思いついた仕返し
―――前回までのあらすじ――――
攫われたユニを無事に奪還し、賊を全滅させたディーゴたち。
今日は今日でその後処理が始まる。
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翌朝、簡単に朝食を済ませると全員で連れだってカワナガラス店に向かった。
「おお、ユニさん。攫われたと聞きましたがご無事でしたか」
「はい。皆さんにはご心配をおかけしました」
俺たちが来たと聞いて姿を見せたカワナガラス店の一同に、深々と頭を下げる。
「攫った犯人たちはどうされましたか?」
「これから衛視に引き渡す予定です」
まぁ全員がグロめのオブジェになってるけど、一応、嘘は言ってない。
「やはり相手はアモルの?」
「十中八九、そうではないかと。まぁこれで大人しくなればいいんですがね」
「確かに、そう願いたいですな」
カワナガラス店の一同が、まったくだという風に頷いた。
「じゃあ、預けていた3人は引き取ります。どうもご迷惑をおかけしました」
「いやいや、これからも困ることがあったらいつでも頼ってくだされ」
カワナガラス店の面々に丁寧に礼を述べると、少し戻った先で別れることにした。
俺とイツキは昨日の残処理、ユニと使用人3人はヴァルツと一緒に買い出しだ。
ユニたちと別れてまず向かったのが、若草通りの衛視詰め所だ。
本番が後に控えているので、ここはなるべく手短に済ませたい。
「おはようさんです」
入口から遠慮がちに声をかけると、目の下に隈を作った衛視が姿を見せた。
「ああアンタか。生憎まだ賊の根城は分かってないんだが……その様子だと、どうやらすでに片付いたみたいだな」
俺の顔を見て拍子抜けしたように衛視が呟いた。
「事後報告になって申し訳ない」
「いや、まぁこういうのは時間との戦いだから責めはしないが、攫われた娘は無事だったんだな?」
「殴られはしたようだが、それ以外は特に」
「そうか。災難だったな。だがまぁこういう言い方もなんだが、運がよかった。年頃の娘が攫われると、嬲り者にされることも多いからな」
いや実はされかけてたんだよね。男の娘なので未遂だったけど。
「ところで賊はどうした?」
「全員転がしてある。場所はえーと……たしかこの建物だったはずだ」
そう言って机に広げてあった地図を指し示す。
「そうか、分かった。やはりアモルの手のものだったか?」
「確証はないが恐らくそうだろう。建物の中の物には(一部を除いて)手を付けてないから、調べればわかると思う」
「わかった。じゃあ一緒に来てくれるか?道すがら幾つか聞きたいこともある」
「あー、申し訳ない。ちょっと急ぎでこなさにゃならん用事があるんだ。それと夕方にも外せん予定が入っててな。明日じゃダメかな?」
「明日か……まぁ既に解決しているなら急ぐほどのものでもないか。なら早い時間にまたここに来てくれ。攫われた娘も一緒にな」
「分かった」
衛視に頷いて見せると、早々に詰め所を後にした。
さて次は……と、立ち止まって訪問先に頭を巡らす。
石巨人亭か冒険者ギルドの支部か。
ただミットン診療所という手もなくもないんだよな。あんなところで商売しているなら、俺が期待する方面にも顔が広い可能性が高い。
まっとうな用件じゃないのでまずはミットン診療所、そこでダメなら石巨人亭で、支部は最後の手段だな。
……いや、支部はやめておくか。石巨人亭で断られたら諦めよう。支部で話すようなことじゃない。
そう考えをまとめると、屋敷を経由してミットン診療所に向かった。
「おぃっすー。って、今日の受付はウェルシュか」
ミットン診療所の玄関を開けて受付に声をかけると、中からウェルシュが返してきた。
「また診療所に合わない元気なのが来たな。エルとアルゥから昨日聞いたが、大変だったそうじゃないか」
「ああ、まぁ色々とな。だが昨日はホント助かった」
「大したことはしていないとエルは言っていたがな。で、今日は何の用だ?アルゥが行くのは夕方と聞いているが」
「あーうん、用件はそれじゃなくてだな、(声を潜めて)手紙の偽造が得意な奴に心当たりってないか?いたら紹介してほしいんだが」
俺の言葉にウェルシュが動きをぴたりと止めた。
「(小声で)また妙なことを言いだしたな。何を企んでいる?」
「(小声で)アモルを相手にあわよくば実益を兼ねた、ちょっとした仕返しを」
「(小声で)……そういう行為はあまり感心できんな」
「(小声で)今回の騒動は俺的に大赤字なんだよ。原因を作った奴らに請求くらいしてもよかろ?」
「(小声で)……まぁ、私としてはあまりお勧めはしたくないが、そういう事情ならエルに聞いた方がいいだろう。おそらく盗賊ギルドの管轄になる」
やはりあるのか、盗賊ギルド。
昔読んだ話に出てきた盗賊ギルドは義賊的な一面もあったが……こっちの盗賊ギルドはどうなんだろうな。
そんなことを考えていると、ウェルシュが立ち上がって奥に声をかけた。
「まぁディーゴもよく考えてみてくれ。エル、ちょっと交代だ。ディーゴが来ているから相談に乗ってやってくれ」
「わかりましたー」
奥からエルトールの声がした。
少ししてエルトールが姿を見せ、入れ替わりにウェルシュが奥へと消える。
「お待たせしました。昨日は大変でしたね」
「なに、それでもお陰で助かった。会うことがあったらあとであの3人にも礼を言っといてくれ」
「わかりました。で、相談というのは?」
「ちょいとここでは差し障りがある。診察室を借りられんか?」
「?まぁ大丈夫ですよ。じゃあ1番の診察室に行きましょうか。ツグリさん、ここお願いします」
いつもの老婆に受付を任せ、エルトールに誘われて1番の診察室に移動した。
「じゃあ、話を聞きましょうか」
エルトールに促されて、先ほどウェルシュにした話をより具体的に話して聞かせた。
「ふむ、偽手紙を使ってアモル本国の非正規部隊からお金を騙し取りたい、と。具体的には幾らくらいを考えてます?」
「毟れるだけ、と言いたいが、まぁ最低でも大白金貨2~30は欲しいな」
「結構大金ですね」
「今回の一連の騒動だがな、こっちも結構な額を自腹切ってんだよ。先のことも考えるとそのくらい取らなきゃ割に合わん」
半ば呆れたようなエルトールに、俺が憮然として答える。緑小鬼に捕まってた女性3人の治療費を2年分先払いしたとはいえ、2年程度で完治するとは思っていないしな。
金額的にはオイルマッチで幾らでも補填は効くだろうが、それはそれ、これはこれ。
「なるほど。ただ、そこまでの額となると盗賊ギルドを通したほうが得策でしょう」
「つーか普通に付き合いがあるんだな、盗賊ギルドと」
「そりゃありますよ。こんなところで診療所やってる上にウチの先代は裏表双方に顔が広くてですね、その関係で私もギルドへの出入りを許されているんです。
まぁ持ちつ持たれつの関係でしょうか。ただ、他言無用に願いますよ?」
「了解した」
「でも私としては、あまりそういう方面と関りを持つのはお勧めできないんですけどねぇ。今の時点でまっとうに稼げていて、切羽詰まっていないなら、好きこのんで泥水に手を突っ込むようなことはしなくていいと思うんですが」
「まぁ、なぁ……」
ウェルシュにも釘を刺されたが、迂闊に反社会的勢力と関りを持つと、あとで色々面倒くさくなりそうだってのは俺も予想はつく。
だが、盗賊ギルドの性質によっては、将来の面倒を覚悟のうえで関わりを持つ必要もありじゃないか、とも考えてもいる。
アモル王国の非正規部隊を敵と定めた場合、衛視や騎士団は確かに強力ではあるが、その反面、色々と制約も多く動きも迅速とはいいがたい。
しかし盗賊ギルドのような地下組織なら、金払いによってはかなり融通が利くだろうし動きの早さも期待できるのではないか。
金で動かせて融通が利き、動きの早さも期待できるのは冒険者もそうだが、非正規部隊のような地下組織を相手にした場合は、やはり同じ地下組織の盗賊ギルドの方が相性がいいように思う。
盗賊ギルドで相手の出足をくじき時間を稼いでいる間に、衛視や騎士団等の準備を整えて本隊を潰すことができれば理想的だ。
まぁ実際はそう上手くはいかないと思うが、盗賊ギルドが俺が期待しているような組織であれば、手札の一枚に加えてみたいという思惑がある。
もっとも、肝心の盗賊ギルドがいかにもな組織だった場合は、この話はご破算になるが。
という訳で、肝心のことをエルトールに尋ねてみた。
「ところで、こういう言い方もなんだが、盗賊ギルドってのはどのくらい信用できそうなんだ?具体的には、金を積まれりゃ親兄弟でも平気で裏切って敵に売り渡すような相手なのか、代価は必要にせよいざというときに頼ることができる相手なのか、その辺りを聞きたいんだが」
「うーん……」
エルトールが腕を組んで考え込む。
「代価と相手次第、という部分が大きいのですが……味方にできているうちは、まぁまぁアテにできる相手ではありますね。
ディーゴさんの場合、アモルの非正規部隊を敵と想定しているわけですよね?」
「まぁそうだな」
「ならば裏切りについてはあまり気にしなくていいと思います。今回の騒ぎ、ギルドとしてはアモルの非正規部隊に面子を潰された形になってますからね。
仮に今回ディーゴさんがギルドを通してコトを運び、相応の謝礼を払ったならば、もし今後、万が一ギルドがアモルの側についた場合は、何らかの形で事前通告があるはずです。
もしくは、ギルドの誰かがアモルに協力してディーゴさんに危害を加えそうになった場合は、注意を促す連絡が来ると思います」
「通達や注意止まりで、事前に止めてはくれんのだな」
「身内に対してもそんなもんです。至れり尽くせりの優しい組織じゃないんで」
「そっか。じゃあもう一つ質問だが、今回の騒ぎ、ギルドとしては動かなかったのか?面子を潰された、というなら反撃なりあってしかるべきだと思うが」
アモルが相手なら金さえ払えば頼りになるかも、という話ではあるが、それを聞いたら今度はギルドの実力のほどが気になった。
今回の騒ぎを事前に察知もできないレベルでは、アテにできると言われても眉唾だし金を払う意味が薄れる。
「…………」
俺の質問にエルトールが困った顔をして考え込んだ。そんな難しい質問だったか?
結構長い時間考えていたようだが、考えがまとまったのかエルトールが顔をあげた。
「えーと、これはディーゴさんだから打ち明けるんですが…………実はこの街のギルド、武闘派がかなり少ないんですよ」
「……そうなんか」
ちょっと意外だ。盗賊ギルドといえば荒事の専門家みたいなイメージがあるんだが。
「先々代?が流血を好まない方針で、その時に武闘派は大分いなくなっちゃったみたいです。今は武闘派の数も増やそうとしているようですけど、世代交代とか教育とかの絡みでまだ結果が出るには至ってなくてですね……」
「第一線で動けるような腕利きがいないか大幅に足りないってことか」
エルトールがそれに頷く。
「非正規部隊がそこそこ入り込んでいたのは掴んでいたようですけど、そんな事情で静観するしかなかったみたいなんですよね。
ただくれぐれも言っておきますけど、このことは絶対に他言無用ですし、関係者にも話を振らないでくださいね?
ギルドもかなり気にしてて、部外者が触れちゃいけない問題なんで」
「分かった。それについては聞かなかったことにしておく」
「その代わりと言っては何ですが、忍び込んだりとか情報収集といったことには長けてますから、そっちの実力は期待していいです」
「分かった」
ここで一度話の内容を反芻する。
聞いた話の限りでは、盗賊ギルドは迎撃機能のない早期警戒レーダーみたいなもの、と思われる。
両方備えていれば完璧だったが、ないものは仕方がない。
では、盗賊ギルドにない迎撃機能は他で代用できるかというと……手っ取り早いのは冒険者か。最終手段として剣闘士たちを巻き込む手もある。
あるいは、安全な場所に避難する(させる)手段もある。そう考えると代用ができないこともない。
逆に盗賊ギルドを使わない場合の早期警戒レーダーの代用は……侵入者相手に常に網を張り続けている組織ってのは、そうはないんだよな。
すぐに思いつくのは衛視隊だが、アンテナ感度はあまり高くないし前述のように動きも鈍い。
大手商会なら情報アンテナの感度も高かろうが、そもそも侵入者に向けたアンテナじゃねぇし。
……レーダーの代用は難しいか。
次に盗賊ギルドと誼を通じた場合のリスクを考える。
まず思いつくのは色々と金を要求されそうなリスクだが、これは仕方ない、向こうの働き次第である程度までは呑み込む。
要求されるがまま払うのではなくて、〆る所は〆ればなんとかなると思う。
評判の悪化は、まぁ入り浸るつもりも吹聴する積りもないので、接触を絞ればある程度は抑えられる。別に毎日用事があるわけじゃないし。
政財界に出て公職に就くのを狙う場合はマイナス要素になるが、別にそんな野望はねぇんだよな。よってこれは無視。
今の仕事、冒険者も内政官も剣闘士も、盗賊ギルドと繋がったからとクビになるわけでもない。よってこれも問題なし、と。
「で、結局どうします?」
脳内でそろばんを弾いているところにエルトールが尋ねてきた。
……うむ、6:4から7:3くらいだが、手札の1枚に加える価値はある、か。
内心で腹を括ると、エルトールに答えた。
「ああ、スマンが盗賊ギルドに仲介を頼む」




