盗賊ギルド
―――前回までのあらすじ――――
ユニを攫った連中のアジトからちょろまかした物品を使って仕返しを思いついたディーゴ。
内容が内容だけに、エルトールの手を借りてこの街の盗賊ギルドに話をすることにした。
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-1-
盗賊ギルドに仕事を依頼することに決めた俺は、エルトールに連れられて街の中を歩いていた。
俺としてはスラムの中に盗賊ギルドがあるもんだと思っていたが、どうも違うらしい。
そのうち、通りに面した1軒の雑貨屋に案内された。
「ちょっとここで待っててください」
店に入ってすぐのところでエルトールが俺を止め、自分だけ奥の店主の所に歩いて行った。
「…………」
「…………」
エルトールと店主が何か言葉を交わし、店主が俺の方を見た。
「…………」
そして何かをエルトールに話すと、エルトールは頷いて戻ってきた。
「じゃ、出ましょうか。ここには置いてないみたいなんで」
待っていた俺にそういうと、エルトールに連れられて店の外に出た。
「断られたのか?」
周りに人が居ないのを見計らってエルトールに尋ねる。
「いえ、あの店はただの受付というか窓口の一つで、これから行くところが交渉場所になります。ちなみにあの店では合言葉が必要ですし、指示される交渉場所も毎回変わると思ってください」
「なるほど、念がいってんな」
「(小声で)ちなみに監視がついてますから、大声で盗賊ギルドのことを喋ったり、監視に手を出すようなことはしないでくださいね」
「(小声で)監視が?全然分からんな」
「(小声で)まぁ普通にしていれば問題ないです」
「(小声で)了解」
そりゃ盗賊ギルドみたいな地下組織なら、このくらいの警戒は当たり前か。
そのまましばらく歩いたのちにたどり着いたのは、それなりに大きな酒場だった。
「ここは大丈夫です。一緒についてきてください」
扉を開けたエルトールの言われるままに、連れだってカウンターに歩いていく。
昼間なので客はそれほど多くないが、どう見ても客層は普通の酒場だ。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうにいる店主らしき男が、俺たちを見て声をかけてきた。
「予約したエルですが、6番の部屋は使えますか?」
エルトールがそれに答える。
「6番、ええ、大丈夫ですよ。準備はできていますので、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
頷いた店主にそれぞれ礼を言うと、奥まった位置にある6と番号の振られた部屋に入った。
部屋の中は窓がないためにかなり暗く、中央に大きな布が下げられて部屋を二分していた。
ただし手前の方、俺たちの側だけに照明が灯されている。
だが、それを除けば、据え付けのテーブルを中心に椅子が並ぶ、酒場によくある個室の一つだ。
「よくきたな、まぁ座れや」
布の向こうにいる人物が促した。
「じゃあ失礼します」
「邪魔するよ」
相手に断って席に着く。
「まさか魔法の碾き臼と呼ばれるお方を我が盗賊ギルドにお迎えすることになるとは思わなかったぜ」
こちらが名乗るより前に、相手の人物がそう言って笑うような気配があった。
「俺はこのギルドを束ねているモンだ。『長』とでも呼んでくれりゃいい」
「ご丁寧にどうも。ならこちらも礼儀として名乗らせてもらおう。ランク5冒険者のディーゴだ。必要なら冒険者手帳と短剣も出すが?」
「いや、それはいい。その顔と姿で間違う奴はいねぇからな」
ふむ、こっちから相手は見えないが、向こうからこっちは見えているのか。照明のせいかね。
「話はざっと聞いたが、アンタ、アモル王国をペテンにかけるつもりだそうだな。で、ウチの手を借りてぇ、と」
「ああ、それで間違いない」
「そうかい。んじゃあ、まずどうペテンにかけるのか、その計画を聞こうか」
「分かった」
長の求めに頷くと、俺は考えていた計画を説明した。
俺が思いついた計画、それはアモル王国への架空請求だ。
昨日全滅させた連中を装って、アモル王国に『水飴の製法の入手とディーゴを始末するのに有力な人物と接触した。だが工作費とその人物への前渡金として相応の額が必要になったので大至急送って欲しい』といった内容の偽手紙を出す。
相手が運よく引っかかって現金を持ってきたら、それを取り上げて山分けしようという計画だ。
「……とまぁ、上手くいけば手紙一つで大金をせしめられる計画なんだが」
「内容は分かったが、そんな手紙を出して信用してくれるもんかね?」
長が懐疑的な声を上げる。だがその疑問も予想の範疇だ。
「他国でいろいろ工作するのに、全くの自腹、手弁当ってことはねぇだろう。
隣の国で悪さを仕掛けてこい。かかる費用は全部自分の才覚で稼いで賄え。金は出さんが成果は出せ。失敗は許さん。
こんなことを言われたら、俺だったら相手側に寝返るね」
「そりゃもっともだ」
長が布の向こうで小さく笑う気配があった。
「それに前回は街のごろつきを結構な数、動員していた。相応に金をばらまいたはずだ。手元の資金が心もとなくなったと追加で資金の援助を頼むのは、そう不自然なことではないと思う」
「……ふん、ま、確かにあるかもしれない話ではあるな。だが、実行するには足りないもんが多すぎる」
「連中のアジトから伝書鳩らしき鳥と、筆跡の残った紙と、印形を持ってきた。それで補えないか?」
「どれ、寄こしな」
そう言われたので、エルトールを経由して布の向こうの長に渡す。
長は紙を受けとると、書かれた内容をチェックしているようだった。
「……ああ、確かに非正規部隊の連中らしい、足のつかない内容だ。この筆跡を真似ればいいのか」
「そう思っている。手紙の内容はさっき話したが、あれはあくまで参考だから、もっといい内容があるならそっちに任す。
送り先と差出人の名前が分からんが、伝書鳩と印形があるからなんとかなるかと思うんだが」
「まぁ、そうだな。こういうやり取りに馬鹿丁寧に名前を書くやつはいねぇもんだ」
布の向こうから、かさかさと紙をしまう音がした。
「手紙の内容はこっちに任すと言ったが、俺の見たところさっきの内容にもう一押しが欲しい。何か使えそうなネタはねぇか?例えば……水飴の発明者の情報とかな」
長がそう言ってくっくっと笑ったような気がした。バレてんじゃん。
まぁセルリ村を突っつけば分かる話ではあるが、一応開発元は秘匿されてるはずなんだけどな。
「そっちに知られちまってるなら仕方ねぇな。使えるならネタにしていいぜ」
「了解。話が早くて助かるぜ」
「そこまで聞いてくるということは、引き受けてもらえると思っていいのか?」
「そう話を急ぐな。偽手紙を出して終わりってわけじゃねぇだろ?受け取りはどうすんだ」
「それについてはそっちに頼むことになるな。ついでに領収書代わりに相手に渡して貰いたいナマモノがある」
そういうと、無限袋から血の染みた大きな袋を取り出した。
テーブルの上に置くわけにもいかんので、もう一枚大きめの革袋を床に敷き、その上にのせて布の向こうに押しやる。
長が立ち上がって中身を確認する気配の後、席に戻った長が呆れたような声を出した。
「アンタ、かなりえげつないことするな。領収書代わりにコレを渡せって、嫌がらせにもほどがあるぞ」
「俺としては温情のつもりなんだけどな。体の方は犯罪者としてまとめて処分されるだろうから、せめて頭だけでも本国で丁重に弔って貰おうって俺なりの優しさだぜ?」
「返される頭の全部が全部あんな歪んだ断末魔の表情してたら、説得力の微塵もねぇし嫌味にしか聞こえねぇよ。拷問でもしたのか?」
「まぁ、百舌鳥の早贄的なコトを」
「……それを考えてやっちまうことに恐れ入るわ」
盗賊ギルドの長に恐れ入れられちまったよ。盗賊ギルドならもっと非人道的な事やってると思ったんだが、ここのギルドは武闘派が少ないだけに結構人道的なのか?
「ウチに頼みたいことはこれで全部か?」
「実はあともう一つある」
「まだあるのか。言ってみな」
「これで俺はアモルの非正規部隊と完全に敵対することになる。今後、俺がいる時に出来ればで構わんから、非正規部隊の動向次第で一報入れてくれるとありがたい」
「……まぁ、そのくらいなら受けてやってもいい。で、報酬は?」
「そっちの実力次第でどうだ?アモルにいくら請求するかは任せる。せしめた金のうち、俺の取り分として大白金貨30を残してくれればあとはそっちの稼ぎだ。
失敗したなら俺の取り分はなしでいいし、その後の一報の話もひとまず白紙に戻す」
「ふん、条件としちゃ悪くはねぇな。だが、こっちが嘘をついて全額せしめる可能性は考えないのか?」
「その時は見限るだけだ」
「なるほどな。魔法の碾き臼サマに見限られんのも後が怖ぇか。
……分かった。アンタの依頼、盗賊ギルドで引き受けてやろう。ただしまるっきり成功報酬という訳にもいかねえ。前金として金貨10枚か大白金貨1枚もらおうか」
「了解」
頷くと、財布から金貨10枚を出して布の向こうに差し出した。
「確かに。これで契約成立だ。書面にゃ残せねぇが、盗賊ギルドの名において依頼達成に動くことを約束しよう」
「結果はいつくらいに貰える?」
「ここからアモル王都までの距離を考えて、まぁ1ヶ月だな。行きは伝書鳩だが帰りは金を積んで走ることになる。王都での金の算段もあるだろうし、そのくらいはかかるだろう」
「分かった。じゃあ、よろしく頼む」
「おう。アモル相手にまた何か思いついたら話を持ってきな。あいつらに吠え面かかせる内容なら歓迎するぜ」
「その時は願おう」
話はこれで済んだので、隣のエルトールに目配せをして席を立った。
「ではこれで失礼します」
「邪魔したね」
部屋を出た後、カウンターに寄って夕方の祭用に蜂蜜酒2本と焼酒を1本買い入れた。
ユニの方で買っているかもしれんが、あっても腐るもんじゃなしいずれ飲み尽くす。
店を後にして通りに出ると、二人そろって大きく伸びをした。
うむ、顔と態度には出さなかったつもりだが、やはり反社会組織のトップと話すのは緊張もするし気疲れもする。
「なんとかなりましたね」
肩を軽く回しながらエルトールがこちらを見た。
「だな。まぁ後は上手くいくことを祈るとするか」
「神様に祈るようなことじゃないと思いますが」
「その辺りは深く突っ込むな。ところで、仲介料は必要か?」
「いやぁ……大したことしてないですし、昨日も別件で多めに頂いているからいいですよ」
「そうか、スマンな。あとでなんか奢るよ」
「なら期待して待ってます。では私はこれで」
「おう。アルゥにくれぐれも遅れるなって伝えといてくれ」
「分かりました。じゃあ、失礼します」
軽く頭を下げて去っていくエルトールを見送ると、俺は向きを変えて屋敷に戻ることにした。
盗賊ギルドとの用をすませて屋敷に戻ると、今度は憮然とした顔の衛視が3人、中庭で俺のことを待ち構えていた。
その3人のうち、一人は見覚えがないが後の2人には見覚えがある。若草通りの衛視詰め所にいた衛視たちだ。
衛視3人の向こうにはユニを始めとして、ウィル、アメリー、ポールの3人もいて、全員が不安そうな顔をして俺のほうを見ている。
ヴァルツに至ってはユニに抑えられてはいるものの、身体を低くして戦闘態勢だ。
「……やっと戻ってきたか」
見覚えのない衛視がそう言って俺の前に立つと、残りの二人が動いて俺を取り囲んだ。
「名誉市民ディーゴ、衛視隊本部までの同行を命ずる。抵抗すると為にならんぞ」
…………あちゃー。
 




