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街を後にする前に6

―――前回までのあらすじ――――

挨拶回りはまだ続く。

――――――――――――――――

-1-

 酸っぱ渋くてお世辞にも美味いとは言えない魔力回復ポーションと、袋で買ってきたクズ術晶石を併用して、なんとか活版印刷のピースは作り終わった。

 今日はそれに加えて先日作った有刺鉄線の見本をもって、領主の所に顔を出す日だ。


 事前に約束を取り付けていたのですんなりと応接室に通された。

「おうディーゴ、来たな」

 応接室の中では領主が上機嫌で待っていた。そりゃこれから金になる話が待ってんだ、機嫌も良くなるというものだ。

「で、幾つ用意してきた。1つか、2つか?……おお、まぁ座れ」

「じゃ、失礼します」

 領主に勧められたので対面の椅子に腰を下ろす。

 同時に部屋に控えていたメイドが領主と俺に水割りの葡萄酒を差し出した。

 礼を言って受け取ると、早速話を始めることにした。

「とりあえず用意してきたのは2つですが、水飴みたいに大量に売れるもんじゃありませんよ。どちらかというと技術的というか概念的なもんです」

「なんだそうなのか?」

 領主があからさまに気落ちする表情を見せる。

「運用次第では化けますのでそこは腕ふるってください」

「そうか。なら持ってきたものを見せてくれ」


 そう言われてまずは有刺鉄線の見本を差し出した。

「これは……針金に棘を付けたものか?」

「はい。有刺鉄線、といいまして防衛用の簡易的な陣地構築に使うものです。縄の代わりにこれを張り巡らせれば、逆茂木の代わりになります。

 簡単に切られないよう針金を使うのが一般的ですが、使う場所によっては丈夫な縄でも代用は可能かと」

「ふむ、なるほどな。その糸車みたいなものが運搬用か」

「そうです。これに棒を通せば、張り巡らせるのも簡単にできます」

「しかし棘をつけた針金では矢は防げんだろう」

「まぁ逆茂木の代わりみたいなものですから。これを張り巡らせた後ろに大盾を並べるなり、版築土塁とか土を詰めた麻袋なりを積めば矢は防げます」

「……ふむ、そうだな。確かにこれを使えば割と簡単に敵兵の侵入は防げそうか。しかし構造が単純なだけに簡単に真似されそうだな。その場合はどうやって突破する?」

 領主が意地の悪い笑みを浮かべて尋ねてきた。まぁ兵器というか戦術を出すなら、その対抗策も必要だよね。

「いくつか方法はありますよ。

 1つは針金も切断できる丈夫なハサミを前もって用意する。

 もう1つは、厚手の毛布なり大盾、木の板を有刺鉄線にかぶせて強引に乗り越える。

 あとは、斧とかノコギリを使って有刺鉄線を支えている杭を切り倒す。

 そんなところですかね」

「結構簡単に突破されてしまうではないか」

「そりゃ事前に対応策を知っていれば簡単ですよ。ただ、有刺鉄線を初めて目にした相手なら相応の時間は稼げると思いますよ。大盾や毛布はすぐに用意できるかもしれませんが、丈夫なハサミなんかは戦場ではそうそう用意はできないでしょう」

「うむ、確かにそうだな。しかし針金か……コストが馬鹿にならんな」

「そこは頑張ってもらうしかないですね。あとは、全部が全部針金で作ったものを張り巡らせるのではなくて、一部を縄で代用したものにするとか。

 杭に高さを変えて3本巻きつけるなら、下の方だけ縄にするというのも手ですし」

「そうだな。その辺りはおいおい考えるか。ところでさっき、土を袋に詰めるとか言ったが、それはなんだ?」

 あれ?騎士団の副団長から話が行ってねぇの?

 領主の問いに内心で首を傾げながら、以前、鱗イタチの暴走時に使った土嚢について説明した。

「ふむ、確かにそのやり方ならば版築工事よりも陣地構築の時間は短縮できるな」

「まぁその分、麻袋が大量に必要になりますがね。藁袋でもいいと思いますが」

「今日明日に必要になる物ではなかろう。順次集めるとしよう」

 領主はそう言うと、腰かけている椅子の背もたれに背を預けた。

「しかし惜しむらくはこの有刺鉄線とやら、あまり金にはなりそうもないな」

「そいつは仕方ないですよ。じっくり考えたわけじゃなくて、ぱぱっと思いついたものを形にしただけですからね。なにせ時間もなかったですし」

 領主の軽い皮肉にチクリと返す。

「それに有刺鉄線の使い道は陣地構築だけじゃないですよ。牧場地や農地に張り巡らせれば脱走も防げますし、獣や緑小鬼程度なら防げるのではないかと」

「ああ、そっちの方の利用も可能か」

 頷いた領主はしばらく考えていたが、考えがまとまったのか顔をあげた。

「有刺鉄線については了解した。騎士団や鍛冶ギルドと協議して配備する方向で話を進めよう」


-2-

「では、もう一つの方も聞かせてもらおうか」

「はい。試作品と言うか見本が、これになります」

 領主に促されて、もう一つの見本を取り出す。

「これは、印章か?1文字し書かれてていないようだが。しかし大量にあるな」

「活版印刷、という印刷の技術です。今までは版画とかに頼ってましたが、これを使えばもう少し効率が上げられます。

 ピースごとに1文字ずつ彫られているので、文章に使われている文字毎に並べてまとめれば、版木を彫るより簡単に文章が印刷できます」

 そう説明しながら、ピースを一つずつ取り出して並べ、短い文章を作ってみせる。

「……なるほどな、文字を自由に組み合わせることができる印章、といったところか」

「そうですね。ピースの数を増やせば本の1ページ丸ごとを作ることも可能です」

「うむ、これはなかなか面白そうだな。教会や魔法使いあたりが泣いて喜びそうな技術だ。教本などにも使えるな」

「私の故郷でも、宗教の経典を複写するのに使われ始めた、と聞いています」

「であろうな。しかしこれは木で出来ているが、実際には金属で作った方が良いのであろう?」

「そうですね。今回は見本ということで木を使っただけで、耐久性という面では金属を使った方がいいでしょう。ただその分、重くなりますが」

「……ああ、そうか。文字が増えるにしたがってピースも増え、それだけ重量も増す、か」

 領主が納得したように頷いた。

「それと今回の見本では施していませんが、印刷時にピースが抜け落ちないようにひと工夫する必要がありますね」

「ほぅ、ピースが抜け落ちるとは?」

「ピースから紙を剥がすときに、インクの粘り気によってはピースが紙についてきてしまうときがあるんですよ。そんなのいちいち直していられないですから、貼り付いてこないようにピースに何か工夫する必要があるかと。

 例えば、ピースに穴をあけたり切り欠きをつけるなりして棒を通すといった具合に」

「しかしそれならピース自体を重くすれば……ああ、そうすると重量の問題があったな」

「そういうことです」

「うむ、内容については理解した。しかしこれもまた大々的に売り出せそうもない技術だな」

 領主が腕を組んで宙を見据える。

「印刷部、みたいな専門の部署を新設して、そこで一般からの依頼を受ける形になるでしょうか」

「……そのやり方が妥当だな。内容が内容だけに、技術そのものを教えたらすぐに真似されるのがオチだ」

「でしょうね」

「とはいえ有用な技術に変わりはない。内政をまとめるアーブソエルと協議しつつ、早急な実用化に取り組もう」

 領主がそう言って頷いたことで、とりあえず話は終わった……かのように見えた。


-3-

「……して、これで終わりか?」

 やれやれと内心で胸をなでおろしたところで、領主が悪戯っぽい笑みを浮かべて更に尋ねてきた。

「いや、一応2件のノルマはこなしたつもりですけど?」

 いきなり何を言い出すかな。2件じゃ不足なわけ?

「なに、お前のことだ。ついでにもう1つ2つくらい考えているのではないかと思ってな」

「……まぁ、ないこともなかったのですが、それはもう他の所に任せてきましたので」

「ほぅ、なにを任せてきた?」

「ガラスペンという、ガラスで作ったペンですね。不在中の諸々をお願いすることになったので、そのお礼代わりに、と。

 まだ作り込みが足りませんが、もうしばらくすれば話が上がってくると思います」

「ふむ、ガラス製のペンか。なかなか興味深いな。どういったものなのだ?」

「その辺りは持ってくる人に聞いてください。私は基本というか一例を出してきただけですので、実際のノウハウは作った人でないと」

「そうか。なら楽しみに待つとしよう」

 領主はそう言ってちびりと水割り葡萄酒を口に含んだ。

「今回の2件の提案、ご苦労であった。よってお前の追放期間は1年間に短縮する。なお、刑としては追放だけだ。屋敷を含め資産はそのまま残す」

 それと今回の2件も年金に加えてやる。各5枚ずつで年に金貨10枚の増額だ」

「ありがとうございます」

 資産没収がないのは正直ありがたい。これでオイルライターの権利とか持っていかれたら、予定全狂いで俺は泣くぞ。

 年金も増えたのはちと予想外だが、まぁ多いに越したことはないからな。今の年金額は確か……金貨で年に28枚になるのか?左団扇で暮らすにはまだまだ足りんな。

「で、何か聞きたいことはあるか?」

「そりゃもう色々とあります。まずはこの追放になった理由ですね。いきなりしょっ引かれた割には軽すぎるなと」

「それについては衛視隊の面子を立てた形だ。アモル王国とのいざこざがあって、同時襲撃を防ぐのにお前の功績が大きかったというのは聞いている。

 それに事件の事情も事情だ、無罪を求める声もあったが、色々考えた末に追放刑にした」

「と、いいますと?」

「今回の誘拐事件だがな、お前は衛視隊の面子を思い切り潰しているのだ。アモルの連中のアジトが分かった時点で衛視隊に一報でも入れておけばまた話は変わってきたのだろうが、お前はそれをせずに独力で乗り込んですべて自力で解決してしまった。

 またその際に相手を全員殺してしまったのも良くない。一人二人でも生かしておけばまだ衛視隊の面目が立つ余地もあった。

 街中(まちなか)の治安を預かる身として自分たちも散々走り回ったのに、当事者から一切無視され頼りにもされなかった衛視隊の身にもなれ。お前を逮捕したのは、衛視隊としてのささやかな意趣返しというか、嫌がらせだ。衛視隊としても本気ではないさ」

「はぁ……」

 なんとなく釈然としないものを感じつつも頷いて見せる。まぁその程度で相手の気が済むなら、仕方ないと割り切ろう。

「それと今回の件でアモル側がいよいよなりふり構わなくなってきたことが分かった。追放刑にしたのは、時間を稼ぎこちらの体制を整える意味もある。

 ちなみに屋敷の使用人はどうするつもりだ?」

「昔世話になった村がありますので、そこに一旦預けようかと思っています」

 時間稼ぎか……ギルドの教官やエレクィル爺さんの読みが当たったな、と思いつつ答える。

「以前住んでいたというセルリ村か?」

「いえ、もっと西北にある温泉の湧いてる里です。ここから片道7日くらいでしょうか」

「ああ、そう言えばこの街に来たときにそんなことを言っていたな。まぁ7日も離れていれば問題はあるまい」

 領主は納得したように頷いた。

「で、この先アモルとはどうなります?」

 気になっていることを聞いてみた。

「さて難しい質問だな。こちらから戦争を仕掛けるつもりはないが、相手も軍勢を動かすようなこともなかろう。

 平和路線をとっているとはいえ帝国は巨大だ。こちらがちょっとその気になれば、アモル王国ごとき地図から消すのは容易いことよ。

 相手もそれが分かっているから、非正規部隊という使い捨ての駒でこちらを本気にさせない程度の嫌がらせを仕掛けてくる。当面は水面下での攻防が続くだろうな」

「……その本気にさせない程度の嫌がらせが、私らにとっては死活問題なんですが」

「まぁあまり心配するな。対策として、本国や他領からの応援を借りてアモルの間者狩りを強力に進める手筈になっている。お前が戻ってくる頃には大分風通しも良くなっているはずだ」

「なるほど。そういうことでしたら」

 確かに他所から助っ人を呼ぶのはいい案だと思う。自分のところで育てるとなると時間がかかるし、その実力も似たり寄ったりになる。

「でもよく応援が借りられましたね。そんな簡単に借りられるものなんですか?」

「普通はそう簡単ではないが、交渉材料はあったからな。水飴の製法や防毒薬テリアカの優先供与をちらつかせたら、誰もが二つ返事で腕利きを送ると約束してくれたよ。

 まぁ、水飴の製法を渡す相手は相応に選ばせてもらったがな」

 領主はそういうと意味ありげな笑みを浮かべた。

 まぁ領主がそういうなら、こちらとしては不在中の大掃除が上手く行くことを祈るしかない。


「で、出発は目立たぬように大市の最中に設定したが、具体的にはいつになる?」

「6日の朝に出発しようと考えています。前日にもう一度挨拶には来ますが」

「そうか。北門から出るつもりか?」

「そうなりますね」

「わかった。当日の門の担当者には話を通しておこう。ごった返すのは目に見えているからな」

「助かります」

 細やかな気遣いを見せる領主に頭を下げる。

「……俺からの話は以上だが、お前の方はまだあるか?」

「私の方も特には」

「そうか」

 そう言って領主が立ち上がると、俺も合わせて腰をあげた。

 領主が俺の目を正面から見て言い放つ。

「期間は1年だ。来年には必ず戻ってこい。この街にも俺にも、お前の力はまだ必要だ」

「わかりました。必ず、戻ります」

 俺の答に領主は満足そうに頷くと、使用人に命じるのではなく自ら歩いて応接室の扉をあけた。

「では、失礼します」

 扉を開けてくれた領主に一礼して、俺は領主の館を後にした。


―――あとがき――――

次回更新は17日の10:00を予定しています。

これより通常の週一更新に戻ります。

――――――――――――――――

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― 新着の感想 ―
[一言] 当事者からすれば勘弁してほしいものでも、国としてみれば戦争起こすほどでもない程度の嫌がらせってやつは鬱陶しいですね アモルは国として大したことないからかやることがいちいちセコすぎる とはいえ…
[一言] 面子社会だから仕方無いね。
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