泥が堆積しているようだった。
これなら井戸の中に入っても問題はなさそうだ。
続いて棒に蝋燭を括り付けて火を灯し、ゆっくりと井戸の中に差し込んでいく。井戸の中でも呼吸ができるか確認するためだ。
結果、蝋燭の火は消えることなく井戸の水面まで到達したので、中の空気は問題なさそうだと判断する。
続いては作業の割り振りだが、まずはエイベンが井戸の中に降りて投げ込まれる桶に水を満たす。
残りの3人は井戸の周りでひたすら水の汲まれた桶を引っ張り上げる作業になるのだが、ロイドとユニで1つの桶を担当し、俺は一人で桶を1つ担当することに決まった。
まぁ水を汲み上げるのが1~2回ならロイドとユニで分かれて3人態勢でやった方がいいのだが、おそらく数十回とかそれ以上汲み上げることになると思うのでロイドとユニで組ませることにした。
俺?仕方ないから一人でやるよ。
なお、時間を見計らって井戸の中にいるエイベンと水を汲み上げるロイドは交代させるつもりだ。
電動ポンプは無理にしても手押しポンプがあればもう少し楽になるのだが、普通手押しポンプなんて持ち歩かないし。
これまた俺の魔法で梯子を作り、エイベンが井戸の中に消えていく。
「中の具合はどうだ?」
エイベンが底についたのを見て声をかける。
「なんとかなりそうですね。水もそれほど冷たくはないし」
腹まで水に浸かったエイベンが答える。
「わかった。頃合いを見て交代するが、辛くなるようなら言ってくれ」
「わかりました」
準備が整ったので作業を開始する。
水の汲み出しはスピード勝負だ。汲み出している間も水は湧いてくるので、湧いてくる以上に汲み出さないと永遠に終わらない。
井戸に流入を止める元栓なんてないからな。
空の桶を井戸に下ろし、エイベンが水を汲み、上の3人が引き上げてその辺にぶちまける。
幸い井戸はそれほど深くなく、湧き出す水も多くはなさそうだ。
エイベンとロイドを2回交代させたあたりで、ようやく井戸の底が見えた。
しかし作業はまだ終わらない。
今度は底に堆積しているゴミや腐った落ち葉、泥を掻き出さなければならない。
贅沢を言えば井戸の側壁の掃除もしたいが、体力的にそこまでは無理だ。俺はともかく他の3人がね。
作業を始めて3時間くらいになるだろうか、休みなく水を汲み上げ続けたせいで疲れがたまり、幾分ペースが落ちている。
こりゃ遺跡調査中の3人も加えて総力戦にした方が良かったか、と考えもしたがもう遅い。
それでもなんとか底のゴミや泥を攫い終え、作業に一段落がついた時は、俺を除く3人は疲労困憊で口をきくことすらできない状態だった。
「ご苦労さん。もうちょっと作業は残ってるが、今は少し休んでくれ」
3人にそういうと、俺は俺で皆の昼食の準備に取り掛かる。
といっても、ぶつ切りにした塩漬け肉と野菜を煮込んで塩味のスープを作るくらいだが。
以前作った即席スープの素でもあればもうちょっと変化が出せるのだが、ディーセンでもまだ軍の備蓄用にしか作ってないので市場に出回っておらず、持参してない。
スープ以外は固焼きパンとピクルス、干し果物を用意した。
まぁ昼飯ならばこの程度で良かろう。
休んでいる3人に昼食ができたことを伝えると、休んでいたユニが恐縮していたが、あの状態の人間にメシ作ってくれとは言えんよ。
その代わり配膳を3人に頼んで調査中のアーケオル氏たちを呼びに行く。
「もうそんな時間かね」
作業の手を止めたアーケオル氏が合流し、代わりにヴァルツがふらりと姿を消す。自分の昼食を調達しに行くのだろう。
ユニたちの所に戻ると、すでに配膳は終わっていた。
車座になって座り、互いの状況を報告し合う。
「井戸の方は泥の掻きだしは終わりました。ある程度溜まったら濁り水をまた汲み上げて作業は終わりです。今日は無理ですが明日には井戸が使えるようになるでしょう」
「それは助かる。私どもの方だが、こっちも順調だ。3軒の測量が終わって4軒目に取り掛かっているところだ」
固焼きパンをスープに浸しながら食べる調査組に、ちょっと尋ねてみた。
「ここは古代王国時代の農村になるんですかね?」
「そうだな、古代王国の末期とまでは行かないが終盤の典型的な農村だな」
「こんな荒野の中にポツンとあるにしては、防壁とかの類がないですね」
「うむ。大きな都市ともなれば城壁なども存在するが、このくらいの規模の村落では魔物除けの魔法で守っていることが多いのだよ」
「そういう魔道具がありましてね、大体は村の中心に据えられていることが多いんです」
アーケオル氏の言葉をオドリオ氏が補足する。
「村を丸々一つカバーできる魔道具ですか?」
今の時代でもそういった魔法はあるらしいが、それでも範囲は家一軒が精々だ。
腕利きの魔法使いが数人掛かりで儀式を行うなら村一つカバーするのも可能かもしれないが、国の重要施設ならともかくたかが村一つにそんな手間はかけないだろう。
「それでも古代王国時代は割と一般的な道具だったらしい。もっとも、この村の魔道具は住人が立ち去る時に持っていかれたようだが」
「でしょうね」
「ところでディーゴ君たちの方では、浄化の魔道具は見つからなかったかね?井戸の水を浄化するのに沈めてあることがあるのだが」
不意にアーケオル氏が話を振ってきた。
「残念ながらそれらしいものは見つからなかったですね」
一緒に井戸攫いをしていたエイベンがそれに答える。水を浄化する魔道具なんてのもあるのか。
「ふむ、ではそれも前の住人で持ち出されたか」
「井戸攫いが終わったら他の井戸も見てみますか?残っている可能性は低いと思いますが、念のために」
「そうだな、一応見るだけ見てもらおうか」
俺の提案にアーケオル氏が頷く。
その後は午後の作業内容の確認や雑談などをしながら食事を終えた。
後片付けを済ませた後は、再び井戸の水汲みが始まる。
昼食をはさんだおかげで、井戸の底からそれなりの水が湧き、貯まり始めている。
井戸攫いの後の水はどうしても濁るので、その分を汲み出さなければならない。
しかしこの作業はそれほど速度に拘らなくていいため、割とのんびり目に井戸の水を汲み出した。
「よし、こんなもんか」
小一時間ほど水を汲み出し続けると、水の濁りもかなり収まってきたので作業を切り上げる。
あとは一晩も放っておけば、ほぼ完全に水の濁りもおさまるだろう。
少し休憩を挟んでエイベンとロイドには調査の方に回ってもらい、俺とユニは残りの井戸を調べに行くことにした。
残りの井戸は遺跡の中と外れに一つずつ。
まずは遺跡の中にある枯れかけの井戸から調べ始める。
井戸の底にたまっている水は、くるぶしのやや上くらいまで。
ただ、長年の放置で藻が発生し、それが腐ったのか生臭いにおいを発していた。
井戸の壁を調べてみても特に気になるような点はなく、水の中を足で探ってもみたが泥ばかりで特に何かがある様子もなかった。
井戸から上がり、ブーツの泥を落とすと最後の一つ、遺跡外れにある井戸に向かった。
「ここの井戸は割と大きいんですね」
遺跡外れの井戸に到着して、さて調査を始めようかというときにユニが呟いた。
「だな。昔は水量が豊かだったのかね」
確かのこの井戸は遺跡の中の2つの井戸に比べて大きい。開口部は前述の井戸2つの1.5~2倍くらいあるだろうか。
まぁその分潜るのも楽なんだが。
垂らしたロープを伝って降りた井戸の底には、水の代わりに朽ちた木材の破片が散乱していた。
井戸によくつけてある、滑車の柱が壊れて落ちたか?と思ったが、すぐに考えを改める。
なにせ井戸の底には大きな横穴が開いていて、その先に扉がついてるもんでね。
ちなみに井戸の側壁は上に向かって緩やかにすぼまる逆漏斗状になっているので、上から見たのでは横穴に気付かない形状になっている。
それゆえに、前にここを探索した人間は横穴と扉に気付かなかったのだろう。
……まぁ、探索の仕方が甘いと言えば甘いのだが。
井戸の底に扉があるということは出入りする方法も必要なわけで、必然的にそこに散らばる木片は梯子の残骸だろうと結論付けた。
というわけで、ユニに頼んで照明用の松明を用意してもらい、調査中のアーケオル氏を呼んできてもらった。
「ディーゴ君、そこに扉があると聞いたが、本当かね?」
少しして上から声が降ってきた。
「ええ、と言ってもあまり大きな扉ではないですね。私が少し腰をかがめるくらいの大きさです」
「そうか。ちょっと待っててくれ、私も行く」
上に向かって答えると、アーケオル氏が身を乗り出して井戸の中に降りてきた。
「まだ安全が確認されていませんが」
「なに、農村の遺跡にはこういった分かりにくい場所に『隠し貯蔵庫』を作っているケースもたまにある。梯子らしきものがあったというなら人が出入りしていた事にもなるし、そういう場所ではそれほど危険はなかろうよ」
「なるほど、隠し貯蔵庫ですか。なら大丈夫かも知れませんが、1400年?以上も閉まっていた場所ですから、空気が悪くなっている恐れもあります。
まずは私が先に行きますので」
「うむ、そこは頼もう」
アーケオル氏が頷いたので、俺は松明を掲げながら井戸の底にある扉に手をかけた。
 




