街を後にする前に5
―――前回までのあらすじ――――
昨日に引き続き、今日も挨拶回り。
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日付が変わったが、今日も挨拶回りの日。
今日回るのは、カワナガラス店とカジノと剣闘士の寮だ。
できればカワナガラス店は最後にしたかったが、カジノと剣闘士たちは午前中は休みだと思われるので。
という訳で、先日作った試作品3つをもって朝からカワナガラス店を訪問した。
裏口から訪いを告げて通された部屋で、まずはエレクィル爺さんとハプテス爺さんに頭を下げた。
「色々とお世話になっておきながら報告が遅れてどうもすみません」
「なんのなんの。ですが、どうやらコトは収まりましたかな?」
エレクィル爺さんが笑顔で尋ねてきたので、ユニとヴァルツを助けてからのことを説明した。
その後、衛視に捕まって領主から追放刑を受けたことに話が及ぶと、老人二人は顔を曇らせた。
「……1年間の領地外追放、ですか」
「じゃが、ディーゴさんは被害者で相手はアモルの非正規部隊ではないのか?」
「それを差し引いてもやりすぎだ、と言われまして。まぁあの時はかなり頭に血が上ってましたし」
ハプテス爺さんの疑問に苦笑しながら答える。
「判決に異議を唱えるつもりはありません。むしろこの時期に街を出るのはいことかもしれない、と、ある人からは指摘を受けました」
「なるほど、確かにそうかもしれませんな。ほとぼりを冷ます意味でも、時間を稼いで準備を整える面でも、ここで一度街を離れるのは利になりましょう」
「ただそうなってくるとオイルマッチの問題がありまして」
「そうですな。当店でも出足こそ鈍かったものの、今は入荷待ちの状態です。次はいつごろ入りますかな?」
「大市の最中になりますが、来月の5日以降に来てくれ、と言われています。ついては申し訳ないのですが、私の不在中オイルマッチをお任せするわけにはいきませんか?」
「ほっほ、お世話になっているディーゴさんの頼みですから、引き受けるにはやぶさかではありませんが……具体的には何をすれば宜しいので?」
エレクィル爺さんが鷹揚に笑いながら尋ねてきた。
「一切合切になります。鍛冶ギルドへの発注と受け取り支払い、精製油の充填、販売先への納入と売上金の回収が主な仕事になるでしょう」
「精製油の充填は時間がかかるものですかな?」
「先日作っていただいた蛇口付きの瓶がありますし、今のところは500個ずつの発注と納入なので、1人で作業しても1~2日で終わりますね。ただし火の気は厳禁です」
「なるほど。大人数が長時間拘束されるわけでもなし、そのくらいなら大した手間ではありませんな」
「あとは付随する仕事として、充填する精製油の購入や生産調整の話し合いがあるかと」
「精製油は分かりますが、生産調整とは?」
「恐らくですが、もっと数を作ってくれと言われる可能性があります。ただ、ガーキンス氏の精製油との兼ね合いがあるので、こちらの都合だけで生産量を増やすわけにもいかないんです」
「そうでしたか。ですがその程度でしたら当店にも支障はないでしょう。ようございます。オイルマッチはディーゴさんが戻られるまで、当店で引き受けましょう」
「ありがとうございます」
胸を叩いて引き受けてくれたエレクィル爺さんに深々と頭を下げた。
その後は書類に記録を残しながら細かいところを確認し合う。
それと同時に旅に出るのなら、と今まで納入した分の売上金も受け取ることになった。
最終的に契約書のような取り決め状を2枚作り、お互いにサインして1枚ずつ持つことでオイルマッチの話は終わった。
「さて、オイルマッチはこれでいいとして、ディーゴさんがこの街を離れるとなると使用人の皆さんはどうなりますかな?」
書類をしまい込んだエレクィル爺さんが尋ねてきた。
「彼らについては一緒に街を出ることにします。ユニやヴァルツまで被害が及んだ以上、ウィルたちに手が伸びないという保証はないですから」
「しかし、その3人が1年の長旅に耐えられるかのう?ウィルさんはともかく、アメリーさんとポール君はいささか厳しいのではないかな?」
ハプテス爺さんが疑問を口にする。
「それは私も悩んだのですが、3人については湯宿の里を頼ろうかと考えています」
「おお、その手がありましたな」
「うむ、それはいい案ですな」
俺の案に老人二人が賛意を示す。
「湯宿の里でしたらこの街からも近すぎず遠すぎず、ディーゴさんの関係者とあらば無碍に扱うようなことはしないでしょう」
「ええ。それに幸いと言いますか、この街で私と湯宿の里の関係を知っている人は数えるほどですから、特定されるようなこともないと思うんですよね」
「そうですな、そのことも含めると湯宿の里で匿ってもらうのが一番の気がします。ただそうなりますと、お屋敷の方はどうされます?」
「ディーゴさんも使用人たちもいないとなると、全くの無人になるわけじゃのう」
「それについてはある程度諦めてます。盗まれて困るようなものは旅に持参しますが、あとは屋敷に置きっぱなしになるでしょうね。
さすがに家具類までは持っていけませんし、1年だったらそれほど屋敷も痛まないんじゃないかと」
二人の疑問にそう答える。まぁ家具類を盗まれたら、帰ってきたときに買い直せばいいし。
「よろしければ私どもの方で、時折様子を見に行って風など入れましょうか?」
「そうしていただけると助かります。ならあとで鍵を持ってきます」
この痒い所に手が届く気遣いが有難い。
「……しかし1年間の旅ですか。しばらくは寂しくなりますな」
エレクィル爺さんがぽつりと呟いた。ハプテス爺さんも隣で頷いている。
「そうおっしゃられるかと思って、こういう物を用意してきました」
そう言って2人の前に荷物袋から取り出した3つの試作品を並べて見せた。
「ディーゴさん、これらの品は?」
「不在中いろいろご面倒をおかけしますのでそのお礼と言いますか、新しい商品のネタを持ってきました。もうちょっと作り込む必要はありますが、職人さん方の手が空いた時にでも試していただければ」
「なんと、却って気を遣わせてしまって申し訳ないですな。してこれは……ペン、ですかな?」
並べた品の一つを手に取ったエレクィル爺さんが尋ねてきた。
「はい。今回は試作品ということで木で作りましたが、本来はガラスで作る、ガラスペンというものです。羽ペンや葦ペンの改良版、といったところでしょうか」
「ふむ……変わったペン先の形をしておりますな」
「そのペン先が技術的なキモでして、こっちのがペン先を拡大した模型です」
そう言って試作品の一つを指し示す。
「ディーゴさん、ちょっとお待ちいただけますか。今カニャードとベントリーを呼びますでな」
阿吽の呼吸でハプテス爺さんが立ち上がり席を外す。
少しすると現店主のカニャードと職人頭のベントリーを連れて戻ってきた。
二人は俺とテーブルの上の試作品を見てを察したようだ。顔に笑みを浮かべて老人二人の隣に腰を下ろした。
「ディーゴさん、お久しぶりです。なんでも大変なことになっていると伺いましたが」
「ええ、まぁ今回その絡みで1年ほどこの街を離れることになりまして。その間のことを皆さんにお願いするお礼代わりと言っては何ですが、新しい商品のネタを持ってきたんですよ」
そんな感じでカニャードとベントリーに訪問の理由を説明する。
1年間の不在に二人も驚いていたが、理由は老人組に聞いてくれで済ませた。
「で、こちらがその新しい商品ですかい?」
「ええ、ガラスペンと言います。一つだけ形の違うのは、ペン先を拡大した見本ですね。そこが技術のキモになります。実物としてはこの2つに近い形になります」
「なるほど……また初めて見る形のペン先ですね」
カニャードがペン先の見本を手に取って呟く。
「羽ペンや葦ペンはペン先にインクを蓄えるわけですが、ガラスペンはペン先に彫られた溝1本1本にインクを蓄えることになります」
「この何本も彫られている溝ですな?」
「はい。溝を増やし細く深くすればそれだけ蓄えられるインクの量も増えますが、そうすると今度はペン先の強度に問題が出てきます。今回の試作品は適当に作っちまいましたが、その辺りを実験してもらえれば、と」
「このペンが二本あるのは何故です?」
「ペン先とペン軸が2つに分かれるタイプと、一体型のタイプですね。先細のガラスという性質上、どうしてもペン先が弱いんですよ。ペン先だけ交換できるようにすれば多少は使いやすいかなと思いまして」
「ははぁ、木の筒を使ってはめ込み式になっているんですな」
「まぁ組み合わせの方法はそれに拘らずに、何かいい方法があるならそれをとっていただければ」
「なるほど。いやしかしこれは中々いい品ですな。羽ペン葦ペンはどうしても耐久性に問題がありますし、金属のペン先もないことはないですが錆びるのがまた問題でしてね。
その点ガラスでしたら耐久性は問題ないし錆びることもない」
「それにガラスならペン軸にも凝ることができるんじゃねえですか?」
「そうですね。色ガラスを使ったり彫刻を入れたりと、結構凝ったものがありましたよ。あとは、ペン置きやインク壺、ペン先洗いのコップとかを同じコンセプトで統一したりとか」
ベントリーの質問に頷いて答える。この人の勘は侮れないんだよ。
「やっぱりね。実用一点張りも悪くねぇが、職人が遊べる余地がある仕事ってのがまた嬉しいね」
ベントリーがそう言って破顔する。
「まぁまだ作り込みは甘いですが、私がいない間の暇つぶしにでもしてもらえれば」
「そうですか。なんだか気を遣わせてしまったようで申し訳ありませんな」
「いえ、こちらこそオイルマッチを丸投げすることになりましたので」
そんな具合にあとは軽く雑談を済ませ、出発前日の5日にもう一度顔を出すことを約束してカワナガラス店を後にした。
お次は会員制カジノのトバイ氏の所だ。
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「はぁー、またここにきて1年の不在かよ」
トバイ氏にあって事情を説明したら大きなため息をつかれた。
「まぁ領主の決定じゃ、もっと早く帰ってこいとも言えんか」
「なんか色々すんません」
とりあえずおざなりに頭を下げておく。
「一応確認しておくが、1年後にはちゃんと戻ってくるんだろうな?」
「無論そのつもりです。他所の国や領主に鞍替えするつもりはないですよ」
「予定してる目的地とかってあるのか?」
「特にはないですが、迷宮都市といわれるハルバにはちょっと興味はあります」
「ハルバか……割と遠いな。……ふむ、なら丁度いいか。出先で『これは』と思う奴がいたら声かけてこい」
トバイ氏が妙なことを言いだした。
「は?声をかけるって?」
「ウチのカジノの剣闘士に誘えって意味だ。ハルバは迷宮を目当てに有象無象の腕自慢が集まる。面白そうな奴がいたら声をかけてみろ。
ただし人間のムサい男はいらんぞ。腕の立つ美人か、お前みたいな珍しい種族だ」
……また難易度の高そうなことを。
「まぁ……(無駄と思うけど)努力はしてみます」
「話は以上か?」
「ええ、そんなとこです」
「わかった。気を付けて行ってこい」
「はい」
トバイ氏に頭を下げるとカジノを後にした。うむ、大分早く話は済んだな。
その足で今度は剣闘士たちの寮に向かう。一応トバイ氏から話は行くと思うが、カジノから遠いわけじゃないのでついでに話しておこうという算段だ。
門の所から顔をのぞかせると、庭で稽古をしていたハナが俺に気が付いて寄ってきた。
「ディーゴだ。珍しいね、どうしたの?」
「ああ、しばらく街を離れることになったんで挨拶に来た」
「街を離れるって、どのくらい?」
「今のところは1年の予定だ」
「え?そんなに?ちょっと待って、皆呼んでくる」
そう言い残してハナが戻っている間に、門を開けて中に入る。
すると庭で稽古をしていた面々がぞろぞろと集まってきた。2人ほどいないが、ブルさんと教官のベネデッタもいるのは都合がよかった。
「ディーゴか。ハナから聞いたが街を離れることになったんだって?」
教官のベネデッタがまず尋ねてきた。
「ああ、1年間の期間限定になるが……」
そう前置きして、事情をざっと話して聞かせた。
「なるほど、しかしまさかディーゴがやりすぎで追放刑を食らうとはね。正直ちょっと意外だよ」
「温和な俺でも身内に手ぇ出されりゃさすがにね」
そう言って肩をすくめた俺を、教官が指さした。
「それだ。前から思ってたんだが、ディーゴは大人しすぎる」
え?何よいきなり。
「その姿なんだからもっと凶暴さを前に出せ。そんなだからアモルの連中にもナメられんだ」
そうなの?と回りを見ると、対戦歴のある娘さんたちやブルさんがああ……といったような顔をしていた。
「言われてみればディーゴって立ち上がり遅いよね」とハナ。
「何発か喰らってから始めて本気を出す?みたいな感じだったアル」とフォンフォン。
「確かに開始直後から全力で仕掛けてくるタイプじゃねぇな」とブルさん。
「もっと喧嘩っ早くてもいいと思うぜ、俺は」とクレア。
いや、そんな寄ってたかって指摘しなくても。こういう性格なんだから仕方ないと思うが。
「誰彼構わず喧嘩を吹っかけろって意味じゃない。ただ、試合の場ではもっと凶暴になれ。そうじゃないと、この先勝っていくのは難しいぞ?」
「……分かった。なんとか努力する」
教官の指摘に頷いて見せた。
まぁ元日本人としては『先に手を上げたら負け』と『過剰防衛』の2つがちらつくのでなかなか難しいが、改善については努力しよう。
これでもだいぶ改善はされてきてんだけどな。
「で、話は変わるがそんな理由で不在になるから、前に約束していたヘチマ水を一緒に作ることができん。ただ作り方は簡単だから、今のうちに教えとくぞ」
そう前置きして、記憶を手繰りながら糸瓜の育て方を紙に書いていく。
続いてヘチマ水の採り方とその処理方法を説明しながら書き加える。そのままの未処理でも使えたと思うが、沸騰させてろ過した方が日持ちはしたと思う。
「もしよければ使い心地や不満な点とかあったら、帰ったときに教えてくれ」
教官に紙を渡し、女の子たちの礼の言葉を聞きながら、本日の巡回ノルマを完了した。
しかし帰ってからまだ仕事が残ってんだよな。今日中に活版印刷のピースを全部作り終えんと。
―――あとがき――――
次回更新は14日の10:00を予定しています。
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