行商人と子供3
―――前回までのあらすじ――――――
主人公に護衛の指名依頼をしてきた二人。
旅を続ける中で主人公は二人への警戒を解き始めるが、イツキはそうでもなさそうだ。
――――――――――――――――――
-1-
アクロスについた翌日は、依頼人のアンブーの提案通りに休日とした。
4人で街の商店街を歩き、この街に駐屯している帝国の方面軍の訓練風景を城壁の上から眺め、大広場で幾つかの露店を梯子して遅い昼食を済ませたのちに、街で一番大きいと言われる公衆浴場へと繰り出した。
広い湯舟やハーブを焚きしめた蒸し風呂を存分に堪能した後は、売店で冷えたエールを流し込む。
かぁー、火照った体に冷たいエールが染みること染みること。
エールで水分補給をした後は、施設にいるマッサージ師に全身を念入りに揉んでもらう。
ちなみにマッサージ師はうら若き美女ではなくて、ムキムキのおっちゃんだ。
鎧を着て歩き回るためにどうしても負担がかかる肩や腰や足の裏などを、プロの手で力強くも柔らかくもみほぐしてもらえるのはやはり気持ちがいい。
ガチガチに凝るほど使い込んでる意識はないが、揉んでもらうのが気持ちいいってのは相応に凝ってるものなんだな。
こころもち軽くなった体でイツキと合流し、温かい葡萄酒をちびちびやりながら時間を潰す。
日本のスーパー銭湯だとマンガコーナーとかがあるんだが、生憎こっちにゃそういう文化はないからな。
代わりに湯上りの客たちがやっているのはチェスのような将棋のような、ボードゲームだ。
長椅子の中央に浴場貸出品の板を置き、椅子の両端に座って交互にサイコロを振っては駒を動かしている。
ゲームをしている二人の周りにはたまに観客がいて、興味深そうに勝負の行方を見守っていた。
こちらでは割と一般的なゲームらしいが、俺、名前もルールも知らんのよね。
依頼人のアンブーとカールの二人がまだ戻ってこないので、二人がいない間にもしもの時のことをもうちょっとイツキと詰めておきたかったのだが……全身毛皮の虎男と湯上り美女という組み合わせは否が応でも目立つようで、結構注目の的なのよ。
そんな興味と疑問と下心が混じった視線に晒される中で「〇〇の○○が怪しい」とか「依頼人が裏切ったらどうの」といった物騒な話をするわけにもいかんわな。
仕方なく、さっき屋台で食った物とか商店の品ぞろえとか人の多さといった、当たり障りのない観光客丸出しの話をしていると、やがてアンブーとカールの二人が戻ってきた。
「お待たせしてしまったようで済みません」
「なに、風呂上がりのいい休憩ですよ」
頭を下げるアンブーに笑顔で返す。
「カールはお風呂でさっぱりした?」
「はい!あんな大きなお風呂は初めてです!」
イツキの問いかけにカールが笑顔で答える。
「大きな湯舟が随分気に入ったようで、何度も出たり入ったりしましたよ」
アンブーが笑顔で補足する。
確かに村の暮らしじゃ、でかい湯舟は経験ないわな。風呂があったとしても、共同のパン焼き窯に併設された蒸し風呂がいいとこだろう。
「この後はどうします?適当に休んだらまた商店街を冷かしながら宿に戻ります?それとも夕飯まで居続けますか?」
「そうですね……」
俺の質問にアンブーが少し考え込む。
「少し休んだら出発しましょうか。あまり長居をすると宿に戻るのが億劫になりそうで」
「はっは、それはあるかもしれませんね。じゃ、帰りしなに良さそうな店を見つけたらそこで夕飯にしましょう。カールは何か食いたいものはあるか?」
「じゃあ、オムレツが食べたいです。お芋のたくさん入ったやつ」
「ああ、アレか。食いでがあっていいんだよな。芋もいいがキノコをどっさり入れたやつも美味いんだ」
オムレツ的な卵料理は、屋敷では時々ユニが作ってくれるけど、外食だと肉メインになってあまり卵って食わんのだよな。
たまには外で卵料理を食うのも一興か。
イツキもアンブーも異議はなく、そんな感じで夕食の方針が決まったので揃って公衆浴場を出た。
とはいうものの、卵料理が美味そうな店に心当たりはない。
流しの乗合馬車を捕まえて訊いてみたところ「だったら乗っていってくれよ」と言われたので、素直に乗ることにした。
まぁ断っても良かったんだが、思ってたより外が寒いし歩くのも面倒になってた、というのもある。
馬車の中に暖房があるわけではないが、締め切った箱の中で外気に当たらない分まだマシだ。
幾度か角を曲がったところで馬車が止まり、扉が開かれる。
「お客さん、着きましたよ。卵料理が専門ってわけじゃないが、注文すれば大抵の物は作ってくれる腕のいい店ですぜ」
そう言って指さされたのは、個人の居酒屋のような小ぢんまりとした店だった。
「すまんね、助かった」
「へい、ありがとうございます」
4人分の代金を払うと、御者が頭を下げて受け取った。
「ところで、帰りはどうします?時間を教えてもらえればまた迎えに来ますが」
「ああ、帰りか……」
どうしようか、とアンブーを見たら、向こうも頷いてきたので帰りの馬車も頼むことにした。
確かにメシ食って酒も入った状態では、外を歩くのが今以上に面倒になるのは目に見えている。
「わかりやした。その時間にまたきますんで、どうぞごゆっくり」
御者はそういうと、大分暗くなってきた道の向こうへと消えていった。
-2-
御者に案内されて入った店は、夫婦二人でやっているような小さな食堂だった。
メニューがないとのことなのでそれぞれに頼んだが、意識してかは知らないが4人ともオムレツというオムレツ祭になった。
カールはジャガイモ入り、俺がキノコ入りを頼んだのを皮切りに、アンブーが挽き肉入りでイツキが野菜入りを頼んだからだ。
4人で少しずつ交換しながら食べることにしたのだが、これがなかなか美味い。
「しっかり火が通っているのに、卵が柔らかいですね」
「卵そのものにも味がついているのね」
アンブーとイツキが感心したように呟く。
確かに他所で食べたオムレツはもうちょっとしっかりした食感だったが、ここのオムレツはふわっとした感じだ。
そして卵についているほのかな下味。
「卵にブロスかスープストックを加えてあるのかね」
そう、オムレツという形はとっているが、卵そのものの部分はだし巻き卵を思い出させる味だった。
お陰で調味料を追加でかけなくても十分美味い。
「卵にそれらを加えると柔らかくなるのですか?」
「ああ。俺の故郷では出汁……じゃなくて、魚のスープストックを加えてたな。具は入れずに、卵とスープストックだけで作ってた。酒のつまみにも飯のおかずにもなる人気の料理だよ。ただ、がっつり腹にたまるおかずではないな」
そういうと、アンブーとカールが小さく笑う。
こっちの食事はまだ質より量的なものがあるからな。量より質を求めるのはもっぱら貴族や富裕層で、一般市民はどうしても量を優先する。
場末のやっすい食堂なんかに行くと、茹でジャガイモとパンのみという構成のジャガイモ定食があるのがいい例だ。当然ながら値段も最安値に近い。
試しに頼んだことがあるが、後半はエールで流し込まなければならなくてちょっとしんどかった。
炒飯やピラフをおかずにどんぶりメシが食える俺だが、茹でジャガイモをおかずにパンをもりもり食うにはまだ修行が足りなかったようだ。
話を戻そう。
4人が4人ともオムレツを頼んですっかり黄色くなった卓の上に、今度はシチューが人数分配られる。
昨夜は羊肉を使ったビーフシチューもどきだったが、今日のは豚肉を使った半透明のポトフっぽいシチューだ。
ゴロゴロと入っている根菜にしっかり味が染みていてこれも美味い。
ちなみに各人のシチューの中に、それぞれ1つずつポーチドエッグが入っていたのは料理人の旦那さんの厚意か気遣いか。
……まぁ4人揃ってオムレツを頼めば、卵好き認定されても仕方ないわな。
ただ、卵まみれの料理はここで打ち止めで、その後は炙ったベーコンやピクルスの盛り合わせなどを適当に頼みながら、店の酒を楽しんだ。
酒の種類はエールの他に2級と3級の葡萄酒だけだが、冬ということもあってまぁまぁ飲める代物だった。
そうこうしているうちに時間が過ぎ、約束していた乗合馬車の御者が顔を見せたので、食事を切り上げて宿に戻ることにした。
うん、帰りの馬車を予約しておいて正解だったわ。
店を出ると外の気温はさらに下がっており、この中を宿まで歩いて帰ったら飲んだ酒もすっかり冷めていたに違いない。
特に子供のカールは既に眠そうで、帰りの馬車の中ではアンブーにもたれて船をこいでいた。
それなりの距離を走って宿に馬車が到着すると、アンブーがカールを起こして馬車を降り、次いで俺とイツキが外に出た。
「遅くまで悪かったね。これで帰りに温かいものでも飲んでくれ」
御者に代金と、少し多めに銀貨2枚の心づけを加えて渡す。
「ありがとうございます。でもこんなにいいんですか?」
「美味い店を教えてくれた礼も入ってる。気にせず受け取ってくれ」
「そうですか。じゃあ遠慮なく頂戴します」
御者が頭を下げて去っていくのを見送ると俺とイツキも宿の中に入った。
部屋に戻ると―アンブーがカールを寝かしつけているところだった。
「馬車の代金はいくらでしたか?」
こちらに気付いたアンブーが尋ねてきた。
「たいした額じゃないんで構わないですよ」
「そうですか、どうもすみません」
アンブーがすまなそうに頭を下げる。
「明日の出立はちょっと早めですかね?」
「そうですね……脇街道に入りますから時間に余裕は見ておいた方がいいでしょう」
「朝飯はどうします?別に用意してもらって道中で食いますか?」
「いえ、早めに用意してもらって宿で済ませましょう。なるべくなら温かいものを食べたいですからね」
俺の質問にアンブーが答える。朝飯を宿で済ませるってことは、そこまで思い切った早立ちではないってことか。
まぁこの季節、陽が出るのも遅いしな。
「了解。じゃあ主人に頼んできますわ」
そう言い残して部屋を出て、宿の主人に明日の早めの朝食を頼むと、アンブーと挨拶を交わして床についた。
……明日からは脇街道か。
今のところイツキの証言以外に怪しいところのないアンブーとカールの二人。
俺の今までの感触としては二人に問題はなさそうなんだが、イツキの証言を無視するわけにもいかん。
胸を張って言う事じゃないが、俺の人を見る目はあまりアテにならない。
なにせ人生で五指に数えられる重大局面の、嫁選びで失敗した男だからな。言い訳もできんし自信もなくすというもの。
それにイツキは精霊だ。人間とはまた違う見え方をしているのかもしれん。…………多分。よく知らんけど?
だが対策をとるにしてもどうしたもんか……転々と寝返りを打ちつつ考える。
頭に浮かんだいくつかの案を検討した末に、なんとなくだが使えそうなものが見つかったので、明日の仕込みを考えつつようやく眠りについた。
次回から通常更新に戻り、5/11に投稿予定です。




