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街を後にする前に1

―――前回までのあらすじ――――

アモル非正規部隊を相手にやりすぎたとして、3年間の領地追放を言い渡された主人公。

新物産の提案2つで、追放期間が2年短縮されるため、追放旅の準備をしつつ頭を捻る。

―――――――――――――――


-1-

 ディーセンからの(期間限定の)追放が決まってからの思案は続く。

 オイルマッチとウィルたち使用人3人の大まかな方針は決まった。

 次は街を出るまでにやっておくべきことと、その日程だ。

 机の引き出しから紙を取り出し、思いつくままに書き出してみる。


1、新物産の作成(領主2、ガラス店1)

2、新物産の報告(領主、ガラス店)

3、屋敷内の荷物整理

4、旅に持参する物のリストアップ

5、家具屋への残金の支払い

6、挨拶回り


 とりあえずこんなもんか。カワナガラス店への新物産が増えているのは、オイルマッチ関係を頼むことへの礼代わりだ。

 現金を渡すとか、手数料を増やすことも考えたが、それだとおそらく受け取ってもらえまい。

 新物産を提案することで職人さんたちの仕事は増えるが、急ぎということもないので暇つぶしにでもやってもらえばいい。

 あと、屋敷内の荷物整理は指示だけ出してユニたちに任せよう。

 次は不在の挨拶が必要な先を書き出す。


 挨拶回り行先

1、領主 2回

2、カワナガラス店 2回

3、石巨人亭

4、冒険者ギルド支部

5、ミットン診療所

6、鍛冶ギルド

7、ガーキンス氏

8、会員制カジノ&剣闘士の寮


 ……こうして挙げると結構多いな。場所も散らばってるし、考え無しに回るとロスが大きそうだ。訪問先で話す内容(量)と位置関係を考慮しながら効率のいい回り方を考える。

 ちなみに領主とカワナガラス店は旅立つ直前にも挨拶しようと考えているので2回と計算した。

 その結果、挨拶回りだけで最低4日は必要そうなことが分かった。

 それをカレンダーに割り振ろうとしてはたと気付く。なんてこった来月は月アタマから大市だったのを忘れていた。

 大市の間は街を訪問する人間が激増して、役所も商店も宿もてんてこまいだ。のんびり俺の相手などしてられまい。

 そうなると今月中に挨拶回りを済ます必要があるが……安息日を除くと3日後には動き出さねば間に合わない。

 領主様の所に新物産を持っていくのは28日まで延ばすとしても、明日明後日のうちになにを作るか決める必要がありそうだ。

 まぁ、カワナガラス店へ持っていく品はすでにほぼ固まっているのが幸いといえば幸いか。


 この辺りまで考えたところで頭を切り替え、旅に持っていくものというか屋敷から持ち出すものをリストアップする。

 俺とユニの持ち物は最小限でいい。しかし屋敷に置きっぱなしだった水精鋼の原石と水棲大亀の甲羅の欠片は持っていく。

 それと屋敷内に設置している水と氷の魔石は回収しておく必要がある。

 家具類はすべて置いていくしかないが、使用人3人の布団くらいは持って行ってやりたい。

 それぞれの私物は個人に任せるしかない。3人で荷車1台に収まるように話し合って調整してもらおう。


 以上のことを紙にまとめ終えると、大きく伸びをして寝室に向かう。

 気が付けば夜もかなり遅い時間だ。

 ベッドに潜り込み布団にくるまって目を閉じると、日中に陽に干したのかいい匂いがした。


-2-

 翌日、朝食の席で皆に今後のことを伝える。

 ポールは旅についていけないことを残念がったが、物見遊山でもないしどんな旅になるか予想がつかんのでな。

 街での暮らしに比べると退屈な面もあるだろうが、日々の暮らしに窮するような真似はさせんから安心してくれ。

 持っていく荷物に関しては荷車を買ってくるから、3人で話し合って荷車一つに収まるように考えて欲しい。

 1年以上屋敷を開ける都合上、空き巣が入るのは避けられないと思うので、盗まれたりすると困るものは持っていくことを勧める。

 制服とか仕事に関するもので、後で買い直しができるものは置いていって構わん。

 今の時点では来月の6日の朝に出発する予定なので、それに合わせて身の回りの整理を進めておいてくれ。

 そんなようなことを通達すると、皆は揃って頷いた。

 留守の間の空き巣対策なら盗賊ギルドに一報入れておけばいいんだろうが、空き家から家具を盗むなんてのぁ恐らく盗賊ギルドとは無関係な生活に窮した貧民だろうし、そういう連中相手に盗賊ギルドに警備を頼むとなると金もかかる。

 名誉市民用に(あつら)えた家具とはいえ、特別な素材を使ったり有名職人に頼んだ一品物という訳でもない。ちょいと値の張る市販品程度だ。

 安くない金を払ってまで盗まれないよう守ってもらう価値は、正直言ってあまりない。

 それ以外だと宿無し連中に勝手に住み着かれる心配があるが、これはカワナガラス店の面々が時々見に来てくれるそうなのでその時に追い出してもらえるだろう。

 屋敷の方はなんとかなるかと思案をまとめた後は、部屋に籠って新物産の試作に取り掛かる。

 領主の所に持っていく物はまだ適当なものが思いつかないが、カワナガラス店に持っていく物は既に決まっていた。


 今回カワナガラス店に持っていくのは、北海道のガラス細工の店で見たガラスペン。

 読んで字のごとくガラス製のつけペンで、インク壺のインクに筆の穂先のような形状のペン先を浸しながら書く筆記用具だ。

 シャープペンシル、ボールペン、フェルトペンで育った人間からすれば、ガラスペンは趣味の品のようなものだが、羽ペン葦ペンに代表されるつけペンが現役のこの世界なら十分実用品になるだろう。

 それになんといっても、ガラスペンの醍醐味はその造形にある。

 持ち手であるペン軸に彫刻が施されたり、色ガラスで線や模様が入れられたり、ペン尻に花や動物などの小品をつけたりと、作り手である職人の技術とセンスと遊び心が存分に発揮されたガラスペンは、筆記用具であると同時に一つの芸術品にもなりえる。

 同時に使うことになるインク壺やペン置き、ペン先を洗う水入れのコップにも拘って統一性を持たせたりすれば、書き物もぐっと楽しくなるだろう。


 かくいう俺も、店で実物を見たときは本気で購入を考えたものだが、じゃあ実際どのくらいの頻度で使う機会があるのよ?と冷静に思い直して後ろ髪引かれつつ購入を見送った経緯がある。

 使うとすれば自宅用だし、葉書や便箋で手紙を書いて送るほど風流でも筆まめでもなければ書く字も上手とは言えないしで、棚の飾りになるのは目に見えてたからね。

 使う場面があるとしたら、年賀状の宛名と定型文に書き添える近況の一言くらいなもんだ。

 しかも俺は「年明け早々に会うんだし」と職場や近所の友人知人には出さなかったり携帯のメールで済ませたりするから、年賀状を書くのは日頃会う機会のない恩師と遠くにいる友人相手で、全部で5枚と書かんのよ。


 そんなことを思い出しながら、樹の精霊魔法を使って3本の見本を作ってみる。

 本当の試作品なら実際にガラスで作るべきだが、1から10までお膳立てして完成したものをただコピーするだけでは職人さんたちもつまらなかろう。

 要は基本となる形とその理由が分かればそれでいい。基本を元に改良を加え、実用化製品化に持っていければ達成感もあるだろうし愛着も湧こう。

 ……というのは半分建前で、実際問題そこまで突き詰めてやってる時間がねーのよ。

 まぁカワナガラス店の職人さんたちなら、見本を見せれば実用品まで持って行けるだろう。


 昼食をはさんで昼過ぎには3本のガラスペンの木製見本が出来上がったので、これはこれで一旦置いておくことにする。

 次は領主宛の新物産だが……これがなかなか難しい。

 水飴みたいに自領で作れてあちこちに売り捌けるものが最適なんだろうが、そう都合よく思いついたりはしないもんだ。

 そもそもアイデアなんてのは出そうと思って出るものではなく、なにかの拍子にふと思いつくもの、と相場が決まっている。

 少なくとも俺の場合は。

「……ちっと出かけてくる。夕飯までには戻る」

 自室で天井を見つめて唸っていても無駄だと思ったので、上着を引っかけて街に出てみることにした。

 商店でも冷かしてみれば何か思いつくかもしれん。

 結論。

 なにも思いつきませんでした。

 あ、でも露店で買ったジャガイモのドーナツは美味かった。

 イノシシ?印の露店で出してた具沢山のスープも美味かった。

 豚の串焼き肉は安かったが肉の臭みが気になった。あまりいい豚使ってねぇな。

 茹で卵はもう少し味をしみこませた方がいい気がする。

 ……食べ歩きしかしてねぇな、俺。

 そんなわけで今、俺は腹ごなしの運動もかねて城壁の上にのぼっている。

 平和な時は城壁の上も自由に歩けるんだよね、この街は。

 巡回の兵士の邪魔にならなければ、だけど。

 なんとなく胸壁にもたれかかって一人黄昏ていると、城壁の外の少し離れたところで軍の兵士たちが訓練している様子が見て取れた。

 長槍を標的に向けて繰り出している部隊もあれば、陣形を作ったり崩したりしている部隊もある。

 視線を少し横にずらせば、ある部隊が地面をほじくり返して土塁を作っている。陣地構築の訓練かね。

 こっちにゃブルドーザーはないから、土塁一つ作るのも全部人力だ。鋤鍬シャベルで掘り起こした土をもっこや猫車みたいなもので運んでいる。

 運んだ土を下ろしたら、樽に棒をくっつけたような道具を2人掛かりで持ち上げてどしどしと土を固める。

 陣地の有無は戦の被害の多寡に直結するから、重要っちゃ重要な仕事だが……もうちっとなんとかならんのかな。

 もっとこう簡単に、有刺鉄線をがーっと張り巡らせて鉄条網でも作ればひとまずは簡易陣地ができるんだが。

 ……ん?

 そういやこっちに有刺鉄線てのはないのか?

 丸太を組み合わせた柵とか逆茂木は見た記憶があるんだが、考えてみれば見たことねぇな。

 砦や関所の周りとか、牧場の囲いなんかは柵ばかりだし。

 ……コレいけるかな。針金の量産がネックだが、まぁ丈夫な縄なら強度的に落ちるが代用できないこともないし。

 本格的な攻勢の前では所詮は足止めの一時しのぎにしかならないが、戦場ではその一時しのぎが効いてくると思う。

 素人考えになるが、戦争ってのは時間との戦いだ。5日かけて頑丈な土塁や柵を作るより、1日で仮の陣地を作る方が応用が利くように感じる。

 ぶっちゃけ、有刺鉄線で時間を稼ぎつつその後方で頑丈な柵や土塁を作ってもいいんだし。

 水飴みたいに作った端からばかすか売れるってもんじゃないが、それなりに需要は見込めるんじゃなかろうか。


 というわけで、軍の兵士が駐屯している場所に行って門番にちょっと聞いてみた。

 初めは不審者扱いだったが、名誉市民の短剣と冒険者手帳を見せてこの街の人間だと証明すると、態度が柔らかくなった。

「陣地といえば大体は柵か土塁、それに逆茂木が一般的だな。あとは大盾を並べるか……。縄?乗り越えられるか切られりゃ終わりだろ?」

「なかなか切れないようなモノを使えばどうかな?針金とか」

「まぁそれならアリかもしれんな。ただ、所詮は一時しのぎだと思うが」

「土塁とか柵を作るのに比べれば楽になる?」

「そりゃ縄なり針金を巡らせるだけで済むなら、大分楽になるな。陣地構築はどうしても重労働な上に人数も必要になるからさ」

「了解。参考になったよ。ありがとう」

 門番に礼を言ってその場を離れる。

 とりあえず領主に持っていく新物産の一つは有刺鉄線(コレ)でいくか。

 ついでに陣地構築に有効と思われる土嚢というのも以前使ったことを思い出したが、これを新物産にするにはちょっとな。

 適当な袋に土を詰めるだけのことだから、物産とはいいがたい。単なる流用というか、運用の仕方の問題だ。

 しかも前に使ったときに、騎士団の副団長も見ている筈だから、もしかしたらもう導入されているかもしれんし。

 有刺鉄線を出す際に併せて話を出してみる程度に留めるか。

 帰り道に金物屋に寄って適当な針金とペンチ(のようなもの)やニッパー(らしきハサミ)を購入し、屋敷に戻ってこせこせと5トエムくらいの有刺鉄線を作り上げた。

 トゲの長さもバラバラならトゲ同士の間隔も不揃いという雑な作りの有刺鉄線だが、イメージはこれで伝わると思う。

 あとは別途用意した糸車に有刺鉄線を巻きつければ運搬も容易だし、糸車の中央に棒を通してくるくる回せるようにすれば有刺鉄線を張るのも楽だろう。


 開発すべき物産はこれで残り1個。

 明日には何とか思いつきたい。

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