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牛退治1

-1-

「俺たちに受けて欲しい依頼がある、と?」

「はい。ちょっと待っててください」

 俺の問いに亭主は一つ頷くと、カウンターを離れ依頼板から1枚の紙を剥がして戻ってきた。

「こちらがその依頼になります」

 そう言って差し出された紙を3人で覗きこむ。

『針山牛2頭の討伐 16番の集落(アダルの集落) 半金貨15枚 集落長ケストル』

 差し出された紙にはそう書かれていた。

「この針山牛ってのはなんだ?」

 聞いたことのない魔物なので尋ねてみる。

「針山牛はこの辺りの平原に生息する大型の牛でして、体毛が針というかトゲのように尖っているのが特徴なんです。

 基本的に草食で人間を襲うことはない動物なんですが、身の危険を感じると体中のトゲを逆立てて身を守ります。

 さらに攻撃を受けたりして本気で怒ると、そのトゲを一斉に飛ばしてくるんですよ」

 ハリネズミみたいな牛って事か。まぁハリネズミは針を飛ばしたりはせんけどな。

 つーか弾幕張ってくるのに魔物じゃなくて動物扱いなのね。

 俺がそんなことを考えている間にも亭主の説明は続く。

「それでその飛んでくるトゲなんですが、ちょっとした弩くらいの威力があって、革鎧程度なら簡単に貫通してしまうんです。

 そんな訳なので、守りに長けてそうな人を探していたんですよ」

「なるほど、それで俺らが選ばれたわけか」

 確かに俺はでかい盾を持っているし、土魔法で壁を作ることもできる。

 飛び道具に対しては割と強い方だろう。

「でも草食の動物なら別に無理して退治せんでも……ああそうか。麦畑にでかい野良牛が入り込んだら色々まずいわな」

「ええ、収穫前の小麦がかなり食い荒らされて、結構な被害になっているそうです。柵とか縄で追い払おうにもなかなか上手くいかないようで」

 確かに、草食とはいえ危なくなったら弾幕を張ってくるような生き物を、農家のおっちゃん兄ちゃん連中が相手にするのは難しかろう。

「ところでこの16番の集落ってのはどこにあるんだ?つーか集落の名前が番号なのか」

「集落の数が多くていちいち名前を憶えていられないということで、昔の領主様が順番に番号を振ったんですよ。基本的に数が大きいほどこの街から遠くなります。

 一応正式な名前もついていますけど、番号で呼ぶのが一般的ですね」

「アダルの集落ってのが正式名称か」

「はい。16番の集落は、確かこの街から南東に1日半歩いたところにありましたね。そうだ……」

 亭主はそこでカウンターの後ろから地図を取り出した。この街を中心にした周辺地域の地図らしく、中央にウィータと書かれた丸があり、その周辺に番号の振られた小さな丸が散らばっている。なるほど、確かにウィータの街から離れるほどに数字が大きくなっていく。

 そして小さな丸の間を蜘蛛の巣のように線が走っているのは、道を示しているのか。

 ただ小さな丸に混じって、長方形に髭が生えたような印もいくつか書かれていたのが少し気になった。

「アダルの集落はここになります。ですからウィータの南門から出て、5番と11番の集落を経由して向かうのが近いですね」

 亭主が地図を指でなぞりながら説明する。

「なるほど。ちなみにこの髭の生えた四角はなんだ?」

「そこは居酒屋兼宿屋ですね。集落の家々はあまり大きくはないので、なるべくこういった宿屋に泊まることをお勧めします」

「了解。つーと、11番の集落の手前の宿屋に泊まるのが妥当か」

「そうなりますね。……で、どうでしょう。この依頼、受けていただけますか?」

「そうだな、そう遠い場所でもなし報酬としても妥当な所か。この依頼、引き受けよう。二人ともそれで構わんな?」

 そう言ってイツキとユニを見ると、二人とも了承したように頷いた。

「じゃあ、明日の朝にでも発たせてもらうわ」

「ありがとうございます」

 俺の返事に、亭主は深々と頭を下げた。


-2-

 翌朝、3羽の雄鶏亭を出発し16番のアダル?の集落を目指して旅を始めたが、道中は割と暢気なものだった。

 なにせ広大な麦畑の中を進んでいるのだ、敵など出ようはずがない。

 時折すれ違う農夫や旅人がこちらを見てぎょっとする顔を見せるが、イツキやユニが笑顔で手を振れば向こうもたちまち相好を崩した。

 とはいえ、行けど進めど麦また麦で、ときおり用水路に出くわす程度な変化のない道は、分岐の度に立っている看板がなければ確実に道に迷っただろう。

「凄いですね。見渡す限りの麦畑が歩いても歩いても途切れないなんて、魔界じゃ考えられないです」

「俺の故郷でもここまで広いのは見たことがねぇわ」

 ユニがぽつりと漏らした言葉に相槌を打つ。

「これ全部人の手で耕したんですよね?」

「だろうなぁ。牛とか馬の手は借りたと思うが、それでも結構な手間だろう」

「これを全部収穫すると、どのくらいの量になるんでしょう?」

「多すぎて想像もつかんわ」

「……でも、ありようとしてはちょっと歪よね」

 俺とユニとの掛け合いに、遠くを見ていたイツキがふと呟いた。

「歪……ですか?こんなに麦があるのに?」

 ユニがきょとんとした顔で尋ねる。

「麦しかないのが問題なのよ」

「……ああ、なるほどな」

 イツキの答に俺は納得するが、ユニはまだちょっとわかっていないようだ。少し首を傾げて俺とイツキを見た。

 その様子を見て俺が解説する。

「人間が生きていくうえで必要なのは麦だけじゃない。当然ながら家や服だって必要だし、毎日の煮炊きで使う薪だっている。

 今まで通ってきた村は大抵近くに森があって、そこから家を建てるための木材や煮炊きに使う薪なんかを調達していた。

 だがこの辺りは見ての通り、麦畑ばかりで森らしい森がない。全部街からの供給に頼るしかないってことだ」

「それもあるけど、あたしが言いたいのはちょっと違うわ」

 解説が一段落したところでイツキが口を挟んできた。

「まぁ待て、俺の話はまだ途中だ」

 イツキを止めると、さらに言葉を続ける。

「あと、こうやって麦ばかり作っているのも問題だ。気候がよくてきちんと収穫できるなら問題ないが、日照りや大雨で麦がまともに育たない年はそうはいかん。

 税を払うとか以前に自分が食う事すらおぼつかなくなる。

 他の村では麦以外にもジャガイモや栗以外に雑穀も栽培してたろ?それは麦がダメだったときに備えてのことだ。麦はダメでも他の作物はまだ収穫できる、ということは多いからな。

 これで大体あってるかな?イツキさんや」

「そうね。大体そんなところかしら。なんにせよ、一つのものだけに頼りきりになるのは良くはないわ」

「そうなんですか」

「まぁ一点集中の方が効率の面では色々と上なんだが、ある意味博打ではあるわな。逆にいろいろ手を広げると、何かあったときには被害が抑えられるが効率は悪いしどうしても小さくまとまりがちだ。どちらがいいとは一概には言えんが、一点に集中させる場合はコケたときに備えておく必要があるだろう。

 もっとも……それが万全にできているところはあまりないだろうな」

 そう言いつつ、かつて世話になっていたセルリ村のことを思い出す。

 村のマナーハウスにそれなりの備蓄はあったが、決して十分とは言えない量だった。

「ちなみに今回の旅では、遠出のついでにディーセンで見かけない作物を探してみようと考えてる。できればサツマイモを持って帰りたい」

「サツマイモ?」

 イツキとユニが首を傾げる。

「ああ。手持ちの植物図鑑だと、こっちでは赤芋というらしいな。俺の記憶にあるサツマイモと同じ物かは知らんが、このくらいの赤くて細長い芋だ」

 そう言ってイツキとユニに両手で芋の形を作ってみせる。

「それって何か特別なお芋なの?」

「特別というかな、とにかく栽培が簡単なんだ。痩せた土地でもよく育つ上に栄養もあるし、芋以外の蔓や葉っぱも食うことができる。俺の故郷じゃ有名な作物の一つだよ」


 サツマイモの蔓や葉っぱは戦後の食糧難の時代の食べ物というイメージがあるが、実は蔓や葉っぱの部分も馬鹿にできない栄養があるらしい。

 最近では葉っぱを生でも食べられる品種が作られたり、葉っぱの栄養価を改善して青汁的製品の材料に使われる品種もあるそうだ。

 ネットで検索をかければサツマイモの葉を使ったレシピが結構ヒットする。

 そんなことから始まるサツマイモの有用性と可能性を、沖縄のゲストハウスで一緒に酒を飲んだサツマイモ農家のあんちゃんが熱く語ってくれた記憶がある。


「初めは飢饉に備えて導入されたが、使い道は色々あるし結構美味いんだぜ。火を通せば甘くなるしな」

「へぇ、甘いお芋なんてあるんだ」

「お菓子とかに使えそうですね」

「焼いたり蒸かすだけでもいいおやつになるぞ。蒸かしたサツマイモを潰して、牛乳砂糖を混ぜてタルト生地に流し込んで焼くのもあったな」

「食べてみたいですね」

「まぁこっちじゃ品種改良は期待できんから、どの程度甘くなるか見当つかんけどな。見つけたら宿ででも試食してみて、口に合うなら栽培してるところを訪ねてみるか。

 来年の今頃までに帰ることができれば植え付けに間に合うはずだ」

「どこらへんで採れるのかしら」

「確か(ハニハ)と一緒で、暖かい地方の筈だ。横断皇路をうろうろしてれば、噂くらいは聞けるかもな」

「なら市場を念入りに探してみましょ」

 その後も俺のサツマイモ談義は続いた。

 別に前世でサツマイモを愛していたわけではないが、救荒作物としては優秀だからな。ディーセン周辺でも栽培できるなら飢饉の被害を減らすこともできるし、食の選択肢も広がるってもんだ。

 あと、冬場に干し芋を炙りながら食うのが好きなんだよ。


-3-

 ウィータを出た翌日の昼前には、16番の集落に無事に到着した。どうやらここが一番外側の集落らしい。

 例によって住人に警戒はされたが、ユニを前面に立てて針山牛を討伐に来た冒険者だと告げたら態度が一変した。

 なんでも2頭の針山牛はどっかりと麦畑に腰を据えてしまって、今も被害が拡大中なんだそうだ。

 しかも針山牛は結構な大喰らいで、被害は隣の集落の畑にも及んでいるとか。

 集落の住人たちが協力してあの手この手で立ち退きを迫っているが、針を飛ばすことを警戒して及び腰にならざるを得ず、イマイチ上手くいってないらしい。

 そんな理由で、到着後すぐに針山牛の所に向かうことになった。

「柵を作ろうにも木材がまるで足りねぇし、縄で引っ張ってもびくともしねぇだよ。あまりごちゃごちゃやって針を飛ばされたら死人が出かねねぇしよぅ」

 案内に立った農夫が道すがらにぼやく。

「ほら、この辺りの麦は全部食われちまってる」

 そう言って農夫が指さした先の麦は、先端の穂の部分だけが軒並みきれいに食われていた。

「……丹精込めて育ててる麦を食われるだけでも腹が立つのに、茎や葉は残して肝心の穂の部分だけ食い散らかす、ってのが余計頭に来るな」

「まったくその通りだよ。あいつら一番うめぇところだけ食っていきやがる」

 農夫が憤懣やるかたないといった具合に吐き捨てる。

「針山牛のいる場所は分かってるのか?」

 話題を変えて尋ねると、農夫は頷いて答えた。

「集落のもんが今も何人かで追い出そうとしてるだ。今朝の時点ではもうちょっと先……ほら、あそこにいるのがそうだ」

 そう言って農夫が指さした先を見ると、確かに住人らしい人影が見えた。

 少し離れた所でも3人の人影が何かを囲むように立っている。討伐対象の針山牛の姿は見えないが、恐らくあの中にいるのだろう。

「おぅーい、冒険者さんたちを連れてきたぞー」

 人影に近づくと、案内の農夫が声をあげて手を振ってみせた。

 それに気づいた相手がこちらに駆けてくる。

「やっと来てくれたか。随分強そうなお人でねぇか。それにでかい虎までいなさる」

「到着するなり話を聞いて、昼飯も食わずに来てくれただよ」

 駆け寄ってきた農夫に案内の農夫が説明する。

「そいつはすまねぇこって。ただこっちも遅くなる分麦が食われるでよ、勘弁してくだせぇ」

「まぁそれは気にしなさんな。そっちも死活問題だろうからな」

「そう言ってもらえるとありがてぇ」

 駆けつけた農夫が頭を下げた。

「で、奴らはどうしてる?」

 案内の農夫が尋ねると、相手は3人の人影を指さした。

「あの3人の所だ。今は暢気に寝そべって口をもぐもぐしながら食休みしてやがる」

「なら今のうちに片づけちまうか。今から作戦を説明するから、具合が悪けりゃ言ってくれ」

 俺は農夫二人にそういうと、イツキとユニを加えて考えた作戦の説明を始めた。



――――あとがき(10/5追記)――――

この話で誤字報告を頂きました。

明らかにこちらのミスですので、修正しておきました。

ご指摘どうもありがとうございました。

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