風土病の薬2
-1-
とぐろを巻いて鎌首をもたげ、じっとこちらを見る大きな蛇を前に、イツキ、ユニ、ヴァルツが散開して戦闘態勢をとる。
しかし戦闘の口火を切るはずの俺だけが、盾を構えたままその場を動けずにいた。
「ディーゴ?」
「ディーゴさま?」
異常を察したイツキとユニがそれぞれに俺を見る。
「…………スマン。これはちょっと、俺には無理だ」
しばらくの葛藤の末に、絞り出すような声で二人に答え、盾を脇に置いて戦闘態勢を解く。
「蛇が駄目なんですか?」
「ならあたしたちだけでなんとかするけど?」
「いや、手は出さんでくれ。頼む」
心配して寄ってきたヴァルツの頭をなでながら、大きく息をつく。
俺が動けなかった理由。それは、目の前の大蛇が純白の身体をしていたからだ。
「ユニ、俺の荷物の中にヴァルツのおやつの生肉があったはずだ。スマンが持ってきてくれ」
「え?あ、はい」
俺の頼みにユニが我に返ったように頷いて、その場を離れる。
少しして包装用の大きな葉に包まれた肉を持ってユニが戻ってきた。
「ディーゴさま、持ってきました」
「ああ、ありがとう」
白蛇から目を離さず片手で肉を受け取ると、包みを解く。ヴァルツが気にして顔を寄せてきたが、スマン、お前にやるわけじゃないのよ。
白蛇と俺の中間地点に肉を置き、白蛇から目を離さないまま後ずさりして元の位置に戻った。
それなりに長い時間の末、白蛇がするすると前に出て俺が置いた肉をゆっくりと飲み込んだ。
その後、ちろちろと舌を出し入れしながら俺たちを見ていた白蛇は、不意に向きを変えると森の奥にと消えていった。
「……我儘言ってすまんな」
去っていく白蛇を見送った後に、皆に頭を下げる。
「まぁディーゴが手を出したくないならあたしたちも付き合うけど、理由は説明してよ?」
「無論そのつもりだ。ただちっと長くなるから帰りながら説明する」
腰に手を当てて、訳が分からないと言った感じに訊ねてくるイツキに頷いて答えると、置いておいた荷物をまとめにかかった。
-2-
「……言っちまうとな、俺の故郷の国じゃ、白い蛇は神に関係する特別な存在なんだ」
依頼元である7番の集落への道を歩きながら、今回の事情を説明する。
日本人にとって白蛇は基本、縁起物であり特別な存在だ。地域によっては神社に祭られていたり、神の使いのような扱いをされているところもある。
そのような存在なだけに、無闇に傷つけたり殺したりすれば不幸災難に見舞われると聞いたことがある人も多いだろう。
無論、俺は神仏の存在を真摯に信じている殊勝で敬虔な人間ではない。
しかし、旅行先で神社仏閣を訪れることもあるし、拝殿に詣でれば賽銭をあげてなんとなく手を合わせるくらいの信仰心はある。
幾ら大きくとも目の前の蛇は単に白化現象を起こした蛇でしかない。神に関わる存在などという大それたものである可能性は99%ない。
だがその一方で、もしかしたら、万が一、という考えが1%の枷になり体を縛る。
これが人に害をなし、俺にも牙をむいて襲ってきたなら反撃も出来ただろう。
だが、集落長に聞いた話では、今のところ人にも家畜にも被害は出ていない。森に入る時に通ったらしい麦畑で、麦が少々倒されたくらいだ。
そして対峙している間も、白い大蛇は赤い舌を出し入れしながら、じっとこちらを見ているだけだった。
白蛇の大きさも相まって、そんな姿にも神性を見出してしまい、積極的に命を奪う気にはどうしてもなれなかったのは、元日本人ゆえの悲しいサガか。
「とまぁそんな理由でな、今回は手が出せなかった」
そう言って話を締めくくると、ユニが不思議そうに尋ねてきた。
「ディーゴ様の故郷では動物も神様になるんですか?」
「まぁな。といってもこっちの神とはちっと意味合いが違う。遥か高みにいて人間が伏し拝むような存在じゃなくてな、人間と同等かちょっと上くらいの割と気軽な存在だ。
商売繁盛や豊作、豊漁を願ったり、日々の安寧や事故が起こらんように頼む、そんな感じの神様だな」
「でもそう言った内容じゃ、あまり実感はできないわね」
「そりゃこっちの神様は、真剣に祈れば傷を一瞬で治したり、敵の攻撃を防ぐ結界を張ってくれたりするからな。分かりやすくていいわ。
だが俺の故郷の神様は奥ゆかしすぎてな、そういう目に見える万人に分かる形での奇跡ってのは起こしてくれねぇのよ」
そこで一度言葉を切る。
「例えば、ある時財布がないのに気付いたとする。探してみたけど見つからない。どこかに落としたか忘れたか、あるいは掏られたか。
それを己の不注意と見るか神の祟りと見るかは人それぞれだ。
だが、なにかを助けたり祀ったりしたら予期せぬ収入があったとか、傷つけたり殺したりしたら不運不幸が続いたとか、そういう話は割と多くてなぁ」
そう言って頭をポリポリと掻く。
「もちろん、そういった話の全部が全部、実話とは思っちゃいねぇ。まるっきりの創作話や、話し手の都合のいい思い込みや脚色なんかもあるだろう。
単なるこじつけということも大いにある。
ただ、無数にあるそんな話の中のいくつかは、実際にあったことなのかも、という可能性が捨てきれんのよ。
まぁさすがに人が食われた襲われたとかなれば俺も容赦はしないが、似たようなことがあって人に害が出てないなら、今回みたいに見逃すこともあると覚えといてくれ」
「ディーゴにも意外な弱点があったのね」
「俺もそう思う。ガキの頃から聞かされた話ってのは、本人が思ってる以上に影響するもんだな」
「イドゥンさんにはどう説明するんですか?」
ユニが尋ねてくる。
「正直に言うしかあるめぇ。今のところ害はなさそうだし、あの様子ならこっちから手を出さなければ問題ねぇだろう」
……まぁ、もっともらしい理由付けは必要かもしれんが。
7番の集落に戻り、集落長のイドゥン氏の所に顔を出す。
「おお、お帰りなさいませ。成果のほどはいかがでしたか?」
「リスビリアの花に関しては相応に集めてきました。頼まれた分はあると思います」
イドゥン氏に答えつつ、花の詰まった袋を3つ出してみせた。
「ありがとうございます。これだけあれば来年までは持つでしょう」
復路の中身を確認したイドゥン氏が顔をほころばせる。
「して、もう一つの方はいかがでしたか?」
「あー、そっちの方なんですが、正体は真っ白なでかい蛇でした」
「真っ白な蛇、ですか?」
「ええ。ただ出遭ってはみたものの特に襲ってくる様子もないんで、特に害はなかろうと退治はしてません」
「え?どうしてですか?」
意外と言ったようにイドゥン氏が尋ねてくる。まぁこっちの人間の感覚ならそうだろうな。
でも前にも言った通り、元日本人としては「白蛇だ!目ざわりだ殺せヒャッハー!ついでに珍しい鱗皮ゲットだぜ!!」とはならんのよ。
という訳で、道すがら考えた理由で誤魔化すことにした。
「あの森は麦畑に囲まれた中にありましたよね。そんなところではネズミの数も相応に多いでしょう。そして蛇はネズミの天敵です。
下手に退治するより、そのまま生かしておけば少しはネズミの数も減るんじゃないかと思いましてね」
正直に言ってしまえば、あの蛇1匹がどの程度ネズミの駆除に貢献するかは未知数だ。もしかしたら焼け石に水かもしれない。
そもそも蛇が1日に何匹ネズミを食えば満足するのか知らんし。
「ふむ……」
イドゥン氏は頷いて考え込んだ。
「その蛇は人間に害はないのですな?」
「確約はできませんが、こちらから手を出さない限りはまず大丈夫かと」
「……わかりました。冒険者さんの言葉を信用するといたしましょう。どうもありがとうございました」
「なに、実質、花を摘んできただけですけどね。では、サインをお願いします」
そう言ってイドゥン氏に冒険者手帳を差し出し、依頼達成の旨を書いてもらう。さすがに「大いなる感謝を込めて」ではなかったが、まぁそれは仕方あるまい。
「そうだ、在庫があればでいいんですが、今回の花から作る薬を少し分けてもらえませんかね。無論代金は払います」
去り際に思い出してイドゥン氏に尋ねてみた。
「在庫でしたらありますからご用意できますが、どなたか罹りましたか?」
「いや、私の知り合いに医者がいて調剤もやってるものですから、彼への土産にしようかと。多分使ったことのない薬でしょうから」
「なるほど、それでしたら2日分もあれば構いませんな」
そう言って薬を用意してくれたイドゥン氏に、薬の用法と風土病の詳しいことを聞いてメモを取り、代金を支払って集落を後にした。
翌日、ウィータに帰り付いて3羽の雄鶏亭の亭主に依頼の結果を報告し、報酬を貰う。
花を摘んで回っただけで半金貨18枚というのはちと多い気もするが、まぁ報酬の一部を返せとも言われなかったので黙って受け取っておいた。
じゃ、明日はまた休みということにしましょうかね。まだこの街を回りきってないし。
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ちなみにその夜、見逃した白蛇が夢枕に立つなんてことは(当然ながら)起きなかった。
……まぁ世の中こんなもんよ。
――――あとがき――――
すいません、今回は話がまとまらずちょっと短めです。
宗教に絡むことってなかなか話にするのが難しいです。ネタ選定失敗したかな。
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