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湯宿の里へ

-1-

 日課となった街道の見回りを行い、今日も異常なし……と狩りに向かおうとしたときに気が付いた。

「……っ!………………!!」

 割と近くから鋭い声が聞こえたので、襲撃かと急いで街道に向かう。

 隠れて様子をうかがうと、冒険者らしい男二人が老人二人に剣を突き付けていた。

 この4人は見覚えがある。少し前に見送った4人だ。

 老人が二人いるが、護衛がいるので大丈夫だろうとノーマークだったが……護衛が野盗に化けたパターンか。

 案外この世界も世知辛いもんだねぇ。

 ……っと、呑気にため息ついてる場合じゃねーな。

 殺すと後々面倒くさそうだから生け捕りにするか。

 槌鉾を腰に戻し、足音を殺して忍び寄る。幸いいくらか風があるので落ち葉を踏む音は気づかれていない。

 もうそろそろといったところで、勢いをつけて飛び出した。

 突然の闖入者、しかも虎男の出現に何が起こったかわからない4人。

 剣を抜いている男二人を殴り倒して、ほぼ一瞬で決着がついた。

 さてと老人二人を振り返ると、品のよさそうな老人の前に額の広がった老人が立ちはだかってこちらを睨みつけている。

 えーと

「……ミスダン。アルガ、イ、パセーヨ(安心しろ。敵じゃない)」

 両手を広げつつなるべくゆっくりと喋る。

 品のいい老人はほっとしたようだが、額の広いほうはまだこちらをにらんでいる。

「デルバ、アク、ネリーム、えーと……サルジャン?(念話が使える者はいるか?)」

 老人二人が顔を見合わせて、首を横に振る。

「そうか」

 中々うまく行かんもんだな。と思い、その場を立ち去ろうと背を向けた。

「ゼレシーバ」

 品のいい老人が言葉を発した。

「ゼレシーバ」

 聞いたことのない単語だ。足を止めて振り返ると、品のいい老人がまっすぐこちらを見ていた。

「アウス、ロペ、ラエンガイんかcすういwら@p」

 途中から何を言ってるのかわからなくなった。

「ヴィ、イェンタム、イ、ハーレンドミ」(俺は言葉が分からない)

 知っている言葉をなんとか口にすると、品のいい老人が寄ってきて俺の手を取った。

 額の広いほうが慌てて何か言うが、一喝されて引き下がる。

「なskんしうdshs;じいgけおてghrj:;じゅい」

 品のいい老人がにこやかに何かを言うが、もう聞き取れないし理解が追い付かない。

 苦笑を浮かべていると、老人が手を放して手招きをした。どうやらついて来いという意味らしい。

 ようやく起きた展開に小躍りしたいのを抑えて、一つ頷くと品のいい老人に従うことにした。

 あ、もちろん殴り倒した二人は担いで持っていくよ。

 襲撃者の証拠は必要だしね。


-2-

 さて、爺さん2人に連れられて集落の入り口にやってきた。

 門番がいつも通り警戒するので、俺は少し離れたところで待つ。

 さすがに1年も近くに住んでて幾度か人を送り届けたりしたので、いきなり矢を射かけられることはなくなった。

 ぼーっと待っている間に老人二人が門番に話しかけた。

 二人いた門番のうちの一人が奥に駆け出し、人を連れてくる。

 門番がおっかなびっくり近づいてくるので、担いでいた襲撃者を二人ともおろして少し距離を取った。

 もー、姿を見せるのは今回が初めてじゃねーんだから少しは慣れてくれよ。と思いつつ。

 門番は手慣れた様子で襲撃者二人を縛り上げると、集落の中へと連れて行った。

 で、残るは老人二人と門番と俺なわけだが……どうも話し合いは難航しているらしい。

 多分俺を集落の中に入れる入れないで揉めているんだろうなー、と思いつつ眺めていると、やがて門番が諦めたように首を振り、道を開けた。

 老人が笑顔でこちらを手招きする。

〈やっと人間の街に入れるのね〉

 俺の中でイツキが感慨深げにつぶやく。いやホントこれまで長かったよ。

《とりあえずイツキはまだ姿を現さないでくれな。念のために》

〈はーい〉

 先行する老人二人について歩いていくと、いきなり門番に切りかかられた。

 とはいえ、寸止めだが。

「あsぐいっふぁlk」

 きつい目で門番が何か言ってくる。これは多分「騒ぎを起こしたらただじゃ済まんぞ」的なことか。

「エ」(はい)

 にっこり笑って剣をどかすと、老人二人に従った。


 さて、初めて人間のいる集落に入ったわけだが、予想通りここは湯治場らしい。

 通りの両側には木造や石造りの建物が並び、建物の奥から湯気が出ている。

 なんか鄙びた古き良き湯治場って感じだなー。こういう雰囲気は大好きだよ。

 ただ、道行く人がぎょっとして慌てて隠れたり、二階三階から息を殺して注目したりとアウェー感満載だが。

〈へぇ、これが人間の街なんだ〉

《街というより村って感じだな。街はもっと規模がでかくて人が多いんだ》

 あちこちをよそ見しながら、念話でイツキと会話する。

 イツキも初めて見る人間の村に興奮しているようだ。

 そうこうしているうちに、そこそこ大きな石造りの建物の前に着いた。

 主と女将らしい二人が出てきて、俺を見て絶句している。

 老人二人が何事か説得しているが、言葉が分からないので以下略。

 結局、上品そうな老人が財布を丸ごと預けることで話が付いたらしい。余計な散財させちまったか。

 宿の部屋に通され、供された白湯を飲んで一息つくと早速爺さん2人が頭を下げてきた。

 自己紹介らしきモノによると白髪に口髭の品のいい爺さんがエレクィル爺さんで、額がだいぶ広がった爺さんがハプテス爺さんとのこと。

 二人の関係は…エレクィル爺さんの使用人というかお付きの人っぽいのがハプテス爺さんらしい。

 ただ二人の間に気安い雰囲気があるので、主従といいながらも家族のような、そんな付き合いなのかもしれない。

 いや、説明はしてくれたらしいんだが言葉がまったく分からんので、雰囲気から推量するしかないんよ。

 というわけで、俺が言葉を覚えるまでは「~らしい」系の曖昧な表現になると思う。

 ついでに言うと、俺の名前「大悟(だいご)」はやっぱり発音しにくいらしく、結局「ディーゴ」に落ち着いた。

 俺からすれば「ダィエゴ」なんて発音のほうがよほど難しいんだが。


 身振り手振りと単語っぽい言葉でヨタヨタの意思疎通を続けていると、扉が開いて料理がやってきた。

 黒パンの他に肉と野菜の盛り合わせ、果物などがついている。

 うおお、久しぶりの文明的な食事だぁぁ。尻尾が揺れるのが抑えられん。

 どうぞどうぞと勧められるのに従い、イタダキマスと頭を下げて焼野菜らしきものを口にする。

 んー、この青臭さとほろ苦さ。久しぶりの野菜がうめぇ。

 肉は……塩漬けを戻したものかな?ちょいとパサついてて正直生肉のほうがうまいな。

 そしてどっしりした黒パン。ちょっと酸っぱいが、軽く焼かれてあってこれがまた香ばしくて結構うまい。

 それに空きっ腹にはどっしりしたパンのほうが食いでがあっていい。

 そして葡萄酒。あー久しぶりの酒うめぇ。少し渋みが強すぎる気がするが久しぶりの酒なので気にしない。

〈ディーゴ、この飲み物は?〉

《たぶん葡萄酒だな。ブドウっつう果物から作った酒だ》

 そんな感じでイツキと会話しつつガツガツと食事をとっていたらドアをノックする音が。

 エレクィル爺さんを目で見ると、笑顔でうなずいている。

 ハプテス爺さんがドアを開けると耳の少し尖った男が立っていた。ハーフエルフってやつか?

 ハーフエルフが一礼して部屋に入ってきたので、こちらも食事を一時中断して出迎える。

 ハーフエルフは俺を見て一瞬ドキッとしたようだが、エレクィル爺さんが何か言うと頷いて念話で話しかけてきた。

〈初めまして。通訳として呼ばれたアーレルです。私の言葉が分かりますか?〉

《こりゃどうもご丁寧に。念話というものらしいがよく分かるぜ》

《俺の名前はダイゴ。だが発音しにくいらしいからディーゴで構わん》

〈そうですか。じゃあディーゴさんと呼ばせてもらいます。お二人は危ないところを助けてくださってありがとうと仰ってます〉

《重ね重ね痛み入る。正直に言ってしまえばこちらも理由があってやったことだから、あまり気にしないでほしいと伝えてくれないか?》

〈……その理由を伺ってもいいですか?〉

《……まぁぶっちゃけて言うと打算と下心、なんだよ》

 顎をポリポリと掻きながら答える。

《人間社会で暮らしたいが、言葉が通じないうえにこの風体でな。ほとほと困ってたところだ》

《実際、ここに来るまでに幾度か街や村に入ろうとしたが、石や矢で出迎えられる有様でな》

〈どうしてそこまで人間の街に拘るのですか?〉

《信じられない話かもしれないが、これでも元は人間なんだ。夜に寝て朝起きたら野原の真ん中でこの姿になってた》

〈それは……確かに信じがたい話ですね〉

《悪い夢だと思いたいよ。おまけに記憶もなくなってるときたもんだ》

〈街に入れたらどうなさるおつもりですか?〉

《反社会的な行動をとるつもりはないよ。そうだな……まずは言葉を覚えて……ある程度会話ができるようになったら、どっかで雑用をこなしつつ地盤固めだな》

〈それはなかなか難しいですよ?言葉を習うにしても学費が必要ですし〉

《小銭が大分混じってるが、一応手持ちが金貨7枚ほどあるんだが……足りんかね?》

〈念話が使える魔法使いは貴重ですからね。1週間で半金貨3枚程度が相場かと思います。その他に生活費がざっくり見積もって1ヶ月で金貨1枚程度としますと……〉

《2ヶ月ちょっとしかもたない計算か》

 思わずため息が出る。

 その時、エレクィル爺さんが会話に交じってきた。

 アーレルと何か話したかと思うと、にっこり笑って胸を叩くしぐさを見せた。

〈言葉を覚えるまでの学費と生活費は、エレクィルさんが面倒を見てくれるそうです。任せてください、と仰ってます〉

《そいつはありがたい。だが世話になりっぱなしなのも気が引ける。単純な力仕事があるなら手伝わせてもらいたい》

 そういって頭を下げる。いくらこちらが命の恩人とはいえ、そこまで寄りかかるわけにはいかない。

 アーレルが通訳すると、エレクィル爺さんが鷹揚にうなずいた。

〈エレクィルさんのところはガラス工房だそうで、男手は大歓迎とか。よかったですね、働き口も見つかって〉

《まったくだ。これでひもじい思いをせずに済む。何せこの体は大食いでね》

〈食費程度ならいくらでも面倒見ますぞ、とエレクィルさんは仰ってますが〉

《ならばこっちも精出して働くとしよう。虎男が豚男になるわけにもいかんからな》

 わっはっは、と一同が笑いあう。

 その後はアーレルも加わって和やかに食事会は進み、久しぶりにベッドで布団にくるまって眠った。

 藁布団でちょっとガサガサ音がするけどいいよね。布団。

 サイズが足りなくて足が出てしまうのは、まぁ仕方あるまい。

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