やりすぎた代償
―――前回までのあらすじ――――
ユニの誘拐で加害者相手にやりすぎた主人公。
屋敷で待ち構えていた衛視たちに、逮捕の名目で連行される。
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-1-
俺が衛視本部に連行されて3日が経過した。
鉄格子のはまった牢屋に他の犯罪者とまとめてぶち込まれるかと思っていたが、三畳くらいの独房みたいなところに入れられている。
末席とはいえ貴族な名誉市民なのが考慮されたらしい。
ベッドは固いし毛布は薄いうえに虫がいるようだし便所はおまるみたいな壺だし水も自由に使えず風呂も入れないが、徹底的に割り切ってしまえば居心地は意外と悪くない。
独房にいる間は大人しくしていれば文句は言われないらしいので、これ幸いと寝だめを決め込んでいる。
面会についても監視付きだが許可されているようで、1日1回、ユニとイツキに加えてウィルかアメリーかポールの一人が様子を見に来てくれる。
まぁユニと使用人たちはともかく、イツキは俺が寄主で俺から精気だか魔力だかを吸ってるからな、あまり長い間離れ離れにはなっていられないという事情がある。
そこで聞いた話では、今のところ俺が逮捕されたことを知って泡食って飛んでくる面子はいないようだ。
カワナガラス店については伏せてくれているようだし。
ただ、勾留が長引くようならあそこにも一報入れといてくれ、と頼んでおいた。
そんな感じで久しぶりの独居生活を満喫しているが、毎日繰り返される聞き取りという名の尋問には閉口した。
今回の件だけかと思っていたら、そもそもの発端となった年明け早々の緑小鬼討伐から話す羽目になって、久しぶりに記憶力を試されている有様だ。
つーか2ヶ月前のあの時に緑小鬼を何匹倒したかなんて、正確な数なんてとっくに忘れたわ。
そもそもあの時のことなら冒険者ギルドなり衛視本部にも記録が残ってるだろ。
同時襲撃が片付いてから偽の依頼を受けるまで何をしていたか?別の依頼を受けてたんだよ。何の依頼か?話せというなら話すが、それは今回の件に関係があるのか?
そんな風に年明けからの行動をくまなく、微に入り細を穿つ勢いで報告させられた。
まぁ、一番突っ込まれるかと思っていた生首の行方だが、これは厳しい追及を受けながらもなんとか誤魔化し通すことができた。
盗賊ギルドに渡して架空請求の領収書がわりにした、なんていったら更に刑が重くなりそうだし。
衛視側としては俺の説明に納得しきれていないようだが、衛視側としてもこの一点にだけこだわり続けていられない事情もあるのだろう、ある時からぷつりと追及されなくなった。
勾留6日目、いつものように取り調べを受けるために、迎えに来た衛視に連れられて独房を出た。
「ディーゴ、そこじゃない。今日はこっちだ」
取調室の前で足を止めると、俺を連れていた衛視が今までとは違うことを言いだした。
長い廊下を歩き階段をのぼり、連れてこられたのがなんか重厚な扉の前。『衛視長官室』と書かれていた。
「今日は領主様が直々に話を聞かれる。心して答えるように」
そんなこともあるのか、と思いつつも、まぁ今までのことを考えたらありうるか、と納得して長官室の中に入った。
部屋の中央にある重厚な机には領主が座り、本来の主である衛視長官はその隣に立っている。
部屋の隅の方に質素な席がしつらえられ、人が座っているのは書記官か。
「来たな、まぁ座れ」
「失礼します」
領主に促されて、対面の椅子に腰を下ろす。
俺の後ろには俺を連れてきた衛視の他にもう一人が立ち、不測の事態に備えるようだ。
「報告書を読んだが、やらかしてくれたようだな」
対面の領主が軽くため息をつきながら切り出した。
「名誉市民ディーゴ、使い魔を傷つけ使用人を攫った犯人とその一味13人を殺害し、死体を著しく辱めた。そのことに相違はないか?」
「相違ありません」
領主の質問にきっぱりと答える。
「……お前がこういう事をするとは思ってもいなかったよ。もっと飄々と済ますものだと考えていたがな」
「お言葉を返すようですが、自分一人を狙ってくるようなら常識の範疇で済ましていたかもしれません。ですが、身内にまで手を出してきた以上、こちらとしても慈悲や遠慮は一切無用と判断しました」
「つまり、反省も後悔もしていない、というわけか」
「はい」
「アモルの非正規部隊が完全に敵に回ったぞ?」
「ウチの使用人が攫われる以前、偽の依頼で私を始末しに来た時点で既に敵に回っています」
「更なる刺客が来ると予想されるが?」
「手出しをしてくるなら叩き潰すまでです。本音を言えば、アモル本国に乗り込んで根本から始末したいところですが、生憎そこまでは不可能なので」
「こちらから手出しをする気はない?」
「今のところは」
「分が悪い戦になるぞ?」
「そうかも知れませんが、アモルの連中の跳梁を許すほど、こちらの衛視たちや騎士団が無能とは思っていませんので」
「ふん、言いおるわ。衛視や騎士団はお前の個人的な護衛ではないぞ?」
「それは重々承知ですが、ロクでもないことを考えているアモルの連中がうろうろするのは、そもそも治安的にも良くないのでは?」
「まぁ確かに目障りな連中だな。大分数は減ったようだし、今後も増やすつもりもないが」
「私としてはそれで十分です」
「なるほどな」
領主はそこで腕を組むと、言葉を切った。
目を閉じて少しの間考えていたようだが、ほどなくして目を開けると俺のことを真正面から見据えて宣言した。
「名誉市民ディーゴ。今回の件、様々な事情を考慮して殺人の罪には問わぬ。だが市内の治安を乱した罰として3年間の我が領地外への追放を言い渡す。
しかし、取引に応じれば追放期間を最短1年にまで短縮するものとする」
「謹んで、お受けいたします」
素直に頭を下げてそれに応える。
3年間の追放か、取引次第で1年か……追放自体に異議はない。
相手が相手なので死罪にはならんだろうが、やりすぎとはいえしょっ引かれた以上は名誉市民の資格はく奪か最悪は犯罪奴隷落ちくらいは覚悟していた。
それに比べれば無罪放免に等しい寛刑だ。
というか、冒険者でどこでも生きていける俺にとっては、罰になっているのかすら怪しい。
頭を下げつつそんなことを考えていると、領主が言葉を続けた。
「追放に当たっては2週間の猶予を与える。
減刑を望むなら新しい物産を2つ作って持参せよ。物産1つにつき1年、追放期間の短縮を考慮する。これが取引だ」
……そうきたか。罰というのはあくまで名目で、利益を優先させた感じだな。
衛視長官をちらりとみると、こちらも特に不満そうな様子はない。この寛刑も取引も合意のうえ、という事か。
だが屋敷を出ていく身辺整理をしながら2週間で新物産を2つ作るというのは、不可能というほどではないがなかなか難しい。
とはいえ、折角出してくれた温情判決を無碍にするのも気が咎める。それにオイルマッチを出したばかりでの不在期間3年はちと長い。
しばらくは寝不足覚悟で何か考えるか。幸い、独房暮らしで睡眠は十分すぎるほどとれたしな!
-2-
衛視本部から釈放されて屋敷に戻ると、皆を集めて領主に言われたことを説明した。
「2週間後から3年間の追放ですか」
ユニや3人の使用人たちが表情を曇らせる。
「何か2つ作れば1年間になる。判決に不満はない……が、3年はちと長いんでな、なんとか1年になるよう頑張ってみるつもりだ」
「でもディーゴに追放って、あまり罰の意味がなくない?」
「それはなんか別の意図があるんだろう。どうせ追放前に作った物をもって領主様の所には顔を出すんだ、その時にでも聞いてみるさ」
首を傾げるイツキにはそう答えるしかない。
「このお屋敷はどうなるんでしょうか?」
「身分や財産については何も言われなかった。言及されなかったということは多分そのままと思うが、領主様ン所に行った際に確認する。
ウィル、アメリー、ポール。お前たちのことは心配するな」
そう言ってにかっと笑って見せる。
「さ、悪いがメシと風呂の用意をしてくれ。衛視本部じゃまともな飯も出なかったうえに独房の毛布が虱の巣だったようでな、体が痒くて仕方がねーんだ」
「「「はい!」」」
皆が元気よく頷いた。
久しぶりに風呂に入って美味い飯を腹に詰め込んだら大分頭が働くようになったというか、やる気が戻ってきた。
これから2週間、考えることとやることが山積みだ。
だが俺を街を出るにあたって、大まかな方針は決めておかなければならない。
オイルライターの件と、追放旅の同行者だ。
オイルライターについてはカワナガラス店の面々に全権移譲の丸投げをしてお願いするしかない。
ガーキンス氏は精製油の方で忙しいだろうし、石巨人亭に頼むのも同様だろう。冒険者ギルドの支部は中心になって動くであろうギルド副長と物資販売担当(名前は忘れた)が揃ってタヌキなので金が絡むことを任せる気はない。
カワナガラス店もステンドグラスその他で忙しいだろうが、爺さま二人になんとか頑張ってもらおう。
問題は追放旅に当たっての同行者だ。
イツキ、ユニ、ヴァルツは連れて行くことが決定している。だがウィル、アメリー、ポールが問題だ。
この3人までアテのない長旅に付き合わせるのは色々と問題がある。
かといってこの屋敷に3人だけで残しておくのも得策とは言えない。
頼りになるのはカワナガラス店だが、オイルマッチに加えて3人の面倒まで頼むのはさすがに無茶だ。
更にいうなら、ユニやヴァルツまで標的にしたアモル非正規部隊が、ウィルたち使用人を標的にしないという保証はない。
しかもこの間、火に油をたっぷりと注いできたばかりだしな。
その辺りを考慮すると、追放の旅には連れて行けないがディーセンに残していくのもよろしくない、となる。
どこかの街で金を渡して別れて、しばらく独自生計を立ててもらうというのがいいっちゃいいんだが、3人のフォローを頼める相手がな……。
パイプをくゆらしながら頼りになりそうな人間を記憶の中から順次引っ張り出していると、ずしりと重い手応えを持つ人物を思い出した。
カワナガラス店の爺さま2人に次ぐ俺にとっての恩人、湯宿の里のアーレルだ。
爺さま2人に拾われたものの、言葉がほとんど通じないことを気にした2人が呼んでくれた、ハーフエルフの精霊使い。
俺に言葉を教えてくれつつ、湯宿の里を襲った赤大鬼を相手に共に戦った戦友でもある。
湯宿の里を後にして以来付き合いは途絶えているが、あの人の人柄ならば大丈夫か。
それに湯宿の里の人たちも、俺の関係者と知ればそう悪い扱いもしないだろう。
ついでに挙げれば、ディーセンの街で俺と湯宿の里の繋がりを知っている人間はかなり限られる。
アモルの手が伸びてくる可能性は相当に低いと思っていい。
ディーセンからの距離も7日程度と近すぎず遠すぎずで、これもいう事はない。
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決まりだな。ウィル、アメリー、ポールの3人は湯宿の里に託そう。
その間は屋敷が無人になるが、まぁ1年間なので大した影響はなかろう。なんなら戻ったときに直せばいいんだし。




