対ラチャナ戦
―――前回までのあらすじ――――――
忘れていた事はもう一つあった。
久しぶりの剣闘士の試合の為、いつもの会員制カジノへと急ぐ。
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-1-
今夜予定されている剣闘士の試合を思い出して、急いで屋敷経由でカジノに向かった。
お陰でなんとか開場に間に合いはしたものの、いつもの散髪→シャワー→香油塗りの身だしなみコースはすっ飛ばす羽目になった。
まぁ今回は許してもらおう。
フンドシパンツに着替えて大槌鉾を持ち、ブルさんと共に入り口で門番業務につく。
間もなく開場時間となり、ぞろぞろと客が入ってきたのだが……なんか視線多くね?
なんかそれなりの割合の客が、俺の方を見ながら通り過ぎていく。
ここに立つのも久しぶりだからかな?……と思いもしたが、視線の多くが俺の喉というか胸元に集中していることに気が付いて納得した。
うん、冬毛でふっさふさだから、今の俺ってかなり暖かそうな見た目なんだよね。抱っこ椅子なんかしたら行列ができるくらいの需要がありそうだ。
いつものおばちゃんマダムなんか嬉々として座ってきそうだし。
でも俺の立ち位置は愛されマスコットじゃないのよね。
迷惑客をつまみだすコワモテ門番をやってる以上は、あまり人懐こい面を見せるのもアレか。
……そんなくだらない?ことを考えながら時間を潰す。
ただフンドシパンツ1丁というこの格好、自前のふさふさ毛皮があるとはいえちょっと寒い。
冷え性という訳ではないが、爪先指先が結構冷えるので、客の通らない時を見計らってわきわき動かしては寒さをしのいでいる。
同じ薄着の上に俺よりも毛の短いブルさんはよく平気だな、と思ってちらりと見たら、やっぱりブルさんも指先を動かして寒さをしのいでいた。
「……今日は冷えるな」
俺の視線に気づいたブルさんが、小声で話しかけてきた。
「厚着ができないだけに暖房か何か欲しいですね」
「そうしてもらいたいのはやまやまだが、いかつい門番がストーブを背負っていたんじゃ迫力も半減だろう」
「……ですね」
「まぁ今夜はこまめに交代で休憩をとるか。休憩時間に温かい酒でも飲めば少しはマシなはずだ」
「じゃあ、今日は試合が終わったら戻ってきますよ。ブルさん一人じゃあまり抜けられないでしょ」
「そうしてくれると助かる。この分だと明け方はかなり冷え込みそうだからな」
通路の向こうから新たにやってきた客を見ながら、ブルさんが呟いた。
-2-
幾度かの休憩を経て、カジノの係員が俺を呼びに来た。
頷いた後にブルさんに断って控室へと移動する。
休憩時の酒も少し入っているし指先も冷えていたが、酔わないよう加減はしたし念入りに暖気をすれば大丈夫だろう。
控室の中で黙々と体を動かしていると、試合の時間となり係員が顔を見せた。
頷いて係員に応えると、通路を通って久しぶりのリングに上がる。
反対側では、同じタイミングで対戦相手のラチャナが上がってきた。
全体的にスレンダーな、この辺りでは珍しい浅黒い肌の娘さんだ。
得物は2トエム程の木の杖というか棒……いや、棍だな。
得物が長くて軽い上に両端が使えるので、間合いは俺より広く攻撃の手数も多そうだ。
さてどうやって攻めるか……。
そんなことを考えているうちに、レフェリー兼司会が高らかに前口上を始めた。
「さぁ皆さんお待ちかね、本日は久しぶりに虎男ディーゴの試合となります!対する相手は蛇使いのラチャナ!
食らいつくラチャナの蛇をディーゴはどういなすのか!またディーゴの剛力をラチャナはどう受けるのか!
技と力がせめぎ合うこの戦い、勝敗の行方を見守っていきましょう!!」
前口上が終わると観客から大きな歓声が沸き、ワンテンポ遅れてラチャナと俺がリングの中央に歩み寄った。
「では両者中央に……勝負!!」
レフェリー兼司会の宣言で試合が始まると同時に両者が動いた。
俺が身をかがめて突っ込むのに対し、ラチャナはバックステップで距離をとる。
下がりながらも素早い突きを繰り出し、俺を足止めにかかる。今の間合いはラチャナに有利なミドルレンジだ。
俺としては間合いを詰めて槌鉾が使えるショートレンジに持ち込みたいところ。
だがそれをラチャナも分かっているので、連続突きで俺を近寄らせない。
棍を振り回しての打撃だったら、受けながらも強引に間合いを詰められるしそのつもりでもいたが、突きの場合はそうもいかん。
こちらの武器が届かない間合いで、一方的に攻められる展開が続く。
長柄の武器を使う手練れを相手にするのは今回が初めてだが、予想をはるかに超えて厄介だ。
武器が長いということは攻撃範囲も広く、上半身はもちろん普通の武器では届きにくいひざ下、足首までまんべんなく攻撃にさらされる。
それにラチャナの二つ名「蛇使い」が加わる。
微妙にしなる棍の突きが、守りに構えた槌鉾をすり抜けて蛇のように襲ってくる。
なるほど、この二つ名も納得だ。
……だが、感心ばかりもしていられない。この攻めをなんとか突破しないことにはこちらに勝ち目はないからだ。
一方的に攻められつつも考え抜いた作戦を実行に移す。
背を屈めて守り重視だった体勢から、背を伸ばして攻勢に出る構えに移る。
守りから攻めに軸足を移した分、ラチャナの突きが体に刺さる回数が増えるも、最低限の所だけ守りつつ強引に前に出る。
激しさを増す攻撃を捌きつつ、じわり、じわりと距離を詰めていくと、それを嫌ったラチャナが力を込めて右足首に突きを放った。
これを待っていた。
わずかに右足を浮かせて突きの衝撃を逃がしつつ、前方に身を投げ出す。
ラチャナの棍を抱きかかえるように掴むと、そのままリングに倒れることで強引に棍を奪った。
……うん、あまりスマートな方法じゃないけどこれ以外に思いつかんかった。
奪った棍を足で踏みつけたまま立ち上がり、無手になったラチャナと対峙する。
さて、反撃開始と行こうじゃないか。
散々やってくれたお返しだ、と少しばかり頬をゆがめて攻勢に出た。
早い打撃と重い打撃を取り混ぜてラチャナを攻め立てる。槌鉾だけでなく足や拳も織り交ぜてラチャナを追い詰める。
攻守の入れ替わった一方的な展開。
俺の攻撃を避け続けてはいるものの、ラチャナの顔に浮かぶのは若干の焦りの表情。
ちらちらと動く視線は、俺が奪った棍に向けられているのだろうが、生憎その棍は蹴飛ばして俺の後ろ、リング端に転がっている。
ラチャナにゃ悪いが、今が勝負の決め時だ。
上下左右に攻撃を散らしつつ、ラチャナの体勢を崩しにかかる。
攻める場合は思い付きの一手、二手ではなく、先読みと誘導を駆使しつつ何手も組み立てて相手を追い詰めろ、と教官に叩き込まれた。
普段はそこまでの域に届かないが、攻撃に専念できる今なら可能だ。
なんとなくでも組み立てた幾手もの連続攻撃の末に、不自然な体勢で避けざるを得なかったラチャナがわずかにバランスを崩す。これが狙っていた瞬間だ。
もらった!
勝利を確信して繰り出した横薙ぎの槌鉾が、しかし手応えのないまま空を切った。
ラチャナがぐにょんと体を反らして避けたのだ。ありえない角度に曲がった上半身と下半身。正に「ぐにょん」の表現が当てはまる。
槌鉾を振りぬいた勢いもあって、一瞬俺の思考と動きが停止した。
その瞬間、バク転とダッシュステップで位置を入れ替えたラチャナが素早く棍を拾い、構える。
意外過ぎる方法で危機を脱したラチャナに、観客の歓声が爆発した。
「……なんちゅう体の作りしてんだ」
観客の歓声が収まるのを待って、声をかける。あんなものを見せられたら、試合を一時止めてでもツッコまずにはいられない。
「驚いたやろ?ウチは体が柔らかいんや」
得意そうな笑顔で答えるラチャナ。ああ確かに驚いたよ。
「柔らかいにしても限度があるだろ。本当に人間か?」
「完璧に人外のアンタに言われたないわ。ウチはれっきとした人間やで?……多分」
「自信ないんか!」
……思わずツッコんでしまった。
「ええ反応おおきにな。ほな、今度はこっちから行くで!」
ラチャナはにこりと笑って答えると、直後に顔を引き締めて猛然と攻勢に出た。
先ほど以上の打突が嵐のように襲い掛かる。
連続突きなど、1振りではなく幾振りもの武器を同時に受ける槍衾のような感覚だ。
こんなの守りに専念したところで戦槌1振りでは防ぎようがない。
精々が半身に構えて、突きを受ける面積を減らすのがいいとこだ。
捌き切れない攻撃に嫌気がさし、大きく後ろに飛び下がって距離をとった。幸いラチャナの追撃はない。
見ればラチャナの息が深い。攻撃を身に受けてはいないものの、これまでの攻防で相応に疲れてはいるらしい。
まぁこっちは疲れに加えて相応のダメージも負ってるが。
お互いに正面を向きあいながら、円を描くようにリング内を移動する。
ラチャナはこちらの出方を警戒しつつ攻めるきっかけを探しているのだろうが、俺の移動は時間稼ぎなただのフリだ。
攻撃の姿勢を見せつつも、頭の中で思考をフル回転させて攻略法を模索する。
そして導き出したのが、ラチャナの武器。
守っていた際の手応えと奪ったときの感触からみて、あの棍、俺が想像していたより強度はなさそうだ。
ラチャナの体には届かなくとも、繰り出される棍には槌鉾が届く。
作戦を練ったところで円移動を止め、槌鉾を構え前傾姿勢をとった。
ラチャナも棍の先端をこちらに向けて構える。
「セッ!!」
溜めたバネを一気に解放しラチャナに突進する。
対するラチャナは棍を大きく引き、迎撃の構えを見せる。
棍のような軽い武器で俺みたいな大質量の突進を止めるには、力を込めた打突しかない。
胴体を突くのは棍の強度と体格差的に悪手。となれば狙うのは、そこで勝負が決まる頭か、動きを殺せる足のどちらか。
確率は二分の一。
「フッ!!」
ラチャナが足を踏みしめて渾身の突きを放った。
狙われたのは予想していた頭。
俺は右に体を傾けて躱す。が、読みより早いラチャナの突きが左の肩口の肉をえぐり取った。
体勢を崩しながらも右足を踏みしめ、力を込めて槌鉾を棍に振り下ろす。
鈍い音とともに2つに割れた棍をすかさず踏みつけラチャナを見ると、彼女は諦めたように小さく息をついて両手をあげた。
「参った。降参や」
司会兼レフェリーが試合終了を宣言したことで、会場は大歓声に包まれた。




