街を後にする前に4
ー――前回までのあらすじ――――
領主に持っていく新物産2つの目処はついた。
今日からはあちこちへの挨拶回りが始まる。
世話になっている人たちだけに、黙って旅立つような不義理はできない。
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-1-
さて今日からは挨拶回りと説明祭りだ。
今日の26日から28日までの3日と30日の計4日を、関係者への挨拶にあてる。
29日は安息日なので挨拶回りはしないことにしている。大市前の休日だから、いきなり押し掛けても外出している可能性があるしな。
しかし、街に引っ越してから1年しか経っていないのに、我ながら随分と付き合いが増えたもんだ。
それだけあちこちの世話になっているという事か。
ちなみに今日のところは冒険者ギルドと鍛冶ギルド、ガーキンス氏の所を予定している。
まずは朝から仕事を始めているであろう鍛冶ギルド、次いで自宅研究者のガーキンス氏、話が長くなりそうな冒険者ギルドは最後に回すことにした。
用意された朝食をかっ込み、一休みしたところでまずは鍛冶ギルドに向かった。
「ここにオイルマッチの仕事を頼んでいるディーゴってもんだが、副長のサヴァンさんはいるかな?」
「副長はおられますが、どういったご用件でしょうか?」
「オイルマッチの今後の取り扱いについてちょっと話がしたいんだが」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付に用件を伝えると、一旦奥に引っ込んでサヴァンを連れて姿を見せた。
「おぅディーゴか。じゃあ別室に行こうか」
サヴァンに連れられて別の部屋に場所を移す。
案内された部屋で席に着くとサヴァンがまず切り出した。
「この間注文されたオイルマッチはもうちょっと待ってくれ。大市の最中には納入できるはずだ」
「すまんね。だがそれについてちょっと変更が入った」
「今から何か変えるのか?」
俺の言葉にサヴァンが少し顔をしかめる。そりゃ納期ぎりぎりになっての仕様変更は俺だって嫌だよ。
「いや、品物自体に変更はない。ただ、今後の窓口が変わることを言いに来た」
「なんだ、そんなことか。で、誰になるんだ?」
「カワナガラス店の人間に今後一切を取り仕切ってもらうつもりだ。エレクィルさんかハプテスさんか、カニャードさんの誰かになる。まだ当人たちに話をしていないんで誰になるかは未定なんだが」
「アンタはオイルマッチから手を引くのか?」
「いや、そういう訳じゃない。事情があって1年ほどこの街を離れることになったんだ。その間のことを頼むつもりでいる。戻ってきたらまた俺が窓口になるつもりだ。その時はまたここに来る」
「なるほど、そういうことか。話は分かった。ならそのカワナガラス店の方には来月の5日以降に取りに来てくれと伝えてくれ。代金は前回と同じ金貨19枚だ」
「わかった。じゃあ済まんけどよろしく頼む」
「おう。じゃあまた来年な」
笑顔のサヴァンに見送られると、次はガーキンス氏の所へと向かった。
「ようこそディーゴ様。また精製油が入用ですか?」
訪いを告げて案内された部屋で、ガーキンス氏がにこやかに切り出してきた。
「いえ、今回はまた別件でして」
そう断ると、鍛冶ギルドで話した内容を繰り返す。
「なるほど、1年間の不在ですか。事情は理解しました。今後はカワナガラス店の方々と連絡を取り合うようにしましょう」
「すみませんがよろしくお願いします」
「……しかし、オイルマッチを売りに出したばかりというのに何故また?」
ガーキンス氏が不思議そうに尋ねてきた。確かに商売としてはスタートダッシュの大事なこの時期に、総責任者がいないのはいかにもよろしくない。
「実は内密に願いたいのですが、先日、追放刑を食らいまして」
「追放刑ですって?」
ガーキンス氏がびっくりしたように声をあげた。
「はい。実は今年の頭から冒険者の仕事の方で、アモル王国の非正規部隊と揉めてるといいますか完全に敵に回すことになりまして。
この間もそれでひと悶着あったのですが、それについて『やりすぎだ』とお叱りを受けちまった次第なんですよ」
「そうでしたか……」
「まぁ事情が事情なもんでかなりの温情判決の結果、領地外に期間限定の追放、と」
「それで1年間の不在ですか」
「ええ。ご迷惑をおかけしますが、そういう事情なもんで」
「分かりました。私としても特に不都合はありませんし、そういう事情でしたらこちらも協力させてもらいましょう」
「ありがとうございます」
快く了承してくれるガーキンス氏に深々と頭を下げる。
あとはオイルマッチの売れ行きや精製油の生産量などちょろっと話し合って辞することになった。
ちなみにオイルマッチは既に完売しているそうで、旅費の足しにとちょっと早いが売上金を頂いてしまった。
-2-
そして今日の最後の訪問先になる冒険者ギルドの支部についた。
受付でギルドの副長のバーシェムを呼んでもらうと、しばらく待たされた後に姿を見せた。
「おぅディーゴか。噂では聞いたが大変だったらしいな?じっくり話を聞きたいが大市の前で色々と仕事が詰まっててな、悪いが手短に頼む」
「じゃあちょっと別室にお願いします。時間は短く済ませますが、大声で話す内容じゃないんで」
「ん?そうか。じゃあこっちだ」
頷いた副長と一緒に別の個室に移動する。
「じゃあ話を聞こうか。ユニっていうお前さんの仲間が攫われたが無事に助け出されたらしい、ってのは聞いたんだが、合ってるか?」
「ええ、それで合ってます。ただその時にちょいとやりすぎまして、領主から期間限定の領外追放を言われました。多分1年で済むと思います」
「やりすぎた、って……お前、一体何をやったんだ?」
副長が呆れたように俺を見る。
「まぁ口にするのは憚られるようなことをいささか。ちょっと今回は腹に据えかねたので」
「そうか。まぁ深くは聞かんよ。で、1年で済みそうってのは?」
「当初は3年だったんですが、新しい物産を2つ持ってくれば1年に短縮してやる、と言われまして」
「言われてそうほいほい出来るものなのかよ、って……出来たから1年といったのか」
「一応目処は立ちました」
「……魔法の碾き臼の二つ名は伊達じゃねぇ、か。ちなみにどんなのを作ったんだ?」
副長がため息をつきつつ尋ねてきた。
「ここではまだ言えませんよ。まずは領主様の所に持っていきますから」
「そうか、まぁそれもそうだな。ってことは、オイルマッチはどうなる?」
「それについてはカワナガラス店に一任する予定です。必要事項一切をカワナガラス店に引き継ぐので、以後はそっちと話してもらえれば」
「カワナガラス店だな。わかった。で、出発はいつだ?」
「来月の6日を予定しています」
「大市の真っ最中じゃねぇか」
副長が呆れたように呟く。
「そういう日程になったもんで。もうちょっと余裕があればよかったんですがね」
「まったくだ。多分城門は大混雑だぞ。覚悟しておけ」
「それについては諦めてます」
「ところでどこか予定している目的地とかはあるのか?」
「いえ、特には決めてませんが、もしかしたら迷宮都市を目指すかもしれません」
「ああ、ハルバの街か。つーと西に向かうわけだな」
「ちなみにそのハルバの街ってどこにあるんです?」
「この大陸の中央から若干南西に下ったあたりだな。ディーセンから寄り道せずにまっすぐ向かうと、徒歩で2ヶ月くらいかかる」
「結構遠いもんですね」
「ここは大陸のかなり東の方だからな。帝都はハルバから北西へ1ヶ月。大陸西端のリクウ公国の公都まで行こうと思ったらもう1ヵ月はかかるぞ」
「さすがにそこまで行く気はないですよ」
「だろうな。……そうだ、お前まだ時間はあるか?」
「まぁ大丈夫ですけど」
「餞別代りにギルド長の名前で紹介状書いてやる。お前はこの街じゃちょっとした有名人だから問題ないが、そのナリで他の街じゃそうはいかん。
冒険者手帳と名誉市民の短剣があれば入場を断られることはないと思うが、揉めることは多いだろうからな」
「助かります」
勝手にギルド長の名前を使っていいのか?と思ったが、まぁよくあることなんだろうな。
「じゃあちょっと待ってろ」
そう言って副長は席を立ち、少しして丸めた羊皮紙を持って戻ってきた。
「ほら、こいつだ」
「ありがとうございます」
「代金は迷宮酒でいいからな」
……さっき餞別て言うたやん。まぁいいけど。
「この餞別の効き目次第、ということで」
わっはっは、と笑いあう。
「じゃあ、気を付けて行ってこい」
「はい」
頭を下げて副長と別れると、今度は訓練場に向かう。
教官にも言っとかないとまずいしね。
訓練場では教官を相手に稽古友達のマスカルが打ち込み稽古をしていた。
「ども」
「おうディーゴ」
「やぁディーゴじゃないか」
二人が稽古を止めて歩いてきた。
「こんな時間に来た、ということは稽古ではないんだな?」
「ええ、さっき副長にも会ってきたんですが……」
と前置きして、今回の追放のことを告げる。
「そうかー、期間限定とはいえ追放になったか。存分にやれとは言ったが、何をやらかしたんだ?」
「いや、まぁ、怒りに任せて百舌鳥の早贄というかカカシ作りを少々」
「……仲間が攫われたんなら頭に来るのも分かるが、相手をカカシにすんのは確かにちょっとやりすぎだな」
「でもユニさんが攫われたというならわかる気もします。使い魔のヴァルツも殺されかけたんですよね?」
「ああ。上級の傷ポーションを持って行ったから助かった」
マスカルに頷いて答える。あのとき上級ポーションの在庫がなかったら、正直言ってかなりやばかったと思う。
「アモルの連中もだんだんなりふり構わなくなってきたな。だが、ここにきての1年間の追放は却ってディーゴの為かも知れん」
「ほとぼりを冷ますため、ですか?」
教官の呟きにマスカルが尋ねる。
「それもあるが、1年あれば色々と準備もできるし、情勢も変えられる。後手後手に回っている今の状況では、いずれこっちが対応しきれなくなる」
「なるほど」
教官の指摘に頷いてみせる。確かにアモルのことを考えれば、この時期に一度街を離れて姿をくらますのはいい時間稼ぎになる。
それを見越しての追放刑なのか?
「ともあれディーゴ、お前はもっと腕を磨け。旅先でも依頼を積極的に受けて、早いとこ冒険者のランクを上げろ。ランク5程度の冒険者だから、と相手にナメられている部分もあるからな。ユニも同じだと言っておけ」
「わかりました」
「じゃあ俺たちは稽古に戻る。道中気を付けてな」
「戻ったら旅の話を聞かせてください」
教官とマスカルにそう告げられて、訓練場を後にした。
最後にギルドの売店に寄ろうとしたら、物資販売担当のちみっこい職員に捕まった。
「ああよかった、まだ帰ってなかったんですね」
「お宅がきた、ということはオイルマッチ絡みか」
前に立った職員を見下ろしながら答える。
「はい。もう在庫が非常用の十数個しか残ってなくてですね、次の入荷を聞きたかったんですよ」
「次の入荷は大市の終わりごろになると思う。ただ副長には話したが、今度街を長い事離れることになってな、引継ぎはカワナガラス店に任せることにしたんだ」
「え?なんでこの時期にですか?」
「理由は副長に話しておいたから、悪いがそっちで聞いてくれ。で、まぁそんな事情だから、出来れば今の時点での売り上げを回収したいんだが」
「わかりました。どうせ非常用の残りも売れるでしょうから、入荷した数分の代金を用意しますね」
「すまんね」
「支払いは大白金貨でいいですか?」
「ああ、全額それで頼む。それと、術晶石を結構大量に欲しいんだが、お宅でいいのかな?」
「販売でしたら売店になりますが」
「いや、売り物にならんような小粒の術晶石で構わんのよ。そんな在庫があったらまとめて引き取りたいんだが」
「そういうのでしたらないこともないですが、本当に小粒のばかりですよ?」
「簡単な魔法をひたすら繰り返すのに必要でね。別に粒の大きいのはいらんのよ」
「そういう事でしたら売店に持っていきます。オイルマッチの代金と一緒に持っていきますので、先に購入を済ませちゃってください」
「わかった」
職員と別れて売店に向かう。
魔力回復ポーションを10本欲しいと伝えたら、くれぐれも一気に全部飲むなと念を押された。
傷ポーションもそうだが魔力回復ポーションも多用すると中毒を起こす。
傷ポーションの場合は飲んでも回復しなくなる程度の中毒症状で済むが、魔力回復ポーションは酷い二日酔いのような魔力酔いを起こす。
10本も一気に飲めば確実に魔力酔いを起こすゆえの注意だ。
ちなみに術晶石よりも魔力回復ポーションの方が割安なのだが、作り手が少なくてあまり在庫がないのと、ひたすら不味いために使う冒険者はあまり多くない。
なお、魔力枯渇から全回復するには3~4本も飲めば十分なのだが、1本を飲み切るにも覚悟がいる味、とだけ言っておこう。
そんな感じで売店で注意を受けていると、さっきの職員が5kg入り米袋程度の布袋を持ってやってきた。
「お待たせしました、これが今の術晶石の在庫になります」
「じゃあそれも全部もらおうか」
魔力回復ポーション10本と、クズ術晶石1袋の代金をまとめて売店に支払い、冒険者ギルドでの用事は済んだ。
さて、後は帰って活版印刷のピース作りの再開だな。
ー――あとがき――――
今週は更新頻度を上げます。
12日と14日にも新話を投稿する予定です。時間は同じ10:00です。
まぁ中身は相変わらずの挨拶回りになりますが。
それと唐突ですが、第1話を少し書き直しました。
表現の仕方が変わった程度で、話の流れとしての変更はないので
あまり気にせずとも結構です。
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