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行商人と子供1

―――前回までのあらすじ――――――

新装備を作り、それに馴染むために稽古を続ける主人公。

今日も冒険者ギルドで稽古を済ませた帰りに、受付から声を掛けられる。

――――――――――――――――――

-1-

「ディーゴさん、丁度良かった。ご指名の依頼が来てますよ」

 冒険者ギルドの支部で稽古を終え、屋敷に帰ろうかと受付の前を通ったところを呼びとめられた。

「訓練場で稽古中と答えましたら、稽古が終わるまでお待ちになるそうで」

「おぅ、わかった。ありがとな」

 受付に礼を言って進路を変える。

 ホームの石巨人亭ではなくて冒険者ギルドに依頼が来るのも珍しいな、と思わなくもなかったが、有名の度合いで言えば石巨人亭より冒険者ギルドの方が上だ。

 それに指名依頼なら冒険者ギルドに持ち込まれても該当者がいなければ石巨人亭にも連絡が行く。逆も然り。

 そもそも普通の一般人には、冒険者の誰それがどこを拠点にしている、なんてのは知らないものだ。

 まぁたまにはこういう事もあるだろう……と思いかけたところで足が止まった。

 今まで俺は石巨人亭からの依頼だけで動いてきた。唯一の例外は、この間のアモル王国の非正規部隊の同時襲撃未遂事件だけだが、そのときの依頼人は行政機関だ。

 それだって俺が石巨人亭をホームにしていることは知っている。

 それに、初めての相手、しかも人外という怪しさ満点な見た目の俺にいきなり指名依頼を出す以上は、こちらのことをある程度は調べるはず。

 石巨人亭をホームにしていることは秘密でもなんでもないし、過去の依頼人にもそう言ってきた。

 それなのにホームではない冒険者ギルドに依頼を出してきた。

 依頼人の居場所から見て冒険者ギルドの方が近かった、等の理由は付けられるが、そのちぐはぐさが微妙に引っかかる。

 アモル王国の一件以来、若干神経質になっているせいもあるのかもしれんが、注意はしておいた方がいいか。


 内心に若干の疑念を抱えたままカウンターに行き、用件を話すと、併設している酒場にいる商人を紹介された。

 後姿を見た限りではそれなりに上等そうな服を着ているが、その背格好に見覚えはない。

 隣に座っている小さな背中にはもっと見覚えがない。

「初めまして、かな?指名を受けたディーゴってもんだ」

 横に立って声をかけると、相手はこちらを振り向いて立ち上がった。

「おお、あなたがディーゴさんでしたか。お初にお目にかかります。私はアンブーと申しますしがない商人でございます」

「アンブーさんか、なんか依頼で俺のことを指名してくれたと聞いたが」

如才なく笑顔で答えてきたアンブーにこちらも笑顔で返す。疑念はあっても今の時点では俺を指名してくれた依頼人(候補)だ。

 まずはにこやかに行こうじゃないか。

「はい。まま、どうぞおかけになってください」

「じゃ、失礼するよ」

 そう断ってアンブーの対面に腰を下ろす。隣に座っているのは子供か。子供は俺を見ると、ぺこりと頭を下げてきた。

 うん、10歳に満たないくらいの歳に見えるが、礼儀は心得ているようだな。

「んじゃ、忙しないようで悪いが、依頼の内容を聞かせてもらえるか?」

「はい。その件ですが……」

 アンブーが飲んでいた葡萄酒を勧められながら話を聞くと、どうやらこの子供を隣領の村に送っていくのが依頼の内容らしい。

 この子供はカールという名前で両親と兄の4人暮らしだったが、流行り病でカールを残して三人とも亡くなってしまったそうだ。

 一気に孤児になってしまったカールだが、幸い、隣領の村にカールの父方の祖父母と叔父夫婦がいて面倒を見てくれると話が決まったので、

 村に出入りの商人であるアンブーに同行の話が村長から持ち込まれたらしい。

 その時に村長から俺のことを勧められた、とアンブーは話してくれた。

 ちなみにカールのいた村はパルシーク村で、村長はボッセムという名だそうだが、この2つは俺に記憶に合致した。

 カールに見覚えはないが、パルシーク村は何かの依頼で行った覚えがあるし、村長の名前は確かにボッセムだったはずだ。

「……だが、それだとおたくは持ち出しになるんじゃないか?しかも割高な指名依頼なら猶更だ。それなら目的地を通過する隊商を見つけて、便乗させてもらった方が安全で安上がりな気がするんだが」

「確かにその方法も考えましたが……都合良くそんな隊商が見つかるとも限りませんし、ディーゴさんのことは村長が自信を持ってお勧めしてくれましたから。

 『見た目は恐ろしいが信用できる人柄の冒険者』だと。ああすみません、見た目が恐ろしいと言ったのは村長で……」

「ああ、見てくれは気にしてないから構わんよ。鏡見て自覚してるわ」

 しかし信用できる人柄なんて言われるとちと面映ゆいな。

「それに……」

 アンブーはそこで声を潜めると身を乗り出してきた。

「(小声で)この子を無事に送り届けたら、村での取引額を増やすと言ってくれているんですよ」

 ああ、なるほど。それじゃ多少持ち出しにしても後で回収できるし、万が一にも失敗はできんわな。

 アンブーが明かした泥くさい理由に、ふっと体の力が抜けた。


 その後もアンブーと細かい話を詰める。

 目的地はディーセンの南にあるというボコム村。徒歩で片道10日程度らしいが、子供もいることを考えると2~3日は長めに見積もったほうがいいか。

 報酬は成功報酬で諸経費込みの金貨3枚。指名依頼としてはまぁそこそこいい方だ。

 行商人のアンブーだが、今回の道中は道すがらの商売をせずに最短期日でボコム村を目指すらしい。

 寒さが和らぎ、本格的に作物の種まきや植え付けが始まる前に村に入っていた方がいいだろう、との判断だそうだ。


 とはいえ、今はまだ厳冬期だ。基本的に野宿は避けて旅をする方針で話は決まった。

 ちなみにアンブーに戦闘の腕を聞いたところ、緑小鬼1~2匹までならなんとかなるそうだ。

 戦力としては期待できないが足を引っ張るほどではない、といったところか。

 少し忙しないが翌朝を出立とし、俺がここに2人を迎えに来ると話を決めたことで打ち合わせは終わった。

 夕食をご一緒に、と誘われたが、俺は急いで明日からの準備をしなけりゃならんので、少し心苦しいが先に戻らせてもらうことにした。

 とりあえず訓練場に取って返して、教官にしばらく稽古は休むことを告げると、急ぎ足で屋敷へと戻った。


「指名依頼、ですか?」

 夕食の席でユニとウィル、アメリー、ポールの使用人トリオに事情を説明した。

「ああ、急な話で悪いが明日の早朝に出ることになった。往復でも1ヵ月はかからんと思う」

「私もご一緒すべきでしょうか?」

 食事の手を止めたユニが尋ねてきた。

「いや、ユニはここに残っていてくれ。高価な品を運ぶわけでもなし、手ぶらに近いおっさんと子供の組み合わせなんざ襲ったところで大した実入りにもならんだろうから

 野盗に狙われるとも考えにくい。それに報酬も実質一人分だったからな。今回は俺とイツキでこなすことにするわ」

「わかりました。でしたら引き続き石巨人亭でランク7の依頼を受けながらお待ちしてます」

「うん、悪いがそうしてくれ。……そういやそろそろランク6に上がれる頃じゃないか?」

「はい。あと2回、依頼を成功させればランク6に上がれるそうです」

「そうか、なら俺が戻ってきたらちょっと祝うか。丸1日休みにして、皆でどこかにメシ食いに行こう」

「「「はい」」」

 ユニを含めた4人が大きく頷いたのを見て、食事を再開した。


-2-

 翌早朝。自室で一人装備を整える。

 爵位持ちの貴族が戦場で着るような総板金造りの総身鎧フルプレートとは違って、大抵の冒険者の鎧は一人でも着脱できるように作られている。

 新しい鎧は貫頭衣形式で、中央の穴に頭を通した後で前後を両脇の留め具で止める。

 更に幅広のベルトを腰に巻いて固定すると、篭手を付け、剣鉈と戦槌を持ったところで盾に目が行った。

 ここで少し悩む。

 盾を主武器とする戦い方はまだ少し不安がある。敵を倒すなら戦槌だけの方が慣れているし、ロクに使わないなら盾は重いし邪魔でしかない。

 ……だが、今回の依頼は護衛だ。敵を倒すより依頼人を守るほうに重点が置かれる。

 まぁ依頼人を守るためには敵を倒さなければならないのだが、そのために依頼人の安全が疎かになっては本末転倒だろう。

 なら、一応盾も持参して、盾を使わないときはアンブーに渡してカールと一緒に盾の後ろに隠れててもらえばいいか。

 そう結論を出すと、盾に手を伸ばした。


 一通りの物を持ったことを確認して、少し早いが冒険者ギルドの支部へと急ぐ。

 昨夜のうちに持っていく品をざっとまとめはしたが、保存食などの消耗品に不足があったので支部の売店で買い足す必要があった。

 今回の旅は野営が必要な道中ではないので、普通なら保存食を使う必要はない。昼は移動中に食べることになるが、泊まった先の村で幾らか支払って頼めば大抵は翌日の昼食も用意してもらえる。

 美味くない上にやや割高な保存食はできれば口にしたくないのだが、なにが起きるか分からないのが冒険者稼業だし、先輩冒険者から受けた指摘もある。

 先輩冒険者の話によると、護衛依頼では依頼人とは極力別の物を食べることが基本だそうだ。

 依頼人と同じものを食べて、万が一依頼人ともども食中毒になったら護衛の意味がない、というのが理由らしい。旅客機の主・副操縦士みたいなもんか。

 ただ、食事を分けると言っても別途用意する昼食が依頼人の物より豪華だったりすると依頼人もいい気はしないし、逆に護衛の食事があまりにも粗末すぎると、依頼人としても心配だ。

 安心して食えて質素に見える、しかし貧相過ぎない食事、となると、どうしても保存食になるんだよ、と、先輩冒険者が苦笑いで言っていた。

 それを聞いて、スポンサーに気を遣うのは日本のサラリーマンも異世界の冒険者も大して変わらんもんだな、と妙な感心をしたのを覚えている。


 ともあれ、ギルド支部の売店で必要なものを買い足し、今回の依頼人を待っていると、ほどなくして旅支度を整えたアンブーとカールが姿を見せた。

「おはようございます。早いですね、ディーゴさん。えっと、そちらの方は?」

 アンブーが俺の隣にいるイツキを見て尋ねてきた。昨日の話では出てこなかったし姿も見せなかったからな。

「昨日紹介しそびれたが、俺に憑りついてる樹の精霊のイツキだ。今回一緒に護衛を務めさせてもらう」

「イツキよ。よろしくね」

 イツキがそう挨拶してにこやかに微笑むと、アンブーとカールは恐縮したように頭を下げた。

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 挨拶前は眠そうに目をこすっていたカールだが、イツキに挨拶されて目も覚めたようだ。子供でも男か。

「じゃあ、揃ったことですし出発しますか」

 アンブーの声に、俺とカールが頷いたことで今回のボコム村への旅が始まった。

次回は5/6に投稿予定です。

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