牛退治2
―――前書き――――
この街で受けた依頼は、ハリネズミのような牛の退治。
ただ、怒ると弾幕をはってくる牛を相手に考え無しに突っ込むわけにはいかない。
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-1-
標的の針山牛2頭が近くで食休み中と聞いて、思いついた作戦をイツキ、ユニ、ヴァルツに農夫2人を加えた4人と1頭に説明する。
と言っても単純なものだ。
まずは俺の土魔法を使い、針山牛2頭を岩の壁で囲い込む。壁の高さは1トエムを少し超える程度だ。
あとは囲いの中に俺とヴァルツが入ってそれぞれを相手にする。イツキとユニは囲いの外から、イツキはヴァルツの、ユニは俺の援護に回ってもらう。
とはいえ、ヴァルツのチームはあくまで足止めと牽制が目的だ。
針山牛を実際に倒すのは、盾を持っている俺の方がいいだろう。
針を飛ばしてくるようなら、イツキとユニは壁の後ろに隠れ、ヴァルツは俺の後ろに隠れる。
2頭同時に針を飛ばされると厄介だが、そうならないようにヴァルツらには手加減をしてもらおう。
「……という予定でいるんだが、このやり方だとちと畑を荒らすことになる。特に囲った中の麦はほぼ全滅を覚悟してもらうことになるが、構わんか?」
「それなら問題ねぇ。あのあたりの麦は軒並み食われちまってるから、いくら踏み荒らしても被害にはなんねぇだよ」
「牛を囲った岩壁は後で消してもらえるんで?」
「それは大丈夫だ。針山牛2頭を仕留めればちゃんと消す」
「ならそのやり方で頼むだ」
農夫2人の許可が得られたので、作戦は決まった。
まずは農夫の一人が見張り3人に討伐開始を告げて、距離をとって貰ってから俺たちが出張ることになる。
イツキやユニはともかく、虎2頭が姿を見せたら針山牛が逃げる可能性があるからな。
俺達から離れた農夫が見張りの下に歩いていき、了解したらしい3人+1人がそれぞれ離れてからこちらに向けて手を振った。
んじゃまぁ行きますか。
針山牛が麦を踏み倒した小道を歩きながら、イツキとユニに指示を出す。
「イツキはなるべく足止めに回ってくれ。全身を抑え込めればそれに越したことはないが、難しそうなら前足だけ固定してくれりゃいい。
ユニはなるべく頭を狙え。俺がちょろちょろ動いてやりにくいだろうが、そこはなんとか頼む」
「おっけ」
「分かりました」
やがて針山牛のいる場所に出た。
針山牛は食い散らかした周辺の麦を丁寧に踏み倒して広場を作り、その中央に2頭並んで寝そべっていた。
しかし俺たちが姿を見せたとこで起き上がり、針は立てないまでも警戒態勢をとってきた。
見た目は牛だが、針山牛といわれる通り胴体部分が針というかトゲに覆われている。針の密度はかなり濃い。
発射されれば相当数の針が飛んでくると思う。
「土よ岩よ、連なり重なり壁となれ」
俺の魔法で広場を囲むように岩の壁がゴゴゴン、と出現する。
見た目は牛2頭と虎2頭が相対する闘技場、といった感じか。もっともこちらには場外サポートがいるが。
「行くぞ!」
俺とヴァルツが駆けだす。牛2頭はその場で足を踏みしめ頭を下げて迎撃態勢をとった。
しかし地味にでけぇな。今みたいに頭を下げているならいいが、頭を上げられたら上から殴りつけるのはちと難しいか。
あと、針に覆われている胴体を攻めるのも効果がなさそうだ。
ひたすら頭をぶん殴って速攻で沈めるしかないな。
正面の針山牛に、大きく振りかぶった盾を叩きつける。無論叩きつけるのは盾の縁、爪の出ている下縁だ。
しかし盾を振り上げた瞬間に針山牛が突進。盾を叩きつけることで突進こそ防げたが、狙いがそれた上に微妙に力が入っていない。
盾の一撃は首の部分を守るように生えている針に阻まれ、まともな傷になっていない。思ったより固いじゃねーか。
それでも盾を振り回し、2度3度と針山牛の顔を殴りつけると、針山牛は動きを止めて全身の針を逆立てた。
それを見てさらに盾の回転を上げる俺。しかし針山牛は倒れない。
タフにも程があるぞこの牛。
ちらりとそんなことを考えた矢先、針山牛の身体が急に大きくなった気がした。マズイ。
「ヴァルツ!!」
声を上げて使い魔を呼ぶと、ヴァルツがもう一頭への牽制を止めて俺の後ろに飛んできて身を伏せる。
盾の爪を地面に突き立て、やがて来る針の衝撃に備えた瞬間、重い打撃音が3度響いた。
ユニの援護射撃か。
ちらりと見れば、俺の左手方向の囲いの外でユニが精霊筒を構えて立っていた。
顔の左半面を血に染めて、針山牛がぐらりと傾ぐ。
半ば無防備になったその隙に、盾を地面から引っこ抜き大きく振りかぶる。
「っっしゃぁああ!!」
両足を踏みしめ腰の回転をのせ、気合と共に爪のついている盾の下縁を針山牛の右半面に叩きつけた。
3本の爪が固い頭蓋骨を貫く感触があり、勢いのまま針山牛が横倒しになる。
十分すぎる手応えに結果も見届けず、もう一頭の針山牛を振り返る。
こちらはこちらで全身の針を逆立てつつ、前足に絡んでいるイツキの蔓草を外そうともがいている最中だった。
なら今のうちに……と駆け出すところで、もがく針山牛と目が合った。
慈悲や憐れみを乞うのではない、力のこもった目を見て全員に聞こえるように叫ぶ。
「全員伏せろ!針が飛ぶぞ!!」
盾の後ろに身を隠した少し後、ガガガガガン!!という音と衝撃がやってきた。
「うぉっ!?」
盾が壊れることはなかったが、数本の針が盾を貫通してこちら側に顔をのぞかせる。
少し待ち、追撃が来ないことを確認して盾ごしに針山牛を見ると、体中の針を全部発射して丸ハゲになった元針山牛が、大きく息をしながらこちらを睨んでいた。
もう針の斉射はない。警戒するならば突進による角の一撃だが、前足にはまだ蔓草が絡んだままなのでそれも不可能。
打つ手のなくなった針山牛に、腰から戦槌を外しつつ歩み寄る。
針山牛の前に立っても、相手は身動きもせずにこちらを睨んでいた。
暴れるわけでもなく、じっとその場でこちらを睨む行為に、針山牛の覚悟が見えた気がした。
……ならば苦しまずに逝かせてやる。
大上段に振りかぶった戦槌を、渾身の力で針山牛の頭に振り下ろす。
戦槌の烏口が根元まで突き刺さり、針山牛は崩れ落ちた。
「……ふぅ」
戦槌を拭い、周囲の壁を取り去るとイツキとユニがやってきた。
「済んだようね」
「おう。イツキもヴァルツもご苦労。ユニもありがとな。あの3連射は助かった」
「あ、はい」
ユニが慌てて頷く。初めは緑小鬼相手に一発も撃てずに棒立ちだったってのに、成長したもんだ。
少し遅れて農夫たちも駆けつけてくる。
「終わっただな?」
「ああ、2頭ともこの通りだ」
針山牛2頭を指し示すと、農夫たちは倒れている2頭を取り囲み、それぞれ息絶えていることを確認した。
「確かに2頭とも死んでるだな。んじゃあ荷車持って来るで、もうちょっと待っててくだせぇ」
農夫4人がそう言って駆けだす。残ったのは案内に立ってくれた農夫だ。
「冒険者さんもありがとな。お陰で助かっただ」
「なに、これが仕事だからな」
「でも牛が針を飛ばした時は肝が冷えただよ」
「俺もだ。前もって聞いてはいたが、結構洒落にならんな」
農夫に答えつつ盾を拾い上げると、盾には7本の針が刺さっていた。そのうちの1本を捻りながら抜いてみせる。
「こんなのがあんな密度で一斉に発射されたら、まず盾がなきゃ生き残れねぇだろ。しかもそれなりに丈夫な盾が」
手にした針は15セメト(cm)ほどで、かなりの固さがある。
鉄板、厚手の革、木材と重ねた俺の盾を貫通するものもあるのだから、板切れ1枚程度の即席な盾ではあまり意味はないだろう。
「大抵のもんは警戒して手を出さねぇもんだが、勘違いした力自慢が返り討ちに遭うってのはたまーに噂になるだ」
農夫のため息にこちらもつい苦笑が漏れる。
「ところでこの牛、どうするんだ?」
「ああ、心配いらねぇだよ。肉も皮も冒険者さんのもんだ。丸のままより捌いた方が運びやすかんべ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……って、食えるのか、この牛」
「豚に比べっとちっと固くてクセがあるだが、煮込みにするとうめぇだよ。皮はえれぇ丈夫だと聞いたな」
「そうなんか。針の部分は何かに使えるか?」
「針かぁ……針はどうにもなんねぇな。確かに固ぇけど、日が経って乾くと脆くなるだよ。折角だけど捨てるしかねぇな」
「そうか」
これだけ固くて結構鋭いなら何かに使えんかと思ったが、脆くなるんじゃ仕方ねぇな。
あとは農夫と取り留めもない話をしながら、盾に刺さった針を抜いたり地面に散らばる針を回収したりして時間を潰した。
盾の方だが、幾つか穴は開いたものの小さい穴だし、ベースの木に大きなダメージが入ったわけでもないので修理には出さずともよかろう。
-2-
しばらくして荷車を取りに行っていた農夫たちが戻ってきた。
ただ、行くときは4人だったのに戻ってきたときは5人と、1人増えていたので何事かと見ていると、増えた一人が俺たちに歩み寄ってきた。
「街から来られた冒険者さんですね?私は依頼を出した集落長のケストルです。順番が前後してしまって申し訳ない」
「冒険者のディーゴだ。こっちは同じく冒険者のユニ。あと精霊のイツキと使い魔のヴァルツだ。なに、時間が経てばそれだけ被害も増えてたんだから仕方ないさ」
簡単に挨拶を済ませ、倒した針山牛を全員でなんとか荷車に乗せる。
畑の柔らかい土では荷車の車輪がめり込むので、集落の人間6人に俺を加えた7人で1台ずつ荷車を道に戻した。
道に戻しさえすれば後は2~3人でなんとかなる。
「集落に着いたら少し待っていてもらえますか?解体を済ませて肉と皮をお渡ししますので」
針山牛を乗せた荷車の後ろを並んで歩きながらケストルが話しかけてきた。
「ああ、それなんだが、討伐部位の頭と肉をいくらか分けてもらえりゃ、残りと皮はそっちで好きにしていいぜ」
「よろしいので?」
「構わんよ。見たところ結構麦が食われちまってるようだからな、その穴埋めにでも使ってくれ。俺らの財布を重くするよりそっちの方が有意義だろう」
農家ってのぁ被害が出たからと残業で穴埋めできるもんじゃねーからな。夜なべして藁籠やら藁帽子をせっせと作ったところでたかが知れてるし。
「ありがとうございます。とても助かります」
ケストルが立ち止まって深々と頭を下げた。
集落に戻ると話を聞いていたらしい農夫たちが待ち構えており、早速針山牛の解体が始まった。
ケストルが陣頭指揮を執って、さくさくと解体が進んでいく。
その間俺たちは手持ち無沙汰かというとそうでもなく、針山牛との戦いぶりを知りたがった者たちに、盾や精霊筒を見せながら色々説明していた。
「こんな丈夫な盾があっても突き抜けるだか」
「精霊筒なんて便利な武器もあるんだなぁ」
盾に開いた穴や精霊筒を見ながら農夫たちが感心したように呟く。
そんな感じで話していると、ケストルが葉っぱに包んだ物を持ってやってきた。
「お待たせしました。1頭の方は解体がもうすぐ終わりそうなので、ひとまず約束の肉だけ切り取って持ってきました」
「おう、すまんね」
「皮とかはこちらに貰えるとのことなので、一番いいところを用意しましたよ」
「そいつはありがたい。どう食えばうまいかな?」
一番いいところというと、ヒレかサーロインかな。普通の牛ならステーキにするのが一般的だが……。
「煮ても焼いても美味いですが、我々では煮ることが多いですね。街の食堂に持ち込んでハーブとかをふんだんに使って焼けば、それもまた美味いですよ」
「なるほど。じゃあ後で両方試してみよう」
笑顔で肉を受け取り、ケストルに依頼完了のサインをもらうと、これから宴会をするという誘いを断って帰途に就くことにした。
まぁ宴会に出ても良かったんだが、そうするとこの集落に泊まるか、夜中に街道筋の宿につくことになるのがちょっとな。
ここの集落に泊まると、翌日が変な所で夜になるからそういうのは避けたいのよ。
ほんじゃユニさん、肉は任すからあとで腕ふるってくれな。
 




