アモル王国の魔手1
―――前回までのあらすじ……というか導入?――――
アモル王国の非正規部隊に警戒をしつつも日々を送っていた矢先、
ついに危惧していた事態が起こる。
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-1-
「ディーゴさん、お屋敷の方がこられてますよ」
冒険者ギルドの支部で、いつも通り教官と稽古をしているときに職員が呼びに来た。
その声で教官が剣を引いたので、こちらも両手に構えた盾を下ろす。
教官を見ると「行ってやれ」と頷いたので、こちらも一礼して職員の下に向かった。
「ウィルさんという方です。大分急いでいるようでした」
「わかった。ありがとう」
呼びに来た職員に礼を言うと、足を早めてギルド支部のホールに急いだ。心配事が的中したか、そんな予想が脳裏をよぎる。
「ディーゴ様!」
ホールに入ると、俺が見つけるより早くウィルが気付いて駆け寄ってきた。
「何が起きた?」
「ヴァルツが大怪我をして見つかったと、衛視隊から屋敷に連絡が。一緒に出かけたユニさんの姿もないそうです。衛視の方の話では攫われたのかもしれない、と」
……そうきたか。
ぎりり、と奥歯を噛みしめると、つとめて冷静にウィルに尋ねた。
「エミリーとポールのほうは問題ないか?」
「はい。二人は大丈夫です」
「よし。で、ヴァルツは今どこにいる?」
「若草通りの衛視詰め所に運ばれたそうです」
「わかった。わざわざご苦労。俺とイツキはこれからヴァルツと合流してユニを探しに行く。ウィルはアメリーとポールを連れてカワナガラス店に避難しろ。
事情を話せば匿ってくれるはずだ」
「わかりました」
「うん、頼むぞ」
頷いたウィルを送り返すと、訓練場に取って返した。
「何か起きたようだな」
戻ってきた俺を見て教官が声をかけてきた。
「使い魔のヴァルツが大怪我をして発見されたそうです。一緒にいたはずのユニの姿もないそうで」
「……アモルの続きか」
「おそらく」
「わかった。一切の容赦はするな、徹底的に叩き潰してこい」
「無論そのつもりです」
教官の激励に頷いて答えると、着ていた鎧はそのままに着替えの入った荷物を引っ掴み、ギルドの売店で鷲掴みの金貨を叩きつけるように上級の傷ポーションを2本買うと若草通りの衛視詰め所へと急いだ。
「ディーゴの心配が当たったわね」
若草通りへの道を早足で向かう中、イツキが話しかけてきた。
「嬉しくない当たり方だけどな」
「ディーゴが狙いなら当人だけを狙えばいいじゃない」
「それだけ向こうもなりふり構っていられなくなったんだろう。ったく、逆恨みもいいとこだぜ。先に手を出して来たのはそっちだろうによ」
ついつい愚痴というか文句が漏れる。
「ディーゴ、分かってるでしょうけど、こういう時こそ冷静に動かないとだめよ?」
「努力する」
到着した若草通りの衛視詰め所で、ヴァルツは包帯に巻かれて寝かされていた。
包帯の上からでも分かるほどあちこちに血がにじんでいるうえに呼吸もかなり弱々しかったが、持ってきた上級の傷ポーションで一命は取り留めることができた。
ヴァルツが目を覚ますまでの間に詰め所にいる衛視たちから聞いたところによると、突如現れた4~5人のフード付きマントの連中が、数名の通行人がいたにもかかわらず買い物帰りと思しき娘と虎に襲い掛かって、あっという間に娘を攫っていったらしい。
襲撃の一部始終を見ていた通行人の一人が我に返り、急いで衛視詰め所に駆け込んできたそうだ。
幸い、ユニとヴァルツが俺の関係者だと知っている衛視がいて、ヴァルツが担ぎ込まれてすぐに俺の屋敷に連絡を走らせたとのことだった。
その辺りのことを聞いているとヴァルツが目を覚ましたので、繋がりを強化してヴァルツからも話を聞くことにした。
〈……スマン兄弟。不覚を取った〉
《まぁそれは一旦脇に置いとけ。どこかまだ痛むところはないか?》
〈いや、もう大丈夫だ。痛むところはない〉
《ならばいい。何が起きたか聞かせてもらえるか?》
〈ああ。あの男娘との買い物の帰りに襲われた。道の向こうから歩いてきた男が、俺たちのそばを抜けようとしたときに強い刺激の粉をばらまいたのだ。
俺はそれで目と鼻と喉をやられて、まともに抵抗も出来ずにこのザマだ〉
《相手は4~5人と聞いたが、確かか?》
〈俺が気付いたのは5人だ。話声からして男娘に2人、俺を痛めつけてきたのは粉をばらまいたやつを含めて3人いたと思う〉
《連中はどっちに逃げていったか分かるか?》
〈足音からして、俺たちが来た方向に逃げていった筈だ。一人は傷を負っているぞ。思い切り噛みついてやったからな。食いちぎることができなかったのが残念だ〉
《そうか。よくやった。ちなみに聞くが、ユニや使用人たちに匂い袋を持たせていたのは知っているな?アレの匂いは追えるか?》
〈あの花のような匂いだな。今日の天気であればおそらくたどれるはずだ〉
《よし、じゃあさっそく動くぞ。立てるか?》
〈問題ない〉
会話が一段落し、ヴァルツが立ち上がってぶるりと体を震わせた。
「その虎は大丈夫なのか?」
「特に問題はないらしい。すぐに知らせてくれて助かったよ。コトが片付いたら改めて礼に伺わせてもらう」
そう言って衛視に頭を下げる。
「なに、これも衛視の仕事だ。それより、攫ったやつに何か心当たりはあるか?」
衛視は笑顔でそう返すと、表情を改めて尋ねてきた。
「心当たりとしては、アモル王国の非正規部隊しか思いつかん。年明けに起きた同時襲撃だが、あれを阻止するきっかけになったのも率先して動いたのも俺だ。
そしてこの間だが、偽の依頼で殺されかけた」
「……そうだったのか。アレがまだ尾を引いていたとはな。そうと分かれば俺たちは色々と動かにゃならんが、アンタはどうする?」
「手がないこともない。俺は俺で動かさせてもらうよ。何かわかったら連絡する」
「承知した」
衛視が頷いて他の者たちに指示を出し始めるをみて、俺とヴァルツは詰め所を後にした。
……まぁ、連絡するとは言ったが、多分事後報告になるだろうがな。
-2-
ユニとヴァルツが襲われた場所まで戻ってくると、ヴァルツは丹念に匂いをたどり始めた。
路地に入り、裏通りを抜け、人通りのない道をうねうねと曲がりながら歩く。
そのうち、ヴァルツが立ち止まり周囲を確認する回数が増えてきた。
……無理もない。この辺りは後世になって土壁の民家が無秩序に建てられた地域で、まともに下水整備がされていない。
道端には投げ捨てられた汚物が点々とし、周囲に悪臭を放っている。
投げ捨てられた汚物は数日おきに掃除人が回収に来るが、それまでは放し飼いの豚が漁るのがいいとこだ。
そんな中で匂いをたどるのは中々に難易度が高いと思う。
《ヴァルツ、ちょっと止まれ》
〈どうした兄弟〉
《いや、さすがにこの先はちょっとな……》
ヴァルツに答えると、幾つかの革袋を取り出してヴァルツの足に靴下のように括り付けた。汚物まみれの道も、こうしておけば少しはマシなはずだ。
ヴァルツは汚物を踏むのをあまり気にしていないようだが、俺が気にするんだよ俺が。あとで洗うのは多分俺だぞ。
〈歩きにくいな〉
《少し我慢してくれ。その場になったら外すから》
そして追跡が再開される。
立ち止まる回数は多いが、それでも着実に進んでいく。
しばらくの追跡行ののちに、ヴァルツが足を止めた。
〈人間がいるな〉
ヴァルツの声に、物陰からそっと覗いてみると、確かに小汚い身なりの男が一軒の家の壁にもたれて腰を下ろしている。
目の前に入れ物を置き、力なくうなだれたその様は浮浪者か乞食のように見えるが……。
《匂いはあっちからか?》
〈ああ。人間の方に続いている〉
《となるとアレは見張りの可能性があるな。あの家の裏手に回るぞ》
〈分かった〉
来た道を引き返し、離れた所から家の裏手に回ると、やはりというか裏手にも浮浪者らしき男がいた。
2人の浮浪者が、偶然1軒の家の裏表に同時にいるとは考えにくい。
《どうもここが当たりくさいな》
〈一気に襲い掛かるか?〉
《いや、その前にやることがある。イツキ》
「なに?」
《あの家にユニが捕まってるっぽいんだが、中の気配を探れるか?》
「家の中でしょ?無理言わないでよ。やってはみるけど……」
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「ダメね。人間が複数いるのは分かるけど、数とか位置までは分からないわ」
しばらくの後にイツキが力なく答える。まぁ分かれば儲けもの程度に考えていたので俺に落胆はない。
《なら仕方ない。ヴァルツはちょっとここで待機だ。動きがないか見張っててくれ》
〈兄弟はどこに行くのだ?〉
《アルゥの所にちっと応援を頼みに行ってくる》
〈双尾猫どのの所か〉
《そうだ。これからの計画を説明するからイツキも聞け》
そう言ってイツキとヴァルツを少し離れた所に引っ張っていく。
《相手はユニを人質に大人数で待ち構えているだろう。まぁ、俺を仕留める罠だな。だが、俺たちは罠を承知で踏み込んで罠ごと踏み潰す。
とはいえ、裸足で罠を踏みつぶすわけにもいかん。足の守りを固める必要があるが、その固める守りをアルゥに手伝ってもらう》
そう前置きすると、イツキとヴァルツにアルゥの協力を得た突入計画を説明した。
「……なるほど、それならなんとかなりそうね」
〈面白い。存分に暴れてやる〉
イツキとヴァルツの了解が得られたので、ヴァルツだけをその場に残し俺はミットン診療所へと急いだ。
ミットン診療所の玄関を開け、受付に歩み寄る。今日の受付はエルトールだ。
「うっすエルトール。アルゥはいるか?」
「ああディーゴさん。アルゥならそこで昼寝してますけど……アルゥ、ディーゴさんが呼んでますよ」
エルトールの声にむくりと起きたアルゥが、一つ伸びをして受付のカウンターに飛び乗ってきた。
「ディーゴか。何用かな?」
「ユニが攫われた。ついては以前話した猫たちに協力を頼みたい」
「ユニさんが!?」
エルトールが驚いて声をあげた。
「ふむ、やはりコトは起きたか」
「猫はどのくらい集まりそうだ?」
「今まで12匹からは確実に約束を取り付けておる。ただ、そこから話が広まっておる故、数はもっと増えような。食事に苦労するこの時期に、鶏肉とチーズが食べ放題というのはいかにも魅力的だ」
「そいつは助かる」
アルゥの答に頷いて見せる。この計画、猫の数は多いほどいい。
「して、我らは何をすればいい?」
「ああ、それだがな……」
そう言って計画を説明すると、アルゥはニヤリと笑って見せた。
「なるほど、それは面白い。その内容であれば、猫たちに危険もさほど及ぶまい」
「場所は地図でいうとこの辺りだ。目立たないように集合を頼む」
「うむ、承知した」
「私の方でも人手を貸しましょうか?」
横からエルトールが口をはさんできた。
「できるなら有り難いが、今すぐの話だぞ?集まるのか?」
「3人なら心当たりがないこともないんで」
「なら頼む。日当は半金貨1枚出す」
「十分すぎる額ですね。じゃあ私は早速話をしに行ってきます。ツグリさん、すいませんが受付お願いします」
「では我も猫たちに話をしに行こう」
「突入時刻は暮れの鐘(午後6時頃)が鳴るときだ。なるべくそれに間に合わせてくれ」
エルトールとアルゥが頷いたのを見て、俺もミットン診療所を後にした。
―――前話の少し補足のようなもの――――
前話の話に絡みまして「ケルヒャーには引越しを伝えてないのでは?」というご指摘がありました。
見直してみたら確かにその通りでしたので、第3章「引っ越し」の話に少し追記しました。
「ケルヒャーには会えなかったので、村長に言伝を頼んだ」という内容なので、それだけご理解ください。
ご指摘どうもありがとうございました。
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