穀倉都市ウィータ
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ウィータの街に入れたのはいいが、まずは冒険者ギルドに行けと門番に言われたので、目印となる南門を目指すことにした。
入ってきたのは北門なので、この街をいきなり縦断することになるのはちと想定外だったが、どのみちどこかでお勧めの宿を聞かなきゃならんので、道すがらあちこちの店を冷かしつつ南門に向かうことにした。
店の中には入らず、店先だけを冷かした感じだが、やはり雑貨屋には藁製品が多い。
藁籠、筵、藁袋といったディーセンとかでもよく見かける品に混じって、藁の短靴やスリッパ、藁帽子なども置いてあった。
短靴やスリッパは多分室内用だな。外で藁靴なんぞ履いていたらあっというまに擦り切れそうだし。もしくは使い捨て感覚か。
藁帽子は結構種類があり、円筒形でつばの狭いカンカン帽のようなものや、つばが反り返ったテンガロンハットのようなもののほか、日本でよく見る半球形でつばの広い「THE麦わら帽子」なものもあった。
編み方や材質にもいろいろあるようで、固く編み込んだ丈夫なものや隙間をわざと大きく開けて風通しを良くしたもの、布やリボン、鳥の羽で装飾したものなど色々と種類があってなかなか興味深いものがあった。
ただ虎頭に帽子は似合わんと思うので買いはしなかったけどな。
ユニも変身を解くと頭に角が出るし。
そんな感じで南門にたどり着き、付近で冒険者ギルドの場所を尋ねると割とあっさり見つかった。
外から見た規模としてはまぁ、ディーセンの冒険者ギルドよりは幾分大きいか。
中に入ると作りは似たようなもので、十数人くらいの同業冒険者が3つ4つのグループになって打合せらしいことをしていた。
合間を抜けて空いているカウンターに向かうが、なんというか視線が気になる。
近くを通ると会話を止めて「なんだコイツ」的な目で見てくるのは、あまり気分のいい物ではない。
とはいえそんな視線は慣れているので、まるっとスルーしてカウンターについた。
「なにか御用でしょうか?」
カウンターの受付嬢が尋ねてきた。口調こそ丁寧だがこっちに視線を合わそうともしない。
「今日この街に来たディーゴってもんだ。門番の所でまずはここに来るように言われた」
そう答えながら、俺とユニの冒険者手帳を差し出す。
「そうですか。でしたら北西の門の方に『3羽の雄鶏亭』という冒険者の店がありますので、そちらに行ってください」
差し出した冒険者手帳を手にも取らずに、表紙だけ一瞥して受付嬢が返してきた。
「北西の門の方の『3羽の雄鶏亭』な。了解」
さっさと冒険者手帳を回収すると、礼も言わずにその場を離れた。どうも歓迎されていないような気がしたし、あの態度にありがとうはいらんだろう。
「北門から街を縦断して来たのに今度は北西に戻るの?」
相変わらずの好意的でない視線を受けつつ外に出ると、やはりというかイツキがぶーたれた。
「面倒くせぇが仕方あるめぇ。しかしこうなるなら門番も初めっから3羽の雄鶏亭?を教えてくれりゃいいのにな」
「でもあの受付の人、あまり感じがよくなかったですね」
「だな。受付といやぁ施設の顔の筈なのに、あれはちょっとよろしくねぇわ」
ユニの呟きに頷いてみせる。
「この街で幾つか依頼を受ける予定だったが、これから行く先でも似たよな態度だったらこの街はさっさと抜けるぞ」
余所者ゆえかこの顔ゆえか、理由は不明だがあまり歓迎されていないようなところに、わざわざ留まる必要もない。
「それが無難ね」
「そうですね」
イツキとユニが頷くのを見て、さっき通ってきた道を戻ることにした。
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幸い、3羽の雄鶏亭もすぐに見つかった。
看板には正面から見た雄鶏が3羽並んで彫られており、ちょっとコミカルな雰囲気を出していた。
両開きの扉を開けて入ると、背中に羽のある青年が声をかけてきた。
これがイケメンで純白の羽なら天使もかくやというところだが、顔はニキビ痕の残るフツメンで羽は白の混じった明るい褐色だ。
「いらっしゃいませー。お客さん方は初めてですね?カウンターにどうぞー」
言われるままにカウンターに着くと、これまた顔の似た青年が笑顔を浮かべて立っていた。どうも彼がこの店の亭主らしい。
「いらっしゃいませ。3羽の雄鶏亭にようこそ」
ふむ、ここは冒険者ギルドと違って雰囲気がいいな。
「今日この街に着いた冒険者のディーゴってもんだが、ギルドに行ったらここに行けと言われてね」
「ああ、やはりそうですか。冒険者ギルドは人間専門みたいな感じで、獣人の冒険者はみんなこっちに案内されるんですよ」
亭主の青年が苦笑いを浮かべて答える。
「なるほどな、そういう理由か」
ディーセンもそんな気配はあったが、この街はその傾向がさらに強い感じだな。
「泊まり先とかはもうお決まりで?」
「いや、その辺りも聞いて探そうとここに来たんだ。2人部屋があるトコでどこかないか?」
「ならウチの3階が空いてますよ。2人素泊まりで銀貨5枚、食事は朝が半銀貨3枚で夜が半銀貨7枚です」
割と良心的な値段だな。
「じゃあとりあえず1部屋1泊、朝晩のメシ付きで頼もうか。メシは4人前と生肉を1人前頼みたいんだが、幾らになる?」
「生肉でしたら朝晩で合わせて半銀貨5枚も貰えれば結構ですよ」
「となると半金貨で足りるな」
合計すれば銀貨9枚と半銀貨5枚だ。日本円に換算すれば9500円になる。
財布から半金貨を1枚取り出すと、カウンターに置いた。
「確かにお預かりします。半銀貨5枚のお釣りですね」
「あいよ、確かに」
亭主が差し出してきた半銀貨5枚を無造作に財布に突っ込む。
「そうだ、冒険者手帳を拝見できますか?」
「おう」
亭主に言われて俺とユニの冒険者手帳を渡す。
亭主は2冊を受け取るとパラパラと中身を見て、少し眉をあげるも何も言わずに戻してきた。
「はい結構です。ありがとうございました」
こちらが手帳を受け取ったのを見ると、亭主は少し首を伸ばして店員の青年を呼んだ。
「メルコ、お客さんを301に案内してくれ」
「はーい。じゃあお客さんこちらへどうぞー」
メルコと呼ばれたさっきの店員がやってきて、俺たちを案内するように先に立った。
「兄弟でこの店をやってるのか?」
階段をのぼりながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「ええ。兄貴2人と俺の3兄弟でやってます。亭主が長兄のマルコで奥の台所に次兄のミルコがいます。俺はメルコで末っ子なんですよ。
兄弟そろって鶏の獣人なんで店の名前が3羽の雄鶏ってんです」
なるほど、この世界の鳥の獣人(鳥人?)ってのは背中に羽がつくだけなのか。
「お客さんはどちらから来られたんで?」
「今はディーセンを拠点にしてるが、出身は別の大陸だ」
「そうですか。道理で初めて見る姿だと思いましたよ」
「まぁこの大陸でこのナリは珍しいだろうな。お陰で相手によっちゃ魔物扱いだ」
はっはっは、と笑うと、向こうもつられたようで笑顔を見せた。
「ここが301の部屋になります。夕食はどうしますか?」
「さっき亭主に4人分と生肉を1頭分頼んどいたよ。荷物を置いて一息ついたら降りる」
「わかりました。ではこちらが鍵になります。どうぞごゆっくり」
「おう、すまんな」
店員から鍵を受け取り、下に戻っていく店員を見送ると部屋の中に入った。
ベッドの脇に武器と盾を置き、まずは窓を開ける。外は大分暗くなっているが、それでも窓からの光で部屋の中が若干明るくなる。
見晴らしは……あまり良くはないな。人口に対して土地が足りないのか、3~5階の建物が多く遠くまでは見渡せない。
ちなみにこの店は4階建てで、当然ながらエレベーターなんてものはない。家具とか運ぶときは大変だ。
鎧と鎧下を脱いで鎧掛けにぶら下げ、平服に着替えながら部屋の付属のランプ(盗難防止の鎖付き)に火を灯し、毛布や布団、それと枕にシラミがいないかチェックする。
経験的に、縫い目に卵や痕跡がなければまぁ大丈夫と思っていい。
まぁ宿と部屋の雰囲気からしてシラミの心配はないと思うのだが、半ば習慣化してるもんでね。
寝具のチェックが終わればようやく一息つけるので、連れだって1階に降りる。
1階の居酒屋部分で適当な席につき、頼んで持ってきてもらった酒を飲みつつ店内を見回してみると、確かに客は獣人ばかりが目についた。
たまに人間が混じっているのは、獣人と一緒にパーティーを組んでいるのだろう。
程なくして注文していた料理が届いたので、夕食に取り掛かる。
ローストした肉、焼き野菜、蒸かしジャガイモの3点セットに玉ねぎとベーコンのスープとパンがつく一般的な食堂料理だ。
絶賛するほどではないが、なかなかにイケる味だった。
特にスープの味がいい。玉ねぎの旨味もあって、お代わりしたくなる味だ。
久しぶりに飲む焼酒と蜂蜜酒を楽しみつつ、今後の予定を話し合う。
「冒険者ギルドはあまりいい感じじゃなかったが、ここは割と良さそうだな」
部屋は清潔、メシもそこそこ、店員の態度も悪くない。
「幾つか依頼を受けるつもりでここに逗留を考えても構わんか?」
「あたしは別に構わないわよ」
「私もここならいいと思います」
イツキとユニが頷く。
「了解。んじゃあ今日はとっとと休んで、明日の朝から依頼を探すぞ。適当な依頼がなけりゃ街中観光といこうや」
「おっけー」
「わかりました」
二人の返事が合図になって、揃って席を立つ。食事を終えたヴァルツもその場で大きく伸びをすると、ぶるりと身を震わせた。
その後、亭主に聞いた近所の公衆浴場で汗と汚れを落とし、さっぱりした気分で店に戻ると、預けた部屋の鍵を受け取りにカウンターに立ち寄った。
「301号室のディーゴだ。鍵を貰えるか?」
「はい、少々お待ちください」
亭主がそう言ってカウンターの裏から部屋の鍵を取り出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
鍵を受け取り、礼を言って立ち去ろうとすると亭主が待ったをかけた。
「ディーゴさんたちは1泊の予定ですが、明日は何か予定がありますか?」
「いや、特に何かをしなきゃならん予定はないな。朝にでも依頼板を見て、適当な依頼があれば受けようかと思ってるが」
「そうでしたか」
亭主はそこで笑顔を浮かべると、俺たちに切り出した。
「実はディーゴさんたちに受けて欲しい依頼があるんですよ」