行商人と子供2
―――前回までのあらすじ――――――
指名の依頼は行商人と孤児になった子供の護衛の依頼だった。
アモル王国の非正規部隊との諍いが続いている関係上、微妙な疑念が拭えないのは気のせいか。
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そうやって始まったボコム村への護衛旅だが、3日も過ぎたころには4人とも大分打ち解けた関係になっていた。
特に家族を亡くして間もないカールは、初めこそ表情も硬く口数も少なかったが、今では時折飛ばす冗談に笑顔を見せるくらいに態度を軟化させていた。
旅の方も順調で、一度だけ魔狼の群れを遠目に見たくらいで別に襲われるようなこともなく、道程を消化している。
今は街道沿いの避難小屋に立ち寄って、休憩がてらにアンブーがカールの足を診ているところだ。
農村育ちで鍛えているとはいえ、歩き詰めが3日目ともなれば子供の足ならちょっと心配だ。
まぁ肉刺や靴擦れができたところで傷ポーションを少し塗れば治るのだが、痛い思いはしないに越したことはない。
「うん、今のところはまだ大丈夫だ」
「ありがとう、アンブーおじさん」
どうやらカールの足を診終わったらしい。聞こえた声では特に問題はなさそうだ。
その後も順調に旅は続き、6日目にして隣領の都市アクロスに到着した。
この街は帝国領内を東西に横断する大街道、通称「横断皇路」の東の終点ということもあって、ディーセンよりもずっと大きい。
帝都から送られてくる物資は一度この街に届き、それから帝国の東側に位置する各領地に分配される。
その逆に、東側の領地から集められた税や特産品は、この街を経由して帝都に送られる。
……それを聞けば街の規模がでかいのも納得だ。
ディーセンも景気のせいで賑わっているとはいえ、この街に比べれは地方の田舎都市の域を出ないだろう。
先を急ぐ依頼の途中でなければ、2~3日滞在して街の中を散策したかったが……と、城門の案内板で見た宿屋街に向かいながら考えていると、アンブーから声がかかった。
「ディーゴさんイツキさん、このアクロスからボコム村までは脇街道を進むことになるようです。今までの整備された平坦な道とは勝手が違ってきますから、
明日は出立せずに体を休めて、明後日に出るようにしませんか?」
「依頼人のアンブーさんがいいなら俺としても否やはありませんよ。でも日程的に大丈夫なんですか?」
「ええ、今日まで順調に来れましたし道程も半分を超えましたから。それにカール君もこういう大きな街は初めてでしょうしね」
アンブーがそう言ってカールを見る。しかし当のカールは御上りさんよろしく周りの景色に夢中だ。
アンブーとなんとなく顔を見合わせて小さく笑うと、今夜の宿を探しに宿屋街へと足を進めた。
宿屋街に着き、お高くもなければ治安が悪そうでもないそこそこの宿に今夜の寝床を決める。
店の主人らしいのが俺を見てちょっと躊躇うそぶりを見せたが、名誉市民の短剣をちらりと見せたら商売人の顔に戻った。
3人部屋がなかったので4人部屋を3人で使うことにして(イツキは基本的に眠るのは俺の中)、通された部屋で荷物をおろしながらアンブーに尋ねた。
「ところでアンブーさんらはこの後どこかに出かけますか?」
「いえ、特に予定はないですけど……なにか?」
「ちょいと用事を済ませるのに出かけたいんですよ。まぁ用事自体はすぐ済む内容なんですが、場所が分からんので戻ってくるのは夜になるかな、と」
「ああそれでしたら構いませんよ。夕食を済ませたら部屋でゆっくり過ごしますから」
「すいませんね。俺らの夕食は勝手にどこかで済ませます」
アンブーとカールにそう言い残すと、部屋を出て宿の主人にガラス職人のギルドの場所を尋ねた。
……うん、教えては貰ったものの、多分まっすぐ一度ではたどり着けんだろう。そのくらい面倒くさい道順だった。
まぁ近くまで行ったらまた誰かに聞けばいいか、と、帰り道と宿の名前を記憶しながら、ガラス職人のギルドに向かった。
途中で2度ほど道を尋ねることになったが、夕食の時間になる前に無事にガラス職人のギルドにたどり着くことができた。
3階建ての建物で、ガラス職人ギルドは2階に入っていた。1階と3階には帽子職人ギルドと左官職人ギルドが入っているようだ。
どうもこの街のギルドは事務専門で仕事場は併設していないらしい。
「こんばんは。ガラス職人のギルドにようこそ」
一人だけ残っていた職員が、入ってきた俺とイツキを見つけて歩み寄ってきた。
「こんな時間にすまんね。仕事の依頼ってわけじゃないんだが、ちょっと頼みがあって寄らせてもらった」
「と言いますと?」
職員が首を傾げてきたので、冒険者手帳とカワナガラス店に書いてもらった書付を出して事情を説明した。
「……なるほど、ディーセンのカワナガラス店で職人を募集している、ということですか」
「ああ。ただ、この街に来た職人を根こそぎ寄こしてくれ、という話じゃない。この街で職にありつけなかった職人がいたら勧めてくれないか、というレベルだ」
「そういう内容でしたらこちらとしても助かります。確実に仕事がある街を紹介できると言うのはギルドにとっても心強いことですから。
こうやって実際に職人を集めている店舗の書付があるなら猶更ですよ」
職員がそう言って笑って見せた。仕事を求めてやってきた職人に「ウチじゃ仕事がないからヨソ行ってくれ」となった場合、紹介先があれば言われた職人も納得しやすい。
「……しかし、職人の募集を冒険者の貴方に頼むほどカワナガラス店は人手が足りないのですか?」
「向こうが頼んできたんじゃなくて、こっちから言い出したんだけどな。色々と世話になってるところだから、余計なお節介を焼いてるところだ。
とはいえ、実際に人手が足りないのは事実でな、今の時点で5~6年先まで仕事が詰まっていて、今は止むを得ず受注を止めてる状態だそうだ」
「そんなにですか。なら無事にカワナガラス店で仕事にありつければ、当分は食いっぱぐれはなさそうですね」
「まぁそうだな。あの店なら職人の扱いも悪くないだろうし、腰を落ち着けるのもいいかも知れん」
カワナガラス店の面々を思い浮かべながら職員に答える。あそこなら職人を使い捨てにするような、どブラックな環境には間違ってもしないだろう。
「話の内容は承りました。ギルド内に通達を出して、明日からでもカワナガラス店のことを話すようにします」
「うん、済まんけどよろしく頼むよ。あと一応、募集期間は半年を見てくれ。これは話の鮮度的にな。半年たってもまだ人手が足りないようならまた来る」
「分かりました」
「じゃあ話は終わりなんで俺はこれで。夜分に邪魔したね」
「いえ、お話ありがとうございました。お気を付けて」
ガラスギルド職員の見送りを受けて建物を出る。とりあえずこれで頼まれていた用事は済んだ。
あとは晩飯を食って宿に戻るだけだが……さて帰り道に飯屋があったかな?
なんとなくイツキに尋ねてみたが、返ってきたのは
「ここ、緑が少なくてあまり居心地が良くないわね」
との的外れな回答だった。まぁディーセンは街の中にもぽつぽつ街路樹とかあるからな。
俺の屋敷のある高級住宅街なら庭木を植えているところも多いし。
その点、今歩いているこの辺りは家や店舗が密集していて、空き地や街路樹といった「遊び」が全くと言っていいほどない。
野山に馴染んだものからすれば、息の詰まる空間と言えなくもないか。
このとおりイツキが当てにならんので記憶を頼りに道を戻ることしばし、ある店先から酔客が3人ほど連れだってにぎやかに出てくるのを見つけた。
3人とも上機嫌な所を見ると、まずまず満足できそうな店らしい。
客の身なりも、まぁ一般的な労働者風だ。となると、値段も手ごろという事か。
どんなメニューがあるのかは分からんが、大外れを引くよりはよかろう。
そう思って店の前に立ち、扉を開けて中に入ると店の中の喧騒が一瞬静まった。
うん、このアウェー感も久しぶりだ。
「二人だが、大丈夫かな」
立ち尽くす給仕の娘さんに指二本を立てて話しかけると、給仕の娘さんは我に返ったように頷いた。
「は、はい。でしたらそちらのテーブルにどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとね」
礼を言って言われた席に腰を落ち着ける。
「ご注文は2人前でよろしいでしょうか?」
いきなり給仕娘が確認してきた。2人前も何もまだ何を食うか決めてないんだが?
「いや、まず品書きってあるかな」
「すみません、うちは日替わりの定食しかやってなくて、メニューは一つだけなんです」
「そうなんか」
ちょっと失敗したかな、と思いつつも今更店を変えるのもアレだ、ということでハラをくくることにした。
「じゃあ2人前で。一つは大盛りにしてくれ。あと酒は何がある?」
「エールの他に3級と2級の葡萄酒があります」
「なら2級の葡萄酒をキャラフで頼む。グラスは2つで」
「かしこまりました」
頷いて給仕娘が引っ込んだが、頼んだ料理はすぐに出てきた。
メインと思われるシチューの他に、干し野菜を戻したらしいサラダと大きな茹でジャガイモが2個。
それに籠いっぱいの黒パンという内容だ。
一緒に届いた葡萄酒をイツキに注ぎ分け、イタダキマスと軽く頭を下げて葡萄酒を少し口に含む。
うん、まだ冬場ということもあるが、この葡萄酒は悪くない。
ついでサラダに手を出すが、これは温かいサラダか。かけられたチーズ風味のドレッシングがなかなかいい仕事をしている。
「これ、結構美味しいわね」
メインのシチューを口に運びながらイツキが呟く。見た目は濃い色をしたビーフシチューっぽいが、使われてるのは牛肉ではなく羊肉だ。
でもまぁ確かに美味い。香辛料がふんだんに使われていて、奥の深い複雑な味がする。
よく煮こまれて味の染みた羊肉や野菜を味わいつつ、千切った黒パンをシチューに浸して口に運ぶ。
たまの口直しに茹でジャガイモにも手を伸ばすが、乗っているのはニンニクバターか。バターの塩気とニンニクの香りがジャガイモの味を一段階押し上げている。
そうでなくてもこの寒い時期に、シチュー、温野菜、茹でジャガイモの温かいおかず3種はありがたい。
うむ、この店は当たりだったかもしれん。
食後に白湯を貰い、残った葡萄酒をお湯割りにして飲んでいると、表情を改めたイツキが切り出してきた。
「ねぇディーゴ、今回の依頼だけど、依頼人にもちょっと気を付けたほうがいいかも」
「……なんかあったのか?」
依頼を聞いた時に感じた小さな違和感を思い出して訊ねる。
「特に何が、ってわけじゃないんだけど……あのアンブーっていう行商人、時々見せる目つきがちょっといやらしいのよ。なんかディーゴもあたしも値踏みされてるみたい」
「こっちの実力を測るって意味じゃなくてか?」
「そんないいものじゃなくて、あれはもっと即物的な下卑た目よ。それに子供の方も、なにか違和感があるのよね」
「そうなのか?」
アンブーやカールとは道中でそれなりに会話してきたが、別に違和感や怪しいところは感じなかったんだが。
「あたしも確証があるわけじゃないわ。ただ注意はしておいた方がいいってだけ」
「わかった。なるべく気を付けるようにしよう」
イツキに頷いて返すと、食事の代金を払って宿に帰ることにした。
ちなみに食事代はかなり安かった。うむ、初っ端にしてはいい店を引いたかもしれん。
次回は5/6に投稿予定です。