アモル王国の魔手3
―――前回までのあらすじ――――
白昼堂々攫われたユニを奪還しに、ミットン診療所の伝手で援軍を得て賊のアジトに乗り込んだディーゴ。
さすがに今回はかなり頭に来ている模様。
※今回は少しえぐいことをやらかします。表現はマイルドにしていますが、詳細な想像は控えることをお勧めします。
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「よぅ、来てやったぜ」
不敵な笑みを浮かべながら部屋に入ると、中にいた5人の男が一斉にこちらを見た。
全員が武器を抜いて立っているところを見ると、俺への奇襲は失敗したようだな。
「ディーゴさま!!」
そして武器を抜いた5人の向こうに、後ろ手に縛られたユニがいた。
縛られたユニのメイド服は大きく裂かれて平らな胸が見えており、顔は手ひどく殴られたようで紫色に腫れていた。
それを見た瞬間、すぅっと頭が冷えるのを感じた。
「……攫った相手の見た目に惑わされて乱暴しようとしたら、実は男だったもんだから逆上して手ぇ上げたか?下衆もここに極まれりだな」
「うるせぇ!テメェのせいでこっちの計画は滅茶苦茶だ!テメェだけでも始末しねぇと腹の虫がおさまらねぇんだよ!!」
「それで俺の身内を攫うのか。さすが非正規部隊だな。戦いの心得もない一般市民を相手に、騙し討ち専門で仕事するだけあって卑怯が顔ににじみ出てるぜ。緑小鬼の方がよほど男前だ」
ここで一つため息をつくと、小馬鹿にするように相手を見下ろした。
「そもそも先に手ぇ出してきたのはそっちだ。自分が殴るのは構わねぇが殴られるのは勘弁ならねぇってのぁどんな理屈だよ。
5つ6つのガキだってそのくらいは弁えてるぜ」
「だからどうした!そんなこと言ってられるのも今の内だぜ!!」
そういうと頭目と思しき男がユニを抱き寄せ、その首に短刀を押し付ける。そして勝ち誇った顔で言ってのけた。
「……さぁ、その凶悪な武器を捨ててもらおうか。断れば、分かるよなぁ?」
ユニを抱えた男がニタリと笑うと、背後で足音がして4人の男が新たに姿を見せ、俺たちの退路を断った。
「ディーゴさま……!」
ユニが絶望したような表情を見せる。
「…………チッ。これで、いいんだ、ろっ!!」
悔しそうにふるまうが、実は予想の範疇だ。もっともらしく大きく舌打ちをすると、腰の戦槌を取り外して大きく振りかぶり、窓に向かって投げつけた。
派手な音を立てて鎧戸の窓をぶち破った戦槌が外に消える。
「おっと、そっちの馬鹿でかい盾もだ」
「ふん、手ぶらにしないと怖いのか?」
「早くしろ!!」
挑発も通じない相手に、渋々といった感じで盾を手放す。
大きな音とともに盾が床に転がると、武器を持つ男たちの包囲が一歩狭まった。
「テメェには散々邪魔されたからなぁ、切り刻んでやろうかとも思ったが、ペットの虎ともども生きたまま皮ぁ剥いで、好事家に売りつけてやるぜ。
珍しい虎男に漆黒の虎だ、いい高値がつくだろうよ。こっちの娘男も、物好きには高く売れそうだぜ」
「なんだ、結局金、金、金か。アモルっていわゆる『貧乏』なんだな。貧乏だけに性格まで歪んじまって……哀れだねぇ」
「はっ、そんな軽口がた……?」
ユニの首に短刀を押し付けつつ、得意満面の顔で語っていた頭目の言葉が止まる。
戦槌で破られた窓に、2匹の猫がひょこりと顔を見せたからだ。
その猫たちはするりと部屋の中に入り込むと、男たちの足元で派手な喧嘩を始めた。
「フギャッ!ギャウ!!」
「ギャフベロハギャベバブジョハバ!!」
男たちがあっけにとられる間にも、次から次へと猫が部屋に入り込みそれぞれが叫び声を上げながら喧嘩を始めたり縦横無尽に走り回る。
しかも侵入してきた猫の何匹かは生きた鼠を咥えており、それを部屋の中で放したものだから鼠まで部屋の中を駆け回った。
「なんだ、一体何が―――!!」
頭目を始めとする男たちが狼狽える瞬間を見過ごさず、頭目に駆け寄るとユニを奪い返しざまに頭目の頭を掴んで壁に叩きつけた。
そのまま、壁をおろし金に見立てて頭目の顔を摩り下ろし、倒れたところで股間を踏みつぶす。
「ディーゴさま!ごめんなさ」
「話は後だ。外にエルトールがいるから、窓から飛んで逃げろ」
「え……」
「急げ!」
窓から押し出すようにユニを逃がすと、部屋の中を振り返る。
20匹の猫が叫び声を上げながら足元や家具の上を縦横無尽に走り回るのに加えて、数匹の鼠まで混じっている。
特にパニックを起こした鼠は、床や壁ばかりでなく、武器を持った男の体さえ駆け上る。
訳が分からず右往左往するもの、猫に向けて武器を振り回すもの、身体を駆け上がる鼠を振り払おうとヘンな踊りを踊るもの、と、部屋の中はまさにカオスだ。
……まぁ俺がアルゥに頼んだことなんだけどな。でも鼠はちょっと予想外だったわ。GJだぜにゃんこたち。
あとは特に難しいことはない。腰の剣鉈を引き抜くと、ヴァルツと目配せをして男たちに襲い掛かる。
イツキの魔法は猫たちを巻き込みそうだから足止め程度に留めてな。
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数分後、部屋の中を混乱のズンドコに叩き落とした猫たちは姿を消し、床には半死半生の男どもが9人、うめき声を上げながら転がっていた。残り一つは投げ込んだ死体だ。
対するこちらは全員無傷。いや、乱戦だったので俺が何度か切られはしたが、猫と鼠が走り回る中で闇雲に振り回すだけの剣が鎧を抜ける訳もなく、結果的に軽い打撲程度で済んだ。
「無事に片付いたようじゃな」
1匹だけ残っていたアルゥが、倒れている男たちと血だまりを避けながら歩いてきた。
「ああ。お陰で助かった。鼠まで持ってきたのは予想外だったが、いい仕事をしてくれたよ。ありがとな」
しゃがみこんでアルゥに目線を合わせながら礼を述べる。
「ならば報酬の方は期待してよいな?」
「もちろんだ。明日の夕方、俺の屋敷の庭で祭をやるから、空きっ腹抱えて押し寄せてこいと伝えてくれ」
「承知した」
アルゥはニヤリと笑うと、ふと後ろを振り返った。
「ところで、こ奴らはどうする?」
「そりゃ悪魔とその身内に手ぇ出したんだ。……相応の報いは受けてもらうぜ」
「…………深くは追及せぬ方が良さそうだな」
ドスの効いた声であくどい笑みを浮かべる俺を見て、アルゥがため息をついた。
その後は外で待機していたエルトールと応援の3人にそれぞれ礼を言って約束の半金貨を渡し、アルゥと一緒に帰ってもらった。
ちなみに窓に投げつけた戦槌は、エルトールが回収しておいてくれた。
「ディーゴさま、あの……」
残っていたユニが何かを言いたげに俺を見上げる。
「痛い思いをさせたな。済まなかった」
そう言ってぽんぽんと頭に手を乗せる。
「いえ、でも私のせいで」
「謝罪はいい。ユニに落ち度はないし、責められるのは俺の方だ」
「ディーゴさま……」
まぁこの流れでいけば次は熱い抱擁になるのだろうが、男と抱き合う趣味はないのよ俺は。
「今日は帰ってゆっくり休めと言いたいが、これ使いながらもうちょっと残っててくれ」
そう言って傷ポーションを渡してユニから体を離すと、イツキとヴァルツを呼んだ。
「二人はユニと一緒にここで待機しててくれ。俺はちょっとやることがある。あ、ユニ、ここにいる連中の魂な、今のうちに回収しとけ」
3人にそういうと、まだ息のあった男2人にさくさくとトドメをさした。
ユニがちょっと引いていたが、まぁそこはスルーで。
「何だったらあたしも手伝うけど?」
「ちょっと人には見せられない作業をするんでな、俺一人でやらせてくれ」
「ふぅん、じゃあ、まぁいいわ」
なにかを察したイツキとヴァルツ、そしてユニを残して2階に上がる。
2階の部屋では相変わらず男たちがうめいていた。
俺が戻ってきたのを知ると、男たちはそれぞれ首だけをねじって俺を見上げる。
哀願、恐怖、憎悪、殺意とその表情は様々だが、行きつく先は全部一緒だ。
「今までは品行方正を気取ってきたけどな、今回ばかりはタガ外させてもらうぜ」
指の骨をぼきぼきと鳴らしながら、男たちに歩み寄る。
「……テメェら、楽に死ねると思うなよ?」
男たちを見下ろしながら低い声で宣言すると、男たちはびくりと体を震わせた。
百舌鳥の早贄
百舌鳥の特徴的な行動で、捕らえた虫・蛙などの獲物を木の枝や有刺鉄線のトゲなどに刺しておくもの。
以前は餌のない時期に備えての保存用と思われていたが、最近の研究ではその理由は否定されている。
事後、あちこちからかき集めてきたシーツやカーテンなどで一見分からないようにモノを覆う。自分で作りはしたものの、ちょっとこれは刺激が強すぎてあまり他人には見せられん。
衛視には見られることになるだろうが、そこは諦めてもらうしかない。
続いて部屋の物色に取り掛かる。
金目の物は根こそぎ回収したいところだが、あとで見に来るであろう衛視のことを考えると……相応に残しておいた方が無難か。
街の外ならともかく街の中だもんな。他国の非正規部隊の物とはいえ、潰したからって一切合切俺の物にするわけにはいかんよな。
鍵のかかった金庫を見ながら、ちょっと恨めしく思う。
同じように別の部屋を物色していると、面白いものを見つけた。
鳥かごに入った鳩と、書類の束と一緒にあった小さな印形だ。鳩の方は足に小さな筒がついているので、恐らく伝書鳩だろう。
これを見て悪い考えが頭に浮かぶ。やられっぱなしの仕返しをするのにいいかも知れん。
一人ほくそ笑むと、幾つかの書類と合わせて鳩と印形も回収することにした。
一通りの物色が終わったので、2階にユニを呼ぶ。
10個のオブジェの魂も回収しておこうという算段だ。
死して屍拾う者なし、なんてヌルいことは許さねーよ。死して屍煮込んでダシとり有効利用してやるわ。
呼ばれたユニは、シーツのかぶった物体から魂を回収しろと言われて困惑した様子だったが、シーツの裾からちらりとのぞく宙づりの足で察したらしい。
何か言いたげな目で俺を見てきたが、なにも聞くなという視線で黙らせた。
10個のオブジェから魂を回収すれば、ここでの用事はほぼ終わる。
イツキやユニたちを外に出した後、1階の3つの死体にもちょっと手を加えて屋敷への帰路についた。
既に時刻は夜中な上に、昼も夜も食事をとらなかったが、正直言って腹は減ってない。
「ユニ、明日のことだがな」
少し重い雰囲気の中、気分を切り替えるように隣のユニに声をかけた。
「なんでしょうか?」
「夕方に猫たちを集めて、鶏肉とチーズの食べ放題祭りをやることになってんだ」
「あの、助けに来てくれた猫さんたちに、ですか?」
「ああ。そういう約束で集まってもらったんでな。ただ俺は朝からいろいろ走り回るからその準備まで手が回らんと思う。
カワナガラス店に避難させてたウィルとアメリーとポールを朝イチに迎えに行って屋敷に戻すから、3人と協力して買い出しと準備を頼めるか?」
「わかりました」
「あの場に来てくれたのは30を少し超える程度だが、多分それ以上が来ると思う。それなりに多めに用意しておいてくれ」
「はい。凄い数でしたものね」
ユニがくすりと笑う。あの騒ぎ、やられる方はカオスだが仕掛けた方としては結構ギャグだ。
「ディーゴ、あたしたちには?」
「イツキ、お前は今回あまり仕事してないだろ。……とはいえ、まぁ助かったのも事実だからな。蜂蜜酒2本つけてやる。ただつまみはチーズくらいだぞ?」
軽くため息をつきながらイツキに答える。
「簡単なので良ければ私が一緒に作りますよ?」
「さすがユニ、わかってるわね」
そのやり取りを聞いたか、ヴァルツも何か言いたげにこちらを振り返る。
「ヴァルツにもお肉をたくさん用意しますからね」
「ぐるっ」
ユニの言葉に、ヴァルツが満足そうに喉を鳴らして答える。
……金を出すのは俺なんだが、まぁいいか。明日の祭りは全員でやるか。
明日、大量にやってくるであろう腹っぺらしの猫たちを想像して、少し頬をゆがめた。




