ウィータ観光
―――前書き――――
牛退治は無事に終了。
ということで今日はのんびりと骨休めを兼ねて、ウィータの街を観光する。
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-1-
16番の集落(アダルの集落)で針山牛を倒し、戻ってきた翌日はまる1日を休みとした。
まぁ休みも取らずにガツガツと依頼を受けにゃならんほど、懐事情はひっ迫してないしな。
というわけで、今日はイツキ、ユニ、ヴァルツを連れて街中観光と洒落込んだ。
なお、針山牛討伐の依頼はしっかりと「大いなる感謝を込めて」が書かれていた。
そりゃ着いたその日に針山牛を倒して、肉や皮革その他をほとんど譲ったのだから、妥当といえば妥当ともいえる。
これを期待して譲った部分もあるけどね。
金で評価が買えるなら安いもんよ。
そして貰った肉は早速ユニが調理して美味しく頂いた。
そのまま焼くだけだと固さとクセが若干気になる肉ではあったが、ユニの手にかかれば極上の料理に変わるのだから大したものだと思う。
固いと思われた肉は噛み応えのある肉になり、気になるクセは野性味へと変わる。
そして肉が本来持っている濃厚な旨味を最大限に引き出し、ハーブやスパイス、付け合わせの力も借りて更に押し上げる。
厨房を借りる際に隣で見ていた宿屋の次男坊にして料理担当のミルコが、熱心に質問しながらメモを取っていたくらいだ。
ミルコが精進を怠らなければ、次回以降、針山牛の肉が持ち込まれれば美味い料理にありつけるだろう。
話を戻そう。
2人と1頭を連れてまず向かったのは、ガラス職人のギルド。
ギルドの事務所は街の規模の割に小さく、あまり活気もないように思えた。
ここでも受付に話をして、カワナガラス店の人員募集を広めてもらう。
聞けばこの街ではあまりガラス製品は作られていないらしい。流通しているガラス製品のほとんどは他所の街から持ち込まれたものだそうだ。
やはり周辺が畑ばかりで燃料が入手しにくいのが影響しているのだろうか。
そんなことを考えながらガラス職人のギルドを後にすれば、後は自由行動だ。
あちこちの通りや路地を気の向くままに歩き回り、店先に並んでいる品を眺めて回る。
横断皇路の中継都市だけあって、品ぞろえは結構豊富で通りに人も多い。
途中見かけた魔道具屋を覗いて翻訳か解読の魔道具を探してみたが、生憎こちらは見つからなかった。
あとこの街に来て初めて知ったのだが、馬用のパンなんてのもあるんだな。
1軒だけでなく複数の店で売っていたから、この街では割とアタリマエな商品なんだろう。
言われてみればパンに見えなくもない細長い塊で、とにかく値段が安い。銅貨1~2枚(10~20円)で1つ買える。
不思議そうに見ていたら店主が説明してくれたが、この馬用のパンは小麦を挽くときにでるフスマを使ったパンなんだそうだ。
重労働をさせる時に食べさせるそうだが、黒パン以上にどっしりと重く、ちょっと粘り気のある食感で、一応人間が食べることもできるらしい。
腹持ちがいいので実際に貧乏人が買っていくこともあるが、味はまぁ……期待はするなと言われた。
作り方も雑で、飛び散ったフスマも掃き集めて材料にするから、籾殻とか床に落ちた髪の毛、埃なども一緒に混じることもあるそうだ。
ウチじゃそんなことはしてないから、人間でも安心して食べられるよとは言っていたが、不味いと分かってるパンを食うほど物好きじゃないしな。
教えてくれた礼代わりにプレッツェルをいくつか買って店を離れた。
その後も街中の散策を続けるが、どーにも心に響く物がない。
藁スリッパというか藁サンダルなんかは室内履きに悪くなさそうだが、ちょっと作りが甘いのよね。もう少しささくれがきれいに処理されていればな。
それに今すぐ必要ってものでもないし。
そんな中で立ち寄った、ある店に置いてある藁製品に目が留まった。
モノとしては鍋敷きなんだが、厚みがありつつしっかりと編まれており、丁寧な作りをしている。
一つ手に取ってじっくりと調べてみる。
「それ、鍋敷きよね?それがどうかしたの?」
「ああ、ちょっと作りが気になってな」
イツキに答えながら厚みや手触りや強度を確かめる。ふむ、これなら使えるんじゃね?
というわけで、少し離れた所からこちらを見ている店主を呼んだ。
「何かご入用で?」
「この鍋敷きなんだけど、これ作った人ってわかるかな?」
寄ってきた店主に鍋敷きを見せながら尋ねる。
「ウチの鍋敷きは5の集落から仕入れているけど、そこの誰が作ったかまではちょっと分からないな」
「あ、そうなんだ」
「その鍋敷きなら一つ半銀貨2枚だよ」
「いや、鍋敷きが欲しいわけじゃねぇんだ。ただ、随分丈夫できれいに編まれてるからさ、これを作った人に一つ注文を出したかったんだ」
「その人に限らず5の集落の鍋敷きはみんなそんな作りだよ。良かったら見比べてみな」
「そうなんか」
店主に言われたので鍋敷きを3つ4つ見比べてみたが、なるほど確かにどれも似たような作りで丈夫かつ綺麗に編まれている。
ふむ、作り手が違っても安定してこの品質が出せるなら、個人を指定せんでもイケるか。
「で、注文てのはなんだい?」
「ああ、頼みたいのはこういう奴なんだが……」
と、紙とペンを取り出して絵を描きながら説明したのは、猫ちぐら。
知っている人も多いと思うが、新潟や長野で作られている、藁で編まれた猫の寝床だ。
鍋敷きの編み方を見て思い出して、双尾猫のアルゥへの土産にしようと思い付いたわけだ。
形としてはオーソドックスなかまくら型で、天面に持ち運び用の取っ手をつけることにした。
「ふぅん……形としちゃ分かったし作れねぇこともねぇと思うが、これはいったい何なんだ?」
説明を終えたところで、猫ちぐらを知らない店主が尋ねてくる。
「一言で言えば猫の寝床だよ。猫はこういう暗くて狭いところが好きだからな」
「そうなのか?」
「まぁ全部の猫がそうとは限らんけどな。……で、頼むとしたら幾らくらいになる?」
「うーん、材料費はタダみてぇなもんだが、なにせ初めて作るもんだし……いつくらいに欲しい?」
「別に急ぎじゃねぇんだ。来年の今頃に取りに来るから、それまでに出来てりゃいいよ」
「なんだ、随分のんびりだな。それなら半金貨2枚で構わんぜ」
「そうか、それは助かる。まぁ足が出たようなら引き取りの時に言ってくれ。少しくらいなら追加で払うから」
財布から半金貨2枚を取り出してとりあえず店主に渡す。
猫ちぐらが何日で出来るかは知らんけど、初めて作る物が1~2日で出来るとは思えんからな。
試行錯誤の分も含めりゃ半金貨2枚なら安いもんだ。
「あいよ、確かに。じゃあこれが受け取りの紙な」
代わりに店主が一筆書いた紙を受け取る。
「じゃあ来年また来るから、よろしく頼むわ」
「ああ、待ってるぜ」
そう言って店主に別れを告げると、また気ままな街歩きに戻った。
-2-
猫ちぐらを頼んだ後は、あちらの店で服を見て、こちらの店で鞄を見て、と、散策を続ける。
ついでにユニが小物関係を見たがったので付き合うことにした。
立ち寄った店でユニが針や糸、ボタンなどを見繕うのを横目で見ながら、店内をなんとなく眺める。
毛糸やらレース系のリボン、綿や端切れといったハンドクラフト系のモノに混じって、小さな人形やぬいぐるみなんてのも置いてある。
「ぐふっ」
そんなファンシー?なものの中に、場違いなものを見つけて変な声が漏れた。
カラフルなおリボンや可愛らしい服を着せられているそれは、どうみても藁人形だ。
いや、こういう場合は藁人形ではなくてストロードール、とでも言った方がいいのだろうか。
こっちじゃ藁人形は服を着せて小さい子供とかが遊ぶものなのか。
まぁこういうところで売っている物が、呪いの言葉を吐きながら立ち木に5寸釘で打ち付けるような使い方をするとは思えんしな。
2つ3つ並んだ藁人形から1つ手をに取ってしげしげと見る。
「可愛い人形じゃない。買ってくの?」
何も知らないイツキが尋ねてくる。
可愛い……のか?この服を着た藁人形が?元日本人の俺としては、どうにも違和感しか感じないのだが。
「買ったところで使い道ねぇだろ」
フェルト製のベストと麻生地のズボンを着た藁人形を棚に戻しながらイツキに答える。
「俺が一人ニヤニヤしながら人形遊びをしてる姿を見たいというなら話は別だが……って、スマン。さすがにそれは御免こうむる」
「そうね、さすがにそれはないわね」
俺のお人形遊びの姿を想像したのか、イツキが軽く身を震わせた。
「お待たせしました」
奥の方で何かを買い込んでいたユニが戻ってきた。
「欲しいものはあったか?」
「はい。丈夫そうな紐と糸と、あと綺麗なボタンがセットで売っていたのでそれを一揃え」
「そうか」
ユニに頷いて、揃って店先を離れる。
「……イツキさん、どうかしたんですか?」
店を離れたのにまだ微妙な顔をしているイツキにユニが声をかけた。
「なんでもないのよ。さっきディーゴが藁の人形に興味を持ってたから、ディーゴが人形で一人遊びしているところを想像しただけ」
「ディーゴ様が、藁の人形を……?」
ユニさんや、そのなんとも言えない顔で俺を見ないでくれ。
イツキも変なことを蒸し返すんじゃない。
2人のなんとも言えない雰囲気に、一つため息をつくと藁人形を手に取った理由を説明した。
「……藁で作った人形は俺の故郷にもあったんだ。だがな、子供が遊ぶような微笑ましい使い方じゃない。憎い相手を呪い殺すための呪いの道具だったんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。故郷の人間なら誰でも知ってる、ある意味有名な呪いでな、丑の刻参りっつーんだ。
夜の闇が一番深くなるころに、呪う相手の髪の毛やら爪やらを入れて当人に見立てた藁人形を、神殿とかに植えてある太い木にこのくらいの長い釘で打ち付けるんだ」
「なにそれ。そんなの効果あるの?」
木に打ち付けると聞いてイツキが顔をしかめる。
「まぁ、気分的な問題だな。前にも言ったが俺の故郷に魔法はない。だからあくまで『おまじない』でしかねーのよ。まぁ、ぐさぐさ釘やら針やら刺さった人形ってのは見た目にもあまりいいもんじゃねぇし」
「人形を当人に見立てて傷つける、という呪いは私のところでも聞いたことあります。私の所では布と綿のぬいぐるみですけど」
「だろうな」
ユニが話に混じってきたので頷いて返す。
「で、話を戻すが、俺の故郷では藁人形ってのはほぼその使い方しかしねーんだ。だから、呪いの品物が可愛く着飾されているのをみると違和感しか感じなくてな……。
例えば、禍々しい邪神の像がピンクのフリフリドレスを着ているようなもの、といえば想像つくか?」
その例えにイツキとユニが揃って噴き出した。
「……確かにそれは違和感しか感じないわね」
「あまり想像したくないです」
「そういうわけで、別にお人形遊びがしたくて手に取ったわけじゃないことは理解しといてくれ」
イツキとユニが揃って頷いたところで、この話は打ち切った。
うん、俺が藁人形で着せ替え遊びなんてやってたら、傍から見たらかなりやばい絵面だろうな。